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神伝奇譚  作者: 雲仙嶽
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妖術

 背の低い歯朶(しだ)が行く手を遮っている。 永寿はそれを踏み越えて、山を上る狭い獣道を辿っている。 山登りは慣れたものらしく、息遣いの音もしない。 もう一刻はずっとこうしているのだが。

 小さな低木の枝を掴みながら、その後を追う。 山頂は(よう)として見えないが、それは山肌を覆う木々の青い葉が、視界を遮っているせいだ。 時間を考えると、もうすぐ頂上へ達するはず。

「ねぇ、永寿」

 さほど急ではないが、足場を選び少しずつ登る。 それが麓での永寿の指示であった。 しかしこんな山を登る意味は教えてくれないのであった。

「はい?」

 なにかあったのかと、やや心配そうに振り返る。 そういう親切そうなところは若宇にはないことだ。

「私たちはなんでこんな山にいるのかしら。 あなたはなにか知らない?」

 低木の細い枝を折り取って、それを投げ捨てる。 小枝は獣道を駆け下っていき、今や強い陽射しに蒸されている、京の盆地の方へ消えて行った。

「ああ、そういうことですか」

 永寿は納得した笑みを浮かべながら、再び山を登り始めた。 しかし、彼女もけっこう勝手な神様なのだ。

「なんでだと思います?」

 わからないから訊いてるってのに、そういう悪態は胸に秘して、朝からの記憶を掘り出すことにした……

 まず、あの山伏のような神様に叩き起こされたのが、やっと空が白みはじめた早朝のことだった。 せっつかされながら、薄明の頃には邸を出た。

 鶏が鳴き始める頃には山の麓に辿り着き、なんの会話もなく、黙々と山を這い上がってきた。 もうそろそろ巳の刻になる頃だろう。

「さあ、夏盛りの鳥の声でも聴きにきたのかしら」

「残念だけどまったく違います。 若宇さまからの依頼ですよ」

 謎かけに時間を費やす気はないらしい。 それも若宇と違って意地悪さの少ないところだ。 だけど、気前が良ければそもそも謎かけもなにもしないはずだが。

「若宇さまが言っていたでしょう。 妖怪どもと戦う術を教えると。 今日それをやるのです」

「ふぅん、それをこんな山で?」

「えぇ、というかもう始まっていますが」

 男ならはっとさせられるような、可愛らしい笑顔で言い放った。 これだから神様は信用ならない。

「えっと、つまりもうなにかしている……」

 ため息をついて思考をまとめながら、永寿の顔を見やった。

「そう。 なに、今日はごく簡単なことだけです。 私はなにかしたので、あなたはそれを見破って対処すればいいだけ」

「ああ、それはとても簡単ね。 もうほんの五秒で解けるでしょう」

 不貞腐れたように言ってやると、神様は笑ったまま山上に目を向けてしまった。 また山登りが再開する。 朝からずっと、なにかこの神様が変なことをしているところは見ていない。

 つまり私が知らぬ間になにか仕掛けたのだろう。 それにずっと永寿だけを見ていたわけでもないし、そう考えるのが自然なはずだ。 確実なのは私になにかを渡したり、こっそり持たせたりはしていない、それだけだ。

 懐中を探っても、いつも通りの物品ーー 燧石、短刀、砂、干草、それなりに重い石ーー しかない。 木の根が作る足場を踏み、山を登る。

「あとどのくらいで山頂に?」

 息を吐きながら前を行く永寿に問うと、彼女は身につけた鈴を鳴らしながら振り返って、そして悪戯っぽく首を振った。 わからない、と言うように。

「待って、ここはどこ?」

 またもこんがらがる頭をまとめながら、やっと声を発した。 が、その質問さえも、永寿の周りを見回す動作を見ると、絶望的だった。

「まあ気にしなくても大丈夫でしょう。 さ、上に行きましょう」

 邸に住み着いてからの言動では、まったくあてずっぽうに行動するような性格ではなかったはずだ。 この山の正体を明かさないのも、なにかしらの意図があるのだろう。 もしくはそれが、謎かけに関わっているのかどうか……

 踏まれた枝が音を立てて折れ、山の傾斜に身を任せて降りていった。 来た道を振り返れど、豊かに葉を繁らせた低木、地を這う雑草の類が獣道を隠す。

「すぐに帰れますよ。 まあ八千代さん次第ですけど」

 永寿は足元に目を落として、足場を確かめながら登り続けている。 どうやら、来た道を振り返る同行者の気色に気付いているらしい。

「なら今すぐだって帰らせてほしいわ」

 未だに、なにか怪しいものには遭遇していない。 いろいろ考えてみたけど、そもそもなにをされたのかだってわからないのだった。 確実に山を這い上がっているが、狐の化け物も烏の大群も襲っては来ないし、そんな姿もない。

 そうして、一つの疑念が湧き上がるのは仕方のないことだろう。 本当はハッタリや出任せをしているだけで、なにもされていないのでは? 神様によくある人間を弄ぶ暇つぶしでは?

 永寿がそういう懐疑に気付いているかは計り知れない。 少なくとも彼女は、くそまじめに山を登り続けている。

「ねぇ、永寿。 質問してもいい?」

 そう呼びかけると、山伏の神様はいつもの真面目な面で振り返り、ええどうぞ、と素っ気なく言った。

「あなたはもうなにかしているって言ってたけど、本当はなにもしていない。 とか……」

「そう思いますか?」

 ひどく残念がるような、そういう面持ちで立ち止まり、神様は私をじっと見据えた。 否定するでも、認めるでもなく、ただただ残念そうな表情だ。

「これは先は長そうですね」

 やがて諦めたように呟いて、また山に向き合い、足を上げた。 やっぱり直接訊くのはマズかったみたい、ちゃんとした返答が来るとは思ってなかったけど。

 やがて、自分の懐疑が間違いだったことに気付くこととなった。 はっきりと気付いたのは、やっと太陽が西に傾き始めた頃、なんで今まで気づかなかったのかと、自分を疑うほど簡単だった。

「ねぇ、永寿……」

「はい?」

 肩で息をしながら呼ぶと、前を行く永寿は立ち止まった。 もう朝からずっと登りっぱなしなのに、未だに頂上は樹葉に隠れたままだ。

「おかしいと思わない?」

 そう伝えると、神様は悪戯っぽく笑う。

「ええ、おかしいですね」

 汗が顎から滴り落ち、剥き出しの土に吸い込まれていった。

「まさかそんな…… 子供騙しみたいなことを?」

 木の間をすり抜ける風に、疲れた体を(なぶ)られたまま、回答の声を絞り出した。

「永遠に頂上に辿り着けない、とか?」

 風通る山中では木々の葉が触れ合い、涼しげな音を生み出している。 目の前の、枝の折れた低木もまたそうだ。

「やっと気づきましたか」

 永寿は嬉しそうに言った。 でも、どこか悔しそうでもある。 やはり少し楽しんでいたようだ。

「私がやったのは、この山を何度も巡る術。 人間には思いもつかない怪しい術だから、妖術とでも言いましょうか」

 うきうきと説明を始めながら、神様は手頃な石の上に腰を下ろした。

「これはごく簡単で、一定の方向に向かう存在をある地点から元の地点に送り返すという……」

「つまり同じ道を何度も登ってたってこと?」

 その場に倒れるように膝をつき、空気を吸い込んで肺に送り込む。 それが疲労回復には一番いい。

「まあそういうことです。 今日は妖術を自分の体で認識して欲しかったんです」

 やけに言葉少なだったのはそのためで、と弁明のような解説を挟む。

「いったいいつから術中にはまってたの?」

「山に入った時からです。 思い出そうとしても無駄ですよ、術中にはまったと悟るのはただの人間には到底無理です」

 誇らしげに語る口は、自分の力に絶対の自信があるからのようだ。 ただの素人に見抜かれてたまるものかと。

「次は、私の術により山頂まで辿り着くことはできないから、これからどうします?」

「知れたことよ。 もう帰るわ」

 登れない山に登るつもりなんてさらさらない。 それにもう疲れたし、目的は達したようだから。

「そう! 帰りましょう」

 神様は弾けたように笑い出し、私の手を掴んで立ち上がった。 困惑する人間を尻目に、落ちた枝を蹴って獣道を駆け下る。 ほんの四半刻もしないうちに、山の傾斜は消え失せ、赤く染まりだした西天を見ながら、大炊御門大路(おおいごもんおおじ)へと向かった。

遅れて申し訳ないです。 そろそろ自分の筆の速さを考えたいと思います。 なので次回更新は今月中、という程度に表現させてください。

修行だかそういうのを長ったらしく書く予定はないのでご安心ください。 誤字脱字などの報告受け付けております。

感想などもどんどん下さると泣いて喜びますから、お待ちしております。

ではまた。

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