第三十九話
私たちはルスキアとロシアーノの2人を保護すると、急いで寺院まで戻ってきた。しかし、時すでに遅く、寺院の周りには動かなくなった屍人の他、息絶えた兵士や一般人が溢れていた。
私たちがいない間に寺院が襲われたようだ。幸いなのは、見たところ兵士の犠牲者は出ているけれど、一般人の犠牲者は少なく済んでいるようだった。兵士の皆は頑張ったんだろう。地面に倒れている屍人の中には、まだ多少動けそうなのがいるので、完全に止めを刺してから寺院の中へと入る。
寺院の中は、廊下や回廊まで埋め尽くすほど大勢のけが人や避難者で埋まっていた。医者や僧侶が、けが人を診るために駆け回っているが、手が足りていないようだ。まだ処置を受けられていない者も多く、関係者に詰め寄る者もいて大分混乱している。
人込みの中、どうにか隙間を縫うようにして進んでいると、私たちの姿が異様なのか視線を感じる。亜人の分かりやすい特徴である、髪と瞳を隠していないせいだろう。何か小声でしゃべってるようだけど、周りがうるさすぎて流石に聞き取ることはできない。視線の中には嫌に敵視するようなものもあるから気になるけど、今はエキスとハイスを見つけないといけない。屍人に襲われたところで2人なら大丈夫だと思うけど、例の白鬼あの子供を狙っていたらわからない。無事だといいけど……。
2人を探すために、まずは講堂へ向かうと、へイクルとヘイクルのお母さんを見つけた。2人共無事みたいだ。
「ヘイクル!」
「リイナ、戻ったのか!?」
「うん、2人は連れ戻してきた。エキスとハイスはどこ?」
「あ、ああ。あの2人なら向こうの本堂だ。今は――」
「ありがとう!ルスキアとロシアーノの事は任せたよ!」
ライザが抱えていたルスキアとロシアーノを下ろし、私たちはヘイクルが指さした本堂に向かう。
「お、おい!」
後ろからヘイクルの声が聞こえるけど、今はエキスとハイスが先だ。
本堂に入ってすぐ入口のベッドの上で、重症を負っているハイスと、ハイスの傍に座るエキスの姿を見つけた。エキスは左腕を負傷したのか布で吊っている。
この状況は、予想していた中でも悪い結果だ。奥歯を噛みしめてから、全身の力をゆっくり抜く。
他にもけが人がいるので、静かにエキス達に近寄る。
「エキス!大丈夫?何があったの?」
「お嬢様……申し訳、ありません。この有様で、そのうえ監視を任されていた子供は連れ去られてしまいました……」
「やっぱり……相手は前に交戦した例の白鬼であってる?」
「はい、ですが我々を襲ったのは3人でした。男2人女1人で、1人は以前に交戦した者で間違いありません」
「3人!?」
1人だと思い込んでいたけど、3人?しかし、単独犯でないのなら納得できることがある。
私とクロエ、メイスの3人でムイビエレオンに向かった時は隠れながら移動していた。当然気づかれないよう細心の注意を払っていた。だから、私たちに気づかれずに追跡するのは至難の業のはず。そんな私たちを追跡できるのは、おそらく同族の白鬼のみ。となると、隠れながら移動する私たちの動向見張り追跡する役割が1人、その動向を部族に伝えて襲撃を促す役割が1人いたのだろう。
完全にやられた……前は魔法士の男と行動していたから、だれかと行動を共にしているのは予想してしかるべきだった。
今後のことを考えると、他2人のにおいも覚えておきたいところだけど……。
「ハイス、他の2人の痕跡ってどこかに残っていない?」
ふと思い立ってハイスに尋ねる。何か身に着けていたものでも落ちてれば儲けものだ。
「交戦した際にエキスが女の袖の一部を切り落としました。回収されてなければ、僧堂に落ちていると思います」
「お嬢様、私が探してきます」
「うん。よろしくねフミナ」
フミナは私に一礼すると静かに本堂を出ていく。
手掛かりの捜索はフミナに任せて私たちは話を続ける。
「他に手掛かりってないかな?」
「それならば……ハイス、貴方敵の顔は覚えてる?後で特徴を教えてくれれば似顔絵を描くから」
「ああ、わかった。後で詳しい情報を伝える」
ふむ、仮に痕跡が見つからなくても顔さえわかればまだ対応できるね。というかライザ絵描けるんだね、初めて知った……。
「顔とにおいさえ分かれば、遭遇することになっても気づけるかな。まあ、一旦白鬼の話は置いておいて、エキスとハイス2人とも状態は?」
「私は左腕を骨折しましたが、大したものではありません。数日で治ります。エキスは命に別状はありませんが、しばらく回復に努める必要があります」
「エキスはどれくらい休めば動けそう?」
「5日あれば動ける程度には、全快するには2週間は必要です」
「むむむ・・・すぐにはムイビエレオンに向かえなさそうだね」
寺院の惨状や2人の状態、連れ去れたルスキアとロシアーノの友達かもしれない子供。例の白鬼に好き放題されてしまった。できることならすぐにでもムイビエレオンに向かい、既に到着しているであろうヴィー達と合流したい。何か目論んでいるのは間違いないから、ヴィー達の護衛についているメイス達と情報を共有しておきたいからね。でも、エキスとハイスが回復していない間に移動はできない。そうなると、2人が回復するまでは情報収集かな。相手の目的が不鮮明だから、少しでも明らかにしておきたい。実のある情報が手に入るといいけど。
考え事をしていると、扉の傍に立っていたクロエが寄ってくる。
「お嬢様、少々よろしいですか?」
「なにクロエ?」
「まだ未確認の情報ですが、屍人が引き始めたようです。時期に騒動は収まるでしょうが、どうなさいますか?」
屍人が引き始めたってことは、もうここに用はないってことなのかな?
「とりあえずみんなと合流しようか。えっと、エキスは当事者だから……クロエはミナスと一緒にここで待ってて。あ、フミナ!切れ端は見つかった?」
フミナが僧堂から戻ってきた。手には布の切れ端を持っている。
「これが見つかりました。ハイスさん、あってますか?」
「ああ、これに違いない」
「貸して?」
フミナから切れ端を受でけ取り、においを嗅ぐ。かなりにおいが薄いけど、覚えのあるにおいがあるから、間違いなくあの白鬼だ。
よし、他2人のにおいを覚えた。
まだ他に仲間が居そうだけど、これで分かったのは3人。
「フミナはハイスのことを見ててくれる?ライザとハイスと私でヘイクル達のところ行ってくるよ」
「わかりました。ですが、まだ何があるか分かりません、お気をつけて」
「うん」
まだ眠っているエキスとミナスをクロエとフミナに任せて、私たちは講堂へと向かう。
講堂に戻ると、みんなが集まっていた。さっきはヘイクルとヘイクルのお母さんしかいなかったけど、いつの間にか伯父さんやナンシー達もいる。
そういえばナンシー、私たちについて来ずに此処に留まってたんだね。何時の間に、全然気づかなかった……。
ヘイクルの伯父さんが私たちに気づいて声をあげる。
「おお、無事だったか。聞いたぞ、ルスキアとロシアーノを連れ戻してきたと」
「うん、でも罠だったみたい。私たちをここから引き離すのが目的だったようだね。私たちが居ない間に襲撃受けたみたいだけど、何があったの?」
そういえば、例の白鬼についての話は聞いたけど、襲撃の経緯については聞いてなかった。せっかくだから尋ねてみる。
「なるほど、そうだな……まず、お前たちが出て行った直後に襲撃を受けた。最初は屍人の小集団が襲ってきただけだったため、僧兵や詰め所の兵士で対応ができた。しかし、間を置かずに大勢の屍人が襲来してきたのだ。屍人は生者を狙うからな、人が集まっていたこの場所が遠からず襲われることは予想はしていたため、守りを固めて応戦した。だが、戦いの最中に素性の知らぬ3人の白鬼が突如として寺院入り込んだ。詳しい動向は知らないが、寺院内に避難していた者たちを襲いながら何かを探すように奥に向かったらしい。そして、エキス殿とハイス殿と交戦したのち、子供を連れ去った。3人が去ると同時に屍人も大半は退き、統率を失っていた一部と戦い、殲滅し終えた頃に、お前たちが戻ってきた」
「ふむむ・・・」
屍人を統率していたのは、やっぱり例の白鬼?そうなると背後に教団がいるのは間違いない。あの子を連れ去ったのは教団の指示?でも、元々不老不死の研究をしている派閥の拠点で見つけたわけだから、派閥争い?魂の派閥が黒幕……っていうには不自然な気がする。なんか極秘裏に研究してたっぽいし、存在を知ってたのだろうか?知らないと仮定するなら、研究に協力していたさらに別の派閥が居て、何かの目的のために奪い取った?でも、推測の域を出ないしなぁ……私が持っている情報だと答えは導きだせなさそうだ。まあ、これ以上わからないし、考えても仕方ないか。
情報収集を頑張ろうと決意を新たにしていると、苦々しい表情をしたハイスが口を開く。
「避難していた者を襲ったという話ですが、どの程度目撃されていたか分かりますか?」
「それは分からんが、この通り人々は混乱しているからな。小さく噂になっているのを偶然聞いただけだから極一部だろう」
「念のため、誤解の無いように教えておきますが、屍人を操っていた白鬼達は私たちとはルーツが異なる白鬼です」
「なんか、私たちも白鬼で相手も白鬼だとややこしいね。敵の白鬼はビャッキで良いんじゃない?」
「……分かりました。ウゲンさん、あくまでビャッキと私たちは敵対しており、別ものだということは忘れないよう、お願いします」
「ふむ、わかった。信じよう。長らく世話にもなっているしな」
少し私たちを警戒していたようだ。今は警戒を解いてくれてるみたいだけど。
「それで、これからどうするの?」
「わしは話し合うことがあるゆえここに残るが、ヘイクル達は一度屋敷に戻そうと思う。町を襲っていた屍人も退きつつあるというからな。だが、まだ危険はすべて去ったわけではない。念のためにヘイクル達の護衛をお願いできないだろうか」
「それくらいならお安い御用だよ。任せて!」
全員の無事は分かったし、襲撃の経緯も聞けた。ビャッキや教団も目的を達成しただろうし、これ以上は何も起きないだろう。
話を切り上げ、私達は本堂の方へと戻り、フミナとクロエを呼ぶ。ハイスには寺院残ってもらってエキスの傍にいてもらい、私達はヘイクル達と屋敷に戻った。
騒動から一週間が経つと、既に銀狼の所に身を寄せているメイスから連絡が届いた。国境近くまで迎えに来てくれるらしい。迎えは明後日だ。エキスは動けるようになったから、今日国境へ向けて移動する。以前のような事にならないように、銀狼から護衛をつけてくれるらしい。
ちなみにこの一週間、私達は情報収集に努めたが特に情報は得られなかった。
まず、町がある程度落ち着きを取り戻した頃に、私たちは不老不死の派閥の拠点を再び調べに行った。だけど、資料の類を全て持ち去られており、結局手掛かりは騒動の中で回収できた資料のみだ。あと、今回の件に関係なさそうだけど、私が見つけた部屋の資料は回収できなかった。その後、少しでも情報を得ようと、他の拠点を調べたけどすべてもぬけの殻。繋がっていた商会の方もあたってみたけど、商会主が失踪してかなり混乱していた。屍人に殺されたっていう噂も流れている。
つまり、不老不死の派閥は短期間の内にこの町から撤収してしまったようだ。念のために対立していた魂の派閥の人間を尋問したけど、突然の撤収に困惑していた。結局何もわからないまま、後の調査は密偵が引き継いだ。
今回は散々だった。今後は後れを取らないようにするためには、教団についていろいろと情報を集める必要がありそうだ。そのためには、早く銀狼のもとに行かなければならない。
出立の準備が終わると、寺院でエキスとハイスの2人と合流する。これでいつでも出発できる。最後に、ヘイクル達にお別れを伝えに向かう。
屋敷の前にはフィーリア達が乗ってきた馬車が止まっており、フィーリア達も此処を去るつもりなのか。
途中までは一緒に行くことになるかもしれないと思いながら、屋敷の中へと入ると全員が迎えてくれた。ちなみに、捕まっていた子達の内人間の子は全員家族のもとに帰った。でも、なぜか亜人の子達はここに残り、半分が屋敷の使用人になるとか。どういうことなの……。というか、亜人の子達は誰も家族や仲間のもとに帰らずにこの屋敷に留まっている。どういうことなの……。
全員帰らない理由は様々なんだろうけど、そんな性質だからみんな教団に捕まったんだと思う。
なんとも言えない表情でお仕着せを着ている子達を見ていると、クロエが口を開く。
「我々は従来の目的通り、ムイビエレオンに向かいます。なので、今回の件の調査はこの地域の担当者に引き継いでおきます。何かありましたらその者を頼ってください」
「うむ、それは問題ない。しかし、あー、ムイビエレオンに向かうというなら一つ頼み事があるのだが良いだろうか?」
「頼み事って?」
「フィーリア達を一緒に同行させて欲しい」
「え……」
「海路でロイサス諸島連合国に向かう予定だったが、今は海賊が出現するという事で運航が見合わせになっている。陸路だとムイビエレオンを通るほかないが、ムイビエレオンは危険だ。ならばこそ、現地の部族と縁のあるお前たちに頼みたい」
屋敷の前の馬車はそういう事か……。
こうして私達は、フィーリアとヘイクルの親子に加えて、なぜか帰らずに残っている亜人の子達と一緒にムイビエレオンに向かうことになった。なお、ついてくる面々の中にはなぜかナンシーやルスキア、ロシアーノもいる。なぜに……。




