抜け出して
そのまま、誰もいないことを確認して中庭から秘密の庭へと向かう。
……そういえば殿下、めっちゃ怒ってたけど大丈夫だろうか。
秘密の庭は精霊たちが遊んでいるようで、今夜は中々賑やかだ。
『エル、いらっしゃい! またパーティを抜け出してきたの?』
「うん。ちょっとね。そういえばみんな、この前この庭に入り込んだ騎士の男を見た?」
『騎士……ああ、あれかー』
『まさか壁を乗り越えて、足滑らして落ちて気絶するなんて思わなかったよな』
やっぱり壁を乗り越えて入ってきてたのか、あいつ。
となるとますますわからない。結界の効果はどうなっているのだろう。
うんうんと唸っていると、精霊たちがざわめき隠れ出す。ああ、この反応は間違いない。
「エル」
ほら来た。エーリヒ殿下。
「殿下……抜け出したら駄目ですよ」
「かわいい妹が騎士にいじめられてたら慰めないと」
どこまで本気で言っているのだろうか、この人は。
「あと殿下じゃないでしょ」
「……お兄様、お戻りください」
しかし頷いてはくれない。しかも、後ろから抱きついてくる形で密着し始めた。
振り払おうかと悩むが、下手に抵抗すると機嫌を損ねるので大人しくされるがままになってみる。すると、少しだけエーリヒは喜びを浮かべたようだった。
だが、次の瞬間、不機嫌そうに呟く。
「……あの馬鹿騎士……どうやって消してやろうか」
「殿……お兄様。物騒なことはやめてください。私は怪我してませんし」
「正直、バッケスホーフの推薦じゃなかったらあんなやつ即刻除名したいけどね。私情抜きにしても」
それは一理ある。祝いの席で、いくら嫌いだからといってあの態度はない。貴族とか関係なしに、あの対応はない。
「うぅ……騎士団と魔導師団はただでさえ険悪なのに……バッケスホーフ殿がまだ親魔導師派だからいいですけど……」
騎士の多くは魔導師を嫌う人間が多い。もちろん、ヴィンフリートは極端すぎるが。
「……嫌魔導師派か……デーニッツ爺さんがまた胃を痛めそうだね」
「どっちかというと私が毎回痛めてます」
騎士団と魔導師団の揉め事のたびに処理を任されるのはなぜか自分なのだ。
騎士と魔導師が取っ組み合いの喧嘩を起こした時なんかは自分と白薔薇騎士団の副団長がお互い頭を下げまくって、お互いに胃薬を飲みあったほどに揉めた。白薔薇の第一副団長殿とは友人になれそうだと思っていたが最近はお会いしていない。
というか、彼は今頃ヴィンフリートのせいでまた胃痛になってないだろうか。ちょっとだけ心配だ。
前回会ったときの彼を思い出す。
『ああ……本当にすいませんごめんなさい申し訳ありませんシクザール殿……うちの部下が……うちの部下がぁぁぁぁ……』
『あ、いえ、こちらこそ騒ぎを大きくして申し訳ありません。うちのも堪え性がないもので……』
『はぁ……転職しようかな……』
そんな感じの副団長殿。今度胃薬を持って会いにいくか。
「……今、ほかの男のこと考えてたね」
「え、いやそんなことは」
こいつ、読心魔法でも使えるようになったのか。割と本気で変な汗が出てしまった。
「あーやだやだ。かわいい妹の姿があの騎士に晒されていないだけマシかなぁ」
あの騎士って、誰を指して言ってるのだろう。
確かに騎士で私の顔を見た人間は――
「あっ」
「どうかした?」
「で……お兄様。そういえば私、顔見られちゃいました。この庭で」
突然の報告にエーリヒも真剣な表情を浮かべた。
「名前と身分はわかる?」
声音もいつもより真剣味を帯びている。
「……ヴィンフリート・クリューガーです」
その名前は予想外だったのか目を丸くして抱きしめる力が強まった。
「……正体は?」
「ドレスのときに顔を見られたので、魔導師の私を見てもわからないでしょう。ただ……」
王城に、殿下によく似た女がいる。
これが知られてしまった時点で大問題だ。
「……本格的に、あの騎士を消す必要が出たかも」
「……そう、ですか」
さすがに機密に関わることだから仕方ないとはいえ……
「僕のエルの可愛いドレス姿を見るなんて……」
そっちですか。
とりあえず、秘密の庭での出来事を報告し、エーリヒを祝賀会へと送り返して、その夜が無事終わりを告げた。
まさか、あの騎士がまたこの庭に迷い込むなんて、この時は予想もせずに。
白薔薇の副団長殿はすぐ出てきます。