諦めないことが重要らしい(ヴィンフリート視点)
ヴィンフリート視点
ぼんやりと天井を見つめ、寝返りを打つ。俺、ヴィンフリートはかつていないほど凹んでいた。
カナリアと別れた後、上着を忘れていることに気づき、慌てて戻り、壁を越えようとして、ある人物の存在に気づいた。
――殿下が、カナリアと一緒にいる。
「ま、丁度いいや。話もあったし、こっちきて」
「は、はあ……」
思わず二人の姿を間抜けヅラで見ていると、殿下がこちらを振り返って視線を向けた。
つい慌てて落ちてしまい、受身はとったものの情けなくて目をつむりたくなる。
ほんの一瞬だったが、殿下と目があった。微かにだがこちらをあざ笑うように目を細めたのをはっきりと目視した。が、その後二人は既に中にはいなかった。
忘れていた上着を取り、庭を見渡すが、どこにもいない。どこから現れて、どこに消えるのかもよくわからないが、俺にとって彼女と唯一会える場所だ。
でも、予想はしていたがやっぱり――彼女は殿下の物だ。
殿下が肩を抱いていたし、あれで何もないというのはさすがにないだろう。城から出られない少女、殿下が寵愛する秘密の姫。
難しいことはよくわからない。だが、表に出せないということは身分差があるのだろうか。彼女の口調は令嬢らしくなかったし、もしかしたら平民なのかもしれない。
脳裏に浮かぶ言葉は愛人、側室、妾、情婦……。ろくな言葉が浮かんでこない。
そんな風にずっと考え込むものだから気が滅入ってしまって憂鬱だ。自室でぼんやりとしては、彼女を思い浮かべても殿下がちらつく。
初恋、だったんだけどな……。
諦めるべきだろうか。彼女を外に連れ出して他愛もないやりとりをしたいと願ってしまったのは過ぎたことだったのだろうか。
らしくもない感傷ひ浸っていると自室をノックする音が響く。
「おう、ヴィン。いるな?」
「バッケスホーフさん……?」
扉を開けると既に私服姿のバッケスホーフさんが立っている。なんだろう、こんな時間に。既に日も落ちて夕食時だっていうのに。
「城下町の酒場に飲みに行くから付き合え」
「は、はあ……」
突然飲みに誘われた。断る理由もないし、夕食もまだだったため素直に頷いた。
城下町の酒場はほどよく賑わっており、バッケスホーフさんは料理というよりツマミを食いながら空になった木樽のビールジョッキを店員に新しいビールを注ぐように注文する。
「で、なんかあったか?」
突然そう言われてきょとんとしていると額をつつかれた。痛くはないが思わず「うわっ」と驚いて後ずさる。
「お前、休憩から戻ってきたと思ったら暗い顔してぼーっとしてるからよぉ。なにかあったのかと」
バッケスホーフさんが言っているのは丁度、殿下と彼女のやりとりを見てしまった後のことだ。そんなに仕事に影響が出ていたとは。
「すみません、以後気をつけます……」
「あーだから、気をつけるのは当然だ。何があったか聞いてんだよ。話したくないのか?」
何があった、と言われても、勝手に懸想して、勝手に失恋したと落ち込んでいるだけだ。
酒の勢いもあっただろう。重要な部分はぼかしてそれとなくバッケスホーフさんに打ち明けた。
「実は好きな子がいて……」
「おう、色恋沙汰か」
「その……好きな子が身分ある人物の愛人っぽくて……、それをさっき知って、諦めるしかないかなって……」
バッケスホーフさんは黙って聞いている。
「俺……初めてだったんです……最初、出会った時からドキドキして、彼女のことばかり考えるようになって」
「それが恋ってもんだ」
「でも……俺は……」
「おいおい、そんなしょげんなよ」
背中をバシッと叩かれ仰け反る。力加減はしているだろうが不意打ちだと結構痛い。
「ま、諦めて次の相手を探せ……と言ってやるべきなんだろうが……。お前、その程度で諦めるほどの気持ちだったのか?」
その、程度……?
「愛人ってことはその女もそいつが好きなのかわかんねぇぞ? 案外無理やり召し上げられてるかもしれねぇしな。貴族ってのはそんなもんだ」
なるほど、確かに、殿下といるときの様子はあまり嬉しそうではなかったし……。
「相手の気持ちもわかんねぇだろ? 諦めんなよ。本気で好きなら命賭けるくらいしろ」
「は、はいっ!」
そうだ、俺は何を弱気になっているんだ。まだそうと決まったわけじゃない。
俺はもっと彼女のために努力するべきなんだ。うじうじしてもなにも変えられない。
「それによ、お前二日後に陛下から報奨頂けるだろ? それだけ実績もあるし、報奨次第では身請けだってできるかもしれねぇぞ?」
「……報奨……」
そうか、その手があった。
「ありがとうございます、バッケスホーフさん! 俺、頑張ります!」
「おう! 男なら当たって砕けろ!」
「はい!」
そして二日後――。
玉座の間に騎士団の団長副団長が立ち並び、その後ろには数人の役職持ちや実力者である騎士が控えている。
遠征などで成果を出した騎士に報奨を与える授与式だ。玉座に座る陛下と、その隣で俺たち騎士団に微笑む殿下。大臣や殿下付きの従者、それに一部重鎮もこちらを見ている。魔導師はどうやら出席していないらしい。それはいいことだ。いるだけで胸糞悪いからな。
まずは小さな成果報告。次いで俺の大型魔物討伐に関する報告。遠征の総括をして陛下は満足そうに頷いた。殿下はあまりいい顔はしていないようだが、不機嫌というわけでもない。
「さて、ヴィンフリート・クリューガー」
陛下の穏やかな声に誘われ、前に出る。陛下と殿下に跪き、頭を垂れた。
「此度は若輩の身である私に特別な評価をありがとうございます」
「うむ。期待しているぞ。……できれば揉め事は起こさぬようにな」
陛下の言葉に後ろでメルサーニ殿が吹き出す。あの人本当に性格悪いな。復帰したグリーベル殿がメルサーニ殿をたしなめるように低い声で注意をするのが聞こえる。
「それで、例の報奨の件だが……」
陛下が殿下に目配せをして跪く俺に言う。
「望みがあるなら聞こう。此度の活躍はまことに見事であった。望むなら一代限りの爵位も与えよう。富であれば無制限にとはいかぬがそれなりのものを用意しよう」
その言葉に後ろで控えていた騎士たちがざわつく。団長たちはわかっているのか特に反応はしていない。
俺の、望むものは決まっている。
「では、殿下の寵愛する金糸雀姫を下賜していただきたい」
彼女のためなら、俺は愚者だろうが勇者だろうがなってやろうじゃないか。
後に、バッケスホーフは語る。
『もう二度とあいつに色恋沙汰でアドバイスはしねぇ』
げっそりとやせ細った顔で呟く彼にはある種の悲哀が漂っており、豪快な彼を知る者が不安になるほどだったと。
更に、メルサーニは語る。
『生きた心地がしなかったけど、生きててよかったと思えるほど面白いものを見れた』
彼は腹を抱えてヴィンフリートのことを笑い続けた。
そして、グリーベルは吐血した。
アンケートのコメントでヴィンフリートに投票し「肩透かし野郎」と発言した人、作者の腹筋を殺しました。ええ、否定できない!!だからこそ大爆笑しました座布団どうぞ。あとグリーベルがまるでオチみたいだけど割と深刻です。グリーベルからしてみれば復帰早々に胃腸クラッシュされた気分です。
あとアンケートはまだまだ受付中です。今後の番外編などの参考にしたいので是非。活動報告でアンケートについても話しているのでお暇なときに気が向いたら。




