叱られて
グリーベル殿のお見舞いから研究所に戻った直後、ダズに声をかけられた。
「ああ、エル。殿下が呼んでたよ」
「え、呼んでたって……?」
いつもエーリヒは直接声をかけるか、急用ならば渡してある魔道具で呼び出すはずだ。それなのに研究室のほうにわざわざ来て探すとはどういうことだろう。
「珍しいよな。殿下がここに来るなんて。相変わらず上っ面はヘラヘラしてたけど、なーんか機嫌悪そうだったぞ」
仮にも王子になんて言い草だろう。昔からダズはちょくちょくエーリヒに辛辣だ。そのうち咎められなければいいのだけれど。エーリヒもダズのことを目の敵にしている節があるが、今のところ直接嫌がらせをしていないだけまだマシだ。
それはそれとして、機嫌が悪そうなら早く向かわねければ。
このあとに依頼されていた魔道具開発や新魔法の研究もしなければならない。
それにしても、機嫌を損ねるようなことなにかしたっけ……?
急いで殿下の元へと向かい、私室まで徒歩でたどり着く。移動魔法を使おうか考えたがはっきり言ってあれはあまり使いたくない。
――魔法と魔力に頼りすぎると人間は堕落する。
かつて、この国にいた大魔導師が遺した言葉であり、デーニッツ爺も常々魔導師たちに言い聞かせている。元々魔力を持って生まれるのは遺伝ではない。魔力があっても魔法が使えない場合だって存在する。だから、ある日突然魔法が使えなくなる世界になってもおかしくない。それを考えると魔法に頼りすぎてしまえばいつか身を滅ぼすだろう。
なので、できるだけ魔法の乱用は避けている。便利といえば便利なのだがなくても困らない範囲だ。ただ、個人的に色々考えていると魔法ができあがっていたので利用しているに過ぎない。
(……私の部屋にある作ちゃった魔法一覧、公表したら世界混乱しそう)
若干作りすぎている感はある。どうせ、自分以外はろくに操れないと判断しているから公表していないのもあるが、他国の魔導師なら使いこなせる可能性もある。あれらが他国の優秀な魔導師の手に渡れば豊かにはなるだろうが、外交上色々面倒がおきそうだった。
他国の優秀な魔導師。それらは……言いたくはないがいわゆるシクザールと並ぶと言われる各国の大魔導師たちのことだ。もちろん、自分と違って彼らはそれぞれそこそこの役職に就いている。大魔導師と呼ばれてはいるがもちろん自称ではなく周りがかつて存在した複数の大魔導師たちを真似てそう呼んでいるに過ぎない。
ロット国の魔導師、コルヴォ・マーゴ・ケイト=フィアンマ。脳筋国家にしては珍しい魔導師の一族の現当主。通常遺伝しない魔力や魔法の才能がなぜか遺伝する特異な一族で炎を操ることに関しては他の追随を許さないとされている。また、その一族の中でもコルヴォは抜きん出た才能の持ち主で、炎以外の魔法も扱えるらしいが、主な研究は炎魔法とのこと。一度会ってみたいとは思うが、他国の魔導師と密接に関わりすぎると反感を買うからなぁ……。マシだと思う大魔導師の一人である。
ブラウ国の魔導師エイト・メイジ・ヘイリー。魔法の国とされているこの国の名誉魔導師。こいつは色々規格外な上に関わろうとしても関われないだろう。遺伝しない魔力。つまり普通の平民からも強い魔力と才能を持った子は生まれてくる。彼はいわゆる成り上がった魔導師だ。しかし、大魔導師の中でも最も幼い13歳。年齢のせいか極度の人間不信を患っており、現在引きこもりだそうだ。しかし、聞きかじる程度の噂だがかなりの実力者なのは間違いない。成長したらどうなるのか……。
グルーン国の魔導師、アストル・マージ・バティーニュ。自然と生きるお国柄か、精霊との結び付きが強く、彼も精霊魔導師らしい。数多の精霊と契りを交わし、精霊による魔法を駆使する魔導師だが、今ではすでにその存在も彼くらいしか確認されていない。問題は放浪癖があり、一度会える機会があったにも関わらず不在だったため外交などが一切期待できないというところだろうか。腹の探り合いもできそうにない天然だとも聞いている。というかこの国はそもそもそういう人間が多すぎる。
ゲルブ国の魔導師、セレドニオ・ブルハ・デラトルレ。商人の国ということもあってか彼自身損得の勘定はきっちりつけるタイプであり、金さえあれば彼は他国にすら乗り換えるのではないかと言われるほどの守銭奴。その噂は他国にすら広まっており、スカウトしようとした某国の貴族が賭け勝負をして身ぐるみ剥がされて逃げられたとかなんとか。商人の癖のギャンブル好きってどうなんだ……。
そしてここ、ウェイス国の大魔導師と呼ばれるのは仮面のシクザール。
……変なのしかいない大魔導師たちである。
まあ、大魔導師なんて、本人は誰ひとりとして思っていないだろう。なんとなくだがわかる、そういうやつらだからこそそう呼ばれるのだと。
そんなことを思い返しながらエーリヒの私室の近くまで来ると、なにやらがたがたと物音がなっていることに気づく。
すると、エーリヒの侍従であるテオバルトが目の前でエーリヒの部屋からたたき出されるのを目撃してしまった。
「ったぁ……殿下、相変わらず人使いの荒い……」
テオバルト・フェーリンガー。こざっぱりした茶髪、よく似合う赤縁メガネの奥には黒い双眸。彼はエーリヒが一番信頼している従者だ。そして、私とエーリヒの関係をそれとなく察してはいるが、口にはせず、表向きは私のことを男性として接してくる。
が、なぜか私は彼に嫌われているようだ。付き合いも長いというのに解せない。
「……チッ、シクザール様。遅いですよ」
「露骨に舌打ちしないでください。で、機嫌悪いんですか?」
部屋を指差して問うとこくりと頷くだけで視線をそらされた。徹底的に嫌ってるな、こいつ。敬語もなんだか皮肉がこもっているように聞こえる。
「早く行って、どうにかしてください。たっく……私の苦労も知らないで……」
眉根を寄せるテオバルトはそのままどこかへ行ってしまった。彼のことだから別の仕事だろう。仕方ない、とため息をつきながらエーリヒの私室の扉をノックした。
『……誰』
「私です、殿下」
声をかけると、どたどたとやかましい音とともに何かが近づいてきて勢いよく扉が開かれた。そこには不機嫌をありありと顔に貼り付けたエーリヒがいた。
「……入って」
「は、はい……」
促されるままに部屋に入る。エーリヒと私以外は今、誰もいないようでとても静かだ。
何も言わないでベッドに横になるエーリヒに、どうすればいいのかわからずしばらくその寝姿を見つめてみる。あどけない寝顔だなーと思いつつもそういえばこの顔はだいたい自分と同じだということに気づき何とも言えない気持ちに陥る。
「……エルは本当に八方美人だよね」
「は?」
いきなり口を開いたかと思えばよくわからないことを言い出す。
しかし当の本人はいたって真面目なようでむすっとした表情でこちらを睨んできた。
「誰にでも愛想を振りまいて、それなりの関係築いてさ。男じゃなくて女だって公表したらきっと君のことを狙う男がもっと増える」
「そんなことないですって」
「いいや、あるね。僕にはわかる」
自信満々に言い切って起き上がったかと思うと、私の仮面を取り払い、手首を掴んでベッドに引きずり込んだ。その際、なぜか押し倒すように私に覆いかぶさる。
「で、殿下……あの、こういったことは」
「エル……もし、こういう風にほかの男にされたらちゃんと抵抗できる? 流されない?」
「当たり前ですよ!」
「……怪しいね」
目を細めたエーリヒは私の首筋に顔をうずめて囁く。
「エルは僕のもの。僕以外の男になんてやらないから」
「……」
どうしてそんなことを、と口に出す前にその声を塗りつぶすエーリヒの行動。
首筋に、吸い付いてきた。
「っ! うっ――!?」
初めて与えられる感覚に一瞬、思考が回らなかった。どうして、こんな――
「僕のエル。あの騎士にも魔導師にもあいつにも渡さない」
低い声でもう一度囁いたエーリヒの表情は見えない。でもなぜか、悲しんでいるような気がした。
エーリヒが気持ち悪いです(真顔)
そしてまだ増えるエルの逆ハーレムのせいでエーリヒが更に気持ち悪く面倒なことに。