第二十一話
2018 4/19
ヴァイシャがイルリアの治療をしている間、私達はご飯を食べていた。
誰かヴァイシャの手伝いをした方がいいかもしれないが、ヴァイシャは魔法による治療を行っているようで、私達には手伝いのしようが無い。だからご飯を食べて英気を養っていたのだが、唐突に戸が開く。
足音は聞こえていたが、勢い良く戸が開かれたのでご飯の手が止まって戸の方に目を向ける。
「暫く部屋に篭る。飯と水だけくれ」
「えっと、分かった」
ご飯を食べ終えて、私達の食べっぷりに軽く引いていたシャナンは、少し苛立たしげなヴァジュラに戸惑いながらも、ご飯と水を用意して渡すと、ヴァジュラは短く礼を言って部屋に篭ってしまった。
いつも冷静なヴァジュラのあんな様子は初めて見る。
最後のパンを食べ終えて、手についたパン屑を綺麗に食べてからそっとヴァジュラの篭った部屋に耳を寄せる。中からは一心不乱に何か書き込んでいる音が聞こえる。
ほんとに何があったのだろうか?
触らぬ神に祟りなし。下手に刺激して怒られるのも嫌だからそっと部屋から離れて就寝の準備を進める。
翌日朝。
ヴァイシャは結局朝方まで治療を続けていたようで、ヴァイシャが眠るのと入れ替わるように起きる。
そのままヴァイシャを起こさないよう足音を消して家の裏手に行こうとした時、ヴァジュラが部屋から出てきた。
目の下に隈があり、寝ていないようだが、昨日の様子を思い出してササッと物陰から顔だけを出して様子を窺う。
「リイナか。丁度良い、少し手伝ってもらいたいことがある」
「手伝ってもらいたいこと?」
ヴァジュラは私に気づくと、普段の様子で声を掛けてきた。昨日みたいに不機嫌では無さそうだ。
「ああ。領主に兵を出すよう交渉に向う。リイナにはそれに同行してほしい」
「交渉?私って別に必要なさそうだけど・・・」
「いや、正面から交渉に行っても門前払いされるだろうからな。直接接触するためにリイナ達の力を借りたいだけだ」
「え、脅しでもするの?」
「脅しではない。交渉の手札はある。昨日の間にイルムから、メイスという領主の周辺を調べてもらっている白鬼より交渉の手札を得たからな」
「それなら、いいのかな?」
相手貴族だし、脅しだと後が恐いからね。交渉の手札があるなら別に・・・いいのかな?いやでも、不法侵入する気だし、その時点でアウトな気も・・・交渉に成功したらそこら辺有耶無耶になったりしないかな?
「朝食を食べたらすぐに向うぞ。交渉が終わり次第すぐに帰る。荷物は簡単に用意しておけ。念のためお供を一人選んでおくといい。できれば荒事が得意な者がいいだろうな」
「やっぱり脅しにいくんじゃないの?」
私の問いには答えずヴァジュラは家を出て行ってしまった。
もしかして交渉が失敗に終わったら脅すつもりじゃなかろうか?え、イルムもメイスもどんな情報をヴァジュラに渡したのよ。大胆のことをするから、情報についてはヴァジュラは自信があるようだけど、どうなる?
「荷馬を借りた。これで領主の館まで向かうが、乗れるか?」
「私は乗れないけど、スザン乗れる?」
「大丈夫です」
お供には筋力に特化したスザンを選んで、朝食と準備を済ませて待っていたが、程なくしてヴァジュラが二頭の馬を引いて戻ってきた。馬で飼育している荷馬を借りてきたらしい。
領主のいる城館は遠いようで、馬で移動するのが都合がいいのだそうだ。
私は乗馬の練習をしたこと無いので乗れないが、スザンは乗れるようだった。
ヴァジュラとスザンはそれぞれ荷馬に乗り、私はスザンの後ろに乗ってスザンに掴まる。
朝食の準備をしている間に起きていたシャナンとフミナには事情を話して留守番をお願いし、私達は出発する。
城館までの道のりは長かったが、おやつが食べたくなる頃に城館の城下にたどり着いた。
「思ったよりも早く着いたな。ついでの用事を済ませるか」
「ついでって?」
「行けば分かる」
荷馬は隠すように木に繋げ、ヴァジュラの案内で城館の裏へと行く。
ヴァジュラは城館の裏にある塀を乗り越え、私達も後に続くと小さな小屋へと入る。
小屋の中は倉庫のようになってはいるが、ベッドや家具などが置かれて生活をしていた痕があり、以前に誰かが住んでいたのを使われなくなった事で倉庫にしたという感じだ。
「けほっ」
「大丈夫ですかお嬢様」
「埃っぽい・・・」
埃が多く適当に荷を詰め込んだような小屋に入りづらくてスザンと一緒に中の様子と誰か来ないか気配を探っていると、ヴァジュラは邪魔な荷物を分けて入り、窓際のクローゼットを開け広げる。
外からだと何をしているか分からないけど、クローゼットの中を漁っているようだ。
暫くヴァジュラがクローゼットを漁っていると、何か木の板が外れたような音がして何かを運び出してきた。
「なんで絵画がクローゼットの中に・・・」
「これらは画家であった俺の母親の遺作だ。その中でも初期の作品だな」
「え、ヴァジュラのお母さんの作品がどうしてここに?」
「俺の母親はここの領主の縁者だ。若いときに此処に住んでいたらしい。これらは此処に住んでいたと気に描かれた絵だ」
なんという新事実。そういえばヴァジュラがこの依頼を受けたのは、これらの絵画、母親の遺品を回収するためだったのかな?
埃を払って露わになった絵を見ると、殆どが風景画のようだ。
スザンはヴァジュラが一枚一枚絵の様子を確かめるのを後ろで見ていたが、暫く見ていると思い出したように頷く。
「お嬢様、これらはエシェンナという画家の作品です。独創的な構成、吸い込まれるよな色使い、所々にある遊びを評価されており、作品によってはかなり高額で取引されることもあるそうです」
「説明ありがとうスザン」
スザンの説明を受けて改めて一枚の絵を見てみると、確かに独自性と引き込まれるような、吸い込まれるような色使いを感じる。遊びと言うのはよく分からないけど、素人目にも普通の作品とは思えない。なんとなくすごい。
ヴァジュラは十数枚ある絵を仕分けて、私とスザンはヴァジュラが何をしているのか首をかしげながらも作品を見ていく。
日が傾きかけた頃、ヴァジュラは絵の仕分けを終えたのか二つに分けた絵を纏めてクローゼットの中へと戻す。
「その絵ってどうするの?」
「必要な絵以外は売る」
「え!?お母さんの遺品なのに?」
「元々困れば売って金にするよう言われて教えられた隠し場所だ。遺品としては一枚二枚あれば十分、他は売って金にする」
「そっかぁ・・・」
お母さんの形見だし、そんなにたくさん売ろうとしなくていいと思うけど・・・。でも、ヴァジュラ達がお金を集めるのは目的のために必要みたいだから、否定もできない。
「そろそろか」
ヴァジュラは絵を仕分け、片づけ終えるとヴァジュラは空を見上げて呟いた。時刻は五時頃、日が傾いて薄暗い。
一時間程度この場に留まっていたが、小屋が整頓掃除がされておらず、小屋の周囲は雑草が生えていることから、この辺りはあまり管理がされていないのだろう。ちょっと騒がしくしていたけど、誰も来る様子が無かった。
「もう暫くはこの場に留まり、領主が寝静まる直前に接触を図るとしよう」
「りょーかい。って、そうだ!ヴァジュラ、メイスからの情報ってなんなのさ?交渉の手札って言うけどさ・・・」
「情報というよりは物だがな、領主の借金の証文だ」
そう言ってヴァジュラは紙の束を取り出してみせる。
証文という事は、借金のやり取りについて書かれた紙であり、それを失われたら借金を有耶無耶に出来る。つまり、証文を領主に渡してしまえば領主が作った借金が無くなるわけだが。
「どうやって手に入れたのかは聞かないでおこうと思う」
「証文の入手はお前の部下がやったことだがな」
知らない知らない。私そんな事知らない。
私じゃないアピールをして訴えかけるが、ヴァジュラは無視して話しを続ける。
「リイナのために現状の領主の状況を簡単に説明するが、領主は進退窮まっている。この十数年の間に疫病と旱魃で収益の減少、領地の建て直しの事業の失敗によって多くの金を使い、借金の額が重なってしまっている。また、意図的な様子があるが、悪評や流言が領内や周辺に広まってしまい、まともな所から金を借りることも出来ず、周囲の領地から支援も受けることが出来ないで居るそうだ。そのため悪質な所から金を借り、金の返済に四苦八苦している。その上で山賊の横行を許している以上、このままだと領地の返上もあり得る。領主にとって最悪の状況だな」
「領主にそんな背景があったんだ・・・領主が山賊討伐に動かない理由は分かったよ。でもさ、兵を出させる事って出来るの、この状況で?」
「出さざる終えないだろう。少なくとも抱えている問題の一つに片をつける事が出来る可能性があるからな」
領主が思った以上に悲惨な状況になっていて、流石に同情する。別に悪い領主って訳じゃないんだろう。疫病や旱魃があったにしても領民が餓死する程困窮しているわけじゃないからね。今困窮しているのは、山賊による略奪の影響が大きい。
「リイナ、苦境に陥ったのは領主の不手際によるもので、俺達は領主に手を差し伸べにきたわけじゃない。れから俺達は領主を利用して、自分達の目的の達成を目指す。利用しようとする者が半端に情けを掛けると失敗するものだ、肝に命じておけ」
「・・・うん」
「なら良い。そろそろ忍び込むぞ」
ヴァジュラは私が領主に対して同情の思いを持った事を察したのか、制するように私に忠告する。ヴァジュラの忠告に素直に頷いて答えると、ヴァジュラは私達に簡単にどう動くべきかは伝えて館への侵入を始めた。
館の中でもあまり人の気配を感じられない。伯爵家の城館であれば、それなりに人が居てもいいだろうけど、借金をしているし大勢の人を雇う余裕が無いのだろう。
誰にも気づかれること無く領主の寝室に忍び込むことが出来た。
領主は居ない。しかし私達が入ると同時に、部屋の隅から現れた黒い影が一直線に部屋に入ろうとするヴァジュラに迫る。




