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不憫な魔導師様は自由になりたい?  作者: 黄原凛斗
2章:赤の国の使者
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馬鹿でした




 さて、恒例の殿下の部屋の前。

 ダズにコルヴォを任せて訪れたものの、どうしたんだろうか。また馬鹿兄発動させたのかな。

 ノックしようとして先に扉が開いた。テオバルトだ。

「ああ、早かったですね」

 なんだか嫌味ったらしい言い方だが気にしたら負けだ。そこは無視しよう。

「殿下は?」

「お待ちになられています。どうぞ」

 中に促されてまず目にしたのは書類を見てどこか苛立っている様子の殿下。

「殿下、どうされました?」

 声をかけるが無言。ああ、呼び方のせいか……。

 扉が閉まる音。向こうでテオバルトが去っていく足音を確認し、深いため息をついてから言い直す。

「お兄様、どうされました?」

「…………」



 無言。



 お兄様と呼ばれても無視するなんて!?


「お、お兄様!? どこか悪いのですか? そ、それとも操られたりしてませんか!?」

「……ああ、エル。ごめん、ちょっとね」

 ようやく喋ったと思ったらお兄様と呼ばれてもあんまり嬉しそうじゃない。やばい、これは重症だ。

「お、お兄様! お話があって呼び出したのでしょう? お茶をしながらでも――」

「いや、いい」

 あ、これ末期だ……。こっちからのお茶の誘い断るなんてどれだけ病状悪化してるんだ……。

 こっちがきまぐれにお茶にしようと誘ったらその後にあった会議すっぽかそうとした馬鹿兄なのだ。これは相当まずい状態だ。

「……エル」

「はい」

 真剣な声と表情。続く言葉を待つのが怖い。



 ……あれ、でもこれってなんか読めてきたぞ?

 なるほど、深刻そうに見えて最近構ってもらえなかったーとかそんなこと言い出すんだろーはっはっはっ。

 もー殿下ってばそんな手はそろそろ――



「魔王が復活したかもしれない。更に、その従僕である魔女も各地で目撃証言及び被害が報告されている。先ほど簡易報告を受けた魔女の件についてもこの魔王による――って、エル、どうした急に土下座なんてして……」



 やっべぇ、クッソ真面目な話だった。ごめんなさい殿下。いつもと調子違うからってふざけた殿下を基準にして呑気にしててごめんなさい。

「すみませんでした殿下……私こそ馬鹿です……」

「え、えっと……うん? とりあえず顔あげて?」

 殿下に気を使われるなんて何年ぶりだろう……すごく今恥ずかしい。自分が情けない。

「エルが何気にしてるか知らないけど話続けていい?」

「はい……すみませんどうぞ……」



 殿下からの情報をまとめると次のとおりだ。

 デーニッツ爺が最近不在だったのは魔王の封印がきちんと作用しているかの確認。

 魔王の封印は誰も訪れないかつての戦乱の大地、黒の国。魔力汚染が激しく、魔物の本拠地とも言われている。その黒の国付近に封印の社があるらしく、そこに視察に行ったのだ。

 が、その封印を見たデーニッツ爺が違和感を覚え、触れてみると幻覚で封印がされているようにカモフラージュされていただけで実は壊されていたこと。

 デーニッツ爺は各地を回り魔王の存在を確認しようとするが魔王そのものの手がかりは得られず。代わりに、魔女と自称する者が密かに活動しており、まだ表では出回っていない情報だがたしかに存在しているということ。

 魔女は元々魔王に傾倒した人間の女の成れの果て。しかも魔力を持っている人間だ。

 その報告に更に城内で魔女の襲撃があったなんて報告を受けた殿下はエルが心配になり安否の確認とこれからの対策をどうするかという懸念。

 陛下も色々考えているようだがデーニッツ爺が戻ってきたら詳しく話し合うそうだ。


 というわけで、とってもまともな殿下だったことを再確認して最初から馬鹿な兄だと疑ってかかった自分を殺したくなった。クッソ真面目じゃん……。


「なるほど……魔王、ですか……」

「封印が壊れていた以上、何もないなんてわけはない。場所が場所だからどの国も監視を置かなかったことが最大のミスだけどまさか本当に封印が壊されるなんて……」

 封印の社は少なくとも魔物や魔族は入れない。しかし、ただの人間も黒の国に近づくのは無理だ。魔力の耐性がないのだから、魔力に酔って動けなくなってしまう。そこで魔物なんかに襲われでもしたらデッドエンド。魔導師すら躊躇う暗黒の大地だ。

「……他国はこの情報を抑えているのでしょうか?」

「わからない。だが、魔女の情報についてはそろそろブラウ国あたりは把握しているかもしれない。そのうちブラウ国の魔導師も魔王の封印について確認するだろうし。ウェイスで公表してもいいけど民に不安を煽る真似と、交易の阻害になりそうなこともあるし、どの国も慎重になるだろうね」

 国には結界があるが、それを行き来する外には強い対抗策はない。皆用心棒を雇って国家間の貿易をしている。

 しかし、並みの魔物ならともかく魔王だと誰だって躊躇するだろう。さすがにそう簡単に公表できない。

「クソ親父はびびってまともに考えないしさー……。デーニッツ戻ってきたら少しは考えまとまると思うんだけど」

「あの、陛下をそのような呼び方するのはどうかと」

「ふん。愚王ではないからそのままにしてるけどあんなの父親としては最低だし」

 それには概ね同意するけど。

「エルはどう思う?」

「どう、と言いますと」

「魔王の封印。誰が解いたと思う?」

 封印か……。

 魔王が内側から破るのはまず無理だろう。もしそうだとしたら封印が役立たずということになる。

 あり得るとすれば……。

「魔女、というより魔女になる前の人間の女ですかね」

「理由は?」

「あの場所に入れるのは人間でしょう。しかし、普通の人間はまず体が持たないでしょうし、魔力を持った女が魔王の封印を解くために侵入したとかでしょう」

「……周囲には魔物もいるのにか?」

「もしかしたら魔導師だったかもしれません。そこはわかりませんが魔力を持った者による犯行なのは間違いないですし、おそらく魔王の従僕になっているでしょう」

 情報が少ない今、確定はできない。しかし、襲撃してきた魔女の言うとおりなら主が魔王で、他にも従僕が複数いるだろうし。

「とりあえず、他国の様子を見つつ、爺様の帰りを待ちましょう」

 ひとまずそう結論づけるしかない。




 話は変わって魔女襲撃についての詳しい報告。

「ふーん……フィアンマ暗殺をウェイスの人間にさせようとした、ね……」

 報告を聞いて殿下はなにか考えるような素振りを見せる。


 ……なんか、まともな殿下見てると物足りないというか心配になってくるな……。


 って、これが正しい状態じゃないか!


 危ない危ない。思考が流されている。落ち着いて。


「とりあえず、エルはフィアンマが滞在中は常に気を配るように。また刺客がきたら困る。それに、フィアンマはエルの“素顔”を見たんだろう?」

 何気ない一言だがそれはこちらにとってとても大きなこと。殿下も簡単には流せない。

「はい。気づかれてしまったので」

「……まあ、フィアンマになら仕方ない。あれはロット国の犬ではないし、なにより大魔導師だ。そこらの貴族や大臣よりは権力と地位がある」

 大魔導師というだけでそもそも括りが違う。それだけ、大魔導師は特別な存在だ。

「念のため、口外しないように契約はさせておくように。フィアンマと友好的な関係になれるならこちらとしても他国への牽制になるし。下手に隠して不審に思われるよりはいい」

 ……あれ、なんだろう。すごいこの人まともなこと言ってる。

 いつももっと、こう馬鹿兄というか変態的な彼を見ていたからてっきり「エルの素顔見るなんて以下略」的なこと言い出すかと思ったのに。

「……殿下」

「ん? 何?」

「…………悪いものでも食べました?」

「は? 別に食べてないよ」

「嘘です!! 私が殿下と呼んでも文句言わないし、やたら真面目な話をするし、フィアンマとの友好関係推奨するし!! その辺のもの拾い食いでもしておかしくなってるんです!」

「……君の中で僕はいったいなんだと思われているのさ……」

 呆れたように見られて自分の思考が汚れていたことに反省する。そうだ、普段アレでも時期国王で将来有望な第一王子。これが普通なんだ。

「し、失礼しました……」

「別にいいけどさ……。真面目な話をしているんだから落ち着こうよ」

 なんだろう、ついあなたにだけは言われたくないって言葉が出そうになった。が、今は明らかに自分がおかしいから黙って受け入れる。

「まあとりあえず早めに伝えておくべきことは以上かな。また何かあったら呼び出すつもりではあるけど……。エル、何か他に報告はあるかい?」

「特にないです。魔導師団研究所地下に捕えた魔女の処遇をどうするかについては――」

「……騎士に任せてまた問題になっても困る。対応できるエルや魔導師に頼む」

「わかりました……。あの、こういうのって普通、陛下が命じるものでは?」

「その件に関しては僕が勝手にやっといてくれとクソ親父から言われてるから」

 陛下……ほんと……こう、貴方はダメな人だ……。

「わかりました……。本来なら処刑ものですが多少拷問にかけてみます」

「うん、よろしく」

「それでは、失礼します」

 ……嘘だろ、このまま退室って初めてなんじゃないか? なんにもちょっかいもセクハラもなかったぞ?


「エル」


 扉に手を掛けようとして殿下の声に振り返る。


 いつの間に真後ろにいたのかと思うほど近く、殿下の顔が瞳に映った。

「で――」

「エル――エーリカは魔女にならないで」

 その悲しそうな声には覚えがあった。



『エーリカはいい子だもんね』

『うん! おにーさま!』

『エーリカは悪い魔女なんかにならないでね』

『とーぜんです!』



「……お兄様」

 無意識のうちにお兄様と呼んでしまい、はっとする。

 幼い頃に言われたことを思い出したせいか、なんとなく自分が彼の妹に戻ったように錯覚してしまった。

「僕を裏切ったらダメだよ?」

 そうやって優しく言う殿下。


 僕を裏切るくらいなら、僕の手で――


 そう聞こえた気がした。




二人の幼少期編をいつか書きたいけどタイミングがつかめないという。

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