第7話 奴隷と猫の耳と
「よかったぁ。クロウ、お怪我は大丈夫ですか?」
言いながら、ミーシャは部屋に入って来る。
「………」
何故か、カルナが俺の後ろに隠れた。そして、背中から様子を伺っている。
いまいち状況が掴めなかったが、どうやら俺は、彼女に助けられたらしい。
「…ああ、大丈夫」
そう頷いて、お礼を言う。
「ありがとう。だいぶ世話になったみたいだな」
「いえ、でも驚きましたよ」
ミーシャは微笑みながら言う。
「夜に外に出てみたら、彼女がクロウのことをひっぱてて。それに二人ともボロボロでしたから」
「………」
………カルナが?、俺を?
少し驚いた。カルナも俺と同じかそれ以上に傷だらけだったはずなのに。
しかもこんな、小さな体で。
どうやら俺は、この子にも助けられたらしい。
まさか、こんなに自分が誰かから助けられるなんて、思ってもみなかった。
自分で思う以上に、案外頼りないのかもしれない。
「おー、怪我人起きたのか」
ミーシャの後ろから、またひとり別の人間が顔をだした。
褐色の肌に、ミーシャと同じ格好の、エプロンのようなものをつけ、あとは裾の広いスカートを履いた少し背の高い女。
ああいうのをメイド服っていうのか、いや正確には給仕服というのか。
あまり衣服に関してくわしくはないため、いまいち分からない。
「あんたを運び込ん出来た時は大騒ぎだったんだぞ。なっ、ミーシャ」
「や、やめてよリナちゃん」
ミーシャが頬を赤く染め、リナと呼ばれた少女に詰め寄る。
それを笑って避けながら、リナは俺の前にたった。
「それでだ兄ちゃん、起きてそうそう悪いんだが。いくつか聞きたいことがあるだけどいいか?」
「構わないけど」
近くの椅子を俺とカルナが寝るベットに寄せ、彼女は真剣な表情で俺に話しかけた。
「単刀直入に聞く。あんた、何者だ?」
彼女の赤い瞳が、俺の目をまっすぐに見据えていた。
…不思議だ。ただの女のなのに、彼女には不思議な迫力が滲んでいる。それも独特の、自慢するわけではないが、何か自分に絶対の自身がある人間の空気感。
空気が少し、熱く感じた。
「……どういう意味?」
彼女の意図している意味が、よく分からない。
この状況で、彼女は俺にいったい何を聞いているのだろう。
「君が連れている彼女」
言いながらリナは、俺の後ろに隠れているカルナに目を向けた。
「その子がつけてるそれ。それは奴隷の首輪だ。そして彼女はおそらく、……エルフの一族だ」
「エルフ…」
あまり、聞き慣れない言葉だ。
この世界で言う種族とか、部族とかそういう区別だろうか。
「確かにこの街も、どこの街でも裏で奴隷の売買が行われているし、実際に見たこともある。そこには決まりはあるし、ルールもある。……だけど」
「……」
リナは1度言葉をとめた。
隣にいるミーシャも、少し目をそらし、気まずそうにしている。
「……エルフの売買は、御法度の筈だ。彼女たちに関わるのは。それは人間や、どの種族であっても犯していいものじゃない。あんたがもしそういうものに手を出しているというのなら…、ここで見逃すことは出来ない」
そう言ってリナは、俺を睨む。。
難しい話だが、人買いはもとの世界でもあった話だし、この世界でもあるのだなぁと急に異世界に現実味を感じてくる。
とりあえず、何か誤解を招いているようだから、言い訳をするべきなのか。
さて、どう言ったものかな。
「えーとな…」
「違うっ!!」
俺が喋ろうとした瞬間、急に耳元で大きな声がした。
音の発生源は、考えるまでもない。
カルナが、俺の後ろから身を乗り出して前に出る。
「おい女!、クロウはそんなことはしていないっ!。クロウは私を助けてくれたのだっ!!」
カルナは目を細め。鋭い瞳で彼女を見据える。
「この人間風情が!、これ以上クロウに何か言ってみろっ!、きさまの喉元に噛み付いてやるっ!!」
本当に噛み付きそうな勢いだが…あれ?。
「………」
なんだか、想像と違うというか。さっきまでのカルナの態度と違うというか。
驚きを、ちょっと隠しきれない。
ミーシャもリナも、鳩が豆鉄砲くらったような顔をしていた。
さっきまで借りてきた猫のような感じだったのに、俺を庇ってくれたくれたことについてはありがたいが。
「か、…カルナさん」
「なんですかクロウ?」
俺が話かかけると、また大人しい喋り方でこっちを向いた。
激しい2面相だ。変わり身の速さにがすごい。
「喋り方、……普通でいいですよ」
「そうですか?…、うん。それならそうさせてもらおう」
言いながらカルナは、俺の膝の上に腰を落ち着かせた。
つい今しがた激しく激昂していた彼女とはまるで別人のようだ。
「……話で聞いた通りだな」
リナが、喋りだす。
「エルフは感情的で情熱的で非常にプライドが高いと聞いたことがあるが」
いや、そうなんですね。
この愛らしい少女のさっきの行動を見れば非常に納得だが。
「まっ、まぁ…、それならいい。すまなかったクロウ」
「いや、こっちもその辺の説明が上手くできなくてな」
それから俺は、現状に至った詳しい経緯を話した。
もちろん、異世界から来たという件はふせて。わざわざ話をややこしくする必要はない。
「なるほど、それで外で倒れていたというわけか」
「そうだ。来てそうそうなかなかしんどくてね」
「ああ。…いや、それよりもだ」
リナの表情が、少し陰る。
「問題は、君がその子を助けたそのグループの方だな。エルフを攫ってくるような組織だ、とてもマトモな組織とは思えないし。公に商売なんてすればすぐに城下隊が動くだろう。特に、…今は色々ピリピリしてるからな」
城下隊。また新しい単語だ。
この世界の警察のようなものだろうか。
「そういえば、…カルナって言ったか。君はどこから攫われたんだ?」
「………」
「おい」
「まぁまぁリナちゃん」
カルナはリナの質問を完全に無視。
膝に乗ったまま、そっぽを向いている。
俺はカルナ頭の上に手をおいて、話しかける。
「なぁ、お前はどこから来たんだ?」
「西の集落だ。位置は、――あまり分からない。攫われて来たからな」
即答。余計にリナの顔が苛つくのがわかる。
気持ちはわかるが、まぁしょうがない。女の人は難しいと、以前誰かから聞いた気がする。
「そこにお前は戻らなくていいのか?」
「そうだな、……たぶん、戻れないと思う」
「戻れない?」
「ああ、……帝都との戦争で滅びた。その混乱に乗じて私は攫われたのだからな」
少し、遠い目をしていた。
見た目より、だいぶ大人びた、そんな視線。
「帝都の戦争…?。いや、そんなまさか――――、だってあそこには…」
なんだか、リナさんがぶつぶつ言ってる。
この世界の部外者としては、なんだか大いに取り残された気分だ。
「……まぁ、それはいい。それで、君を攫った相手に心当たりは」
「…………」
「カルナ、答えてやってくれよ」
「…クロウがそういうのなら、まぁいいだろう人間」
「……あぁ!?」
なんだか一瞬、リナの周りに火花がはしった気がする。
もしかしてこれがあれか、魔法ってやつなのか。
「正直、私にもわからん。だいぶ長い距離を連れて行かれたのは覚えているがな。何度かボスがどうこう言っていたが、結局1度も顔を見せはしなかったからのう」
「情報は無しか…」
どうやら、現在検証できる話は他にもう無いらしい。
はてさて、どうしたものか。
「……クロウ」
「なんだ?」
「それで、君らは今後どうするんだ?。今の話を聞く限り、君らがこの辺りに身寄りがあるわけでもないだろうし。カルナに至っては攫われてきただけだが、クロウの目的は一体なんなんだ?」
「…………あー」
そういえば、俺の目的かぁ。
色々あってすっかり忘れていたが、そんなものもあったっけ。
「確かあれだ」
あの天使が言ってたやつ。
「魔王を倒せとか、そんなこと言われたな」
「はぁ!?、魔王っ?」
リナが、呆れたような声をあげた。ミーシャも、口を抑えてこっちを見ている。
何か変なことでもいっただろうか。
「魔王って、…あのカルト教団が祀ってる魔王のことだよな?」
「さぁ、俺自身も人づてだからよく知らないんだけど」
「かー、またヤヤコシイものに関わろうとしてるなぁあんた」
そう言われましても、自分で進んできた訳ではないのだが。
むしろ巻き込まれた感じに近い。
えーと、なんだっけ、108人とかいってたけど。
思いながら、自分の左手を見る。108と刻まれたその拳を。
これの意味も、そのうち考えなければいけないが、まず指針を決めなきゃいけないのであろう。
話を進める。
「そんなに厄介なものなのか?」
「厄介も厄介。だいぶ狂った思想を盲信している連中さ。普通だったら絶対に関わろうとはしない。少なくとも一人で相手取るような組織ではないな」
「それはまた」
何とも難易度が高い目的のようで。
「まあ表立って活動している教団ではないから、そもそも出回って情報も僅かだろうけど」
「出会うことすら難しいってことか…」
ますます手詰まり感が出てきた気がする。
少なくとも現状の俺ではどうすることも出来なのであろうことは間違いがないようだ。
あのクソ天使め。もうちょっと福利厚生を充実させるべきだと思う。
「…………それで、君はどうするんだ?」
リナが、またカルナに話しかける。
「故郷に帰れないにしても、君も今後のことは決めなければいけない」
「私は………」
カルナは何かを考えるように下を向いて、そして答える。
「………私は、クロウに拾われた奴隷だからのう。ほれ、首輪もあるしな」
「奴隷って、………それにそんな物外してしまえば」
言いながら俺はカルナの首輪に手を伸ばし、革でできたそれを外そうとするが。
「あれ…」
外れない。ビクともしない。
首輪のつなぎ目も留め具も、まるで見えない何かに守られてるかのように動かない。
リナもそれを、横から覗き込む。
「……魔具か」
「魔具?」
「魔法の道具のような物さ。それ自体に魔力を持たせてある何か意味のある道具」
「外せないのか?」
「無理だな、この手のものは術者しか取り外しは出来ない」
術者、カルナを攫ったあのひょろ長い男のことであろうか……。
いや、違うな。
あいつにそんなこと出来るそぶりは一切なかったし、こんなことが出来るならあんなやすやすと逃がしたりしなかっただろう。
「かまわぬさ。例え外れたところで何も変わらぬ。故郷もない私一人ではこの先、身でも売らねば生きていけぬ」
俺の上で足をばたばたさせながら、カルナは言葉を続ける。
「だから………、迷惑でなければ、私をクロウの下において欲しい」
「俺だって屋根なし無職だよ。まぁ、それでもいいならだけど」
「かまわぬ」
カルナがこちらに振り向く。
「かまわぬさ。私はクロウといたい。それ以外の望みは、今は無い」
「………」
その綺麗な灰色の瞳に、思わず少し、言葉が詰まる。
本当に、何故俺なんかがこれほどまでに彼女から信用されているのであろう。
こんな無心な信用を受けられるほど、俺はまともな人間ではないのに。
「…………………………あ、あの」
あまり話に参加していなかったミーシャが、おずおずと手をあげた。
「よかったら、その、ご飯にしませんか?」
「…………………………」
そういえば、よく考えればこの世界に来てからまだ何も食べていなかった。
少し迷ったが、今更借りの一つや二つ増えたところでしょうがなっかたので.
俺はそれを、ありがたくいただくことにした。




