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不憫な魔導師様は自由になりたい?  作者: 黄原凛斗
3章騎士と魔導師の行進曲
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愚者、いや……道化らしい



 その一言で、場が完全に凍りついた。


 ヴィンフリートの放った言葉は全容までは汲み取れないものの、何を望んでいるのかを察した人物は一様に顔色を変えた。

 殿下の寵愛する姫とやらを、報奨で寄越せとのたまったのだ。

 テオバルトは瞬時にそれが何かを理解し青ざめる。


 ――ば、バレてる!?


 ヴィンフリートがエルの女性姿を見たという報告は受けている。だが、それをここでぶちまけると誰が考えたであろうか。大丈夫だと思っていたからエーリヒもエルも手は下さなかったというのに。

 大臣たちも、姫のことがなにかまではわかっていないようだが、殿下に愛人を下賜してくださいと言っているのだと理解したとたん、ヴィンフリートに鬼のような形相を向けている。

 国王は困惑しながらエーリヒを見て、すぐに視線を逸らした。テオバルトも恐る恐るエーリヒの表情を確認しようとして、更に青ざめた。

 そう、この状況で笑っていたのだ。


「くくっ……あはははははっ!!」


 こらえきれないといわんばかりに声をあげたエーリヒに団長たちはぞっとする。


 ――ヴィンフリート、さすがにこれは死ぬだろう、と。


「……金糸雀姫……くくく……あははっ! そーか、そーきたかぁ……」

 そーきたかぁ、のあたりから声のトーンが徐々に低くなっていく。テオバルトは瞬時に理解した。これ、完全にキレてる。

「ねえ、クリューガー副団長。君、何か勘違いしてないかい?」

「……勘違い、ですか?」

「そう。まず……この場で言うべきことじゃないよね?」

 笑顔のまま立ち上がりながらヴィンフリートに近づいて目線をヴィンフリートに囁く。

「ここで話すとあの子が困るよ? いいのかい?」

「……それは」

「それ以上話をしたいなら僕の部屋においで」

 言うだけ言うと、陛下の方を向いてエーリヒは告げる。

「いやはや、お恥ずかしながら彼、僕が先日呼んだお気に入りの娼婦を寵姫だと勘違いしたようです」

「そ、そうなのか……?」

「……ええ、てっきり殿下の寵姫だとばかり」

「ああ、なんだ。びっくりさせるんじゃないぞ、エーリヒ。遊ぶのもいいがそろそろ婚約をだな」

「その話は先日したでしょう。ああ、陛下。彼と報奨のことと、彼女のことで少しばかり話があるのでお借りしてもよろしいですか?」


 団長たちはこの瞬間悟った。ヴィンフリートが帰ってくる気がしない。

 が、止めれば自分の首が危うい。


「ああ、本人がそれでいいなら……授与式の残りもクリューガーの報奨のことだけだったしな」

「では、一足先に失礼します。私生活のことで混乱を招いて申し訳ありませんでした」

 天使の笑顔でヴィンフリートを引き連れ広間から去っていくエーリヒ。テオバルトは慌ててついていこうとするが――


「団長殿ォ! グリーベル殿が血を吐いて倒れました!!」


「慎重に医務室に運べ! 大丈夫だ、死んではいない!!」


 騎士たちがものすごく混乱してる。というか一名死にかけてる。

 騎士たちの方もきになるテオバルトだったが、あの二人の会話の方がよっぽのど気になるので駆け足で二人の後を追った。







 接待室に通されたヴィンフリートは落ち着かないのかきょろきょろと部屋を見回している。

「テオバルト、紅茶」

「あ、いえ、お気遣いなく」

 ヴィンフリートが断ろうとするがテオバルトは殿下がヴィンフリートに見えない位置で合図というか指示を飛ばしてくる


『毒を盛れ』


(何笑顔で恐ろしいこと言ってるんですか殿下ァ!!)


 今盛ったら確実に犯人がわかるし、そもそも全然冷静じゃない。てっきり冷静だと思っていたら内心怒り狂っていた。

(と、とりあえず……致死性のある毒はまずい、よな……)

 下剤だけにしておこう。無味無臭とはいえ尋常ではない五感と身体能力を有するヴィンフリートに盛るのはテオバルトからしてみれば恐ろしいことこの上ない。

「それで、だ……。まずは君が彼女を知っているということは、禁を犯しているということだが、その自覚はあるかい?」

「禁、ですか?」

「ああ、あそこは王家の秘密。本来ならば君があそこに立ち入った時点で十分罰することができる」

 ぺらぺらと嘘をつくエーリヒにヴィンフリートは紅茶を淹れながら顔を引きつらせる。人が入れないだけで罰する法なんてないでしょう、と言ってやりたいのをぐっとこらえる。

「更に、王族の有する女かもしれない存在をいきなり下賜しろ、なんて……本当なら自分が言うべきことではないのがわからないのかい? まあ、田舎から出てきた平民だから仕方ないかな」

 こればかりは正論である。何も知らない人間があの発言を聞いたらいくら報奨とはいえ不敬に値するだろう。テオバルトは表情を繕いながら二人の前に紅茶を置く。

「まあ、飲みなよ」

「は、はあ……」

 頷きつつもカップに手を伸ばそうとしない。

(飲めよ!! お前更に不敬罪増やす気か!!)

 内心テオバルトはヴィンフリートの馬鹿さ加減に呆れを通り越して怒りしか沸かない。上の人間から出されたものに、しかも勧められて口をつけないとかどういう神経してるんだ、と。

「……ま、それは今回は不問にしておいてやろう。金輪際、立ち入らないように」

「……」

(うなずけよおおおおおおおおおおおおお!!)

 無言のまま俯くヴィンフリートを引っ叩きたくなる。しかしテオバルトは寸でのところでこらえ、殿下を盗み見た。

 笑顔だが引きつっている。だめだこれ。

「殿下」

 顔をあげて声を発したかと思えば、意を決したように言った。

「私は彼女を愛しています! 不敬は重々承知です。しかし……諦めきれません。たとえ、あなたのものであろうと……私は……俺は……」

「……」

 すっ、と目を細めてヴィンフリートを見つめるエーリヒ。まるでゴミを見るような蔑みを込めた瞳。しかしながらヴィンフリートは気づかない。

「それ、彼女が僕のものでもいいから欲しいってことでいいんだよね?」

「はい」

「……彼女がそんなに好きか」

「はい!」

 元気よく答えたヴィンフリートにあからさまに舌打ちをするエーリヒ。その舌打ちにはさすがに驚いたのか、ヴィンフリートが「えっ?」と驚きの声を上げる。

 一方テオバルトは生きた心地がしなかった。

「ふぅん……諦めろ、と言っても諦めそうにないね」

「はい。俺……私は可能性がある限り引き下がるつもりはございません」

「……」


 実際、ここでエーリヒがヴィンフリートを罰して始末するのは簡単だ。だが、ヴィンフリートは次代、それこそ自分の治世において役立つであろう人材。ここで単に切り捨てても良いだろうか、と葛藤しているのだろう。

 が、彼女の存在を公にしかねないこいつはどうにか消したい。しかし……どうにか丸め込めないかと。

「つまり、諦められるだけの理由があればいいってことかな?」

「……あ、いや、そういうことじゃ」

「彼女、実は母上の親戚の親戚の忌み子で、外に出られないんだよねー。いつも可愛らしく甘えてくるもんだから僕のお気に入りで毎晩のように抱いてるけど?」

(話盛りすぎな上に大嘘ついたー!!)

 あまりの盛りすぎかつ、さらっと嘘をつけるエーリヒにテオバルトは戦々恐々とする。すげぇ勢いでデタラメでっち上げやがった。

 まあ、母の親戚の親戚っていうか……妹だけど、ある意味間違ってはいない。嘘にはある程度の真実を混ぜるといいと言うが……。

「そ、それでも俺は彼女を愛してます!」

 身を乗り出さんばかりの勢いでエーリヒに返すヴィンフリート。なんだこの会話。

「へぇ……実は彼女、君のこと嫌ってるよ?」

「そ、それでも時間をかけて愛を育めるはずです!」

 すると、エーリヒは紙切れになにやら書いてヴィンフリートに見えないように折りたたんでテオバルトに手渡した。

 なにかの指示だろうか、と隠しながら開く。


『こいつめんどくさい』


 ただの愚痴だった。


 はぁ……とため息をついたかと思うと一転、何か思いついたように顔を上げる。

 にやりと、邪悪な笑みを携えながら。

「じゃあ、こうしよう」

 そして、悪魔のような提案をした。



「僕のシクザールと一騎打ちで勝てて、その上で彼女が君を受け入れるなら君に彼女をあげる」



 がしゃん。エーリヒが振り返るとカップを落としたテオバルトの後ろ姿。

 あまりに動揺しすぎて落としたらしい。

「彼に勝てないなら彼女を渡すなんて到底できないなぁ……」

 そうのたまうエーリヒの黒さにテオバルトは戦慄する。はなっから渡す気ないからって非道すぎる提案だ。

 何しろ、勝っても彼女が受け入れなければ無駄なのだ。そして彼女はヴィンフリートを嫌っている。そもそも彼女を手に入れるためには彼女を倒さねばならない時点で悪趣味だ。

「怖気付いたかい? まあ、僕の自慢の魔導師だからねぇ……」

「や、やってやります! あんな魔導師、俺なら軽くあしらえます!!」

 啖呵を切るヴィンフリートだが、その『あんな魔導師』というのがお前の懸想相手であって……とテオバルトは思わずにはいられない。

「ふぅん、そうかい。じゃあ早速試合でもしてもらおうか。場所と時間は追って連絡しよう」

 そう言って立ち上がると、ヴィンフリートの肩に手を置いて優しい声で言う。

「君には期待しているんだ。僕が王となったとき、君が多くの騎士を先導する立場であって欲しい。だからこうやって条件付きとはいえ妥協案を出したんだ。くれぐれも、彼女のことは公にしないこと。そして、僕へ忠誠を誓うように」

 妥協もなにも、ハナからその気がない癖に相変わらずペラペラと嘘をつくこの国の将来の王である。

「はい。私の命ある限り、貴方にお仕えします。あなたの剣となり、盾となることを誓います」

 凛とした返事をするが、騙されていることに一切気づいていない姿は滑稽を通り越して哀れですらある。




 結局、出された紅茶を一口も飲まずに部屋を去ったヴィンフリート。気配が遠ざかり、しばらくするとエーリヒは苛立たしげに彼が口をつけないで置いたままの紅茶を蹴飛ばした。

「あの野郎……いつか殺してやる……」

「で、殿下。落ち着いてください」

「はっ! 僕のかわいいエルに懸想するだけじゃなく、自分によこせなんて言い出した馬鹿にかける情けなんてないよ!」

 その言葉を聞いて(ああ、俺、やっぱり愚者になれないわ……)と心で呟くテオバルト。そして蹴飛ばされて床に落ちた紅茶と割れたカップの後片付けをしなければと思い、憂鬱になる。

 しかし、彼は私情よりも先を見据えて殺すのだけはこらえた。魔族に対抗しうる実力者。育成だけではどうにもならない圧倒的な才能――それもまだ成長途中のヴィンフリートを今殺すのはまだ早いし、惜しいと判断したのだ。

 本来ならば彼女の存在を知った時点で消すべきであったのだが、今もなお生きているのは彼の可能性ゆえだ。

「ったく……そもそもあいつ、なんであそこに入れるんだよ……」

「さあ……?」

 本来、あの庭は王家の人間以外には何も映らない仕組みなのだ。あの場所の存在自体、見えない。テオバルトも一度仕組みを解明するために付き合わされたがあることすら認識できない。

「あーイライラする……何度不敬で始末してやろうかと」

「お気持ちはわかりますが、どうか落ち着いてください。それに、陛下に今回の詳細と試合のことをお伝えするべきでは」

 王は気づいていない。金糸雀の意味を。だからヴィンフリートが要求したのが彼女だということを説明し、陛下の判断次第では始末する話になるかもしれない。

「……あー……いっそあのクソオヤジ、あいつ始末してくれないかな」

「ないでしょう。陛下は温和な方ですし」

「温和? ちがうよ、あれは優柔不断で甘いだけ」


 ――だから、こんなにもややこしい現状を作り出してしまったんだ。


 テオバルトに聞こえないようなか細い呟きを残して、エーリヒは立ち上がる。

「陛下のところに行く。お前は片付けをしてろ」

「はい」

 落ちたカップの破片を拾いながらテオバルトは考える。


 ――当の本人完全に蚊帳の外だけど、大丈夫だろうか。


 不安しかなかった。




一番重症なのがグリーベル(吐血)ってどうなんだろう。そして今回エルが出番なかった。

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