戦うことになりました(ヴィンフリート)
前話とほぼ同時刻のヴィンフリート
ああ、イライラする……。
城内の警備をすることに不満があるわけではない。他国の魔導師を迎えているから普段より厳重に警備する必要があると団長たちの命令で白薔薇と白百合が交互に警備をしている。副団長の俺も警備をすることになった。それはいい。それは本当にいいんだ。警備自体はな。
その警備の理由を思い出すだけで吐き気がする。ああ、イライラする……。
他国の要人でもあるが魔導師である以上、ここの魔導師に相手を任せるのが最適だと陛下は仰っていたがどうだろうな。外道な魔導師が揃ってなにか危険なことでも企んでいるかもしれない。
あのクソ外道で不審者以外の何者でもない悪辣な魔導師シクザールのことだ。なにかやらかしても驚かないぞ。やらかしたら問答無用で殺してやる。
ああ、癒しが欲しい。庭の少女に会いたい。あの子ならきっと俺を優しく包み込んでくれる。彼女の爪の垢をあの魔導師にも与えて少しはまともになってほしいものだ。いや、あいつに与えるなんてもったいない。俺がもらう。
――などと、ヴィンフリートは事情を知っている人間が聞いたら腹を抱えて笑うようなことと距離をとりたくなるような気持ちわるいことを一人で考えていた。
ふと、ヴィンフリートが城壁を見やるとなにやらもぞもぞと動く影が見える。
目を細め、音を立てずにヴィンフリートが移動する。影は飛び降りて城内に着地したがヴィンフリートの刃が自分の首に当たっていることに気づき動きを止めた。
侵入者の背後に回り込んだことから、侵入者もヴィンフリートの実力に驚いた様子だ。
「お前、何をしている。ここがどこだかわかっているのか?」
低い地を這うような声に侵入者は怯える様子もなく、両手を挙げて抵抗の意思はないと示す。
ヴィンフリートは侵入者をよく観察すると、奇妙な違和感を抱いた。
まず、侵入者にしては服装が小奇麗というか、めかしこんでいる。というか近くで見て気づいたがかなりの美少女だ。そんな人物がここになぜ忍び込もうとする?
「ここの騎士さんですか?」
ほわほわした可愛らしい声だ。まさにここにそぐわない。
「そうだ。お前を拘束し、目的を吐いてもらおうか」
「……ここの騎士さんなら信用はできませんね」
瞬間、挙げていた手から斬撃がヴィンフリートの首へと飛ぶ。
ヴィンフリートは人外じみた動きで斬撃を剣で弾く。防いだ瞬間、はっきりと見えたそれは短剣。暗器であるそれはヴィンフリートでなければ気づけないほどの細い糸が繋がれていた。
恐らく袖に隠していたのだろうがそれにしたって直前まで気づかせないその芸当にヴィンフリートは僅かに戦慄する。相当の手練だ。
しかも確実に殺す気で放ったであろうその短剣を回収するとヴィンフリートから距離を取ってようやく互いに顔を見合わせた。
正面から見ると美少女なのがよくわかる。なびく金髪と透き通るような青い瞳。その目はとても感情らしいものが感じられない冷たいものだ。
「思ったより強そうですね」
それだけ言って、少女は城内に走り去ろうと背を向ける。
「逃がすかよ!」
腰から抜いたのはもうひと振りの剣。双剣使いのヴィンフリートは片方を驚異的な投擲力で侵入者の少女の目の前に突き刺す。一瞬ひるんだ少女に後ろから斬りかかるが、暗器のほとんど見えない糸で剣を絡め取られ、空振りに終わる。
――かと思いきや、投擲し、突き刺さった剣を取り、注意が向けられていない足を切り払った。
だが、足への斬撃は僅かに掠めた程度で致命傷はおろかダメージを与えている様子はない。
少女も警戒して再び距離をとり、暗器を見せない手ぶらな状態でヴィンフリートを睨んだ。
「追いかけるの、やめていただけませんか?」
「侵入者を見逃したら俺の首が飛ぶっつーの」
恐らく実力は互角……だと思ったがヴィンフリートは少女を見てそれを考え直す。
少女の本職というか、普段扱っている武器は恐らく暗器ではない。同じように剣を扱うのだろう。もし、剣を持ったら互角かどうかはわからない。
次にどう動くべきか思考を巡らせていると、巡回の騎士がこちらに向かってくる足音がヴィンフリートには聞こえた。
(まずい――!?)
ヴィンフリートだからどうにか相手にできているのに他の騎士ならば一瞬でカタがつくだろう。なにより今この状況で一番恐ろしいのは――
それを危惧した時には既に遅く、少女は三人揃って近づいてくる騎士へと跳躍し、後頭部を蹴り飛ばして一人を気絶させた。
残りの二人は何が起きたのか理解できなかったらしく、少女を見てぽかんとしている。
「馬鹿野郎!! 侵入者だ!」
気絶した騎士の剣を奪われる前に少女に斬りかかる。双剣の別方向からの攻撃にも対応する少女の反射神経も、剣の軌道を直前で変えるような化物じみた動きをするヴィンフリートも、周囲が恐怖を抱くほどに気迫が凄まじい。
慌てて気絶した騎士を二人の騎士がヴィンフリートと少女から離すが、少女はすでに次の獲物に目をつけていたらしく、ヴィンフリートとの鍔迫り合いから離脱すると、二人の騎士の腰から糸で剣を奪い、ヴィンフリートと同じく双剣のように構えた。
「二分で終わらせます。時間がありません」
宣言すると同時にヴィンフリートへと斬りかかる。暗器だけでも驚異だった少女の実力が、更に倍増した恐ろしいまでの速さと一撃の重さに、ヴィンフリートは僅かによろめいたがそれはあくまで想定していた以上だっただけのこと。
――倒せないわけでは、ないっ。
ヴィンフリートは我知らずのうちに口の端を釣り上げており、少女への斬りが容赦なくなっていく。先程まではあくまで捕縛を目的としていたからだろうか。もはや殺すことにも躊躇がなくなっているヴィンフリートの様子に少女は煩わしそうに吐き捨てた。
「二分で終わらせてくれないような人でしたか……」
「当たり前だ! 伊達に実力だけで異例の抜擢はされていない!!」
少女との斬り合いは途切れることなく続くかと思われたが、少女がはっとしたように目を見開き、舌打ちをしたかと思うと、ヴィンフリートを蹴り飛ばしてヴィンフリートから逃げた。
「なっ……!? 逃がさねぇって言ってるだろ!」
少女を追いかけるヴィンフリートを見た騎士たちは後にこう語る。
『副団長を同じ人間とは思えなかった』
ヴィンフリートは素の身体能力はグリーベル以上ですが経験や実戦の差によりまだグリーベルには若干劣るものの化物じみた強さです。




