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Q&Q

 各々が、種類の違う沈黙を広げた。俺は、怒りから言葉を無くし、エリザベートは無言で暴れる俺を無言で捕まえている。マリー=テレーズは気まずげに顔を逸らし、ユリウスは困ったようにマリー=テレーズを何度も見る。ヴァレリーは嘲りの表情浮かべ、俺を見下ろしていた。

 奇しくも今期の巡礼者たちが集まったわけだが、和気あいあいだなんてことにはならない。やはり、剣呑な空気がわだかまる。


「正直、半信半疑でしたが、ユリウスさんとヴァレリー君の話を聞いて確信に至りました。あなたはリオネルさんです」

 マリー=テレーズが重々しく口を開く。

「だから、さっきからそうだと言っているだろう愚図」

 早口にそう答えつつも、ユリウスやヴァレリーの方には顔を向けない。こんな醜態を見られた恥辱にさいなまれているのだ。マリー=テレーズはこのぎこちない悪態ににこりともせず、憤懣と諦めの混在する微妙な表情を見せる。

「なあ、マリー=テレーズ。ほんとにこれが、あの馬鹿貴族なのか?」

 ヴァレリーは、あからさまな狼狽をしたためてマリー=テレーズに訊ねる。マリー=テレーズは、毅然とした態度で首を縦に振った。俺は馬鹿貴族じゃない。

「リオネルさん。あなたは先ほど朝起きたら女になっていたと言っていましたが、嘘ですね」

 確固たる意思を持った断定的な尋問が始まった。俺は完全にごまかしのタイミングを逃し、口を噤んだままエリザベートに拘束されている。そんな俺の斜め前では、ヴァレリーが腹を抱え涙が滲むほどもんどりうって笑っている。

「起きたら女になってたって、アホか。そんなバレバレの嘘ついてんじゃねぇよ! ガキかっつーの!」

 笑いと悶えの合間でヴァレリーは、息も絶え絶えに小馬鹿にする言葉を吐いた。

「嘘は吐いていない!」

 すかさず言い返すが、一笑される羽目になる。

「話が進まないのでヴァレリー君は黙っていてください」

 するとマリー=テレーズが容赦なく、笑うヴァレリーを両断する。ざまあみろと勝ち誇った微笑みを見せつけると、ヴァレリーから笑いの名残が消え失せた。しかしマリー=テレーズは、あろうことかこの俺にまで「許可のないときは話さないでください」とのたまった。屈辱に震えていると、俺を捕まえたままでいるエリザベートが何事かと俺を覗き込んだ。俺は顔を背ける。

「さあ、リオネルさん。本当のことを話してください。どうしてあなたは女性になってしまったのですか?」

「どうしてだと? そんなこと俺が知りたい」

「くだらねぇ嘘つくなよ」

 ヴァレリーが茶々を入れてくる。

「嘘じゃないと言っているだろう!」

 マリー=テレーズが微かな吐息をこぼした。マリー=テレーズの溜息にはふんだんに苛立ちが込められており、俺とヴァレリーはぎょっとして黙り込む。マリー=テレーズといえば、穏やかで優しく、兵科でさえなければ欠点のない女なのだ。と、今日まで思っていた。

 おそらくこの平民男も、俺と同じような幻想を彼女に抱いていたのだろう。ヴァレリーは、推し量るような慎重な瞳でマリー=テレーズの優しげな笑顔を窺っている。マリー=テレーズの柔和な笑みはいつもと変わらないように見える。

「リオネルさん。先ほど私はユリウスさんとヴァレリー君からとても興味深いお話を聞きました」

 マリー=テレーズの笑みが深まった。

「実は、ディンケル教授が研究室で強盗にあったそうです。何者かに襲われ脳震盪を起こしていたディンケル教授は、半刻ほど前に意識を取り戻しました。ディンケル教授によると「兵科のリオネル君が私の『悪魔の書』を盗んだ!」そうですが。この件に関してなにか申し開きはありますか?」

 とうとう核心を突かれ、俺はだんまりを決め込んだ。四対の視線が集まる。俺は俯いてマリー=テレーズの足下を見つめた。マリー=テレーズの足は小さい。しかしぶかぶかの靴に隠された俺の足も、同じ程度の大きさしかないのかもしれない。

 一向に口を開かない俺に声をかけたのは、案の定ヴァレリーが最初だった。

「お前それでも兵科か!? 研究室から『悪魔の書』を盗んで、女になっただと? テメェが一番兵科に泥塗ってるじゃねぇか」

「うるさいぞヴァレリー」

 ヴァレリーを黙らせようとするが、俺の声はか細く弱々しい。二の句を継ぐヴァレリーに遮られてしまう。

「お前、悪魔に女にしてくれって言ったのか?」

「そんなわけあるか! 俺は強くしてくれと願ったんだ!」

 俺の言葉を皮きりに、沈黙が一挙に押し寄せ波打った。四人分の呆れに苛まれる。力なく俯く俺を、エリザベートがそっと離した。しかし、この場から逃げ出そうという気概も起きず、俺はただ羞恥によって頬を上気させていた。

「……リオネルさんは、ディンケル教授の研究室から『悪魔の書』を盗み出し、招喚した悪魔に強さを願ったと、そういうことですか?」

「ああ」

 力のない応答を返す。

「招喚はどこで行ったのですか?」

「闘技場だ」

「何故、闘技場で?」

「魔術の名残のあるあの場所なら、悪魔を簡単に呼べるとディンケルに聞いた」

 マリー=テレーズは淡々と尋問を続ける。その作業が進むごとに、恥と屈辱と後悔が俺の中でせめぎ合う。しまいには、一際大きな後悔が、他の感情を押しのけ、俺は無性にいたたまれなくなってしまった。

「悪魔招喚は成功したのですね?」

「ああ」

 マリー=テレーズの声の調子から、徐々に怒りや呆れなどの負の感情が減っていく。おずおずと視線をあげ、マリー=テレーズの様子を確認する。彼女は、青い瞳に好奇の色を宿し、まるでディンケルのような熱心さで、これまでの質疑応答を吟味している。

 エリザベートの方を向き、どういうことだと目で咎めると、奴は小さく苦笑をして明後日の方向を見た。

 あごに指を添え考え込むマリー=テレーズにかわって、今度はヴァレリーが興味津々といった様子で俺に訊ねる。

「悪魔はどんな奴だったんだ?」

 しかしヴァレリーの質問に素直に答えてやるのは癪なので、俺は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「悪魔はどんな姿をしていましたか?」

 けれどもマリー=テレーズに促され、俺は渋々口を開いた。

「……悪魔は、少女だった。それと、あれは……」

 俺は第二のディンケルであるマリー=テレーズのお気に召すよう、昨夜に思いを馳せる。白銀の髪、紫の瞳を持つ、少女。どことなく母様の面影が見えた気がした。

「……母様に似ていた」

 夢見心地で呟く。すると、こそばゆい笑い声が生じる。俺はその、柔らかな笑みを発した奴を睨む。

「ユリウス…………、何がおかしい」

 ヴァレリーの横に並んでいる、へらへら顔の男。巡礼杯の素晴らしき優勝者であり、百年に一度の天才、そして侯爵家の嫡男、ユリウス・ディオン・シャリエ・ゼ・チェースノチという名の愚図だ。俺の言葉を受け、ユリウスは微笑ましいものでも見るかのような優しげな眼差しを引っ込める。

「いや、何でもないんだ。気に障ったらごめん」

「何でもないで笑われてたまるか。言え! 何がおかしいんだ!」

 ユリウスは眉を下げ、不安げな笑みを浮かべた。腹の底から、ヘドロのように粘着質な感情が吐き出された。

「あの、………悪魔は、その人の一番愛しているものの姿をとることがあるっていう文献を読んだことがあるから……、リオネルはお母さんが好きなんだなって思って……。気を悪くしたならごめん。馬鹿にしようとか、そういうんじゃないんだ」

 頬に熱が集まった。俺は閉口して、ユリウスを睨みつける。ユリウスは、居心地が悪そうに視線を泳がせ、誤魔化すように笑って見せた。

「ハッ、マザコンかよ! レニーお坊ちゃんはママが大好きなんでちゅねー!」

 すかさずヴァレリーがたわけた口調で俺を愚弄する。エリザベートの拘束が、とっくのとうになくなっていることを、俺は知っていた。

 すみやかにヴァレリーを痛めつける行動を開始する。互いにいつもの要領で取っ組み合いを始めようとした。ヴァレリーの手のひらが、俺の肩を軽く押しのけた。いつもなら、小手調べの脅し程度にしかならない動作だった。しかし、俺はいともたやすくはねのけられてしまい、後方に転がった。ベッドの縁に頭をぶつける。頭蓋に激突の音が反響してもなお、今起きた出来事に理解がおよばなかった。

 呆然としゃがみ込んだまま、ヴァレリーを見上げる。ヴァレリーは、俺以上に信じられないといった表情をしている。口をぽかんと開き、俺を押し飛ばした体勢のまま固まるヴァレリーは実に滑稽だったが、俺は笑う気にはなれなかった。

「リオネル!」

「リオネルさん!」

 女どもが駆け寄る。二人は、俺を助け起こすと、潔癖な蔑視をヴァレリーに向けた。いつもなら俺の向けられるはずの視線だ。ヴァレリーは、結託した非常に厄介な友情を前に、たじろいだ。

「エリザベート。マリー=テレーズ。お前たち、これまでにヴァレリーに殴られた俺を庇ったことが一度でもあったか? …………どういう心境の変化だ」

「だって可愛いんだもん。庇護欲をそそられるって言うの? 守らなきゃ!って感じになる」

「ええ。奇跡的な愛らしさです。嫉妬も起きないほどに」

 あっけらかんと言いのけて、二人は神妙に頷きあう。今度は俺が閉口する番だった。悪びれた様子もなく俺を愛玩せんとする女どもから距離をとる。

 嫉妬が起きないほど美しかろうが、俺は男なのだ。まるでご令嬢にでもなったかのような手厚い扱いを受けるのはごめんだ。


 ぶつけた後頭部の怪我の程度を見ていたマリー=テレーズがふと呟いた。

「なぜ、リオネルさんは女性になってしまわれたのでしょう」

 独り言にさえ知性の滲むマリー=テレーズに対し、間抜け面で首を傾げるエリザベートは、どうしようもないほど低脳さが透けて見える。

「ていうか、悪魔って人間の姿なんだね。私、悪魔って魔物のでっかいのだと思ってた」

「あながち、リズちゃんの予想は間違っていないかもしれませんよ。先ほどユリウスさんのおっしゃった、悪魔は招喚者の愛するものの姿をとるという話が確かなら、悪魔の真の姿など、誰も見たことがないのでは?」

「おい。悪魔の真の姿なんてどうでもいい。本題は、俺の身体を元に戻すことだろう!」

 無駄話を咎めると、マリー=テレーズは残念そうな、やや悲しげともとれる表情をした。

「残念です。悪魔を招喚した方から、悪魔についての考察が聞けると思ったのですが……」


 気を取り直し、マリー=テレーズは、ユリウスに神術の依頼をする。ユリウスは快く引き受け、考え得る限りの治療や解呪、状態異常の呪文を唱えたが、俺の身体が元に戻る兆しはあらわれなかった。

「ごめん、リオネル。僕じゃどうにもならないみたいだ」

「お前は百年に一度の天才だろう!? どうして治せないんだ」

 情けない困り顔を浮かべるユリウスにくってかかる。これまでで一番巨大な不安か影をちらつかせた。

「……ごめんね」

 ユリウスはもう一度謝罪の弁を述べた。同情的な視線にさらされ、俺の心臓が万力で締め付けられたような痛みを感じた。ユリウスのグリーンの瞳は雄弁だった。憐れみを感じる。

「できないのなら今すぐ天才の名を返上しろ!」

「そうしたいのは山々なんだけと……」

 弱々しく呟くユリウスに、嫌味たらしさはまったく存在していない。そのことが余計に、無性に俺を苛立たせる。

 不穏な空気を感じ取ったのか、マリー=テレーズがすかさず俺とユリウスの間に入る。エリザベートも、マリー=テレーズに促され俺の挙動に注視した。

「やはり、教授に報告するしかないですね」

 女どもの杞憂は無駄に終わることになる。俺にはもう、マリー=テレーズの申し出を断る気力はなったのだ。俺は力なく頷きを返す。



 マリー=テレーズが教師を呼びに行き、医務室には兵科主任と、剣技のアスマン教授、偏執狂のディンケル教授がやってきた。

 ディンケルは、俺の姿を見た途端、さめざめと泣き始める。

「わ、私の『悪魔の書』はどこへやったんですか!?」

 小刻みな嗚咽をともなう叫声が、俺の耳をつんざいた。ディンケルは俺の肩に組み付き、乱暴に揺さぶった。肩に、易々と指が食い込む。ディンケルを振り払おうとする。しかし、偏執的な感情は肉体にすら作用するようだ。驚異的な強さを宿したディンケルは一向に俺から離れない。

「ち、ちょっと落ち着きましょう先生。まず状況の把握をしましょう。さあ、ほら、落ち着いて」

 ディンケルをやっとのことで俺から引き離された。落ち着けと言い聞かせながらディンケルの肩を掴むアスマン教授こそ、その言葉が欠如しているようだ。アスマン教授は、化け物を見るかのような目つきで俺を眺める。

「本当にリオネルなのか……? いや、信じられん」

「本当です」

 動揺を全面に出し、アスマン教授はゆっくりと首を左右に振った。

「本当に、ディンケル教授の研究室から『悪魔の書』を持ち出して悪魔を招喚したのか?」

「本当です」

 俺はなんの感情も表層にあらわれないよう努めた。アスマン教授の戸惑いの中に、失望が見え隠れする。

「悪魔を招喚して、強さを願って、女になってしまったのか? マリー=テレーズの言っているように」

「そうです」

 アスマン教授は黙り込んだ。顔を青ざめさせ、少し震えている。アスマン教授にとって、俺は理解の及ばない化け物そのものになってしまったようだった。

「リオネル君。神術による治療を試みたようだが、効果は無かったんだね?」

 アスマン教授に変わり、兵科主任が口を開いた。その言葉に神妙に頷くと、兵科主任は目を細め、考え込んでしまった。

 兵科主任に変わり、ディンケルがもう一度身を乗り出してくる。今度は、落ち着きを少し取り戻したらしいディンケルが質問を始める番だった。

「リ、リオネル君! 君は悪魔招喚を行った際、強さを願ったそうですが……、君が強くなるためには性別が変わることが必須だったのですか?」

「……そんなこと知るわけないだろう」

 状況を読まずに自らの知識欲を満たそうとするディンケルに舌打ちをし、小声で返答をする。しかしディンケルは、そんなことは一切頓着せず、新しく入手した珍しい生物についての観察をするような、機械的だが生々しい眼差しを俺に向けた。

「君は何を対価に願いを叶えて貰ったんです?」

「対価は、誇りだとか言っていましたね」

 ぞんざいな口調で質問に答えるが、この変人はそんなことお構いなしだ。今や俺は『悪魔の書』よりも興味深い検体らしい。

「ほこり……、誇り!」

 対価に関して、ディンケルはなにか思い当たることがあるようだ。

「面白い! 実に素晴らしいですあの書は! どういう原理かわかりませんが。私が思うに君は『誇り』を対価に渡した為に女性になってしまったのでは?」

「はあ? …………意味が分からない」

「誇りを失ったから君は、女性になったんですよ」

 ディンケルは、俺の様子などお構いなしに断言した。

「まさか…………」

 俺の声は震えている。『悪魔に渡した対価は二度と元に戻らない』あいつはそう言っていなかったか?

 血の気が失せていく。指先が冷たく汗ばんだ。俺は向かい合う数名の他人を見渡した。誰かに助けを求めたかった。

 重々しい沈黙が、周囲に伝染する。誰も微動だにせず、何も言わないでいる。

 俺は、目を爛々と輝かせ不躾な好奇心を寄越すディンケルから目を反らした。瞼の奥からめまいの気配がちらつくが、俺はけしてそれに甘んじなかった。


「とにかく、大神殿に治療を受けに行きなさい。ユリウス君でも治せないのであれば、あとは神殿しかない」

 この暗黒の懊悩からいち早く抜け出すことができたのは、兵科主任だった。兵科主任はてきぱきと取り仕切る。

「アスマン教授、それからユリウス君はリオネル君とともに大神殿に行きなさい。ディンケル教授と、エリザベート君、ヴァレリー君、マリー=テレーズ君はここに残って『悪魔の書』に関する調査を」

 俺を除く、名を呼ばれた面々は兵科主任に了承の返答を述べた。しかし当の本人である俺は、だんまりを決め込み、なすすべなくユリウスを睨みつけた。

 アスマン教授はともかく、どうしてユリウスまで連れて行かなくてはいけないんだ。大きく息を吸い込んで、文句を言う準備をする。しかし、すんでのところで思いとどまった。ユリウスの家柄を思い出したのだ。恐らく、ユリウスなくして神殿での治療を受けることは容易ではない。特に俺は。

 唇を噛みしめ、兵科主任の言葉に頷く。安請け合いをしたユリウスは、俺の不穏な視線に気づいて眉根を下げる。

 下がってきた服をまたたくし上げ、戸惑いながら行動を始めるアスマン教授について行く支度をする。

「リオネルさん。待ってください。その恰好で行くつもりですか?」

 お節介のマリー=テレーズが、せわしく気を回し始めた。一瞥を投げ、再び歩を進めるが、今度はエリザベートに引き止められる。エリザベートは俺の腕を掴み、虫ずが走る優しげな瞳で俺を見下ろした。

「ちょっと大きすぎるんじゃない? だらしないし、隙間から身体が見えるよ」

「同じくらいの体格ですから、私の服をお貸ししますよ」

 あまり喜ばしくない提案に首を振る。俺はエリザベートの手を振り払い、また歩き始める。不安げな面もちでこちらを眺めていたユリウスに、さっさと行けと顎で示す。

 するとユリウスは何を考えたのか、纏っていた兵科指定の、袖のない外套を脱いで俺の方へ差し出してきた。

「何のつもりだ」

「これを羽織ったら良いんじゃないかな、と思って……」

「…………俺も持っている。……お前のを借りる必要がないだろう! お前も、この女共と同じで、俺が女の身体になったから女扱いをするクチか?」

「そんなつもりないんだ。君を女性扱いしたわけじゃない」

 ユリウスは眉根を下げ少し気分を害したような、険のある寂しそうな顔をした。差し出していた外套を、緩慢な動作で引っ込めるユリウスを一目睨み、俺は鼻を鳴らしそっぽを向く。

 そんなつもりがないことくらい、俺だって知っている。なぜならユリウスは、男相手だろうが女相手だろうが、誰に対してもこうなのだ。愚図でお人好しなユリウスは反吐が出るほど素晴らしく美しい性根をお持ちなのだ。



 これ見よがしに、エリザベートに俺の外套を持ってこさせ、それを神経質に着込む。

 人目をはばかりながら俺とユリウスとアスマン教授は学校を発つ。

 今年仕立て直したばかりの外套は、ずいぶん裾を余した。



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