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その6 五月

5月。


それはある意味大事な時期でもある。


初めての中間試験がある月でもあり、転校生がやってくるかもしれない月でもある。


サッカー部に入部した健太のように、部活に入部する人も多い。


「はぁ〜今日も疲れたな〜」


健太は、その運動能力を見込まれて(熊を倒したことがすでに高校側に届いている)、


すでにサッカー部のレギュラーとして活躍していた。


もともと小学生の頃からサッカーをやっていたので、才能は十分だったのだが。


「やっぱお前のサッカーの腕前ってすげぇよな」


「いや、そうでもないよ」


今は帰り道。


隣には吉行が歩いていた。


「いやいや、ハットトリックを決めといて何を言うか!お前、やっぱりサッカーの名門


 行った方がよかっただろうに!!」


「それってもしかして・・・四季学園のこと?」


このあたりでサッカーの名門校といったら、そこしかないという。


四季学園とは、隣町にあるスポーツが盛んな学園であり、サッカーに関しては、


毎年全国大会に出場するとてもすごい学園なのである。


「まぁ、そんな所にあいつが通ってるとなると、少しおかしくも思えるけどな」


「そう言わない方がいいと思うけど」


こうして世間話をしながら、いつものように帰宅をし、夕食の買い物を済まし、


予習復習して、寝る。


そんな毎日を過ごしていた健太だが、ある日に衝撃的なニュースが届く。




それはかなえと約束した日の2日前。


5月2日の金曜日の日に起きた。


いつもと同じ時間に起床して、学校にやって来た健太を待ち受けていたのは、


汗まみれの吉行だった。


「お、おい健太・・・聞いたか?」


「何を?ていうか吉行、なんでそんなに汗まみれなの?」


全身から汗がダラダラと流れているため、木の床にはすでに水滴の跡が残っていた。


「ま、まぁここじゃなんだから、屋上行こう」


「話をするときは毎回屋上なんだね」


悪態をつきながらも吉行についていく健太。


階段にも水滴が垂れていたのは言うまでもないだろう。




「実はな・・・うちのクラスに転校生が来るんだよ」


「・・・それだけ?」


「それだけじゃないんだぜ!なんとその転校生は、帰国子女なんだぜ!!」


「え?そうなの?」


帰国子女が、どうしてこんな一般の高校に転校してくるのかという疑問が頭によぎった健太。


「あながち珍しいことでもないみたいだぜ。最近ではそういう場合も多いらしい」


「ていうか、帰国子女という例が少ないのが原因じゃないの?」


「まぁ・・・それもそうなんだけどな」


言いたいことはそれだけだったみたいだ。


すべてを言い終えた直行は、一気に言葉をなくした。


「それじゃ、そろそろ戻る?」


「そうだな。もう授業も始まる。早く転校生を見たいからな!!」


「早く教室に戻っても、見れないけどね」


そう言いながら屋上を後にしようとしたその時だった。


「あら?あなたはもしかして・・・」


後ろから声がする。


どこかで聞いたことのある声だなと思いながら健太は後ろを振り向く。


吉行もつられて後ろを振り向いた。


するとそこには、見覚えのある人物が立っていた。


茶色い髪の毛をサラサラとなびかせるその少女の名前は、


「真鍋先輩じゃないですか」


生徒会副会長である、真鍋瑞穂だった。


「またあなたなのね・・・」


「いやだからオレは何もしてないですって」


「吉行、ドンマイ」


そう言って健太は立ち去ろうとする。


しかし、その前を端穂にふさがれる。


「あなたよ、あなた」


「へ?僕?」


自分で自分のことを指して、さぞかし驚いた様子を見せる健太。


そんな様子を見た吉行は言う。


「ドンマイ、健太♪」


そしてそのまま教室へと立ち去ってしまう。


「あ、ちょ、吉行・・・」


置いてかれた健太は、その場に立ち尽くしてしまう。


やがて一言。


「あ、あの、そろそろどいてくれると嬉しいのですが・・・」


「いえ、その前にひとつ聞いてもいいかしら?」


「?何でしょうか」


端穂が何かを聞きたがっていた様子なので、健太は聞く。


すると、端穂の口からとんでもない言葉が出てきた。


「あなた、生徒会に入る気ってない?」


「・・・はい?」


あまりにも唐突な言葉に、思わず健太はふ抜けた声を出してしまう。


「そ、それは何故なのでしょうか?」


とりあえず健太は、何故自分が生徒会に勧誘されるのかを尋ねてみる。


すると、端穂からこんな返事が返ってきた。


「あなた、相当にこの学園内では有名だから」


「僕が・・・ですか?」


「ええ。なんでもできる凄いやつで通ってるわ。私のクラスでも女子の間では結構話題よ」


以前ハイキングの時に倒した熊の話が、ここまでもう伝わっているのだろう。


健太はそう考えた。


「でも、部活の方もありますし」


「・・・そう。私個人としては、あなたが入ってくれると嬉しいのだけど・・・」


最後の方が小声で聞き取りにくかった健太は、もう一度端穂に尋ねる。


「え?何て言いました?」


すると端穂の返事はこうだった。


「な、なんでもないわよ!」


顔を真っ赤にして、顔を健太から逸らしてそう言った。


健太はこの言葉の謎にしばらく悩んでしまったようだった。




「では、転校生を紹介しよう。今日はなんと女の子2人が転校してくるぞ!」


「いっやほぅ〜!!」


「最高だぜ〜!!」


「2人?あれ、転校生って帰国子女の1人だけじゃなかったの?」


「ああ。確かにオレはそう聞いたんだが・・・」


転校生として女の子2人が来るという事態に、クラスの男子が歓喜の声を挙げる。


しかし、健太と吉行は、どうも腑に落ちなかった。


そんな様子の健太と吉行を見て、大貴が聞く。


「どうしたんだ?お前ら」


「ああ。なんかオレが聞いた話とは違うなと思って」


吉行は正直に答える。


ちなみに、1か月が経過したことにより、この教室では席替えが実行されていた。


健太の席は、窓側から2列目の先頭。


吉行はその後ろで、大貴は吉行の隣。


健太の左隣は、席が余った為に空白で、健太の右隣にかなえが座っている。


ミサはかなえの後ろで、美奈は、窓側後方2番目というなかなかのベストポジションだった。


ちなみに、席は男女混合である。


「ああ。今日決まったからな」


「今日!?急すぎじゃないですか!!」


驚く健太。


だが、そんな健太を無視して、外川は続ける。


「んじゃ、とりあえず2人とも入ってきてくれ」


外川の合図と共に、転校生らしき2人の女子が入ってくる。


だが次の瞬間。


「あー!」


健太が指をさして、その人物のことを指さしていた。




「まさかあいつが転校してくるとはな」


「ていうか、今日二回目の屋上だね」


健太と吉行はまた、屋上に来ていた。


現在は昼休み。


購買で買ったパンを頬張りつつ、健太と吉行は話をする。


「ていうか、先月会ったばかりだよなあいつに至っては!いっやっほぅ〜!!」


「興奮しすぎだよ。いくら愛が転校してきたからって」


そう。


この学校に、あの早乙女愛が転校してきたのだ。


「それにあの帰国子女。どっかで見たことある気がするんだけど・・・」


「奇遇だな。オレもだ」


「その帰国子女って、私のこと?」


突如、屋上の入口の方から声が聞こえてきた。


「おわっ!」


「うわっ!」


そのあまりにも突然過ぎる登場にびっくりして、手にしていたパンを落としそうになる。


落とさないように気をつけながら、健太はその女子に向かって尋ねてみた。


「えっと、確か神内さんだよね?」


「そっ。神内えりな」


えりなは何故か胸を張ってそう答える。


銀髪で長く、背も高い方で、痩せているにも関わらず、出ている所は出ている。


本当に帰国子女って感じがする。


ちなみに、英語は完璧だそうだ。


「もしかしてさ、昔オレ達と会ったことない?」


「あるわ」


即答。


しかし、これで健太と吉行の鬱憤が晴れた。


が、更なる謎が生まれる。


一体どこで会ったのかと。


そのことについて健太が訪ねてみると、


「えっとね、確かあれは・・・」


と言って、自分の過去の話をし始めた。




6年前。


健太達がまだ小学生だった頃の話だ。


「なぁ健太、裏山に行こうぜ!」


「うん!」


吉行と健太は、虫取りの為に裏山に来ていた。


家の近くにある山で、木々がたくさんある。


そして、虫などもたくさんいるので、子供達からは『宝の山』と呼ばれていた。


健太と吉行は、いろんな物をリュックに詰めて、裏山を登っていた。


右手には虫取り網を持って、リュックからは、水筒らしきものが突き出ていた。


完全なる虫取り少年スタイルで裏山を登っていた。


そして、わずか5分くらいではぐれた。


「お〜い吉行〜」


健太は、山の奥の方まで行ったと思われる吉行を探す羽目になってしまった。


こんな時に限って、肩に背負っているリュックが重く感じる。


そして、虫取り網が邪魔だった。


そんな感じで、吉行を探していたところ、健太の視界に何かが映った。


それは、珍しい虫でもなく、行方不明の吉行でもなく、土の上に座り込んでいる少女だった。


右足首を、痛そうに手で触れている。


そんな少女を見た健太は、


「どうしたの?」


と聞いていた。


少女は、若干驚いたように目を開いたが、すぐに答える。


「帽子を取ろうとしたら、木の根っこに引っかかっちゃって・・・」


少女は、帽子のあるらしき方向を指差す。


その方向には、確かに帽子はあった。


木の枝に引っかかって、登らなきゃ届かないような高さに。


「・・・」


健太は、若干の躊躇いがあったが、やがてすぐに、


「僕が取って来て上げる」


と言って、取りにいった。


「あ・・・」


少女は何かを言おうとしたが、健太の耳には届かなかった。


健太は、その木の目の前に立ち、


「・・・よし」


気合を入れると、木の枝を掴んで登り始めた。


スルスルっと帽子のある木の枝の所まで登ると、手を伸ばして帽子をキャッチ。


そのままゆっくりと降りてきて、


「はい、帽子」


笑顔で少女に帽子を渡す。


座り込んだままの状態で、少女は帽子を受け取り、


「あ、ありがとう・・・」


俯き加減にそう答えた。


「あっ、そういえば君、足をくじいてたんだよね」


「え?あ、うん・・・」


健太は、先ほどの会話の内容を思い出し、リュックの中に手を突っ込む。


取り出したのは、小さな救急箱だった。


救急箱のふたを開けて、包帯を取り出す。


それを、右足首の所に巻く。


「これで終わりっと。お母さんが持っていけって言った救急箱が、ここで役立つとは


 思わなかったよ」


「・・・」


少女は、健太の顔をただボーと眺めていた。


心なしか、少し顔が赤い。


「それじゃあ、いこっか。はい」


「・・・え?」


「おんぶだよ」


「え、でも」


「大丈夫。僕こう見えて結構力あるから」


笑顔で健太はそう言った。


少女は、少し迷ったが、頷いて健太に従う。


「捻挫してるかもしれないから、一応病院に行った方がいいかも」


「・・・うん」


ここで、健太はふと何かを思いつき、尋ねてみる。


「ところで、君の名前は?」


「神内えりな」


即答だった。


「僕は木村健太。よろしくね」


そうしている内に、吉行もやってきた。


「ごめんごめん。つい夢中になって奥の方まで・・・ってその子どうしたの!?」


「ちょっと足を挫いてるみたいで」


こうして裏山を下山して、そこからえりなは、病院に行った。


結果、捻挫ではなく、ただ足を挫いただけだったらしく、1週間くらいで完治した。




「そういえば、そんなこともあったな」


過去の話の終了と共に、吉行はそんなリアクションを取った。


「うん。覚えてる。その時の女の子が、君だったのか。通りで聞いたことのある名前だと


 思ったよ」


「私も。健太君の顔を見て、あっこの人は・・・って思ったわ」


「しかし、あの時とえらい性格が変わったようにも見えるが」


吉行は、率直な感想を述べる。


「確かにね。気が強くなったというか」


「時が流れれば、人は変わるってもんなのかな。神内の場合は、逆方向にだが」


「何よ!私が退化したとでも言いたいの!!」


「そうは言ってない!!」


吉行とえりなの喧嘩が勃発しそうになる。


「ちょっと、2人共落ち着こう」


それを必死になだめる健太。


だが、この事態は、意外にも別の出来事がきっかけで収拾したのであった。


それは。


「健太〜♪」


「こ、この声は・・・」


(ガバッ)


女の子の声とともに、健太は誰かに抱きつかれるのを感じた。


抱きつかれているために、その女の子の顔は見えないが、だいたい誰なのかは想像できた。


「・・・愛だよね」


「そうだよ♪よくわかったね」


「そりゃあれだけ目立つ行動してりゃあ、いやでも気づくって」


そう。


愛の登場だ。


「・・・あなた、誰?」


「誰って・・・えりなさんと同じで、今日転校してきた早乙女愛よ。何で同じクラスに


 なったのに、私の名前を覚えてないの!!」


「いや、まぁ・・・転校初日だし。覚えてないのも無理はないんじゃないかな」


「そりゃないぜ、健太・・・」


いろいろと話がごちゃごちゃになって、もう何が何だか分からない状況となっていた。


そうこうしている内に、


(キーンコーンカーンコーン)


昼休み終了のチャイムが鳴った。


「やべっ!早く教室へ戻らないと!」


こうして4人は、足早に教室へと戻って行った。




放課後。


「ふ〜終わった終わった」


手をのばしてストレッチをしながら、吉行はそんなことを言った。


「吉行。ちゃんとHR聞いてた?」


「・・・ごめん。聞いてなかった。なんか特別なこと言ってたか?」


「えっとね・・・来週までにこれを提出しろだってさ」


そう言って健太が出したのは、第1次進路調査書だった。


「これか・・・ついにこの時が来たか」


「どの時だよ」


わけの分からない吉行の言葉に、健太はそう突っ込みを入れる。


そんなこんなでいろんな話をしながら、途中で健太はある方向を見た。


「・・・馴染んでるみたいだね」


「・・・ああ」


その方向にいるのは、愛とかなえだった。


何やら、クラスの女子達に囲まれて、何かを話している。


恐らくは、好きな食べ物は?とかだろう。


「ん?何であいつまで混じってるんだよ」


「・・・あ」


よ〜く見ると、美奈の姿まであった。


「さすが美奈さんって所かな・・・」


「まぁ、中川だしな」


「健太君」


突如、背後から健太を呼ぶ声が聞こえてきた。


その声の主を確認するために、健太は後ろを振り向く。


そこにいたのは、


「あっ、かなえさん」


かなえだった。


下校の準備はとっくに済ませたみたいで、かばんを片手に持っていた。


「そ、その・・・もしよかったら、途中まで、一緒に帰りませんか?」


「え?かなえさんの家って反対側じゃなかったっけ?」


「途中までは一緒なんです。あの橋の所までは」


あの橋というのは、街を街をつなぐ橋のことだ。


名前を、『沢渡橋』という。


隣町にある四季学園に行くには、この橋を通らなくてはならないのだ。


そして、かなえの家は、この橋を真正面から見たときに右側に進めば家に帰れる。


対して健太は、この橋を真正面から見たときに左側に進むと家に帰れるの。


だが、この橋まで行くには一本道しかなく、多くの学生はこの橋を使って帰るのだ。


「うん、いいよ」


「ってお前って部活あるんじゃなかったか?健太」


「あ・・・そうだった」


「あ、あの。実は私も部活があるんです」


どうやらかばんを片手に持っていたのは、下校する為ではなく、部活へ行くため


だったらしい。


「そ、そうなんだ。何部に入ってるの?」


「吹奏楽部です」


「じゃあ、6時ころに終わるのかな?」


「たぶん・・・そのころだと思います」


かなえはそう答える。


健太は次にこう言葉をつなげた。


「それじゃあ、校門のところに6時頃待ち合わせってことで」


「あ・・・はい!」


笑顔で快い返事を返したかなえ。


その顔を見て、健太は一瞬ドキッとしてしまった。


「それでは、またあとで!」


(タタタタタ)


そのままかなえは走り去ってしまった。


「・・・健太、お前ひとりだけで青春を満喫するとは、一体何事だ?」


「いや、そんなこと言われても・・・」


とにかく健太も部活へと急いでいった。


ジッと自分の方を見てくる2つの視線に気づかないまま・・・。




「よし、終わった」


部活も終わり、着替えも済ませた健太は、足早に校門へと急ぐ。


かなえと一緒に帰るためだ。


「もうかなえさんいるかな?」


時刻は6時5分。


集合時間ギリギリと言った所だ。


「待たせちゃうといけないし、急ごう」


健太は走る。


校門でまつかなえの所へ行くために・・・。




「ちょっと早く来すぎたかな?」


かなえは1人、校門の所で待っていた。


健太を待っているのだ。


「・・・それにしても、この胸のドキドキ、何だろう?さっきからずっとドキドキしてる」


かなえは、さっきからずっと胸がドキドキしていた。


健太を待ち始めてから、ずっとだった。


「・・・あ、来た」


程なくして、健太はやってきていた。


そして、かなえの胸の鼓動の大きさは、更に大きくなっていた。




「ごめん。待った?」


「い、いえ、私もさっき来たばかりですから」


赤面した状態で、かなえは言う。


恐らくは、健太以外の誰かが見れば、それは違うなと突っ込みそうな顔だった。


それだけ、バレバレだったということだ。


「そっか。それじゃあ、行こっか」


気づいているのか気づいていないのか。


健太はかなえにそう言った。


「はい!」


かなえはそう返事をすると、健太に合わせて歩き出した。




「それでですね、美奈ったら・・・」


「ははは。それはおかしいね」


健太とかなえの2人は、帰り道で特に何か特別な話をしたわけでもなく、


ただ普通に世間話をしているだけだった。


だがしかし、かなえのこの一言により、それもすぐに変わった。


「あの・・・今度の日曜日のことなのですが」


「日曜日・・・というと、美術館の話だっけ?」


「あ・・・はい!」


健太が忘れていたと思ったのか。


健太が美術館の話を覚えていたことに、素直に喜びを感じるかなえ。


そんなかなえの様子に気づかず、健太は話を続ける。


「それで、待ち合わせの時間とか、いつにする?」


「待ち合わせの時間ですか?確か展覧会の時間が10時からでしたので、


 9時に駅というのは?」


「うん。そうしよう」


そして、その話は終わる。


と同時に、2人はいつの間にか『沢渡橋』にたどり着いていた。


「あ・・・」


「あはは・・・楽しい時間というのは、あっという間に過ぎ去ってしまうものだよね」


「・・・そうですね」


「・・・?」


かなえは、何故か健太の言葉に対して、微妙な表情を見せた。


それが何を意味するのかが気になりながらも、


「それじゃあ、また明日」


と、健太はかなえに言った。


「はい・・・また明日!!」


かなえも元気よくそう言った。


そして、その日はかなえと別れるのだった。


心の中に、少しだけ謎を残して・・・。




「やっと着いた」


自宅に辿りついた健太の手には、買い物袋が2つ程握られていた。


理由は簡単。


買い物に行ったからだ。


「はぁ・・・疲れた。さすがにあそこからあのスーパーは遠かったかな・・・」


鍵を開けて部屋に入ろうとする。


が、その鍵は、鍵穴の中に収められることはなかった。


「あ・・・」


(ドサッ)


握られていた買い物袋が落ちる。


健太の目線の先には、


「ヤッホ〜健太〜♪」


「こんばんは、健太」


両隣にいる、愛とえりなの姿があった。


「愛に神内さんまで・・・2人ともなんでここにいるの?」


健太は、何故か自分の両隣の部屋に入ろうとする2人を見て、そう言った。


「何?私が居たら悪いことでもある訳?」


「いや、別にないけど・・・」


見事なまでに攻められる健太。


そんな健太を見て、愛は。


「健太、これからよろしくね」


と、まったく脈絡ないことを言った。


「いやいや、まったく会話が成立してないから」


とりあえず健太は、そこだけを突っ込んでおいた。


「まぁ、学校から一番近いアパートだしね、ここ」


「そうなのよ。だからこのアパートにしたら、何と健太の隣が空室に」


「そういえば、前まで花塚さんとかいう人が住んでいたような・・・」


健太は、昔隣に住んでいた人の名前を思い出す。


そして、ふと思った。


いつの間にか引っ越していたのか、と。


「私も同じよ♪」


「へ、へぇ・・・(もはや笑えない)」


健太は心の中で、そう呟いていた。




「はぁ・・・」


午後8時。


家の中には最低限の物しか置いていない為、健太の暇つぶしといったら、読書しかなかった。


それ以外だと、たまに体力づくりの為に、外を走ってきたりしているのだ。


「走ってくるか。寝る前にちょっとだけ」


健太は、ジャージに着替えると、ランニングの為に外へと出て行った。




「ふぅ・・・」


橋の辺りに来た所で、一旦休憩に入る。


「この橋も、あとどのくらい渡ることになるんだろうな・・・」


などと呟いて、橋の近くに位置する土手に座り込む。


空はすでに暗くなっていて、街灯の明かりが、道行く人々を包んでいた。


たまに通り過ぎる車以外は、特に何も通らない、そんな静かな場所だった。


そんな場所だったのだが。


「・・・ん?」


「・・・!!」


「    !!!!!」


何かを叫びながら、健太の方へと走ってくる人影が見えた。


それは、1つではなく、複数。


それはまるで、誰かが追われているようだった。


「まさか、女の子が不良に追われてる、何てベタな展開じゃないよね?」


本音を健太が言う。


そして、その健太の本音は、不幸にも、当たってしまった。


「待ちやがれ!!」


「逃げるんじゃねぇよ!!」


「オレ達とちょっと付き合うだけでいいんだよ!!」


1人の女の子が、不良達に追われている図が、目の前に広がっていた。


「・・・こんなんで待ってくれるわけないじゃない」


(スクッ)


健太は座っていた場所から立ち上がる。


そして、橋を走る人影の方へと、ゆっくり歩み寄る。


「ん?おい、誰か来るぞ」


「何だ?正義の味方気取りか?」


「いや、この場合は、弱者の味方か?ハハッ!笑わせてくれるぜ、おい!!」


不良だと思われる複数の男達は、健太に対して言いたい放題だった。


「ちょっと、すみません」


健太は、女の子と不良達の間に入る。


女の子は、健太の背中に隠れる。


「何だ?テメェは?」


「いまどき正義の味方気取りですかぁ?」


「相手は、4,5人か・・・」


現状を理解する。


そして健太は対策を練る。


「・・・うん。大丈夫だと思う」


意を決すると、健太は、不良達に話しかけた。


「この子が困ってるじゃないですか。ていうより、何でこんな夜中の街を全力疾走


 してたのですか?」


不良が答える。


「いやぁ、ちょうど帰宅途中の可愛い女の子を見たからな、話しかけただけだ」


「するとその子が逃げ出しちまって、追いかけてたってわけだ」


女の子の手には、鞄が握られていた。


恐らくは、夜遅くまで部活していた人の部類なのだろう。


「それは言い訳ですよ。僕が言いたいのは、何故そこで思い留まらなかったのか、


 ということです」


「はぁ?思い留まる?何それ、おいしいの?」


「少なくとも、おいしくはねぇんじゃねぇの?」


不良のうちの誰かがそう言うと、残りの人達も皆、笑い出す。


「・・・あまり調子に乗ってると、警察呼びますよ?」


「やれるもんならやってみな。まぁ、そん時には、言葉を発せないような状態に


 なってるだろうけどな」


それだけを言うと、不良の1人が、健太に向かって走ってきた。


「その程度で僕を倒せると思わない方がいいと思いますけどね」


(ヒュン)


その不良の攻撃を余裕で回避し、カウンターを繰り出す。


(バキッ)


「ぐおっ!」


殴られた不良は、その場に倒れこむ。


すると、敵討ちを取るかのように、何人もの不良達が襲い掛かる。


だが、健太はこれらの奇襲も軽くあしらうと、全員に同様に殴り返す。


「つ、強い・・・強すぎる!!」


「これが噂の・・・主人公補正ってやつか!?」


意味不明な言葉を残し、不良達は去って行った。


「・・・大丈夫だった?」


「あ、はい・・・」


呆然と健太達の様子を眺めていた少女は、戸惑いながらも返事をする。


健太はその少女の姿を見た。


背は健太よりも少し小さめで、ショートヘアーの青い髪で、一言で表現すると。


「(か、可愛い・・・)」


「?どうしたんですか」


「い、いや、何でもないです・・・よ・・・」


上目遣いで、不思議そうに首を傾げる仕草は、なんとも可愛らしかった。


「(これじゃあ不良に追われるわけだ)って、僕と同じ学校の制服・・・?」


「はい。私も相馬学園の生徒です」


「奇遇ですね!何年生ですか?」


「今年入ったばっかりの新入生です」


なんと、偶然にも同じ高校一年生でもあった。


「それじゃあ僕と同い年だね!えっと・・・名前は?」


「・・・二ノ宮美夏です」


「僕は木村健太。よろしくね」


「はい・・・こちらこそ、よろしくお願いします」


2人は、軽く挨拶を交わし、その日は帰宅することにした。


帰宅途中に健太は、美夏からいろんな話を聞いた。


美夏が1−Aのクラスだということ。


部活はかなえと同じ吹奏楽部だということ。


そしてなんと、かなえとは最近友達になったのだという。


とにかく、いろんなことを話して、その日を後にした。




次の日。


この日は土曜日なので、午前中の短縮授業の日である。


「健太〜今日は確か部活は休みだろ?一緒に帰ろうぜ!」


「あ、うん。一緒に帰ろう」


というわけで、吉行と帰ろうとした健太だったが。


「・・・すまん木村。ちょっといいか?」


「ん?大貴?いいけど・・・ごめん吉行。今日は先に帰っててくれる?」


「ああ。別にいいぜ・・・ちょっと寂しいけど」


健太は、吉行に伝えるだけのことを伝えると、大貴についていった。




「それで?やっぱり話はここでするんだ」


毎度恒例となっている屋上で、大貴と健太は2人で会話をしていた。


大貴の話の内容は次の通りだ。


どうやら1−Aのとある女子に恋をしているらしい。


しかし、それは一目惚れで、向こうはこちらの顔を知らないらしい。


だから、どうやったらその子と知り合いになれるのかを、健太に聞きに来たらしい。


「そういう話は僕よりも吉行にした方がいいと思うけど」


「いや、その通りなんだが。アイツは確かにいい奴なんだけど・・・変な方向に


 話が飛んでいきそうで」


「まぁ、そこら辺は美奈さんと同じベクトルだしね」


大貴は、屋上のフェンスに体を預ける。


そして、話を元に戻した。


「それで、どうすればいい?」


「う〜ん。大貴がまさか恋をするなんて・・・どうすればいいかなぁ?僕にはあまり


 検討つかないな。ていうか、大貴って結構モテるよね?」


「・・・モテるとかは関係ないんだ。こういうのは直接勝負だろ?」


変なプライドが大貴の中に眠ることを、この日健太は初めて知ったという。


「それならば、何か共通するような話題を探ってみるとかしてみたらどうかな?」


「いや、そこはもうサーチ済みだ。相沢から話を聞いている。確か趣味はピアノらしい」


この大貴の言葉を聞いて、健太はあることに気づく。


「・・・え?じゃあその子って吹奏楽部の子なの?」


「ああ」


やがて、健太の想像は、ほぼ核心に近づいた。


「・・・もしかして、二ノ宮美夏って女の子?」


「うおっ!?な、何故名前を知っている!?」


そして、当たった。


「まぁ、昨日会ってるし・・・それじゃあ僕から話してみようか?大貴のこと」


「本当か!?済まないな・・・来週の月曜日にでも頼む」


こうして健太は、大貴からの依頼を引き受けた。


この後健太は普通に家に帰り、夕食を済まして、寝た。


そして次の日。


運命の日曜日がやって来た。

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