第二話
いきなりはじまるサバイバル。
いろいろとご都合主義ですみません。
こうでもしないと話が進まない・・・。
2018 1/2
この大陸には、北、南、西、東の四方向へと流れる大河がある。その大河によって大陸は四つの地域へと隔たれており、異なる文化が育まれた。大河の源泉は大陸の中央に峻厳に連なる山脈群であり、最も高い山から無数の小川によって四方に流れる大河に注がれて形成されている。
四方の大河とその支流によって大陸の隅々にまで豊かな水が届き、温暖な四季のはっきりした気候とが相まって様々な豊かな土地が多い。それがために人々は大河と、その源泉のある中央の山脈に対して格別の畏敬を抱いている。
白銀髪の少女は東へと流れる大河の支流を流れていた。
口を閉じて必死に水面から顔をだし、流されながらも水の中でがむしゃらに手と足を動かして必死に陸地を探す。
そうして足掻いているうちに手に、触れた草を必死の思いで掴み、辿ることでようやく陸地へと上がることが出来た。
陸地へと上がったその場で蹲り、飲んでしまった水を吐き出して息を整える。
「うぁ・・・ケホッケホッ・・・ハァ、ハァ・・・はあぁ。た、助かった、かな?」
ついさっき意識が戻って、流されている状況にはギョッとしたけど、私、よく生きてたね。うん。
でも、ここの場所・・・どこだろう?私が落ちたのはもっと大きな川だから、この川と違うのは確かだけど・・・。
キョロキョロと辺りを見渡し、空を見上げて周囲の状況を見てから考えてみる。
そういえばあの時の大河は長雨の影響で流れが速かったけど、ここの川の流れは落ち着いているね。川に落ちてから結構時間が経ってるに違いない。
太陽の位置を見る限りだと、少なくとも半日以上は流されたかな。
少し状況をまとめてから周囲を見渡して溜息をつく。
結局の所、流されて命だけは助かっただけに過ぎない。
「でも、でも・・・助かったわけじゃないか。此処の場所が分からないと、どうにもならないよね。そういえば、流されたとき、お母様が何か私に向けて投げてたような?」
たしかそれにずっと掴まっていたような気がする。
陸地に上がるときに引き上げてないので、まだ川の中にあるだろう。そう思い立ち、探そうと立ち上がると、足に激痛が走る。
「ぃったぁ!?そういえば、足の怪我が・・・ひぇ!?」
逃げるときに転んで足に怪我を負っていたことを思い出し、先に足の状態を確認する。足には濡れてはいるが包帯はきちんと巻かれていた。しかし、水で濡れているだけではなく赤と濁った白に包帯が汚れていた。血と膿だ。傷が化膿してしまっている。
「うえぇ・・・でもお兄様が包帯をしっかり巻いてくれたお蔭か、流されている間にそれほど血が出て行かなかったっぽいね」
兄に感謝しながら、汚れてもう使えない包帯を解いて怪我の様子を軽く確認する。傷の具合から、少しくらいの移動なら大丈夫そうだと判断し、怪我した足を庇いつつ私が流されている間につかまっていた物を探しに向う。
私が陸地に上がった場所から少し離れた場所にそれは引っ掛かっていた。
水を吸って重いが、一息に引っ張り上げる。これでなぜ浮かんでいられたのだろうか?
「んしょ。・・・これは、お母様が持っていてくれた、私の鞄」
逃げる時に私と兄の荷物は母が持っていたのだ。
中身を確認してみると、全てぬれてしまっているが、中身は全て入っており、十分使える。
「お母様が咄嗟に渡してくれたんだ・・・」
兄と母と離れ、私の侍女であるクロエもいない。あたりを見渡しても見知らぬ光景で、手元にあるのはこの濡れた鞄だけ。今は一人だと突きつけられたようで、不安と悲しみが胸に渦巻き、視界が歪む。しかし祖の中でも、足の傷の痛みと、空腹が現実を見ろと言わんばかりに訴える。
「うぅ、おかあしゃま・・・おにいしゃま・・・」
しばらく鞄を抱いて泣く。
なんでこんなことに・・・。
「お腹すいた・・・足痛い」
泣くことで少し感情の整理が出来た。鞄から救急道具を取り出し、すぐに足の治療と腕や顔に負っていた擦り傷の治療を済ませる。それを終えると、鞄の中の保存食を食みながら考える。
「お母様たちは無事に伯父様の領地に辿り付けたかな?」
あの時森の中では私達白鬼が少数に分かれて森に散らばっていたから、少なくとも追撃の部隊では森を突破することは出来ないだろう。たぶん、辿り付けた。
「問題はお父様だよね・・・大丈夫かな。お父様なら、どうにか切り抜けれそうだけど・・・うぅ、寒い」
風が走り抜けて濡れた体に寒さが染みる。
そういえばびしょ濡れだった。
「火を熾さなきゃ。たしか火打石のセットがあったはず・・・焚き火の用意するために森に入らないといけないよね・・・ついでに傷に効く薬草が有ればいいな」
まずは火を熾すことにし、周囲の散策を進めることにする。
今いる場所が分からない以上、今を越すことに専念しなければいけない。
肝心の火熾しだが・・・前世では経験が無いが、今世では嫌になる程ある。
およそ半年前に、領内の森の中に火打石を初めとした幾つかの道具と共に放り込まれた経験がある。
これは、私の生まれた白鬼が皆通る道だそうで、兄も父も母も幼い時に経験したらしい。
森に放おり込まれる理由としては、サバイバル能力を身につけさせるだとか、危機的状況に身を置いて能力を活性化させるだとか、そういった理由である。
森でのサバイバルは、幼い内にやられるので当然軽重はあるがトラウマになるそうだ。私も勿論軽いトラウマである。暗いの恐い・・・。
でも、サバイバルの経験があるから何をすればいいのか、どう動くのかが分かるので、多少落ち着いていられる。人生、何が幸いするか分からない物だね。
がさがさと鞄の中身を漁り、鞄の中身と数量を確認し整理を終える。
保存食は二日分はありそうだ。
「焚き火に適した木々ってあるかな?」
早速足を庇いながらゆっくりと立ち上がり、薪を探しに向う。それに食料を手に入れなければいけない。
秋の森は食料は豊富なので、お腹を空かせた野生動物はあまり居ないとは思うが、気配を隠して可能な限り素早く行動する。そろそろ冬眠の時期なので、食料を蓄えるべく動物達も活発なはず。
木々を見て、時折地面を探って動物の足跡を探しつつ森の中を進む。
秋に入っていることもあり、森を散策して焚き火に使えそうな枝葉をすぐに見つけられたが、問題があった。殆ど濡れているのだ。
「木々が邪魔して日光があまり差さないから、まだ乾いていないんだね・・・う~ん、こういうときは松の木を探すべきだよね」
松は樹脂を豊富に持っているので、燃えやすい。大陸でも各地に分布しているらしいので、この辺りにもあるだろう。
・・・こういう時、身長が高ければ遠くまで見通せるのに。
そう思いながら目を凝らして周囲を注意深く見ていくと、松の葉が見えた。
はやる気持ちを抑えて、足に負担を掛けないようにゆっくりと見つけた松の木に向う。
周囲に落ちているまつぼっくりを集めつつ、持っている懐剣で木に傷をつける。
この傷から松脂が出てくるので、後で滲み出てきた松脂を集めておきたい。
「すぐ近くにあってよかった。・・・うん、これなら大丈夫そうだ」
濡れてはいるが、十分火をつけられると思う。
早速届く範囲の枝を切り、落ちている葉やまつぼっくりもかき集めて持ち帰る。
帰る途中に兎らしき足跡を見つけたので、その周囲にいくつか括り罠を仕掛けて、入念に私のにおいを消しておく。これで運がよければ掛かるはず。
川辺に戻ると、松ぼっくりを砕いてこれを着火剤とする。
そして川辺の石で組み、松の葉を敷いて、細い枝、太い枝の順に組んでいく。
そうしたら火口を作り、数回火打石を打ち付けて、火口に火を点ける。
歩口に火が着くと、息を吹きかけつつ僅かにあった枯れ葉で包み、さらに松ぼっくりを加えて火を大きくして焚き火の中に入れる。
近くにあった大きな葉で扇ぎ、たびたび松ぼっくりを入れつつ焚き火の中に入れた火口が燃え移るようにしばらく頑張ると、無事に大きく燃え上がる。
後は適宜枝を放り込んで火を絶やさないようにすればいい。
せっせと近くの濡れた枝葉を集め乾かし、そして私自身も焚き火にあたる。
焚き火の熱で、冷え切った体が解けていくような錯覚を受ける。
「ふぇっ、くしっ!うぅ・・・風邪引いたかも。火を起こすまでずっとびしょ濡れだったからね・・・」
保存食を火で炙って食べつつ、しばらく体を休めながら火を見つめる。
暖炉の火を見てると、なんとなく気分が落ち着かないだろうか?私は落ち着く。
それは焚き火の火でも変わらないようだ。不安と緊張が解れていくような感覚がする。
ちょっと眠くなってきた。
いろいろやっている間に既に暗くなっているので、このまま何かをするより、少しでも傷の治癒と体力を温存するほうがいいかもしれない。
とりあえず、明日やることでも考えておくかな。
「明日は松脂の回収と罠の様子を見て、出来れば狩りをする。それと使えそうな薬草を探して、あ、そのまえに移動のことを考えれば杖と、焚き火で苦労しないために松明が欲しいな・・・枝を選ばないと。ここから近くの人里を探すにしても、この森の地理が分からないし・・・足が回復するまでは準備に費やそうかな。あとは、あとは・・・あと、は」
やる事やらねばならない事がどんどん思いつく。その中で私に出来ることについて考えをまとめていくが、体は休息を求めているようで、どんどん頭が下がり眠気で瞼が重くなる。強烈な睡魔にはさすがに耐え切れず、そのまま眠ってしまった。
日差しが目に差し掛かってとても眩しい。
「ん、んうぅ?眩しい・・・」
何時の間にやら周囲が明るくなっていた。昨日そのまま眠ってしまったのだろう、木々の隙間から見える太陽の位置から大体の現在時間を計ろうとする。
日は頂点にあった。
「お昼・・・うえぇ・・・寝汗が、それに喉カラカラだよぉ・・・」
綺麗な水は貴重だが、ケチをするといけない。鞄から水筒を取り出して水を飲む。
喉の渇きが癒えると川で簡単に水浴びをして体を清潔にし、傷口には水筒の水で改めて洗って、薬を塗った。次に近くの木から太めの枝を切り、簡単に整形して杖にし、森の奥へと向う。
最初に昨日見つけた松の木から松脂を採取し、それを終えると罠の様子を見る。
残念ながら罠は不発だった。微かに残る兎のにおいをもとにして三つほど罠を増やしておく。
「保存食はまだ日持ちするから、今日の食料は必須だね」
罠猟が不発に終わった以上、狩りに切り替えるべきだ。私の技量であれば、十分に近づけばナイフ一本で兎なり鳥なりを捕まえられる。それに今の時期は木の実も豊富だから、歩いていればいくらか拾えるだろう。それに、川魚も獲ろうと思えば獲れる。狩り、木の実の採集、漁を行い、食料を得よう。
考えが纏まったら、今は行動有るのみ。
杖をつきながら森の中を歩き回ると、動物の臭いを見つけた。
「・・・これは、兎かな?」
臭いを辿りに足跡を見つけて、臭いの正体を兎と考えて辿っていく。
少し時間が掛かったが、大分臭いが濃くなってきた。臭いと足跡、微かな音、そういった気配を頼りに周囲を探すと、茂みが怪しい。気配を隠して茂みに近づいて探ると、兎が横に休んでいた。逃げられる前にサッと両耳を掴んで捕らえる。
休んでいた兎は突然捕まえられたため当然暴れる。しっかりと掴んだまま懐剣を取り出し、苦しめないように一息に急所を刺す。次第に弱っていく兎に対して心の中で謝罪しつつ、別の急所を刺して止めを刺す。動きが止まり、兎が死んでいることを確認すると、その場で血抜きを行う。
血のにおいに釣られて肉食動物が河原に来るのは避けないといけない。
木に兎を吊るして周囲を警戒する。
「うぅ・・・やっぱり慣れないなぁ。血抜きって苦手なんだよね、血の臭いが・・・」
私は嗅覚が鋭いので、強い臭いは基本的に苦手だ。特に血の臭いなんて・・・。
はやくこの場から去りたいけれど、血抜きが終わるまで去ることはできない。血の臭いに誘われて、兎を盗もうという不届き物がいるかもしれないからだ。
血のにおいがきついので、耳に意識を集中させて、音で気配を探ることに集中する。
血抜きの間、一度視界に狐の姿が見えただけで、兎を狙おうというものはいなかった。
血抜きを終えると、簡単に兎のお墓を作ってから手放していた杖を拾って焚き火のところまで戻る。
灰を退かし、昨日のうちに乾かしていた枝葉を使って再び焚き火に火をつけると、下ごしらえした兎を串に刺して焼き始める。
串は先ほど血抜きをしている最中に作っておいたのだ。血抜きの最中には幾つか薬草を摘んでおいた。
兎が焼けるまでの間に川の中に入り、数匹の魚を取ると、手早く捌き塩水につけてから干しておく。
魚は干物にするのだ。少し湿気があるので干す際に気を付ける必要があるが、一日かからずに作れるので保存食として作るには有用だろう。
兎は直接火に掛けているので、焦げるのに気をつける。そうして焼いた兎がこんがりと焼けたので、火力を調整しながら魚の薫煙にしつつ、さっそく焼きたての兎に齧りつく。
「熱!?・・・お塩、かけよ。むぐむぐ・・・」
焼きたてだけあって焼けどしそうなほど熱かったが、食料が豊かな時期の兎なだけあって肥えていたのだろう、脂も乗ったお肉はとても美味で、ぱらぱらとお塩をまぶすと、より美味しく食べれた。
多少の臭みがあるけど、兎一羽分だもん満腹になるくらい食べれるよね。
もぐもぐと余す事無く兎を堪能する。
魚を干し始めてから数時間、既に兎も食べ終え、使っていた杖も形を整えて使いやすくしていたら周りも暗くなり始めている。
焚き火に薪を足しながら、魚の状態を見るとほとんど水分が抜けている。もう少し干したら十分だろう。
非常食の魚の干物を作り終え、後は何をしようかと考えていると、狩りをしている最中に採取していた物があった事を思い出す。
「そうだ、薬草も採っておいたんだった。たしか、この葉は炙って柔らかくしたのを患部に当てればよかったはず。あと、この花は・・・」
切り傷や打撲に聞く薬草を次々使い、体中の怪我に使っていく。
採ってきた薬草の半分を使い、怪我の治療は終わったが、全身薬草だらけの異様な風体になってしまった。とても緑臭い。
とりあえずは、自己診断では、足以外の傷や腫れ物は二三日で治ると思う。しかし、足に関しては、食糧の確保や移動で酷使するため、回復が大分遅れそうだ。森の広さが分からないが、一日森の中にはいたのに、周囲に人の気配を感じなかったので、大分奥地にいるのかもしれない。
ある程度の回復を見てから移動するとしても、この森から出られるのは一週間かかるか、もしかしたらそれ以上かかるかもしれない。森を出たらどこに行くか?どうやったら戻れるか?戦況はどうなっているか?みんなは無事か?
不安はとても多い。ある程度の見通しがついたからこそ、この先をどうするかについて考えが及んでしまう。なるようにしかならないとは思うが、それでも不安なのは不安だ。
「ふぇ、うく・・・」
不安で不安でどうしようもなく涙が出てくる。
その不安をどうにか押し隠して横になり、また明日に目を向ける。自分を励ます。
「明日は、何しよう・・・」
頬を撫でる冷たい雫で目が覚める。
気だるい体に鞭を打って体を起こすが、目を開けるのが億劫だ。ふらふらと手を泳がせると、ポツリ、ポツリと雫が頬や手にあたり、そこでようやく目を開ける。
雨だ。まだ小雨のようだが空を見え上げてみるに、すぐに強い雨になりそうな気がする。
「雨、雨だ、どうしよう・・・。雨宿りしなきゃ、でも、そんな場所都合よくないし・・・」
まだ対策をしていない中での雨は最悪だ。雨で体温は下がり、焚き火を熾す場所も限られてしまうし、動物は雨宿りするため、雨の中では獲物が少ない。
臭いも雨に打ち消され、音も雨の雑音が邪魔で拾いづらいので、何かあれば気づくのに遅れてしまう。
早く移動しなければと思い、杖に手を伸ばして立ち上がる。
手早く荷物をまとめ、雨宿りが出来そうな場所を探しに森の奥へと入っていく。
その間にも容赦なく雨はだんだんとその勢いを増していく。
木々の隙間と、葉を伝って落ちてくる雨に全身を濡らしながら森の中を進んでいくと、丁度いい洞穴を見つけた。
洞穴の中には何も居ないようだし、好都合だ。
「雨宿り、出来るかな?」
洞穴に入ってみると中はそれなりに広い。雨宿りする分には好都合だ。風通しが良く、焚き火はできそうだけど急いで避難してきたから薪が無くて火を起こすことは出来ない。昨日のうちに薪を用意しておくべきだった。
洞穴の中央に陣取って鞄と腰を下ろし、今日は何をするかを考え始める。
この間にも雨はだんだんと強くなっている。
「この雨だと水筒に水を溜めるくらいしか出来ないかな・・・くそぅ、雨の存在を忘れてた・・・厄介なのに」
どうやって帰るかなどに考えが向いてしまっていて、雨の事を忘れていたことを悔いながら、水筒の水を飲みつつ昨日作った干物を食べてお腹を満たすことにする。
今日は雨宿りしつつ、ナイフや懐剣を研いで、傷の調子を確かめ、体力を消耗しないようにして雨が通り過ぎるのを待つしかない。
やることは全て終えてしまい、それでも時間は有り余っている。
体力消耗を避けて横になっているが、眠れそうに無い。でも、眠ることしか出来ない。
雨で狂った予定をどうするか、この雨はどれだけ続くのか、食料は持つのか、怪我は何時治るのか、不安な事だらけだが、その不安を押し隠して早く寝ようと心の中で自分を励まし続ける。
激しい雨音に目が覚める。外の様子を見るに、深夜だろうか?
洞穴の中は真っ暗だ。光の一部も差していないので、何も見えない。
「寒い・・・暗いよ。恐いよ・・・助けて・・・」
何も見えない暗闇の中で、抱えていた不安が膨れ上がっていく。
何も分からない、何も見えない。
不安を押し殺そうと、また眠ってやり過ごそうと、鞄を抱きしめて体を縮める。
数分、十数分はそうしていたのかもしれない。
頭が冴えて眠ることは出来ず、不安はドンドン膨れ上がって押しつぶされそうだ。
鞄を抱きかかえ、泣きながら早く外が明るくなる事を祈っていると、暗闇の中でありながら視界の端に入った。
紅い、とても紅い。二つの紅い何かが洞穴の入り口の辺りに見える。
「・・・お父様?お父様、お父様ぁ・・・」
それが何かが分からない。でも、なんとなく今のは父の影、父の紅い瞳が見える。
ふらふらと立ち上がり、ゆっくりと遠ざかる紅い双眸を追って洞穴から出て行く。
外は空が雨雲に覆われ、夜か朝かの判別がつかないぐらいの暗さだが、洞穴の中と比べると微かに風景が見える。
そして何よりも紅い双眸は暗闇の中でもはっきりと見えるので、どうにか追う事が出来る。
激しく降る雨の中、現れては消える紅い双眸は、ゆっくりとだが真っ直ぐに進む。手を伸ばし、見失わないように、置いていかれないように、懸命に追いかける。
「待って、まって・・・おいてかないで・・・」
迷い無く進む紅い双眸を追うが、木の根、草花に足を取られ、何度も何度も転んでしまう。しかしそれでも必死に追っていく。
何度も足を取られ、体が泥で汚れ、服もびしょ濡れになりながらも追い続けると、唐突に紅い双眸が立ち止まる。
どうにか追いついたけど、疲労で視界も擦れ、意識も朦朧としてきた。
それでも僅かな力を振り絞り、紅い双眸、父の手を掴もうとしたところで、意識が暗転した。
◆ ◇ ◇
追っ手の男達と母上と共に戦い、対峙していた三人をどうにか倒し終えホッとしていると、妹であるリイナの危険を感じ取り、咄嗟に持っていた剣を大河の方角へと投げつける。
母上も同様にして持っていた細剣を投げていたので、リイナに何かあったに違いない。
慌てて大河の方向を見ると、リイナが先ほど倒した男と、今倒した男達の仲間らしき男の二人に襲われていたのだ。
「母上!リイナを!」
「分かってる。クリスは呼び笛を吹いて森の中に散らばった子たちを集めてちょうだい」
「はい!」
首元に掛けていた笛を短い間隔で吹く。
班別に森中に散らばってはいるが、すぐに耳の良い者が聞き取って集まるはずだ。
何回か吹いている内に返し笛が聞こえてくる。
すぐ近くからも聞こえたからすぐに駆けつけてくるだろう。
安堵して母上に報告しようとすると、また嫌な予感がした。
慌ててリイナの居る方を見ると、母の細剣が喉に突き刺さった男が、ぐらつきながらも横合いからリイナを蹴ろうとしていた。
リイナは反応して守りの体勢を取ったが、余程強い力で蹴られたのか、軽いリイナの体を浮き上がり、大河へと飛ばされる。
僕からも届かない。そして母上も無理だ。飛び込んだとしても流れが強すぎる。
「リイナ!受け取りなさい!」
めったに大声を出さない母上に驚いて顔を向けると、母上はリイナの分の鞄を投げようとしていた。
あの鞄の中には様々な道具が入っている。あの鞄の中には長期のサバイバルに生きられるような、有用な道具が入っている。あれがあればリイナならば当分の間は問題は無いだろう。無いだろうが、不安だ。あの子は精神的に弱いところが多い。それに生まれが・・・。せめて誰か一人でも付いていればいいけれど、僕達白鬼があまり国外に出ることは認められない。特に、僕らのように爵位を持つ家の白鬼はまず、出られない。
すぐに捜索の人員を出す必要がるけれど、家からは父上、白鬼という一族からは伯父上の認可が必要だ。すぐには出せない。
国内から出る前に救助することが出来ればいいが、あの急流では無理だ。父上ならば流れに逆らうことができたかもしれないが・・・。リイナが流されていくのを指を加えて見るしかない。
「母上、リイナが・・・」
「大丈夫。リイナは大丈夫・・・今はアレス領へと向うとしましょう。早くこの戦争を終わらせないと」
「はい。・・・クロエが来たようです」
クロエは近くに居たようで、声が聞こえる。
クロエはリイナ付きの侍女だ。クロエも勘が鋭い。リイナもクロエには大分懐いていたから、事が落ち着いてからの捜索はクロエに任せることになるかもしれない。
「そう、クロエが・・・クロエにはリイナが流されたということは伏せておいて。貴方はクロエと共に先にアレス領に向いなさい。私は森に皆を集めて、森の敵を掃討してから向う」
「分かりました。僕はもう行きます・・・それでは」
リイナが居なくなり、父上ももう会えない・・・母上もこの急な二つのことで相当疲弊している。
くそ、あの時せめて、リイナの近くに居てあげれば・・・。
先の笛の音で駆けつけてきたクロエと合流すると、一足先にアレス領へと向う。
とりあえずネットで調べたのを参考に焚き火やら何やらの手順を書きましたが、これが限界です。
これ以上は実際に経験してみないと分からんス。
次の話で拾われる予定でいます。
改稿するたびに焚き火の起こし方が替わる模様