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腹黒兄王子と淡白妹従者


 精霊たちはエルナをおもてなしするかのように紅茶を用意し出す。久しぶりの来訪に心なしか嬉しそうだ。

『エル、もうちょっと待ってね! 最高に美味しい紅茶を淹れるから』

 炎の精霊であるフランメが紅茶を淹れている。人間サイズのカップを、小さい姿で動かすものだから不安で仕方ない。

 フランメは今、手のひらに乗ってしまうような小さい人間を模した姿だ。精霊は姿を自由に変えられるのだが、ここにいる精霊は人間形態が気に入っているらしい。

 燃えているような赤い髪に真紅の瞳。幼い男の子のようなフランメは薄桃色の羽を必死に動かしている。

「精霊の姿になったら?」

『やだね! せっかくエルが来たのに!』

 頑なに人間形態を貫くらしい。

 すると今度は風の精霊ヴィントが風を操り、ながらフランメを手伝い始める。水の精霊ブラーゼも一緒になって元々あったテーブルにお茶会の準備を進めていく。

 精霊は数多く存在する。例えばフランメたち以外にも炎の精霊はたくさんいる。風も水も、ほかの属性もそうだ。精霊使いなどと呼ばれる魔導師は相性のいい精霊と契約し、魔法を行使する。しかしエルナは彼らと契約しているわけではなかった。

『でーきたー!』

『ほら、エル、飲んで飲んでー』

『僕らの自信作ー』

 精霊たちが喜々として紅茶を差し出してくる。

 ここにいる彼らはエルナを気に入っているのと、元々この空間を好んでいるため居座っているに過ぎない。契約をしようともちかける精霊もいるのだが、あまり契約という形で縛ることをエルナは好まなかった。

 カップを手に取り恐る恐る口をつけてみる。すると思っていたより美味しかった。メイドが淹れるような味ではないが、素朴な良さがある。

「うん、美味しいよ。ありがとうみんな」

『やったー! お礼言われたー』

 やったやったと飛び回って喜ぶ精霊たちに和みながらエルナは本日何度目かわからないため息をつく。

『エル、落ち込んでるの……?』

『わかった! 王様か王子様が悪いんでしょ! かわいそうなエル……』

「うーん、陛下は悪くないかな。殿下も別に」

 エルナはかつてエーリカといい、エーリヒの妹だった。

 しかし、王妃は双子が生まれたことで心を病んでしまい、毎日のようにエーリカを殺せと王に泣き叫んだのだ。

 王妃の生まれ育った土地では双子は凶事の象徴。特に男女は不吉らしく、何度もエーリカを殺しかけた。

 しかし、国王と魔導師たちはエーリカを殺すことを渋ったのだ。

 エーリカは生まれた時から魔導の才能を見せつけており、魔導師長デーニッツは一目見たときから「この子はこの国のどの魔導師よりも強くなる」と断言したのだ。それだけの才能をむざむざ殺すわけにもいかず、国王は悩んだ。

 しかし、王妃はその話を聞いても大人しくはならなかった。むしろ悪化したのだ。

 王妃は大の魔導師嫌いで、エーリカが膨大な魔力を持つと知った瞬間、髪を振り乱して叫び散らしたという。汚らわしい魔物め、と。

 結局、いつまでもはっきりしない国王に切れたデーニッツが、自分が引き取ると宣言し、魔導師団の魔導師たちが育てることになったのだ。

 その日から、エーリカという名を捨て、エルナ・シクザールに生まれ変わった。シクザールは魔導師たちが正体を隠すための偽名として三日間頭を悩ませて名付けたという。

 それからというもの、毎日あっという間に成長していくエルナにデーニッツは、自分の知識をありったけ詰め込んだ。しかし、それだけでは飽き足らず、エルナは自分の魔法を作ってしまい、更に今もなお止まることはない魔法の新しい可能性を広げている。

 天才魔導師としてその名が広まるのはあっという間だった。各国にエルナの噂が広まった。しかし、エルナの名は伏せ、シクザールとだけ広まったため、性別があやふやになり、男として定着した。そして国王は都合がいいと判断し、エルナに男装を義務付けた。ついでに仮面の装着もだ。成長するにつれ、わからないだろうとタカをくくっていたが、やはりエルナは双子の兄と似ているとわかってしまう。今まで表舞台に立たなかったが、名が知れた以上、一応出なくてはいけない。それならば仮面をつけて正体をわからなくしてしまおうと。この国に王女はいなかったと、そう言いたげに。


 なお、この男装問題で、デーニッツが王と大喧嘩したりと色々あった。


『かわいいエルナに男として生きろというのか貴様ああああああ』

『いや、一応な……正体がバレたりでもしたら』

『じゃかあしいこのヘタレ王め!! エルナ、エルナも何か言うんじゃ!!』

『爺様。男の髪ってどれくらい短いっけ。こんくらい?』

『エルナアアアアアアアアアアアアアアア!! 髪を切ろうとするなあああああああああああああ!! 貴様のせいでエルナがあああああああああああああああああああ』

『私のせいか!? 男装しろとは言ったが髪を切れとは――というかデーニッツ、お前興奮しすぎだ死ぬぞ!?』

『あとでにーさんたちに頼むか……』


 そんなこんながあって結局、デーニッツと魔導師たちに全力で止められて髪は切ってはいない。今は後ろで一括りにしているが、正直短くしてしまいたい。

 デーニッツが予想以上にエルナに入れ込むものだから国王も頭を抱えているようだ。というか一応父親なのだが、エルナとしてはその認識は薄い。

「……私はこんなところよりももっと広い世界を見てみたい」

 独り言は精霊たちに向けたものではないが精霊たちはそれを聞いてはしゃぎ出す。

『そうよエル! こんなところ抜け出して外の世界を見てまわろう? 私たちも手伝うよ!』

 三人だけでなく、ほかの精霊たちもぶわっと舞い上がり協力すると意思表示をしてくれるが、エルは苦笑しながらそれを断る。

「嬉しいよ。でもね、私はエーリヒ殿下の傍にいなければいけないから」

『殿下って、エルのお兄さん?』

「まあ、一応、そう……だね」

 エーリヒと国王を血縁だと認めるのは毎度のことだが抵抗が有る。いつ誰が聞いているかもわからないのだからと緊張してしまうのだ。


 ――そう、私は殿下を守らなければならない。


 幼い頃からエーリヒはエルに優しく、兄として振舞ってくれた。もちろん、二人きりの時だけだが。

 認めるわけにはいかないが、家族として接してくれるエーリヒを裏切って国外を旅するわけにもいかない。自分が、力を持って生まれたのは王になるエーリヒを支えるためなのだと思うからだ。それ以外の理由があるとも思えない。

 それに、そもそもエーリヒがエルを手放す気がないだろう。


 ――だってエーリヒは……。


 その瞬間、ガサガサと、不自然に木の葉の擦れる音がし、精霊たちが慌てふためいて姿を消し始めた。

 何事かと思ったら――

「あ、いたいた。エル」

 この国の王子、エーリヒが現れた。

「もー、いくら退屈とはいえ、抜け出しちゃダメだよ? ほら、とりあえず戻ろう」

「……殿下の方が抜け出してはいけないでしょう」

「あ、せっかく二人なんだからお兄様って呼んでよ」

「はぁ……」

 この庭に訪れたのは偶然ではない。この庭は幼い頃に父――国王に教えてもらったエーリヒとの秘密の庭なのだ。かつての魔導師が施した解析しても詳しく術式が判明しなかった結界魔法による外界との隔絶が今もなお起動している。だからここを知るのはエーリヒと王のみ。精霊たちはエーリヒが苦手らしく、いつも逃げてしまう。この庭の声が外に漏れることはないだろうがやっぱり気軽に口にするのははばかられた。

「いいですか殿下。いくら人がいないからといって――」

「呼んでくれないならお兄ちゃん、エルをお嫁さんにしちゃうよー?」

 薄ら笑いは冗談でなく本気のもの。この脅しは本当にずるい。

 エルは長い沈黙のあとに、とぎれとぎれになりながらも認めたくない事実を口にした。

「……お兄様」

「はい、よくできました。僕としてはエルと結婚したいんだけど」

「何を馬鹿なことを……」

 そう、エーリヒは究極のナルシスト……ある種のシスコンである意味自己愛者なのだ。自分と同じ顔をしているエルしか愛せないと。

 最初は冗談だと思っていたが年を重ねるにつれ、やり口が狡猾になり、しまいには準備すらし始めているという。

 この言葉は彼最大の脅し文句だ。そして、エルの弱点でもある。

「どうしてこの僕の愛を理解してくれないかなー」

「一生理解するつもりはございません」

「冷たいなぁ。まあ今日はいいか。さあ、戻ろう」

 手を差し伸べられ、はっとする。エスコートするように手のひらを差し出しているのだ。

 エルはそれを無視し、一人で城へと戻ろうと歩みを進める。

「まったく……淑女が紳士のエスコートを無視するものじゃないよ」

「『私』は、男性のエスコートを受ける気などありませんから」

 フードを深くかぶり、仮面をつけなおす。

 今の自分は魔導師シクザールで、エスコートされるような淑女ではないと、主張するように。

「……僕は本気なんだけどなぁ」

「……そうですか。私の気持ちは変わりませんよ」


 双子で、愛し合うだなんて馬鹿げている。

 例え世界中が許しても、私自身がそれを認める日は永遠に来ない。

 そして、今の自分は彼の従者だ。

 それを、履き違えてはいけない。




だいたいこんなのだったりエーリヒが気持ち悪かったりエルが苦労するする、そんな話です。

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