その3 オリエンテーション旅行
とても爽やかな朝だった。太陽がちょうどよい位置に出ていて、適度に暖かい。そんな時間に
健太は起きた。
かなえも同じような時間に起きた。他の人達も、恐らく同じくらいの時間に起きた。
同じような時間に食事をし、同じような時間に着替えを済ませて、同じような時間に顔を洗い
歯を磨き、同じような時間に家を出たと思う。
ここまで息が合っていることなど、全員知らないわけなのだが。
健太は、健太は自宅を出る。歩いて集合場所である東京駅へと向かう。相馬高校は、東京駅か
ら徒歩5分という場所にあるので、学校に合わせて引っ越してきたアパートから東京駅も、意
外と近かったりもするのである。
「いよいよだな〜」
健太は、肩に大荷物を担ぎ、道を歩きながらそう呟いた。すると、
「おす!健太!!」
後ろから吉行が健太を呼ぶ声がした。
「吉行か、おはよう」
吉行も、健太同様に右肩に大荷物を担いでいた。
「何せ3泊4日だからね」
「あっちの学校の人との禁断な恋とかもあったりしてな」
「そんなわけないだろ〜」
吉行の冗談をあっさりと返す健太。そんな健太を見て、吉行は少しムッとしたのだが、健太は
気づくはずもなかった。
「ところで、いくらなんでも多すぎると思うのは、気のせいかな?」
吉行のかばんの、異常なまでの膨れぷりを見てそう尋ねてみた。すると、吉行はいきなり声を
張り上げてこう言った。
「いいや、気のせいではない!!」
「威張って言うなよ」
「このバックには、つい先日買ったばかりのノートパソコン一台が入っているのだ!ちなみに
メーカーは富士○のなんだがな」
「中古のパソコンなんだ。で、それを何に使うの?」
健太がまた尋ねると、今度は空に向かって右手人差し指を、
(ビシッ)
と指して、
「それはもちろん、オンラインゲームをするためなのだ!!」
ワッハッハと大声を上げて吉行はそう言った。そんな吉行に健太は、
「・・・先行ってるね」
呆れて先に行くことにした。
「おいちょっと待て健太。お前から聞いてきたんだろーが!」
「じゃあ聞くけど、ケーブルはあるの?」
「あ・・・」
どうやら吉行は通信ケーブルを買い忘れてしまったらしい。
「じゃあ無理だね。あきらめな」
現実を突きつけられて、絶望的な顔になった吉行だったが、
「フフフフフ、アーハッハッハッハッハー!!」
突如、大声で笑い出す。
「な、何だ!?」
突然のことで健太はびっくりした。
「このかばんにはな、そういうことを想定して、なんと!リト○スを持ってきてあるの
だ!!」
「・・・また著作権を気にするような発言を」
健太は、一言そう呟いてその場を後にしたのだった。
同じ頃、かなえも家を出ていて、住宅街の中を歩いていた。
「今日から旅行かぁ」
かなえも大荷物を肩にかけている。すると、
「おお、かなえ」
「あ、美奈。おはよう」
美奈がやってきて、合流した。こちらもやはり大荷物だ。
「楽しみだね、オリエンテーション旅行」
「うむ。こういう校外学習というのは、何かがあるんだよね」
(キラ〜ン)
美奈の目元が何故か光ったようにも見えたが、そこは置いておこう。
「ねぇ美奈。そのバックの中には何が入ってるの?」
吉行同様、美奈のかばんもまた、異常なまでの膨れぷりを見せていた。そんなかばんを見てか
なえは、そう尋ねる他なかったのである。
「よくぞ聞いてくれたかなえくん!!」
「は、はぁ」
「この中にはな、大量のまんが本が入っているのだ!」
大声でそう言ったところで、言っている内容はまったく駄目人間が行うことです。
「・・・美奈、申し訳ないかもしれないけど、まんが本は持ち込み禁止のはず・・・」
「甘いな!」
美奈はまた大声を上げた。
「いまどき生徒のかばんの中身を漁ってまで禁止物を発見する先生なんていないわよ」
さらりと恐ろしいことを言わないでください。
「は、はぁ」
かなえは呆れる他なかったのであった。
そして、健太と吉行の2人は、集合場所である電車の駅に到着した。
ホームの中を入っていくと、
「おす!木村に海田」
担任である外川の姿があった。
「あ、先生。おはようございます」
一応健太はあいさつをした。
「あれ?まだ誰も来てない・・・」
「そうだ。お前らが1番乗りだからな。他のクラスもまだいない」
「え?そうなんですか?」
思わず腑抜けてしまった健太。きっと、誰かは来ているのだろうと思っていたに違いない。
「どした?健太。いとしの彼女はまだ来てないぞ」
「いや、僕に彼女なんていないから」
「へぇ〜。木村って彼女いたんだな。青春だね〜」
外川も、にやにやして健太を茶化す。
「せ、先生・・・」
健太は外川にまで呆れてしまった。
「青春はいいぞ〜。先生なんか、先生なんか・・・」
「過去に一体何があったんですか先生」
健太はとりあえずそう突っ込んでおいた。
「先生、おはようございます」
「おはよう、外川」
そんなときに、かなえと美奈の2人は来た。
「おはよう。って、中川、教師を呼び捨てにするなと言ってるだろ!」
「いいじゃないの。ちびっ子先生が登場するあの有名な・・・」
「それ以上は著作権上の問題があるから言うな。分かったから呼び捨てにせず、敬語を使って
話せ!」
外川はそう美奈に注意する、が。美奈の暴走は止まらない。
「外川、お前ミス○スだったのか。ここにいると、ぐ・・・」
「だから、著作権に気を使うことを言うな!」
「絶望した!!」
「・・・吉行、それもパクリだから」
美奈だけでなく、ここにいる全員が壊れ始めてきた。
「ねぇかなえさん。美奈さんっていつもあんな感じなの?」
「えっと、美奈はいろんなアニメや漫画のことを知ってるから。ドラえもんからシ○ナまで
様々。私はほとんど知らなくて話についていけないんだけど」
「へ、へぇ・・・(美奈さんってすごいなぁ〜。ていうか、女子でアキバ系って・・・)」
健太は少し呆れた。
「お?いつの間にか皆も来たようだな。よし、出発だ!」
「は〜い!」
「グランド○インを目指して!」
「目指さなくていいよ」
いつの間にか来ていた大貴がそう突っ込んだが、美奈の耳には届いてはいなかった。
かくして1年生たちは、8時20分発の電車へと乗り込んだ。
電車で山梨県に到着し、その後は宿までバスだった。バスの中ではカラオケをしてみたりビデ
オを見てみたりいろいろあった。初めて顔を合わせたとは思えない程の騒ぎっぷりだった。そ
れだけこのクラスは人付き合いがいいのだろう。何時間か経過して、目的地に到着した。
(プシュウウ)
「皆さんお疲れさまでした。山中湖に到着です」
バスガイドさんのその言葉と同時に、健太達はバスから降りた。
「お疲れさあって、この後歩くんだろ?そっちの方が疲れるっての」
大貴が降りて早々愚痴を呟く。
「まぁいいじゃないの渡辺。退屈だったんだしさ」
誰かがそう言った。
一同は、5分程歩いて宿に到着した。至って普通の宿だった。普通すぎて、
「地味だな〜」
と言葉を漏らしてしまうほどだった。中を見るまでは、ね・・・。
「すみません〜、今日から2泊3日で泊まらせてもらいます、相馬高校なのですが・・・」
「お待ちしました。少々お待ちください・・・フフフ」
受付のお姉さんが、不気味な笑みを浮かべながらパソコンをいじり、
「・・・お待たせしました。それでは、お部屋の方をご案内いたします」
一同を部屋の方へと連れて行った。しかし、受付の人は何故不気味な笑みを浮かべていたのだ
ろうか?
何がともあれ、部屋に到着した一同は、それぞれの部屋へと入っていった。
「いやぁ〜、思っていたより広いな〜」
「そうだね」
それほど広くない部屋で、そんなことを言っている2人だった。すると、ある男子生徒が面白
いことを発見するのだった。
「おい、この部屋。隣の部屋と繋がってるぞ」
「はぁ!?」
あまりにも突然で衝撃的な発言に、吉行は驚く。
「しかも、隣は女子部屋だ!!」
「ま、まじで〜!?」
健太を除く4人は、すでに興奮状態となっていた。
「どこまで心が通じあってるんだ、この4人。息ぴったりだし」
健太は小声でそう呟いた後、
「集合時間まではまだあるから、ちょっと散歩にでも行ってくるね」
と言って、部屋を出て行った。出る間際に、
「いい女でも捕まえてくれば〜?」
と吉行が茶化していたが、健太の耳には入っていなかった。
同じ頃、健太の部屋と繋がっている部屋、つまり隣の部屋のかなえの部屋では、
「ちょっと、相沢さん」
「どうかしたの?倉本さん」
「隣の部屋が見えるのよ、というか、繋がってるのよ。この襖から」
「え?・・・あ、本当だ」
どうやらかなえ達も気づいたらしい。
「しかも男子部屋よ・・・まぁ、木村君がいるから間違ったことは起きないだろうけど」
「そうだね」
他の女子達からの信頼も、ばっちしな健太。ここで、かなえがこんな一言を呟いた。
「この宿って、元々はからくり屋敷か何かだったのかな?」
「・・・いや、そういうわけじゃないと思うな」
倉本にそう突っ込まれたのであった。ちなみに、倉本というのは、かなえのこの学校で出来た
友人第1号であって、倉本ミサのことである。紫色の長い髪の毛が特徴で、こちらはれっきと
した日本人。ここからは、倉本のことをミサとしよう。
そんなとき、美奈はやっぱり、
「よ〜し!これで時間潰すわよ〜」
「・・・中川さん、やっぱりどこか変だね」
と友人に言われる中、漫画本を読んでいた。
そんな時健太は、宿の中を散策する目的で散歩をしていたのだが、
「あれ?ここは・・・どこ?」
すっかり迷子になってしまった。
「しかし、この宿はまるで迷路だよ。もしかして、昔はからくり屋敷か何かだったんじ
ゃ・・・?」
先ほどのかなえと同じことを言っていた。
すると、
(ドン)
という音を立てて、健太は誰かとぶつかった。その衝撃で、その相手は倒れこんでしまった。
「す、すみません!」
健太は、その倒れてしまった人に対して頭を下げた。すると、
「いいよ、あなた、優しそうだし」
「・・・え?」
健太にとって聞き覚えのある声がして、思わず健太はそう呟いてしまった。
「ま、まさか・・・」
健太は、深く下げていた頭をゆっくりと上げる。その人物と目が合った時、
「あ・・・」
「け、健太・・・」
2人とも目を丸くしていた。そして、衝撃的な真実が発覚したのである。
「あ、愛!?」
そう、今ぶつかった少女こそ、健太の幼馴染である早乙女愛なのである。
黒くてツインテールの髪、パッチリとしている瞳から、可愛げのある(巷でロリ顔)顔を持って
いるのが愛の特徴である。その風貌からか、愛好会までもが存在するのだが、それについては
ここでは述べないでおこう。後ほど登場するので。
「ま、まさかこんなところで出会うなんて・・・」
しばらくの間、2人は見つめあう。恐らく、こんなところを誰かに見られていたら、恥ずかし
いと思う。
「くそ、あいつめ・・・。愛ちゃんとイチャイチャしやがって・・・!」
時すでに遅し。この2人を、壁から見つめている男がいた。その男は、健太に向けて敵意を向
けている。
「ご、ごめん!愛。ぶつかったりして」
「いいの。私からぶつかったんだから。それに、そのおかげで健太と再会できたしね」
愛は、2つに縛ってる髪をなびかせてそう言った。そして2人は、
「久しぶりだね、元気だった?」
「うん、元気だよ」
再会のあいさつを交わした。
「でも久しぶりと言っても、まだ1ヶ月しか経ってないよ」
「それもそうだけど・・・。なんと言うか、気分的な?」
「それもそうね・・・」
健太の意味不明な発言にも愛は頷いた。
「何か、こんな再会の仕方もロマンチックだね」
「そうだね」
健太は納得する。
「とりあえず・・・地図持ってない?道に迷っちゃって」
そう、健太は今迷子中なのだ。なので、愛に地図を持ってないかと尋ねると、
「持ってるよ。一緒に行こ」
「・・・う〜ん、いいか」
「久しぶりに話もしたいしね」
「・・・そうだね」
2人は笑顔でそう言いあい、話をしながら歩き出した。
そんな2人の様子を、壁から誰かが覗いている。
「愛ちゃん、楽しそうだな・・・。羨ましい。だが!愛ちゃんを一番愛しているのはこのオレ
だ!」
「何か楽しそうだな、財前」
ナイスタイミングで吉行が登場した。そして、そいつの頭を、
(バコン)
とぶったたいた。
「いてぇ〜な!何すんだよこのやろ!って、何だ吉行じゃん。久しぶりだな〜」
「そんなことはどうでもいいけど、お前、こんなところで何してるんだ?迷子か?」
先ほど『財前』と呼ばれた、『愛ちゃんラブ!』と書いてあるハッピを着て、めがねを装着し
ていて、見るからにオタクっぽい顔をしているこの少年は、財前直樹である。ちなみに、こい
つが愛ちゃん愛好会のメンバーの1人で、しかも会長。何せ、会員は1年生しかいなくて、そ
の中でも一番熱烈的なのが彼なのであった。
「いやぁ〜久しぶりだな我が友よ!」
「どうでもいいが、その格好はいいかげんにやめたら?」
どうやら、中学校の時からやっていたらしい。
「うるさい!お前には愛ちゃんの素晴らしさが分からないのか!・・・って、こうしてる場合
じゃない」
突然直樹は歩き出した。
「どこ行くんだ?」
吉行が尋ねると、やや早口で直樹は答えた。
「愛ちゃんが、やけにハンサムで、優しくて、知り合いっぽい感じの奴と歩いていくのを見た
から、追いかけるんだ!!」
「それじゃあストーカーだろ。それに・・・そいつ、健太じゃね?」
「え?健太って、あの木村のことか?」
「ああ、そうだ」
どうやら直樹は、めがねをかけていても、かなりのど近眼らしい。
「だったらなおさら許せねぇ!!」
「何でだよ」
呆れて吉行はそう突っ込んだ。
「いくら友だからと言って、愛とイチャイチャするなんて許せない!!」
もう直樹には自我が見えていない。
「・・・健太はそういう奴じゃ」
「許せーん!!」
直樹は、吉行の話に耳を傾けることなく、どこかへ去ってしまった。
「それにしても、直樹の奴、懲りないね〜。早乙女はあいつに振り向くことなんかないの
に・・・」
吉行は、少し寂しい顔をして、天井を見上げる。そして前を向き、自分の部屋へと戻っていっ
た。
一方そのころ愛と健太は、宿内を歩いていた。
「結構広いんだね〜この宿」
「気をつけようね。迷子にならないように」
「もうなったけどね」
健太のその言葉に、愛は思わず笑ってしまう。
「こうやって並ぶのって、久しぶりだよね」
「そうだね。中学校以来だもんね」
昔を懐かしむように喋る2人。
「でもまだ1ヶ月しか経ってないんだよね」
「ははは。まぁいいじゃない」
健太は笑ってそう言った。その後、しばしの沈黙が続く。そして、耐え切れなくなったのか、
健太が、
「他の人達、元気かな?」
と話題を振った。
「そうだね〜。例えば、和樹君とか?」
「和樹か〜。元気かな〜?」
その話題も、健太自身によって打ち切られた。また沈黙が続く。そして、今度は愛が、予想外
の言葉を口にして、沈黙をぶち壊した。
「ねぇ健太」
「ん?何?急に改まって・・・」
「私、このまま健太とまた離れちゃうのは嫌」
「・・・はい?」
さすがの健太も、今の愛の言葉がどんなことを意味するのかが分からず、腑抜けた返事をして
しまう。
「このオリエンテーション旅行が終わったら、また健太と離れ離れになっちゃうのは嫌」
「でも、またこっちに遊びにこれるし・・・」
「本当は、健太達と同じ学校に通いたかったの」
「・・・へ?」
愛の暴走はさらに続く。
「親の転勤さえなければ、健太達と同じ学校を受けてたよ」
黒い瞳には、何故か涙らしき物が見える。
「私・・・健太のことが・・・」
「・・・僕のことが?」
そしてこの瞬間、世界がガラリと変わった気がした。
「・・・健太のことが・・・」
その時だった。
「あら?あなたは健太じゃない」
「え?あ、美奈さん」
ここで都合よく美奈が登場する。
「あれ?あなたは・・・」
「えっと、こちらは僕の幼馴染で、早乙女愛さん。で、こっちが僕の新しい友達・・・という
か、初めて喋った子で、中川美奈さん」
「よろしくね、愛」
「あ、はい・・・」
いつもは活発な愛も、美奈相手だと困りきってしまう。
「じゃあ、私は行くわね」
「えっと、美奈さんはここで何を?」
「乙女の秘密を探ろうだなんて、健太君は変態ね」
「何で!?」
健太にそう突っ込ませた美奈は、廊下をスキップしながら進む。
「・・・何だったんだ?」
「さぁ・・・」
愛と健太は、スキップして帰る美奈の様子を眺めて、そう呟いた。
しばらく経って、健太の部屋の近くまで到達した。
「じゃあ、私は自分の所に帰るね」
「ありがとね、送ってくれて」
健太は愛にお礼を言う。すると、愛は少しだけ顔を赤くして、
「い、いいよ。困ったときは、お互い様でしょ」
と言った。
「・・・そうだね」
健太は短くそう肯定する。
「それじゃあまた後でね」
「多分、ミーティングの時かな?」
「そうだね。それじゃあね」
ここで一旦、愛とは別れて、健太は自分の部屋へと戻った。
(ガチャ)
ドアを開けて中に入ると、
「おお健太か。懐かしい奴がここにいるぞ」
という吉行の声が聞こえてきた。
「懐かしい奴?」
その言葉に、少し疑問を持った健太だが、目の前に現れた人物を見て、それが誰なのかすぐに
判別した。
「よぉ健太。久しぶりじゃねぇ〜か」
『愛ちゃん命』と書かれたハチマキをして、『愛ちゃんラブ』と書かれたハッピを着ているあ
いつが、ズカズカと健太の前まで歩みを進めてそう言った。
「・・・直樹か。久しぶりだね」
呆れ感じで再会の挨拶を交わす。そう、今健太の前に立っているのは、財前直樹であった。
「さっきこの部屋の前にいるところを見つけてな。帰れって言ったんだけど無理やり・・・」
吉行がこう付け足した。
「おい直樹。この直樹様を忘れて、よくも愛ちゃんとイチャイチャしていられたな!!」
「へ?何のこと?」
もちろんこれは直樹の勘違いなので、健太が知るわけがない。
「何のことだと?ふざけるな!お前、いくら顔がいいからって、いきなり愛ちゃんを抱くとは
いい度胸じゃねぇか!!」
「いや、それはやってないし・・・」
当然だが、健太はそんなことはしていない。ここら辺は直樹の妄想であった。
「問答無用!!」
直樹は叫んだ。だいたい、この一言が原因で、勘違いが大きくなり、仲を悪くしたり、時には
バッドエンドを迎えたりする。
「こうなったら・・・決闘だ!!」
「決闘って、何するの?」
あまり緊張感のない声で健太は尋ねる。対して直樹は、
「何って・・・ジャンケンだ!!」
微妙なことも騒がしく叫んでいた。
「・・・ジャンケン、か。もっとましなこととか出来ないの・・・?」
「な、何だと?健太、オレはまだお前を許したわけじゃねぇんだぞ!!」
直樹の口がだんだん悪くなっていた。
「おいおい口が悪いぞ。それにもう少し静かに・・・」
「吉行、お前は少し黙ってろ」
「ほ〜い」
余計なことに口を出す吉行は、今回も口を挟み、予想通りに直樹に突っ込まれた。そして、言
われた様に横になって寝た。
しかし、こんな状況下で寝ようとする吉行は凄い奴なのかもしれない。
「じゃあ、行くぞ!」
「本当にやるの?」
「最初はグー、ジャンケン・・・」
その時、いきなり襖が開き、そこから時速120kmくらいの速さで枕が飛んできた(見た感じ
なので、本当はもう少し遅い)。
(ドカッ)
枕は、直樹の顔にジャストヒットして、めがねが吹っ飛んだ。そして、直樹はぶっ倒れる。
「あんた、人の学校に迷惑かけて、楽しいの!?この、オタクが!!」
ミサが直樹に向かって、言ってはならないことを口走る。
「くっそ〜!よくも、よくもこのハチマキを!!」
「いや、とりあえずめがねは?」
健太はとりあえずそう突っ込んでおいた。
「なぁ健太。この女、誰だ?」
直樹は健太に向かって問いかける。それを聞いたミサは、
「あれ?木村君、もしかしてこの人、知り合い?」
と健太に尋ねてきた。一気に2つの質問をされた健太だったが、
「えっとね、この人は倉本ミサさんと言って、僕の学校のクラスメートで、こっちは財前直
樹。中学校の時のクラスメート」
最初に直樹の質問、次にミサの質問について答えた。
「そ、そうなの!?」
ミサの顔が一気に赤くなる。恐らくは、健太に好意を抱いているのだろう。健太の知り合いに
罵倒の一言を浴びせ、おまけに自分がその言葉を口にしているところを健太に見られたのが恥
ずかしい為であろう。
この騒ぎのおかげで、さすがの吉行も、すぐに目を覚ました。襖のところには、かなえが覗き
こんでいて、入り口のところには、何故か大貴と美奈の姿もあった。
「なんだか、面白い展開になりそうね」
「・・・そうだな。てか、その漫画、しまえよ」
ことの成り行きを見ながら、何故か美奈は漫画を読んでいたのである。
「こ、これは失礼しました!!」
「うむ。分かればよろしい」
健太の前だと本当の自分になれなくなってしまったミサに対して、上から目線で直樹がそう言
った。正直ミサは、イラッとしたと思われた。
「ところで、名前は?」
大貴が直樹に対してそう尋ねてきた。その質問に対して直樹は、胸を張り、直樹お気に入りの
ポーズまで決めちゃって、
「オレの名前は、愛ちゃん愛好会会員番号000番、財前直樹だ!!」
とか言っちゃっている。
「やっぱりオタクだ・・・」
「何だと!そこ!!今なんて・・・」
「もういいよ」
(バコン)
まず大貴が直樹のことをオタクと言って、直樹が大貴のことを指差して怒り、健太がその直樹
の怒りを静めるように、頭をぶん殴った。
「あのめがね、○ーチだったらどんなにいいことか・・・」
「ここでアニメを出すなよな」
美奈と大貴は、相変わらずの漫才を繰り広げている中、直樹と健太が対峙していた。すると、
(ピンポンパンポン)
突然チャイムが鳴る。そして、
「早く集合してくれ!!」
という、外川による無茶苦茶なアナウンスが流れてきた。
「おっと、もう時間か」
そう。この後はミーティングの時間なのである。
「じゃ、オレ達は行くから」
「早く出ろよな」
吉行と大貴は、ここぞとばかりに直樹を責める。
「・・・わぁ〜たよ!出てきゃいいんだろ!出てきゃ!!」
(ダダダダダダ)
直樹は、入り口近くにいた大樹と美奈を軽く突き飛ばして、ドアから駆け足で走り去った。
「じゃあ、僕達もそろそろ行こうか?」
「そうだね」
健太達も、ミーティングのある場所へと移動しに行った。