失言したらしい
兄が気持ち悪いです。そろそろこの前書きいらないかな……。
殿下は私が黙々と茶菓子を食べるのを見て楽しそうに笑っている。今日は珍しく茶会用のテーブルではなく殿下の私室にあるソファと机で簡易お茶会だ。もちろん私室とはいえ広い。少し離れたところにはベッドもあるし、本棚や執務用の机も視界の隅に映っている。
ちなみにテオバルトはすぐ近くの部屋で殿下を呼び出したり訪問しに来たりする人物がいた場合の対処をするためにこの場にはいない。もっとも、この時間にもうくる人物もいないだろうが念のためだ。
並んでいるお菓子はどれも職人が丹精込めて作った芸術的なチョコレートや焼き菓子。どっちかというと城下町の屋台のお菓子の方が好きだったりするんだがこれはこれで美味しい。
「エルはホント可愛いなぁ。こうやって着飾るのも久しぶりだしなんだかちょっと大人になったように見えるね?」
「こんなドレス着せておいてよく言いますね」
幼い姫や令嬢が着そうなデザインだというのに。フリルとかガラじゃない。
「うん? ああ、それね、最近流行ってるんだよ。なんでも『脱がせやすい』構造なんだって」
飲んでいた紅茶がむせそうになった。ひどい流行もあったもんだ。
「りゅ、流行ってよくわからないですね……」
「僕は流行には興味はないけど、エルにこれが似合うと思ってね」
「へ、へぇ……」
それはどういう意味で言ってるんだろう……。幼い感じなのかそれとも脱がせやすい構造の服が似合うって言いたいのか。
どっちにしろこの会話を続けるのは危険な気がする。
「と、ところで殿……お兄様! そろそろ正妃やら婚約者やらを決める時期なのでは!」
「……」
あ、やばい。話題変えようと思ったけど選択ミスした気分。
「えっと、その……やっぱり私にばかり構っていてもどうかと思いますので――」
「なんでエルが口出しするの?」
にっこりと穏やかな笑顔でぶった切られた。ダメだ、完全にやらかした。
「言ったよね? 僕はエルが大好きでエルをお嫁さんにしたいって」
「いやでも、事実それは無理――」
「こうも言ったね? 僕は君のためなら愚王にも暴君にもなるって」
血の気が引いていく。目が完全に笑っていない。なんか今日はやけに楽しそうだったりして情緒不安定だなと思ったけどこれ機嫌悪かったパターンだ。
「あんまり僕を怒らせないでくれるかな」
ゆらりと立ち上がった殿下の動きは見きれなかったわけではない。だが、逃げようと体が動く前に殿下は既にこちらのソファにきて私を追い詰める。
「ねえ、君は楽しい? 自分はほかの男と仲良くして、僕にほかの女と結婚しろってすすめてさ」
声のトーンが先程よりも低くなっている。これは本格的に怒っている状態だ。最近、まともすぎたからこうなることを予測していなかった。
「……答えなよ」
「わ、私は殿下のためを思って――」
「僕のためを思うなら僕を受け入れてよ」
ぞっとするほど怒気と情欲を孕んだ声。
――まずい、振り払わないと。
頭ではわかっているのに、魔法を使えば逃げられるのに、体が動かない。魔法を展開することもできず、黙っていると衣擦れと何かが解ける音がする。
腰の近くにあったリボンが殿下の指先で引かれ、背中で編まれた紐が解ける感触がした。脱がせやすいってこういうことか。
って素直に感心している場合じゃない。
――まずいまずいまずい。
「……嫌なら嫌って言えばいいのに、なんだよその顔」
「で、んか……っ」
「まあ、嫌って言われてもやめるつもりはないけど」
腰から胸へ伝う手が首筋に到達し、愛おしむように指先が喉元をなぞる。
「殿下――」
やめて、と懇願しようとエーリヒの目を見て、ようやく気づく。
悲しそうに、瞳には情欲を宿しながら私を見つめているのだ。
「っ――!」
何か言いかけて飲み込んだような素振りを見せたかと思うと、部屋をノックする音がやけに大きく響いた。
「殿下、申し訳ありません。陛下がお呼びです」
聞こえるのはテオバルトの困惑したような声。恐らく何があっても邪魔をするなとでも言われていたのに陛下から呼び出しを食らったから殿下が不機嫌になると心配しているんだろう。
「チッ、それくらい跳ね除けろ」
心底忌々しげに顔をしかめると上着を私にかけてから離れる。扉越しにテオバルトに言う。
「すぐ行く。お前は部屋を片しておけ」
いつも空気を読めない陛下だが今回ばかりは正直助かった。
外出用の上着を羽織りながら苛立った様子で髪を整えこちらを見る。
「いつ終わるかわからないから戻っていいよ。着替えはテアナを呼んで――」
「自分で、着替えます……」
そんな気遣いをしないで欲しい。普通に接しないで欲しい。そういう対象のくせに。
「……そう」
殿下はテオバルトと入れ違いになる形で出ていき、テオバルトがこちらに気づいて気まずそうに視線を逸らした。
「……」
「…………何か言ってよ」
「………………いや、私は」
「ああっ! もう!!」
手近にあったクッキーを握ってテオバルトの顔めがけて投げつける。が、受け止められてしまった。
「私私って!! こういう時くらい素で接してよテオ!!」
「っ……だから、私はあくまで従者で――」
「だって! あんたしかこんなの知らないんだから少しくらいなんか言ってよ! 異常だって! わかるでしょ、ねえ!!」
彼が私のことをなぜか嫌いなのはわかっている。それでも、こんなことをダズに打ち明けることなんてできるわけない。
「ガキの頃に調子乗って殿下を家来にしてやるとか言ってたくせに!! 従者従者ってなんだよ!」
「ばっ――馬鹿! それ以上昔の話は……あっ」
うっかり馬鹿と言ってしまったことか、慌てて口元を抑えて再び視線を逸らしてしまうテオバルト。
そう、幼い頃、怖いもの知らずだった少年の彼はあろうことか王城を父親と訪問中にはぐれたフリをして探索するという卒倒物の芸当をしでかしたのだ。
その際、私と殿下が遊んでいるのを目撃してしまい、更には殿下に「家来にしてやってもいいぞ!」なんて不敬極まりない発言をした。幸い、大人は聞いていなかったため罰されることはなかったが本人にとっては思い出したくない記憶らしい。ちなみに、その時私は「愛人にしてやらなくもないぞ」と言われたのだが、それを言うとだいぶ発狂されるため今は言わないでおく。
「……はあ、俺はあの人にとやかく言えねぇ……です」
「血の繋がった兄妹で愛し合うなんて、おかしいって思わないの?」
「思うよ。イカれてる。でもな、俺はあの人に逆らえないし、あなたを手助けできるほどの力もない」
ようやく昔みたいに話してくれたと思ったらこれだ。そんなの言わなくたってわかってることだし、なんの慰めにもならない。それでも、今は誰かの言葉が欲しかった。
「……テオ、やっぱり私のこと嫌い?」
「……嫌いだって言って欲しいんですか?」
「ううん。そういうわけじゃないけど、ずっと私に冷たかったし。私、あんたになにかした?」
周りの気持ちに気づけとテアナも言っていた。確かに、人の気持ちを汲み取ることに欠けている私だから、こんなことになっているんだろう。
「してないけど、――好きじゃない」
好きじゃない、と言われてちょっと悲しい。まあ、そうだよね。あんまり好かれるようなことした覚えもないし、むしろ私のせいで殿下は機嫌悪くなるし。
「……着替えて帰る」
「テアナを――」
「いい。自分で着替える」
というか、今テアナと顔を合わせたくない。
テオバルトは黙々と机の上のポッドと菓子をトレーに乗せて片付けていく。
私も立ち上がって、殿下の上着を握り締めて前を閉じながら着替えるために部屋に移動した。
扉の向こうでカチャカチャとテオバルトが片付ける音だけが聞こえる。
――正直、きっつい。
ずるずると壁に寄りかかってしゃがみこむと視界が歪んだ。
久しぶりに、こんなことで涙が出るなんて。
といっても、涙なんてあっという間に収まってしまい、頬に涙が伝った跡が徐々に乾いていく。
「……やだなぁ」
こんな爛れている、壊れた未来しか見えない関係は嫌だ。
でも、打開する策が思いつかない。だって、私は殿下のそばにいなきゃいけないんだから。
ここから逃げて、自由になったらどうなるんだろう。
何度もそんな妄想をした。
お母様が私を拒絶しなかったら、こんなことにはならなかったのに。
何度も責任をお母様に擦り付けた。
私は、どうしたいんだろう。
何度も自問自答して、結局答えは出ないまま。
多分次はテオ視点




