第一話
新作です。
ぼちぼち投稿していこうと思います。
12/31 改稿という名の書き直し。一話はあまり変わってませんが、二話以降が・・・
日は姿を隠し、空に浮かぶ金と碧の双子の月が存在感を表し始める。
月明かりで仄かに照らされる秋口の森の中、1人の若い女性が、幼い女の子と男の子を連れて、何かから逃げるように走っていた。
3人は白銀の髪と真紅の瞳を持ち、容姿はとても整っている。
3人はしばらく走り続けていたが、幼い女の子は木の根に躓き、小さく悲鳴をあげて倒れた。すぐに手をついて体を起こすが、見るからに疲弊しており、今にも倒れこんでしまいそうだ。
もう無理。ここまでほとんど休み無く走り続けて体力はもう限界だ。
転んだ拍子にけがでもしたのか足もジンジンと痛む。痛みと疲労で視界が霞んできた。
先を走っていた母と兄は、私が倒れた音に気づいて立ち止まると、すぐに私の傍まで戻ってくる。
「はぁ、はぁ……お、お兄様、お、母様……少し、休ませ、て」
「はぁ、はぁ、大丈夫かリイナ?辛いだろうけど頑張れ!伯父上の領地までもうすぐだ!」
兄は、私の体を支えながら激励すると共に、水筒を私の口元に運び、少しづつ中の水を飲ませてくれる。
冷えた水が火照った体を冷やし、喉の渇きを癒してくれる。一息付けたけど、蓄積された疲労が大きくてすぐには動けそうにない。
「……5分休むとしましょう。私は周囲を警戒するから、クリスはリイナの事を見ていて」
私と兄の様子を見て休んだ方が良いと判断したのか、私達に声を掛けると、来た道を引き返していく。
母は少しでも私達の負担を減らすために、私と兄の鞄も背負っていたというのに息を切らしていなかった。
申し訳ないと思うと同時に、母は鉄人なのかと思った。
休憩時間は長くないので、私は兄に支えてもらいながらその場に座り込み、少しでも体力の回復に努める。
母が戻ってくる頃には歩ける程度に体力が回復したので、兄の手を貸りて立ち上がろうとすると、左足首に激痛が走る。
「いたっ!?」
「え!?もしかしてリイナ!……さっき転んだ時か。母上、僕の鞄をください!」
「追手が来るまではまだ時間が掛かりそうだから、今はゆっくり治療しなさい」
兄は、母から背負っていた兄の鞄を返してもらうと、救急道具を取り出すと手際よく治療してくれる。
兄の診断では、出血は激しいけど浅く切っただけで、大きな怪我じゃないらしい。でも、足首を捻挫しているからこのまま走り続けるのは厳しいとのこと。
「お兄様……ありがとう、ございます」
「いいよ。でも、これ以上は走れなさそうだね……よし、僕が背負うよ」
兄は振り返ると、背に乗るように促す。
私の体力は回復してきたけど、疲労が蓄積している上に、足の怪我があるから、これ以上走れないと判断したのだろう。
だけど、兄は私よりも3歳年上なだけで、身長差はあまり無い。兄も既に相当疲れているはずだ。
今兄に背負ってもらっても、すぐに兄が走れなくなるだけだろう。
私が躊躇っていると母が見かねたようで私に近寄り、背を向けた。
「クリス、リイナは私が背負うから、クリスは自分の鞄を持って」
「母様……で、でも……」
「私が背負ったほうが、何かあっても対応が出来る。分かるでしょう?」
「……はい」
「よろしい。リイナ、私の背に」
「うぅ……」
「早く。まだ追いつかれないけど、ぐずぐずしてる時間はないから」
「わ、分かりました……」
母の有無を言わせない様子に折れて、足を庇いながら、おずおずと母の背中にしがみつく。
母は私がしがみついたのを確認すると、私をしっかりと抱えて立ち上がった。
「このまましがみつけるだけの体力はありそう?」
「はい、大丈夫です」
「うん、いい子。休憩を挟みながら走っても3時間はあれば森を抜けて隣のアレス領に着く。もう少しの辛抱だから。クリス、行くよ」
「はい母上」
母と兄は少しでも追っ手から距離を取るために走り出す。
私は母に背負われ、揺られながら考える。
どうしてこうなった……。
私は転生者だ。
いきなりなに言ってんだ、こいつ?と思われるかねないので説明しよう。
私の前世は日本の大学生だった。幼い時に実母を亡くしたけど、少ないながらも親しい友人もいた。大学に入る前、父が再婚したことで急に義母と義妹が出来たけど、家族仲は良好。そこそこ充実した人生を送っていたけど、ある日突然私は死んだ。
死んだ時の事は忘れもしない、夏も盛りの頃。嫌になるくらいの猛暑で、蝉が煩く鳴いていた時だった。
大学の帰り、黄昏時の暗い駅のホームで電車を待っていると、急に酔っ払いに絡まれた。
色々言ってたけど、内容は覚えてない。とりあえず、すさまじくうざかったのを覚えている。言葉で表すのがいやになるくらいにうざかった。
最初は適当に相槌を打ちながらも対応していたのだが、疲れていた事もあって途中から無視していた。
しかし、無視されて怒ったのだろうか、電車が通過する旨を伝えるアナウンスが聞こえた時、酔っ払いが急に奇声を上げ、私をホームから線路上に突き飛ばした。
あまりに唐突なことで私は反応が遅れ、なすすべもなく路線に落ち、強かに頭を打った。
落ちる直前、奇声に気づいて振り返ったため、酔っ払いの顔が見えたけど、酔っ払いは私を突き飛ばした瞬間、自分が何をしたのか気づいて冷静になったのか、少し顔が青ざめていた。
もしかしたら、薬もやっていたのかも知れない。
それはそれとして、私は頭を強く打ったせいで意識が朦朧としており、路線の上から逃げることもできず、呆然と横たわっていた。
私が呆然としている間にも確実に電車は迫ってきていた。だれかが緊急停止ボタンを押したようだけど、急ブレーキで止まる距離ではない。これがこの駅で止まる電車であったなら、駅へ停まるために速度を落としていて、ギリギリ停まったかもしれないけど、通り過ぎる駅だったのでまったく減速していなかった。
電車のライトが私の姿を照らし、急ブレーキの甲高い音が嫌に頭へ響く。
その光景は驚くほどゆっくりで、自分が死んでしまうことを悟るには、死の恐怖に怯えるには、十分な程の時間があった。
そして次の瞬間、呆気なく電車に轢かれて死んだ。
凄まじい衝撃が体を走り抜け、全身の骨が砕け、筋肉と腱がちぎれ、身体はばらばらになった。即死でも感覚は残るものなのか、体内の血が水風船が割れた時みたいに飛び散る感覚、全身が砕け、ちぎれる感覚は今でも思い出せる。そして、バラバラに散らばる私のパーツが線路上に広がる様が、前世の最期の記憶だった。
今はこうして生きてるけど、前世とは異なる世界、国に生まれた上に人間じゃない。私は白鬼という亜人としてこの世に転生した。転生したとはいえ、何か特別なことがあったわけではない。なにか不思議な空間で神様っぽいなにかと対面してなんやかんやで特別な力を・・・というものはなく、気づくと見知らぬ男性に抱きかかえられていた。
最初は何がどうなっているのか訳が分からなかったけど、状況を把握しようと前後の記憶を探ろうとして、私が死んだ時の事をを思い出した。
一瞬ありえないと思ったけど、あまりにリアルな光景で、死ぬときの苦痛と無念を思い出して、赤子の様に泣いた。まあ、実際赤子だったわけだけど。
私が目覚めた後、男性の顔を見て泣き出した(傍から見たら)ので、男性は狼狽し、つられて後ろに居た少年も狼狽した。
私が泣き止むことは無く、男二人は狼狽して右往左往して、カオスな空間が出来上がったけど、1人の女性が現れ、その女性は見事に事態を収拾した。
単に原因である私を女性があやし、寝かしつけただけなのだが。
その後しばらくして分かったけど、目覚めた時に私を抱きかかえていた男性が私の父親で、その後の事態を収拾した女性は母親であった。ちなみに、父の後ろに居た少年は私の親戚の男の子だ。
そんなこんなで私は新たな家族を得て、この世界で生きていく事になったけど、いくつか問題があった。
まずは性別だ。
この世界に転生してきて、私の性別は女になっていた。つまり性転換だ。
ちなみに私が性別が変わってるのに気づいたのはこの世界で目覚めてから約一ヶ月経ってからだった。
気づくのが遅くないか?と思われるかもしれないけど、この世界について知るため言葉を覚えるのに必死で、そこまで気が回らなかった。若干現実から眼をそらしていた感もある。
ある程度言葉が理解できるようになり、心の整理ができて周りの様子がわかってきた頃、おしめを取り替えられたときに気づいた。気づいてしまった。
男性を象徴するものが無い事に。
確かに使用人の会話を盗み聞きしたり、両親の会話を聞いて不自然だとは思っていたが、決定的な証拠を突きつけられたようなものだった。
その事が分かったときは戸惑いすぎて泣いた。
それはもう盛大に。
前世の記憶はあるけど、精神は年相応に不安定だったため、昔はよく泣いた。
今も変わらない気がするけど……。
それはさておき、性別が変わってしまったけど、一度大泣きしたせいか、死んだときの記憶があるからか、普通に受け入れた。
いや完全に受け入れたというわけではなく、諦めに近い受け入れ方だ。やけくそだ。
そういうわけで、現在は一人称に「私」を使用している。
「僕」や「俺」という一人称を使っても不審がられるだけだ。「私」という一人称を使ってても特に違和感を覚えないしね。
さて、次の問題は私の家だ。
私の家はトール子爵家という。ブランシュ王国で子爵位を賜っている、貴族の家だ。
とはいえ使用人が居たり、家が屋敷な時点で薄々感づいていた。
明確に貴族であると分かったのは、貴族の教育が始まったときだ。
私がいる国では1人で歩けるようになって少し経ったら、基礎教育が始まるのだそうだ。
といっても、本格的に始まるのは5歳頃らしいけど。私は普通の子供よりも内面の成長が早かったので、3歳から本格的な教育を受けさせられた。
それはまだいい。
それよりおかしいのは、私が3歳になるとすぐ、母によって武術を仕込まれた。
武術は必要なのか?とか、早すぎないか?とは思ったが、これは私が生まれた種族とか家に関係するようだ。
私の家は、アレス伯爵家の分家であり、アレス伯爵家から分かれた6つの家のひとつが私の生まれたトール子爵家というわけだ。アレス家と分家の6家はブランシュ王国の東部に領地を持ち、長年に渡って国を侵す者達を退けてきた武の家なのである。
そして、私は『白鬼』という、亜人だ。
亜人というのは、人間とは異なる特徴を持った人の総称である。
白鬼の特徴は、白銀の髪に真紅の瞳、高い運動能力と自然治癒力を持つ。特に運動能力は人間とは比べ物にならないほど高く、5歳の白鬼は、戦闘訓練を受けた大人の男よりも強い。
武門の家の生まれなのと、白鬼は戦いに優れた種族なので、早い内から武術を仕込まれるのだ。
ちなみに、母はトール子爵家の出、父はアレス伯爵家の現当主の弟だ。私はトール家の長女で、長男は私の怪我を診てくれたクリスで、今世の私は4人家族である。
貴族として生まれた以上、貴族の役割っていうのがあるらしいし、武術を仕込まれているという事は、争い事が身に降りかかる可能性がある。でも、前世で死んだときの記憶があるから荒事はご免こうむりたい。
最後の問題だ。
これは現在、私達が森の中を逃げている状況につながるけど、現在ブランシュ王国は隣国から攻め込まれている。
ブランシュ王国は、西に大きな山々、南に大河と、西と南は自然に囲まれているけど、北にはクラッシュ王国とローサシュ王国の2カ国、東にウラマンシュ王国が隣接している。
今回侵攻してきたのは東の軍事大国、ウラマンシュ王国である。
この国は長らくアレス家や分家が支配する土地の所有権を主張していて、度々国境を侵している。
今回、ウラマンシュ王国はこちらの国に宣戦布告すると同時に、今までに類をみない規模の大軍を動かして国境に侵入、国境沿いの砦を瞬く間に攻め落とした。
此方も対抗しようとしたけど、ウラマンシュ王国の動きは早く、此方が準備を整えた頃には部隊を分けて各地へ同時進行したため、こちらもその動きに対応せざるおえなくなり、動きが遅れてしまった。
此方がまごついている間に、トール領にまで敵が近づいてきたのである。
トール領の戦力はとある事情で半減していたけど、父は敵が近づいて来くると、家臣の白鬼を集め、道中で奇襲や夜襲を敢行。当初は大きな打撃を与えることが出来たそうだけど、結局時間稼ぎにしかならなかった。敵はなりふり構わない異常な速度で進軍し、トール領を抜けてアレス領を攻める動きを見せたため、父は私達を逃がして領主館のあるトールの町に立て篭もった。
これが、私達が逃げている経緯だけど、逃げている間にも事件が起きた。
敵が進路を変えてトールの町包囲すると同時に、トールの町から逃げた私達に追撃部隊をまわしてきたのだ。
追撃部隊はおよそ1500。
私達は使用人や護衛達と合わせて50人程でアレス領に向かっていたけど、トール領とアレス領の境の森で追撃部隊に追いつかれてしまった。
白鬼である使用人や護衛達は私達を逃し、森の地形を利用して追撃部隊と戦っているけど、数は此方の30倍もいる。しかもなりふり構わず私達を捕らえようとしているので、捕まらないように必死に逃げ回っているのが現状だ。
母の背にしがみ付きながら半ば現実逃避するようにこれまでの事を回想していたら、後ろの方から声が聞こえてきた。
まだ遠いけど、声と足音から判断しておよそ20人弱。この人数で森の中を移動しているのは、追手で間違いない。母の肩を軽くたたいて、耳元で伝える。
「お母様、追手が来てます」
「……そう、しつこいわね。何人いるか分かる?」
「およそ20人です」
「20か……。もうすぐアレス領に着くから、ここでやり過ごすとアレス領に行ってしまうかもしれない。此処で倒しておいたほうが良いわね。クリスとリイナは……一緒に居たほうがまだ安全ね。クリスはリイナを連れてそこの茂みに隠れて。私は向こうの茂みに隠れる。敵の集団が此処を通り過ぎたら私が背後から襲い掛かる。クリスは私に注意が向いた隙を見て敵の指揮官に襲い掛かりなさい。指揮官さえ倒せば対処がしやすくなるら。リイナは怪我をしているから、手を出さずに茂みの中で息を潜めていて。分かった?」
「はい……」
「分かりました。母上、後武運を」
「クリスも」
私達は母に言われたように、茂みに隠れる。私達の背は低いので、茂みに隠れていれば私達の姿を完全に隠してくれる。私は念のため、懐の数本の短剣を確認しながら、追っ手の様子を隣のクリスに教える。
私は今役立たずだけど、聴覚や視力が兄や母と比べて優れている。少しでも役立つために、聞こえてくる相手の情報をクリスに伝えることに専念する。
しばらくして、重装備の男達がやってきた。
警戒しているのか、隊列を組んでゆっくりと進んでいる。
集団の最後尾が、私達の潜む茂みを抜けると同時に、鎧の音に紛れて茂みから出た母が、鎧で守られていない部分から首を細剣で抉った。
男は声も出せず崩れ落ち、異変に気付いた男の目に短剣を投擲すると同時に、倒れた男2人から剣を盗む。盗んだ剣を動揺している男2人の鎧の隙間から突き刺すと、素早く茂みに隠れてしまった。
この間はおよそ10秒。一瞬の間に4人がやられた事で敵の集団に動揺が広がる。
「ひえっ・・・」
間近で行われる殺し合いの凄惨さに口を押さえ、カタカタ震えながらも、母の戦闘の様子を伺う。
「襲撃だ!円陣を組め!」
「はっ!」
男たちは指揮官らしき男を中心にして円陣を組み、短槍を構える。
緊張感の漂う森の中、守りを固める男たちに母はどう仕掛けるのかと思っていると、「ジジジッ」と何かが燃える音が聞こえ、男たちの足元に2つの玉が投げ込まれた。
玉から延びる導火線が玉の中に消えると同時に、玉から煙がまき散らされ、男たちの姿が消える。
「何事だ!?」
「煙幕だ!警戒しろ!」
「ぎゃっ!?」
「がはっ!?」
煙幕に紛れて母が戦っているのだろう、混乱する男たちを次々と悲鳴が上がる。
「リイナ、隠れているんだよ」
「え?お兄様……」
兄は母に続いて煙の中に飛び込む。兄が煙へ飛び込んだ後、聞こえてくる悲鳴が増えた。
煙が晴れる頃には立っている男たちは7人にまで減っており、その男たちも手傷を追っていた。立っている男たちの中に、指揮官はおらず、男たちに動揺が走っている。
どさくさに紛れて兄が指揮官を倒したのだろうか?
母は敵が動揺し隙だらけなのを逃さず、一番近くにいた男の鎧の隙間から細剣をねじ込み、さらにその男の剣を奪って適当な男に投擲する。
兄は狼狽している男の背後に回ると、鎧の隙間から短剣を差し込み、倒す。
男は口から血を零し、胸を押さえながらふらふらと茂みの中に倒れた。
倒れた男の茂みの丁度隣に潜んでいたため、危うく悲鳴を出しそうになった。懐から取り出した短剣で、男をツンツンと刺して様子を探る。反応がない、死んでいるようだ。
最初は20人以上いた男達は5分も経たないうちに、4人にまで減り、残りは全て地面の上に倒れ伏している。倒れている男達の内、何人かはまだ息があるようだけど、致命傷を負っているため長くないだろう。
「退け。これ以上戦っても勝ち目は無いぞ」
「女1人と子供1人でどうにかなると思うな!」
「我々は先遣隊に過ぎない。すぎに本体が来る!そちらこそ諦めて投降しろ!」
母の警告を受けても、男達はまだ数の有利があるせいか、はたまた仲間を殺されて怒り狂っているのか、激昂した様子で母に言い返す。もしかしたら、大声を出して自分を奮い立たせているのかもしれない。
男達は短槍を構えて、じりじり母とクリスに迫る。
「仕方ない・・・クリス、大丈夫?」
「問題ありません」
母と兄は剣を持ち直し、構える。
そのまま母と兄は男達と戦い始めた。
戦いの最中、私は茂みに倒れこんできた男の死体から距離を取るように茂みを移動していた。
戦闘の邪魔にならないように、もう少し隠れやすい場所に移ったほうがいいと思ったからだ。
母と兄、男達の様子に意識を向けながら、がさがさと茂みの中を移動し、少し離れた場所に出る。
しかし、出た場所に血まみれの男が身を隠していた。
「うにゃ!?」
「な!?」
男は茂みから出てきた私に驚いた様子を見せたが、すぐに私の容姿に気づき、捕まえようと手を伸ばす。
咄嗟に懐から短剣を取り出して男の肩に向けて投擲し、男から距離を取る。
「貴様!」
「きゃっ!」
私は立ち上がって逃げ出すが、男は激昂し、肩に刺さった短剣を地面に投げ捨て私を追いかけ始める。
男は重傷を負っているようで、足取りがおぼつかないけど、私は足を怪我しているうえに背が低いから歩幅が狭い。すぐに追いつかれるだろう。
ふと、近くで水の流れる音に気が付いた。河がすぐ近くにある。こうなったら、河に突き落としてしまおうと考えて、河に向かってと走り出す。
しかし、足を誰かに掴まれてしまい倒れこむ。誰が私の足を掴んだのか、確認すると、さっきどさくさ紛れにやられた指揮官だった。
指揮官は顔から肩に掛けて深手を負っているというのに、私の足首をがっしりと握っており、振り放すことが出来ない。
そうこうしている内に男が追いついてきた。
「隊長、たしか子供は殺してもよかったんですよね?」
「ああ、そうだ。あの女を捕まえればいい・・・こいつは殺しても構わん」
「ひ、ぅ」
震えながらも短剣を取り出し、剣を抜いた男に向ける。
私の構える短剣に目もくれず、男は血走った目で剣を勢い良く下ろそうとした……が、男の喉から細剣が生える。
「っ!?」
「はぇ?」
「がは!?」
続いて指揮官の男の背中に剣が飛んで来て、頭に突き刺さった。
指揮官の男は短く悲鳴を上げると脳漿を撒き散らして息絶え、私を殺そうとした男はふらふらと喉に生えた細身の剣に手をやる。
兄と母の剣だ。
慌てて母と兄の方を見ると、4人の男達を倒していた。
私の異変に気づいて、助けてくれたのだろう。
知らず知らずの内に出ていた涙を拭うと、立ち上がって母と兄の許へと走る。
「お兄様、お母様〜!」
「リイナ!」
風きり音が迫ってきている。
咄嗟に身を縮め、腕でお腹を守ると、強い衝撃が腕から響いてきた。
私はなすすべもなく宙に浮かぶ。
何があったのか、衝撃が来た方向へと視線を向けると、喉から細剣が生えた男が足をあげていた。おそらく、私を蹴り飛ばしたのだ、河の方向に。
兄の驚愕の顔と、慌てた母が何かを投げる様子が見える。
昨日の雨で増水した河が、だんだんと迫ってくる。
不意打ちだったので、態勢を整えることもできず、私は「どぼんっ」と大きな音を立てて大河に落ちた。
私が河に落ちる直前に母が投げたものになんとか掴まり、勢いの強い河を流されていった。
一度死んだため、目の前で人が死んでもあまり動揺しない主人公。
主人公は基本的に自分が生き残るためなら敵を殺します。