その1 好きな食べ物
入学して次の日。この日はとてもさわやかな天気だった。太陽が教室を光で包み込んでいる
のが見える。そんな静かな教室だったのだが、
「ふぅ〜。あこがれの花川高校の入学式が終わって初めての登校だったから、早く来ちゃった
けど」
健太の声が教室に良く響く。
「やっぱりまだ誰も教室にはいな、くはなかった・・・」
健太は、発言の途中で、誰かが席についているのを発見した。
「あの〜、すみません。どなたでしたっけ?」
まるで、記憶喪失をした少年のように健太は答えた。すると、
「私ですか?私は、古畑任○郎です」
「いや、どう考えたって違うよね。それにあなたは女の子だし」
そう、今、自分のことを古畑任○郎と言ったのは、髪の毛が肩にかかっていて、瞳がパッチリ
としている女の子である。ちなみに、この高校の制服は、男子は、全身黒の学ランっで、女子
は、ピンク色のセーラー服である。そのピンク色の部分まで、彼女の髪はかかっていた。
「すみませんでした。私の名前は小野妹子です」
「それも男の人の名前だし」
「すみません。本気で間違えました」
「なにもそこで謝らなくても」
しかし、彼女本人は、反省してはいない。
「私の名前は中川美奈です。よろしく」
「そ、それは本当の名前だよね?」
「はい、これは本当の名前です」
中川美奈と名乗った少女は、かなりお笑い好きだった。
「僕の名前は木村健太。よろしくね。僕のことは、健太って呼んで。今まで下の名前で呼ばれ
てきたから」
「じゃあ健太、私のことは美奈って呼びなさい!いいわね?」
「は、はい。っていうか、なんで命令形?」
美奈は、健太のそんな質問を無視して、
「健太、好きな食べ物って、なに?」
という、かなり路線を外した質問をした。もしこれが電車だったら、あきらかに脱線事故を起
こすだろうと思われるほど、かなり道離れした質問をした。
しかし、健太はそんな突発的な質問にもきちんと、
「そうだなぁ〜、みかんかな?」
と、答えた。そして、健太自身も、美奈に同じ質問をしてみた。
「美奈さんは、なにが好き?」
「私は・・・、カロリー○イトのチョコレート味かな?」
「・・・、それ、本気で言ってるの?笑いをとってる訳でなく?」
「ええ。本気で言ってる」
あっさりと返されて、何も言えなくなった健太だったが、そんな時に、
(ガラッ)
という、教室の扉を開く音が、かなりグッドタイミングで鳴った。そして、入ってきたのは、
「おはよう、美奈。木村君」
かなえであった。かなえは笑顔で2人を見た。
「おはよ、かなえ」
「ああ、おはよう、相沢さん」
健太は、態度を全然変えてないつもりだったが、動揺しているのが美奈に伝わっていたのか、
「健太、もしかして入学2日目にして、もう恋しちゃってんの?」
「え、いや、そんな訳ない・・・」
「そうか・・・」
「それよりも、美奈さんと相沢さんって、幼馴染!?」
妙に大声をあげて健太はそう言った。
「ええ。美奈と私は小学校からの友達なの」
「かなえとは、とても仲良しなのよ」
「ねぇ〜!」
「は、はぁ〜」
美奈とかなえの関係について知った健太だったが、特にその後の話題が思い浮かばなかった
ため、
「あ、あのさ、相沢さんって、好きな食べ物って何?」
さっきの質問をしてみた。すると、
「私は、そうだなぁ〜。カロリー○イトのチーズ味かな?」
「2人して、同じような答えを・・・」
「よう、健太。おっ、なんだなんだ?入学早々モテモテじゃねぇか。さすがは中学校の卒業ア
ルバムで、彼氏にしたいぞランキング第1位だぜ」
かなりグッドタイミングで入ってきた吉行が、健太のことに関しての暴露をした。
「吉行、それは恥ずかしいから言わないでよ。ていうか、なんでこうベストタイミングで入っ
てくんだろう吉行は」
健太は、吉行のその幸運さに少々あきれていた。
「よっ、おはよう。中川に相沢」
吉行には、初対面の人に対しても、あまり「さん」「君」をつけて呼ぶことがないという特徴
がある。そんな性格なので、友達がたくさん出来る。しかし、今の健太にとって、その吉行の
発言を聞き、もの凄い勘違いをしたのである。
「吉行は美奈さんと相沢さんのことを知ってたの!?」
「いや。俺は元からこういう性格なんだけど・・・。お前、9年間も一緒になってたのに、俺
の特徴も覚えてねぇのかよ。そういえば、健太。お前と中川って、やけに仲いいな」
健太にはそのセリフがどんな意味を持っているのか、分からなかった。
「いや、それはどういうこと?」
「というか、なぜに中川に対しては下の名前で呼ぶんだ?」
普通、下の名前で呼び合うということは、幼馴染か、恋人同士という関係にあるときだけだ。
しかし、健太は、まったくもって美奈のことを知らないので、
「それは、そう呼べって言われたからだよ」
本当のことを言った。ちなみに、このときすでに美奈は、健太のことを好きになっていたとい
うが、当の本人は気づいていない。
「そっか。そういうことか」
ちょっと疑っている。
「おい、僕のことを信じないな!」
無理もない。
「まっ、信じてやるよ」
どうやら信じてもらえたようだ。
「木村君は美奈と仲良くなったの?」
「まぁ、仲良くなっていないと言ったらうそになるかな」
そのセリフに、美奈はちょっと顔を赤くする。しかし、その姿に誰も気づいていない。
「それじゃあ私のことは『かなえ』って呼んで。あと、私もあなたのことを『健太君』って呼
んでもいいかな?」
健太はちょっと顔を赤くする。となりにいた吉行も、うらやましそうに健太を見つめる。美奈
は、結構複雑な心境のようだ。
「うん。でも、初めのほうは『さん』付けだけどいいかな?」
「うん。それでもいいよ」
「分かった。かなえさん」
健太は笑顔でそう言った。
しばらくして、1時間目の授業が始まった。とは言っても、この日は入学して次の日というの
もあって、授業らしいものではなく、簡単に言えば、RHMのような物
だ。1時間目は、自己紹介をするらしい。項目は、「自分の名前」・「趣味」・「得意科
目」・「なにか一言」そして、「好きな食べ物」の5つ。とりあえずごく普通の内容だ。クラ
スのみんなが順番に自己紹介をしていく。
「では、まずは相沢かなえさん。張り切ってどうぞ!」
今そういった先生は、現役教師をしていていいのかというぐらい老いぼれたじいちゃんだ。ち
なみに65歳だしい。
「先生〜、仮装大賞っすか?」
ある男子の一言をきっかけに、窓際から笑いのウェ〜ブが流れる。
「まっ、現代人じゃからな」
先生は、もう年寄りなので、どちらかというと昭和人なのかもしれない。
「うぉっほん!では気を取り直して、相沢かなえさん。お願いします」
「はい」
さらっとした金髪をなびかせながら、きれいな声で返事をした。
「ええっと、私の名前は相沢かなえです」
男子生徒はみんなかなえの方向を向き、すこし和んでいる。男子だけには限らず、そのあまり
の美しさに女子生徒までもが和んでいる。ただ、吉行だけは、興味なさそうにして、
「ふぁ〜あ」
あくびまで出すという始末。
「もうちょっと真面目に聞きなよ」
ちなみに、かなえの席は、窓側の1番前。吉行は窓側から2番目の3番目。その後ろに健太が
いる。美奈は、廊下側から2番目の一番前辺りだ。
「はいはい」
吉行は、健太にそう言われてやっと集中し始めた。
「好きな食べ物は、カ、カレーです」
「さっきと言ってることが違う・・・」
健太は少しムッとした。
「趣味は散歩で、得意科目は世界史です」
「びみょ〜な特徴だな〜」
吉行はちょっとあきれたように言った。
「えっと、勉強を頑張っていきたいと思います。よ、よろしくお願いします」
なんとかスピーチは終了した。
「なぁ、相沢って可愛いよな」
「なぁ」
という会話まで聞こえます。
「しばらく何人かのスピーチがあり、吉行の番。
「さて次は・・・、海田吉行君。よろしく」
このじいさんは男の子となると、妙にテンションが低くなる。
「オレの名前は海田吉行。好きな食べ物はアジで、趣味は、オンラインゲームだ!」
「だから吉行はパソコンを持ってないでしょ」
「おっと、そうだった」
しかし、この吉行の言葉を聞いて、クラスの空気がみごとに冷たくなってしまった。
「え〜と、趣味は石集めで、得意科目は体育。勉強は駄目だけど、よろしくな!」
一気に言った。しかし、拍手が起こらない。
「あれ?」
冷たい空気はすぐには戻らない。
「す、スパイラルチョープ!」
突然一発ギャグをかました吉行。そのギャグを聞き、
「ワハハハハ〜!」
クラス中は、北極の寒さから、一気にブラジルのような温暖な温度に変わった。
「え〜、おほん。では次は、・・・、木村健太君。よろしく」
健太に対しても、やはり冷たい態度だ。
「え〜と、初めまして」
その声にクラス中の女子、男子は一斉に憧れの眼差しを向けている。おいぼれのじいさん先生
まで、すごい目で見ている。かなえはちょっと顔を赤くする。おそらく、さっきの会話を思い
出したのだろう。吉行は、健太のことを自慢するかのように辺りを見回している。そんな中、1
人だけ漫画本に熱中している奴がいた!しかも、青年向けのを・・・。
「面白いな〜、これ」
小声でそう言った。それは、美奈であった。
「木村健太といいます。好きな食べ物はみかんで、趣味はサッカーです。得意科目は数学で
す。1年間よろしくお願いします」
「うお〜!」
「きゃあ〜!」
(パチパチパチ〜)
かなえの時と同じくらいの大きさの拍手が聞こえてきた。
「かっこい〜!」
そんな言葉まで飛んできた。
「あ、いや、どうも」
健太はちょっぴり嬉しいそうだ。
さらに、何分か経って。
「では次は、中川美奈さん。よろしくっちょ!」
やはり女子に対してはテンションがあがります。
「私の名前は中川美奈。好きな食べ物は、カロリー○イトのチョコレート味」
そのセリフを聞いた時、結構クラスの雰囲気が重くなった。
「趣味は漫画を読むことで、得意科目は体育」
「男かよ、あいつは」
教室の1番端にいる、顔は健太と同じぐらいにハンサムだが、とても黒く、髪は短い、渡辺大貴
がつぶやいた。
「とにかく突っ走るのでよろしくお願いします」
はたして何を突っ走るのでしょうか?
だいぶ時間が経ち、ついに最後の1人となった。
「さて、最後になるのじゃが・・・、渡辺大貴君、頼んだぞ」
「はい」
その声に健太とかなえの時のような勢いで、大貴の方を振り向くクラスメート達であった。
「ふぁ〜あ」
眠そうに吉行はあくびをかいた。
「オレの名前は渡辺大貴です」
『僕の』で始まるのなら、敬語でもおかしくないのだが、『オレの』で始まって敬語は
何か変だ。いや、単なる思い違いかもしれないが。
「好きな食べ物はパン、趣味は野球で得意科目は生物です。勉強もスポーツも頑張っていきた
いと思ってる。どうかよろしく」
もう敬語とか関係なしのようだ。しかし、女子の反応はとても熱く、
「きゃ〜、かっこいい〜!」
「ねぇねぇ、木村君と渡辺君、どっちがタイプ?」
挙句の果てに、こんな質問までする女子もいた。そんな中、美奈はと言うと、
「ははは、やっぱり面白いな〜、この漫画は」
まだ漫画を読んでいた。