着替えて
秘密の庭の複数ある通路を通り抜け、馴染みのある魔導研究室の扉をくぐった。
床や机には色々な書類や本、魔道具や杖に魔法薬の材料となる植物の残骸や贄に使う何かの魔物の一部や標本。散らかりすぎである。
「ただいまー」
のんきな声で帰宅(?)を告げると研究室の空気が明るくなった。
「エル、おかえりー!」
「エル、お腹すいてないかー?」
「エル、早速だがちょっと手伝ってくれー」
全員、内容は違えど、好意が感じられる。
そう、ここは私の帰る場所であり、私の大切な家族。
「あ、そうだ。ダズにーさんいるー?」
「んー? 呼んだかー」
少し離れたところで魔法陣を調整している青年が手を振る。
ダズ・アンハイサー。幼い頃からともに魔導師として暮らしている幼馴染であり、実の兄より兄らしい男だ。彼、というか魔導師団の大半の同僚たちは私の事情を知っている。もちろん、口外禁止の契約つきで。
黒髪に青い瞳。ごく一般的な容姿と、魔導師らしい長身の細身。何度見ても普通という印象がぴったりだ。もちろん褒めている。私がいなければ魔導師団の団長候補として名前が挙がるであろうが、私のせいであまり目立っていない。
色々散らかっている研究室の中をうまく進んで、ダズの隣へと座り込む。ドレスの裾が汚れた床についてしまうが知ったことではない。あぐらをかいて魔法陣を見て唸るダズは視線こそ向けないが声をかけてくれる。
「どうしたー。なんか殿下に嫌なことでもされたか? そのドレス似合ってるぞ」
「それは別に慣れたかな。……あ、ダズにーさん、ここの詠唱式間違ってる」
魔法陣のミスを指摘し、修正しつつ私は続けた。
「あのさ、白百合騎士団の騎士っぽいの見かけたんだけどもしかして遠征から帰ってきてる?」
「白百合―? お前、聞いてないのか?」
「何を?」
本当になんのことだろうとポカンとしているとダズは魔法陣修正を一度止めて私を見た。
「今朝言っただろ。予定を早めて騎士団が戻ってくるって。んで、明日の午後三時頃に遠征報告会で俺ら魔導師団も中核組が出席。その後夜には祝賀会でやっぱり俺らも出席」
「え、聞いてな――」
いや待て、そういえば今朝、実験中に……
『おーい、エル。騎士団が早めに帰って――』
『あーうん、わかった』
ああ、そういえばすごい適当に聞き流していた。
だってその時は新魔法の構築に忙しくてそれどころじゃなかったんだってば。
「人の話はちゃんと聞けよ」
「はい……」
明日のために正装を準備しなきゃいけない。そう思うと心が重くなっていく。めんどくせぇ……。
「とりあえず着替えてくる……」
「そういえばさ、ドレスのままだから気になってたんだけど……お前自分で作った魔法で一瞬で着替えられるだろ」
3拍の沈黙。
それを打ち破るように私はパチンと指を大きく鳴らすといつもの黒い魔導師服に一瞬にして着替えた。手には先ほど来ていたドレスと髪飾り。
おおー、と周りから声が上がる。この魔法は今はまだ自分にしか使えないもので、すっかり忘れていた。
「……お前って天才だけど抜けてるよな」
「……こ、この魔法を使うと堕落してしまうので」
声が若干裏返ってしまったが実際その通りなので使用を控えている。そしたらすっかり忘れていた。エーリヒにもこの魔法は見せたことはないので彼もそれを知らないはずだ。知っていたらわざわざ服を返さないなどといういたずらはしないだろう。
「ふ、ふ……ふふふ……」
我ながら自分の馬鹿さ加減に震える。そうだ、最初から魔法を使っていればあの騎士っぽいのに顔を見られなくて済んだのに。
「あー!! もうっ!!」
世の中、というか人生思い通りにいかない。
アホの子です。