第十話
2018 2/15
剣や槍を持ち、軽装の鎧に身を包んだ物物しい集団が十数台の荷車引き連れて森の中へ向っている。総勢にしておよそ百人のその集団はヴァジュラの後ついて隊列を組み進んでいる。この集団はザッシュの私兵で、ヴァジュラが指揮権を借りて今動かしている。
私やヴァイシャ、シャナンはヴァジュラの連れている集団の荷車に乗せてもらってついていっている。とはいえ、何もせずに乗せてもらっているわけではなく、周囲の警戒を任されている。
道中は度々野生動物が此方を警戒するように見張りに来るだけで、特に脅威と遭遇するでもなく遺跡へとたどり着いた。まあ、山賊の類が武装集団を襲うには結構な規模誇ってない限りありえないだろうし、そんな話しは無いので当然といえば当然だ。
遺跡にはヴァジュラの率いてきた集団の他にも、別の傭兵集団が既に集まっていた。そのため遺跡は静観な森の中とは思えないほどに騒がしい。
ずっと荷車に乗っていて固まった体を解してから、荷車の傍に立っている女性、シャーナに話しかける。
「ねぇねぇシャーナ。結構大掛かりに準備してるけど、”屍人”相手にこんなに準備が必要なの?」
「そうね、数で勝るなら正面から戦ってもいいけど、今回は敵の数が多い上に地理が悪いから。”屍人”には火が有効なんだけど、地下遺跡を壊さないために火が使えないのよね。戦うには条件が悪いのよ」
シャーナは女騎士だ。正確には元騎士らしいけど。ヴァジュラとは古い知り合いらしい。シャーナが此処にいる理由は偶然イシスの町に滞在してたから、ヴァジュラが協力を求めたとか。シャーナも丁度仕事がほしかったらしくそんな関係でシャーナは今回の戦いに加わっている。
「やっぱり火かぁ」
戦うに際して”屍人”の情報は簡単に集めた。弱点は火である事も聞いた。でも、他に弱点は無いのかと思ってたけど、無さそうだ。こうなるとやっぱりヴァイシャの方が”屍人”に対して有効に戦える、せっかく魔法の特訓をしてきたから私も活躍したかったのに・・・いやでも私って強いし。うん、どうにか活躍できるでしょう、うん。
ヴァジュラは到着して早々に打ち合わせの為に離れていたため、戻ってくるまでシャーナから武勇伝を聞いていた。しばらくしてヴァジュラが戻ってくると私達を召集して指示をだす。
「荷車に載せてある物を各自下ろせ。それが終わったら周囲の木を倒して一箇所に集めろ」
ヴァジュラから指示が下されるとすぐにザッシュの私兵達は動き出す。聞いた話しではザッシュの私兵はザッシュが傭兵をやってた頃の部下達らしい。ザッシュは昔自前の傭兵団を率いていたらしいけど、いろいろあって解散した折、彼らはザッシュを慕い故郷まで着いてきてそのまま今のようにザッシュの私兵になったとか。
私やヴァイシャ、シャナンは樵の力になれそうに無いので、荷車に載せてあった物の点検をすることにする。荷車に載せてあったのは、使い捨ての魔道具や魔石、縄や油、食料等である。
特に魔道具は実際に使う時に壊れているとまずいので、これを中心に点検をする。
しばらくして樵や点検が終わり、指示が出るまで休憩していると、私兵の一人が近づいてきた。
さっき樵をしている時にヴァジュラに代わっていろいろと指示を出していたから、ザッシュの私兵の中でもリーダー格の私兵なのだろう。
「お前らがザッシュさんの言ってた子供達だな。俺はグレイ、今回はヴァジュラさんの副官を務めている、よろしく頼むな。ちょっとこっち来てもらえるか?念のために皆に周知させねばならんからな、疲れてる所悪いが重要な事なんだ」
「私は大丈夫だよ。少し休めばすぐに元気になるからね」
「私も問題ありません。さ、行きますよシャナン」
「分かった」
グレイについて行くと、私兵達が積み上げられた丸太の辺りで各々寛いでいた。
私達が泊まっている宿には多くの傭兵が来て、傭兵にもいろんなタイプの人が居ることは知ってたけど、ザッシュの私兵達は特に異色だ。いかにも傭兵って人や司書さんでもやってそうな人、騎士が似合いそうな人、吟遊詩人をやってそうな人など、様々なタイプの人が居る。かなり個性的だ。
こうしてみるとグレイは普通に見える。
そんなグレイは彼らを見ると大声を出す。
「お前ら、こっちに注目しろ!お前らも事前に聞いてるだろう、今回はゴミ掃除の他この三人の子共護衛する。つまり、この三人以外に子共は居ない。見知らぬ子共を見たら即座に斬り捨てろ、いいな!」
『おう!』
「よし、では指示があるまで待機だ。武具の手入れは怠るなよ」
グレイは言い終えると、私達に振り向く。
「これでお前達は俺たちに覚えられた。極々稀に”屍人”には子共の姿をして生者みたいに振舞う奴も居るからな、これにはかなり梃子摺った事がある。もう一つ別に傭兵団もこの場には居るが向こうにも子共と見間違うような奴はいない。ここで子共を見たら”屍人”として処理するため、お前達も気をつけろ。此処数十年の間で従来の”屍人”とは違ったタイプの”屍人”が現れはじめたからな」
そう言ってグレイは私達に戻るように促す。
シャーナの所に戻る中でグレイから聞いた話しを考える。生きている子共に擬態する”屍人”が居るという話しは聞いた事が無い。私が聞いた情報の中で、”屍人”の姿は生気が無い表情、腐臭のような臭いを持ち、力強い。特徴はこんな感じだ。ゾンビとして考えるのがいいかもしれない。これが従来の”屍人”、でも特殊な”屍人”も現れる可能性がある。
「二人はグレイが言ってた”屍人”って知ってるの?」
「いえ、初めて知りました。稀と言っていたからには、あまり目撃例が少ないので知られていないのかもしれませんね」
「まあ、そうだな。でも”屍人”でも巨人って呼ばれる個体は居るらしいぞ。グレイが言ってたのもそういった類じゃないのか?」
「巨人?なんか強そうだね。でも、そうなると、思ってたよりも大変になりそうかなぁ」
付け焼刃程度に逃げる術と魔法の力を得ているけど、自分の能力に頼るだけで無くよく考えて動いた方が無難かもしれない。
シャーナの所に戻ってシャーナにもグレイの言ってた”屍人”について聞いてみたところ、シャーナも知らなかった。これだったらグレイから詳しく話しを聞いておけばよかったかもしれない。いざ遭遇すると対応できるか分からない、未知は脅威だ。
一先ず”屍人”のことは置いておいて皆で話していると、ヴァジュラの召集の声が聞こえた。地下での動きや編成、隊列の話しがあるのだそうだ。
話を切り上げ皆で一緒にヴァジュラの下に集まり、全員が集まった頃合いでヴァジュラから話が始まった。
「今回の仕事は遺跡地下に居る”屍人”の駆逐だ。つい今しがた地下に送った偵察からの情報によると、地下の構造は階段を降りた先は広い空間となっており、一つ広く長い通路がある。その通路を抜けるとまた広い空間となっており、そこに多数の”屍人”がいるそうだ。偵察の報告では数はおおよそ三千。此方はおよそ百五十。地下調査の関係で下手に遺跡を破壊するわけにもいかん。なので階段付近、通路の”屍人”を駆逐、制圧し防衛陣地を構築してから奥の”屍人”達を駆逐する。編成はフランの魔道部隊、グレイの剣部隊、そして俺の槍部隊の三つの編成となる。フランの部隊は制圧を担当、グレイの部隊は魔道部隊の護衛、そして俺の部隊は防衛陣地の保持を役割とする。まずグレイの部隊とフランの部隊が先行し、階段付近と通路を制圧してもらう。その後は防衛陣地を構築し、本丸に取り掛かる。フランの部隊が前衛として通路出入り口で魔法による簡易防壁を構築。グレイの部隊や俺の部隊と交代して後衛についてもらい後方から”屍人”に対して攻撃を加えてもらう。この時はグレイの部隊が前衛、俺の部隊がその後ろにつく。防壁が壊れた場合通路上に築いた防衛陣地まで交代俺の部隊が殿となる。その後は防衛陣地に立て篭もり、突破されるなら後退し次の防衛陣地で戦うこととなる。相手の数が多く制限が課せられる戦いとはいえ、冷静に対処すれば恐れる事の無い相手だ。各自健闘を祈る」
ヴァジュラはそう締めくくると、続いてヴァジュラの隣に立っていた男が話しだす。
「では続いて詳しい部隊編成について話をする。今回私が率いてきた魔道部隊四十名に加えて、ヴァジュラ殿が連れてきた魔導師三名を加えた四十三名を魔道部隊としこれを私が、グレイ殿が剣部隊四十名、ヴァジュラ殿が槍部隊六十五名を率いる。今回は私とヴァジュラ殿の率いてきた部隊が合同したため、指揮系統の乱れが予想される。そのため、今回の総指揮はヴァジュラ殿が行い、実戦での指揮は私が行う。つまり、指揮系統において最上位はヴァジュラ殿となる。これを理解し、今回の戦いに望んでもらいたい」
少しざわざわと騒がしくなったが、ヴァジュラが制すると皆静まりかえる。
「最後に、各部隊の隊長を紹介する。剣部隊のグレイ、及び事前に話を通して置いた分隊長は前に」
グレイの他に十一人が前に出てくるが、その中にシャーナが居た。驚いてシャーナを見つめると、私の視線に気づいたのか、笑顔で手を振って返す。シャーナって魔導師だったのね、剣を持ってるから剣を使うものとばっかり・・・。
前にでた十二人がそれぞれ自己紹介をし、それが終わると部隊ごとに顔合わせを行い解散となった。
◇ ◇ ◇
「さてさて、別に入り口があると思うのですが、それが分かれば苦労しないのですがね」
昨日見つけた小屋の中を調べながら呟く。
昨日は漁村の兄妹の家に泊まらせてもらい、今日も小屋に訪れている。しかし、この小屋の先にあるであろう研究場所には別の入り口もあるはずだ。こんな分かりやすい場所だけが入り口であるはずがないからだ。とはいえ、悠長に探している暇も無い。昨日兄妹の父親を調べ、幾つか不審な点が見られたからだ。
結論を言えば、父親は仮死状態にある。仮死状態にある原因は不明だが、短期間でやせ細っているのも気になった。何かしら薬の影響下にある可能性もあるが、助けるなら小屋の地下を調べるのがいいだろう。
そもそも別に何か見落としている気がする。確か似た様な話しを聞いたことがあった。しかし思い出せない。もう少し慎重に行った方がいいかもしれないが、手遅れになりかねない、そんな予感がある。
「高価な物ですし、あまり使いたくは無かったのですが」
小屋の中から特に何も見つけられなかったため、覚悟を決めて床板を外し、小瓶の中身を垂らす。
地下から「ぴちゃぴちゃ」と水が弾ける音が聞こえる。正常に動いているようだ。
「スライム、頼みますよ」
偵察用魔製液体生物、スライム。幾つかタイプはあるが、今使ったのは有毒物質に反応したり、人に反応して引き返してくる。
しばらくスライムを先行させ、その後から降りてスライムの後を辿れば良い。欠点としては一直線の通路でないと道に迷ったり、今さっき動作を確かめたように水が弾ける音が出るのが欠点だ。使う場所は見極めなければいけない。
「とはいえ、有用なんですよねぇ。そろそろ行くとしましょうか」
小屋の中の痕跡を消してから梯子を使い地下へと降りていく。スライムの痕跡は専用の眼鏡をかけることで分かる。難点は暗い場所だと視界が悪くなる事だ。
「ま、私は夜目が利きますし、問題はないですけどね」
地下は木で補強されて潰れないようにされており、魔道具による明かりが光源となっている。その中で、スライムの痕跡を辿り先へと進む。
スライムの痕跡を辿っているうちに、人工的な通路は天然の洞窟へと繋がっていた。
その洞窟を進んでいるうちに三つの分かれ道にたどり着き、スライムは真ん中の道へと進んで行ったようだった。
「下手な道を選んで誰かと出くわすなんて嫌ですしねぇ」
三つの道少し見てみたが、どの道がいいかという判断はつかない。なのでスライムが行った道を進むことにする。
真ん中の道を少し進んだところで、スライムの「ぴちゃぴちゃ」という特有の音が聞こえてきた。一瞬追いついてしまったのかと思ったが、次の瞬間に「ぱしゃん!」とスライムが弾ける音が聞こえた。
スライムが水がはじけたような音を出すのは、その音の反響で周りを把握するためだ。そしてスライムは目的を達すると弾けて自壊する。今の音は自壊の音だ。今回使ったスライムは、人か毒かそのどちらかを感知すると引き返し、ある程度戻ったところで弾ける。つまり、今回の場合は――
「これはこれは・・・厄介ですね」
スライムの音に代わりペタ、ペタと素足で洞窟を歩く音が聞こえてくる。
白衣の旅絵師その3




