目覚めさせて
ようやくお茶会から解放されたはいいが、服を奪われてしまったのでやむなくドレスのまま一度魔導研究室に戻ろうと中庭を隠れながら通る。そして、秘密の庭への入口へと滑り込んだ。
秘密の庭は私とエーリヒ、そして国王しか知らない。庭へ入る方法に制限が掛かっているからだ。デーニッツ爺も存在だけなら知っている。
秘密の庭はいたるところに繋がる道があり、研究所に向かうにもここを通るのが一番だ。そもそも仮面も魔導師としての衣装もない状態で堂々と人前を歩けないのでここを通るしかないのだが。
庭は夕方だからか淡いオレンジで白い外壁が染まっている。この外壁は外からどう映っているのかよくわからない。特殊な結界があることは知っているのだが、解析したことはないのだ。今度、余裕が有る時に調べてみようかなどと考えていると壁に見覚えのない影が見えた。
「……?」
エーリヒがいるはずはない。先にこれるような場所ではないだろうから。だとしたら――
壁にはいかにも騎士、という格好をした青年が寄りかかった状態で眠っていた。
「――!? だっ――」
誰だ、と言おうとして慌てて口を閉じる。ここに人が居るはずないのもそうだが、今自分の姿を見られるわけにもいかず、どうしようと慌ててしまう。
魔法でどこか適当なところへ送りつけようかと手を伸ばしたその瞬間……
「んぅ……?」
タイミング悪く目を覚ました青年が寝起きと思えないほどぱっちりと目を見開いて私をまじまじと見つめてきた。茶色の瞳を輝かせながら。
「……なんで王城に女の子……?」
「ひ、あ……その……」
やばい、やばいやばいやばい。
全身から汗が噴き出して声がうまく出ない。
素顔がばっちり見られた上にこの場所を知られてしまった。この顔を見ればエーリヒと瓜二つとわかってしまうだろう。
――消すか?
一瞬だけそんな恐ろしいことを考えてしまうが頭をブンブンと振って振り払った。
しかし青年は特に何も言わずにこちらをずっと見つめている。不審に思い、声をかけてみた。
「あの……どうしてここに……」
まだぼんやりとしているのか何も言わない青年は、自前の赤毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜて飛び上がる。
「か、勝手に入って悪かった!!」
そのまま外壁を一度の跳躍で飛び越えようとし、ぎょっとする。どんな身体能力だ。
「あ、あの!」
まだ壁の上に立っている青年に声をかける。気づいたようで一瞬こちらを見た。
「ここのことは秘密にしてくださいね!」
唇の前に人差し指を立てて秘密、と強調する。すると、なぜか青年は顔を真っ赤にしてこくこくと頷いた。
飛び降りたような音がして青年が去っていく。どうやってここに入ったのかと思っていたが、まさかああやって飛び越えたのだろうか。
「……にしても騎士か……顔は見たこともないけど、紋章は白百合っぽかったな」
この国には騎士団が二つある。
一つは白百合騎士団。もう一つは白薔薇騎士団である。どちらも大差はないのだが、遠征に交互に出て魔物討伐などをしている。かつて、騎士の国と呼ばれた名残で二つの騎士団が存在するようだが詳細までは知らない。
「……白百合騎士団、帰ってきてたのか?」
現在、白百合騎士団は遠征中だったはずだ。帰還の日程は知らないが、まだ帰ってきたとの報告は聞いていない。まあ、残留組の可能性もあるが、やはり見覚えないあの青年は残留組とも思えない。
本当に帰ってきてたとすると、めんどうなことになるかもしれない。
魔導師団と騎士団の険悪ぶりを思い出して、エルはそろそろ飽きてきたため息を再び吐いた。
白百合騎士団と白薔薇騎士団、魔導師団とは犬猿の仲ではありますが一応交流はあります。