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不憫な魔導師様は自由になりたい?  作者: 黄原凛斗
1章:王城狂想曲
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つつかれて(ダズ視点)






「さて、と……ようやく寝てくれたな」

 寝顔にかかった髪をそっと払ってやり、寝顔を見て安心しながら部屋から出る。仕事に戻らねばと、ダズは顔を引き締めた。




 俺は所詮脇役だから、こういう損な役回りでいいんだ。


 小さい頃から身の程をわきまえるというのも変だが、俺はそういう子供だったらしい。

 突出して優れているわけでもなければ劣っているわけでもない。平均平凡平和。どこにでもいるような男でつまらないだろう。

 元々平民で捨て子の孤児だった俺はデーニッツ爺さんに魔導師としての才能を気に入られてここに置いてもらっている。爺さんの後継者かとも言われたこともあったが、エルがここにきてからそれすら話題に上らなくなった。

 幼い頃、エルはどこか物憂げな瞳で全てを怯えているように思えた。それもそのはず、あんな事件があったのだから。

 爺さんからその話を聞いた俺は、エルを元気にしてやってくれと頼まれ、二つ返事で了解したが、長い道のりだった。

 まず、話しかけると一瞬びくっとされて視線を逸らされる。その後話しかけてもはい、いいえ、くらいしか答えないし、会話が続かない。

 子供ながらに「暗いやつだなー」と思ったが、事情が事情だったので仕方ないだろうと根気よく話し続けた。

『おれのことはダズ兄さんとでも呼べよな! ここにいるからには俺たちは兄弟みたいなものだ!』

 そのときは、エルは珍しく『わたしのおにーさまはおにーさまだけ……』と答え、無視され続けた。

 そして、それが結果として現れたのはエルが魔導師の研究所にきてから半年。

 突然本棚の影に隠れながら声をかけてきたエルに驚きながらもどうした?と尋ね返すと、小さくて消えてしまいそうな声でエルは言った。


『だず……にーさん』


 そう呼ばれたときは思わず喜びのあまり、エルを高い高いしてしまって怒られた。しかし本当に嬉しかったのだ。ずっと心を閉ざしていたエルがようやく兄さんと呼んでくれたのだから。

 その後、研究所に馴染んできたエルは俺と一緒にいることが多かった。エルはその頃まだ、他人と話すのが苦手で、俺の後ろに隠れたりなんかしていた。

 成長していくに連れ、兄離れともいうのか、社交性も身につき、甘えることも減った。大人になっていくのはいいことだ、素晴らしい。だけど少し寂しいと思ってしまうのはいけないことだろうか。

 この歳にもなると、周りからよく「お前エルと付き合ってなかったのか」と驚かれる。

 まあ俺はもう20歳だし、エルも16だ。言われるようになるのも仕方ないが毎回やんわりと「違うよ。俺はあいつの兄貴分」と否定するのも疲れる。

 自分で言ってて悲しくなってくるが事実エルはそう思っているだろうしこれからも変わらない。それに、『兄』という力の強さは俺よりも上がいる。

 実に兄であるエーリヒ様は最近エルが困ることを色々理由をつけてはやっているらしい。俺ごときが口答えすると本気で飛びかねないのが怖いところだ。なにが飛ぶかは置いておくとして。


『君さぁ、ちょっと調子乗ってない?』


 先日も突然エルのいない研究所に来た殿下がそんなことを出会い頭に言ってきてなにかと思った。


『エルの兄は僕だからね? 君は間違っても勘違いしないでね?』


 俺には理解できない次元の話らしい。なんで兄に関してそんな強調するんだ。

 そもそも好きだというのなら兄であることは障害でしかないはずなのに、なぜ兄という事実にこだわる。別に俺は兄ポジションにとって変わろうとかそんなことは思っていない。ただエルの幸せを願ってはいる。

 なので、ちょっと調子に乗って殿下に言ってしまった。


『そうですね。俺は血縁関係もない他人なのでエルと結婚もできますね』


 率直に言うと、死ぬかと思った。

 殿下の怒りを買ってしまったのは丸分かりで、この表情を令嬢たちが見たら悲鳴を上げかねないほど恐ろしい。肝が冷えるとはまさにこのことだ。


『首が飛びたくなければ発言をよく考えろよ?』


 恐ろしいほど低い声が背筋を這う。その首って間違いなく職的な意味じゃなくて命ですよね。

 俺に出る幕なんてないですよ殿下。


 エルの恐ろしいところはグリーベルさんやテオバルトさんもあいつに心を奪われているらしい。ライバル強すぎる。

 というかグリーベルさんはエルのこと男だと思ってるはずなのにすごいな……勘ってやつだろうか。テオバルトに関しては元々昔から付き合いがあるみたいだししょうがないだろう。もっとも、あいつは殿下のこともあってかエルを嫌おうとしているみたいだけど。


 俺はなにも殿下みたいにがっつくつもりも、グリーベルさんみたいに悩んだりするつもりも、テオバルトのように嫌おうともしない。

 ただ、小さく震えていたエルが幸せになれることを望んでいる。

 俺の隣で笑うことがなくてもだ。







 研究所内は一部が忙しないが、ここ数日に比べてみれば落ち着いている。

 エルの作った魔道具の最終チェックを済ませ、梱包しているのを横目で見ながら自分が手をつけていた仕事に取り掛かる。

 もうあと少しで完成する魔法陣に続きを書き込もうとした瞬間、声をかけられた。

「よう、ダズ。エルは大丈夫そうか?」

 同僚の魔導師が軽い調子で聞いてくる。

「ああ、ちゃんと寝てくれたし、しばらくすれば腹空かせて起きてくるだろ」

「お前さぁ……本当にエルと付き合ってないのか? ヤってすらないのか?」

 ずりっ、と書いていた魔法陣の紙が破れる音がする。しかし、そんなことはもはやどうでもよく、同僚に言われたことの意味を理解するまで数秒を要した。

「だれが、なん、だって?」

「いや、お前ら昔から仲いいし、エルが相手に選ぶならお前だろうなーってみんな思ってるのに進展しねぇし」

 当然、とばかりに言い募る同僚にインクをぶちまけたくなる。だから俺はあのライバルたちに勝てる気がしねぇっての!!

「選ぶのはエルだよ。俺は別に……」

「腹くくって告っちまえよ。案外受け入れてくれるかもよ?」

 それはないと思う。いや、本当にエルはそういうこと苦手だし。

 そもそもエルは自覚はないが殿下に依存してるからなぁ。

「だからいいんだってば。どうせエルの立場上どうにもこうにもならねぇし」

「襲っちまえばー?」

 ブチッ。


「いい加減うるせぇ!! さっさとてめぇは仕事に戻りやがれ!! お前らも聞き耳立ててないで仕事しろ!! 遊びじゃねぇんだぞ!!」


 似合わない怒声を撒き散らすとそそくさと皆が仕事に戻っていく。

「……ままならないな」

 残ったのは完成間近だった魔法陣が書かれていた破れた紙のみであった。




ダズはなんていうかもうちょっとがんばろう。

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