忘れていました
いわゆる小洒落たカフェというべきか。女性向けの装飾が目立つそこは食事も美味しいことで有名だが男は入りづらい。多い客はカップルや女性の友人で、彼女にここを紹介して若干失敗したかなと後悔する。
(カップル多い店に連れ込んでそうだと思われるかな……)
まがりなりにも自分は男の姿ということになっているので相手も困るのではないか。
そう思っていたのだが――
「あ、すいません。私、ザッハトルテとリンツァートルテ、あとアプフェルクーヘンとキルシュトルテ、アイアシェッケ。ついでにプレッツェルと……あと飲み物はココアで」
店員がぽかんとした表情でフレーズの注文を聞き入れる。
気にするとかそういう次元の話じゃなかった。何が怖いってこの子1切れじゃなくて丸々頼んでやがる……。
「あ、エルさんは何が食べたいですか? 遠慮しないでいいですからね!」
あ、今の注文一緒に食べるとかじゃなくて完全に一人で食べるのか。
「じゃ、じゃあ……サンドウィッチセットで」
そこそこ安くて量があるメニューなのだが彼女の前では霞む自信がある。
パタンとメニューを閉じたフレーズは店員に注文を告げると足早に去っていった。……大丈夫かなぁ、作り置きなくなりそう。
「本当にありがとうございました。エルさんのおかげで……」
「いや、気にするほどのことでもないよ。私だって買い物をしたかっただけだし」
水を飲み干してしまうとやることがなくなって微妙に気まずい。女性との会話は何を話していいのかわからない。
「あ、そういえばエルさんは魔導師なのですか?」
思い出したように聞いてくるフレーズ。
……この仮面とローブという不審者スタイルで逆に魔導師じゃなかったらそいつはなんだろう。ただの言い逃れできない不審者だ。
「一応、そうですね」
というより彼女は魔導師に関わる人間なのは間違いないのに、仮面の魔導師と聞いてシクザールを連想しないのだろうか。そこだけがちょっと意外というか。
「先ほどのも魔法ですよね? すごいです!」
「たいしたことはしてませんよ」
実際あの手の魔法は魔導師なら割とよく知っているものだ。となるとやはり彼女は魔導師ではないのだろうか。
「あなたも魔導師ではないのですか? あの店にいたのですからてっきり……」
「あ、私は旦那様のお使いです。それに、この国は初めて見るものばかりで……」
この国、ということは他国の人間。
間者、というわけでもなさそうだが……先ほど狙われていたのは彼女ではないのだろうか。
旦那様、と言っているしどこかの使用人というのもありえるが、ただの使用人をあんな複数で狙うのかも甚だ疑問だし。
「一人でお茶するのも寂しくて……エルさんみたいな素敵な人とご一緒できて嬉しいです」
「そ、そうですか……」
本人にあまり悪意とか裏とかは感じないのだが……彼女が何かに巻き込まれそうな感じはいやというほど感じる。
すると、次々と注文の品が運ばれてきて、フレーズは子供のように目を輝かせて喜ぶ。
本当に食べれるのだろうか、これ……。
フレーズが夢中になって食べるのを眺めつつ、自分のサンドウィッチにも手を伸ばす。ふと、視線を動かすと隠れるような人影が。
どうやらまだ彼女を狙うのをやめていないらしい。
すると、なぜかその気配が掻き消えた。不審に思い、遠見の魔法でその場を覗き見ると、誰かは知らないが礼服に身を包んだ青年が男たちを気絶させていた。
どうやら護衛らしい。使用人でもなさそうだが、彼女は何ものだろう。
「エルさん?」
唐突にフレーズに声をかけられてはっとする。遠見の魔法で覗き見ていたせいかつい目の前のエルから注意を逸らしていた。
「いや、何でもないよ。そういえば、君はこれからどうするんだい?」
「そうですね……。しばらくは観光です。道も少し不安ですが、人に聞いて頑張ってみます!」
純粋な子だ。人の悪意を疑っていないかのような、まっすぐな目をしている。
そんな彼女だからこそ、厄介事に巻き込まれるのかもしれない。
フレーズも注文したものを全て食べ終えて満足げに微笑む。自分もゆっくりサンドウィッチを消化したのだが結構多かったかなと思ってしまったので彼女みたいに食べることは不可能だろう。
予定よりも長くカフェにとどまってしまった。
……ん?
なにか、忘れているような。
時計に目を向けると時刻は12時45分。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
フィアンマの対応があるのを素で忘れてた。
「フレーズさんすいません、用事を思い出したので失礼します!!」
「あ、エルさ――」
彼女の制止も聞かず裏道に駆け込む。人は他にいない。大丈夫だ。
早口で転移呪文を唱えて自室に転移する。ローブと仮面を脱ぎ捨てて来客用の礼装ローブと綺麗な仮面を身に付け、髪を整える。作成した資料を抱えて研究所まで走ると時刻は12時55分。
「まっ……にあった……」
力が抜けそうになるのを必死にこらえて壁に寄りかかる。他国の要人対応に遅刻とか洒落にならない。
「エル、随分遅かったな。大丈夫か?」
珍しく礼装のローブを身につけたダズが心配そうにこちらを見る。もうみな準備を済ましているようだった。
「だい、じょうぶ……」
「ほら、代表なんだからちゃんとしろ。来るぞ」
研究所入口あたりで複数人の声がする。案内の人間の声だろう。
扉が開き、青年が足を踏み入れる。
「コルヴォ・マーゴ・ケイト=フィアンマです。数日の間、よろしくお願いします」
ちなみに服を一瞬で着替えられることもこの時素で忘れているエル。元々あんまり魔法に頼らないようにしてはいるからなんですけどこういうときに使えよと




