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詐欺、もしくは儀式

 ────あんな女なんかに負けるなんて!

 俺は走っている。生々しい熱をもつ怒りに身を任せ、目的地に向かっている。切迫した足音が鳴る。石造りの床にぶつかって大げさな跫音(きょうおん)を響かせる革靴の鋲が、カチカチと俺をあざ笑っているかのようだ。

 兵科の正装であるテイルコートが風に曳かれる。仕官生徒の象徴の金の飾りひもが、顔の横ではためいた。

 先ほどまで刀身がおさまっていた鞘が、走るたびに揺れ動く。その軽さに慣れるにつれ、新たな怒りが血流を早め、頬を火照らせた。

 目的地はディンケル教授の研究室だった。ディンケル教授は、薄汚れた黒髪と濁ったブルーの瞳が特徴の教授で、相当の変人だ。生徒からは嫌われている。俺も好きじゃない。

 しかし、ディンケル教授の研究室には、どうしても手に入れねばならない物がある。

 ディンケル教授の研究室が近づいたので、俺はブーツを脱ぎ、足音を立てぬよう歩く。日が落ちてからしばらく経った今、灯りは等間隔に並ぶ燭台の魔導光のみだった。

 俺が入念に石の廊下を踏みしめ、駆け足で通り過ぎても、魔導光は揺らぎもせずに、ぽつんと宙に浮いていた。

 柔らかな光に照らされ、石の壁に俺の影が落ちる。これからおこなう悪事を見抜かれているように思えて、さらに俺を苛立たせた。


 教授の研究室の扉を前に、俺は靴を履き込んだ。帰りは窓から逃げればいいと最初から決めていたのだ。息を整える。留守とは知っているが、戸を数度、無造作に叩く。返事は無い。やはり、さしものディンケルも巡礼杯の後の宴会には参加せねばなるまい!

 扉に付いているかんぬきの錠に指をかけ、体内を循環する魔力を集めて力を込める。すると重厚な錠は容易くひしゃげ、扉から取り払われた。壊した錠前は、石造りの廊下の向こうへと滑らせ、闇に紛れ込ませた。

 俺は遠慮なく扉を開け、すみやかに室内に滑り込んだ。蝶番のきしむ音におののきつつも、俺は研究室内を見渡す。

 俺を感知した魔導光がともる。魔導光の光量を手振りでしぼる。薄明かりのついた室内で、捜し物はすぐに見つかった。

 ディンケル教授は、見せびらかすかのようにソレを部屋の中央に飾ってあった。小さめの卓の上に、趣味の悪いビロードの、けばけばしい紫のクッションが乗せてある。さらにその上に古びたぶ厚い書物がうやうやしく配置されていた。書物の装丁は黒い竜の鱗だ。相当魔力のこもった物らしく、俺にすらなんらかの威圧を感じることができた。

 俺はあの教授の変態じみた蒐集癖の片鱗を目の当たりにし、しり込みした。しかし、ここで躊躇しているようでは、あの女の鼻をあかすことができない。

 意を決し書物に触れる。すると、鱗にさわる指先から脈動のようなものを感じ、咄嗟に後ずさる。

 そのとき、研究室の扉が悲鳴じみた軋みをたてて開いた。

「だ、誰ですか?」

 背後から声をかけられる。俺の、鋭く息を呑む音が、暗闇に響いた。心臓が大きく跳ね、危機を主張する。この、うわずったか細い声はディンケル教授のものだ。

 俺はそっと振り向き、ディンケル教授を窺う。教授は、神経質な動作でさっと手を振り上げ、魔導光を強く光らせる。魔導光の力強い光を浴びて、眼球を突き刺すような痛みをおぼえた。俺は目を細め、ディンケル教授を見つめる。反対にディンケル教授は目を見開き、俺を指差して少し目を泳がせた。

「君は、最上級生のリオネル君だね?」

「はい。そうです」

 ディンケルは変に甲高い声で、俺のファーストネームを呼んだ。俺は、教授の微かにけいれんする口元を眺めながら、平然と言葉を返す。

 この帝国仕官学校は、実力主義が訓として掲げられている。どんな下賤なやからも実力さえあれば入学できるのだ。そのため、生徒間で家柄による差別やいじめ、例えば家柄を盾に取った脅しなどが起きないよう、ファーストネームで呼び合うことが規則で決められている。この学校の生徒でいるあいだは、家名を捨てなければならない。なので教員たちも生徒をファーストネームで呼ぶのだ。実に忌々しい決まりごとである。平民も売女の子供も、孤児院育ちも、俺より家柄が下の奴らも、男性社会に忍び込むずうずうしい女も! すべて俺の名を呼ぶ。


「どうして私の研究室に君が……」

 ディンケル教授は、うろんそうな、尋問するような口調で訊ねる。

「……教授が、以前講義中に仰っていた『悪魔の書』について、もっとお話を伺いたかったので、こちらに参りました」

「えっ、『悪魔の書』についてですか?」

 口をついて誤魔化しの言葉だが、この発言を教授はお気に召したようだった。それまで纏っていた、落ち着かない怪訝な雰囲気は消え失せ、教授は歓喜の滲んだ驚きの声を発する。

「いやあ、君たち兵科の学生は『悪魔の書』に興味が無いのかとばかり思っていたよ」

 教授は一変してにこやかに、この不気味な書についての説明を始めようとしていた。

 俺が、錠前をこじ開けて研究室に忍び込み暗がりで何かをしていたことは、この教授にとってもはやどうでもいいらしい。

 白い断魔手套(だんましゅとう)をはめると、ディンケル教授は竜の皮を持つぶ厚い本を、演技がかった丁重さで開いて見せた。教授の震える指先が、頁を捲る。

「この『悪魔の書』は、先史時代に作られたと云われている本だと言うのは、講義でお話しましたね? これは現存する『悪魔の書』の、片割れです。すでにこの書は二冊しか存在していません。一冊は大神殿。もう一冊は、ここに。これ以外の書は、すでに消滅してしまいました。文字通り、書が消え去ってしまうのですよ。不思議な話ですね」

 ディンケル教授は目を輝かせ、いつもと比べものにならないほどなめらかに言葉を紡ぐ。俺はそれに逐一相づちをうちながら、教授の様子をうかがった。教授はうっとりと、愛撫するような手つきで、竜の装丁を優しくくすぐる。教授の挙動の一部始終を注視していた俺は、『悪魔の書』に対する並外れた妄執に戦慄するはめになる。

「ディンケル教授。その『悪魔の書』で招喚した悪魔には人間の願いを叶える力があると聞きましたが。それは本当ですか?」

「ええ。本当の話ですよ。リオネル君。これを見てください」

 教授の開いたページには、現代のものよりも遥かに複雑な魔法陣が描かれていた。

 大きな円を中心に、その外側を古代語がぐるりと囲む。それをさらに大きな円で覆っている。その大きな円の上下に密接する小型の幾何学的模様は、ほぼ定まった線で描かれているのに、なぜかうねり立つ蛇か、竜のように見えた。

「素晴らしいでしょう! この魔法陣! 現代の魔術のレベルでは到底思いもつかない魔導式をこれでもかと言うほど難解に組み立てているんですよ! これこそロストテクノロジーですよ! それも、時空間に影響を与えるような類の、凄まじい魔導です! 古代人はこのような高度な魔導をなぜ必要としたのでしょう。やはり昔の魔物は今よりも凶悪だったという説は一理あると思うんですよ、私は」

 うつろな瞳と、激しい口調で魔法陣を褒め称えるディンケルにさらにゾッとする。

「その魔法陣を使えば、現代の魔術師が炎を喚び出すように、悪魔が喚べるということですか?」

「ええ。その通りです。しかもこの魔法陣は術者の魔力をほとんど必要とせず、空間の魔力を取り入れるため、魔力の多く漂う空間でならば、私のような非魔術師でも招喚できるのですよ」

「例えば、今日巡礼杯を行った闘技場などですか?」

「そうです! 今ならあそこほど悪魔招喚に持って来いの場所はないでしょうね!」

「……なるほど。闘技場でこの魔法陣を書けば、非魔術師の俺でも悪魔を喚び出して願いを叶えられるということだな」

「その通りですよ、リオネル君! いやぁ、君がこんなに熱心な生徒だとは知らなかったなあ。宴会から抜け出して研究室に戻ってきてよかった。兵科の武器を振り回してばかりいる野蛮人だとばかり思っていましたが……。そうだ、過去に悪魔を喚びだした人物の記録もいくつか残っているんです」

 教授は俺に背を向け、壁一面を覆う本棚を急いた動作で漁り始める。そして一冊の茶色い装丁の本を嬉々として抜き、いささか乱雑な手つきで頁を捲る。

「帝国暦124年。ちょうど今から千年前ですね。この年のエスコルピオの月に、初めての悪魔招喚が行われました」

 ディンケル教授は興奮気味にまくし立てながら、俺のほうに向き直る。俺は、教授がこちらを向いた瞬間、循環魔力を蓄えた拳を、まばらに髭の生えた教授の顎に軽くぶつけた。すると教授の瞳が左右に激しく振れ、糸を切られた()り人形のように関節から力が失せていく。俺は教授が頭を打たないよう、薄い毛髪をひっつかみ倒れる勢いを殺してやる。床に寝かしたディンケル教授は、白目をむき、よだれを垂らしていた。

「武器を振り回してばかりいる野蛮人で悪かったな」

 意識を失ったディンケルに、そう吐き捨てる。抜けた十数本の脂っこい黒髪を手から払い落とし『悪魔の書』を持ち上げる。先ほど感じた脈動に指先を熱され、忌々しく思いながらも、俺は当初の予定通り窓からの逃走をはかった。



 楕円形の闘技場は、月明かりに照らされていやに神々しい。白塗りの壁が、暗闇の中にそそり立っている。

 夜行性の鳥の、柔らかな鳴き声に急かされ、俺は研究室に忍び込んだときよりも息を切らして走った。

 出場者の入場口から、濃密な静けさのヴェールのかかった闘技場の中に潜入する。闘技場内は、昼間の熱気をわずかに残したまま沈黙をたたえていた。

 闘技場の土塊(つちくれ)を踏みしめる。目には見えない魔導の気配を感じる。俺は、すり鉢状に傾斜した観客席の中央に位置する、広い豪奢な客席を睨みつけた。

 それから、(くだん)の『悪魔の書』の魔法陣の頁を開いたまま地面に置く。俺は腰にぶら下げたままだった用途の失せた鞘を手に持ち、魔法陣を大地に書きしるす。間違いの起こらぬよう、一筆ごとに書を確認する。一向に進まぬ作業に苛立つ心を何とかいさめ、俺は黙々と魔法陣を作成し続ける。


 月が沈み、反対側の空から翌日が迫り来る頃、とうとう魔法陣が完成しようとしていた。

 明けの鐘は少し前に鳴り終えた。口腔は渇いていたが、俺は無理矢理に唾液を嚥下する。鞘はもう擦り切れて、削れた窪みのあいだに土が挟まっていた。汗ばむ手で、鞘を握り直し、最後の一部分を書き足す。

 魔法陣が完成するやいなや、土に刻まれた線のひとつひとつから光が溢れ出す。

 長い間握っていた剣の鞘が、手のひらから抜け落ちた。汗が頬を伝う。光の奔流に圧倒され、言葉もなく、ただ、自分が起こした現象を見つめていた。

 魔法陣から溢れる光に感光されたのか、俺を取り巻く空間、闘技場内全域に、光のかけらのようなものが漂っているのが見えた。その光のかけらは、しばらく漂っていたかと思うと、鋭敏に魔法陣の中央に集束していく。もしや、この光のかけらが魔力だろうか。

 あまりの光量に目がくらむ。腕を前につきだし、光を防ぐ。何が起こったのだろうか。悪魔は招喚できたのか? まさか失敗したのか。心臓が高鳴る。粘着質な緊張が、背を這った。

 輝きが徐々にしぼられていく。収束していく光の中に人間のシルエットが見える。これが悪魔か。俺は目を細め、その人物を見つめる。

 魔法陣の中央に魔力の光を受けて浮かんでいたのは、少女だった。彼女は、悪魔と言うには少しばかり可憐すぎた。

 長い白銀の髪の毛。紫色の瞳。頬は白磁のように艶やかで、わずかに朱色に色づいていた。紫を囲む白いまつげがふるえる。少女が、俺のほうを向いた。宝石のような瞳が、幾千の光を閉じこめきらきらと輝いた。簡素な白いドレスのあいだから、華奢な手足が伸びる。悪魔と言うには程遠い、誠実な強さの威圧と、神聖ささえ感じた。

「俺を強くしてくれっ!」

 神々しい少女を前にして、痛いほど切実な願望が唇から滑り出してしまった。はっとして口をつぐむ。しかし、すでに彼女は、俺の矮小な願いを聞きつけたようだった。魔法陣に浮かんでいる少女は目を細め、憐れみと嘲りを器用に混ぜた眼差しをこちらに向けていた。

「開口一番それかい? 嫌だなぁ、久々の招喚だっていうのに、窓から出てみたら、こんな無粋な坊やからのお誘いだったなんて」

 その澄んだ声音の、発した言葉の意味を理解するのにいささかの時間を要した。俺は、この少女の詰るような語調の強さに困惑していた。少女はわずかに、俺の母様に似ていたのだ。

 たじたじと後ずさる俺を、少女は愉快げに眺めていた。その表情を見ているうちに、すこし遠ざかっていた怒りがふつふつとわき上がる。あの女の憎たらしいしたり顔が、脳裏に過ぎった。

「……お前は、悪魔なのか?」

 唸るように訊ねれば、少女はニヤリと笑う。容姿に合わない野蛮な笑い方を見せつけられ、俺は、この少女が悪魔だという確信に至った。

「そう呼ばれてはいるけどね。僕としては悪魔だなんて呼んでほしくないんだよ、本当はね」

「では何と呼ばれたいんだ」

「墓守りさ」

「墓守り……?」

 少女……悪魔は、さらに笑みを深める。俺が『墓守り』について言及しようとしたとき、悪魔はすかさず話しを始める。

「それで、君の用事はなんだっけ?」

 おちょくるようにおどける悪魔を睨み、俺は再び願いを口にする。

「俺を強くしろ。誰にも負けない強さをくれ!」

「強さ、ねぇ……。ふつう強さだとか、そういったものは自分の力で手に入れるもんじゃないのかい?」

「過程なんてどうでもいい。俺が、誰よりも強いという結果さえ残ればそれで良いんだ!」

「僕の見立てだと、君は充分強いと思うけど?」

「こんなものじゃ足りない!」

「あ、そう。そんなに言うなら強くしてやってもいいけど。僕にできるのは君の中に眠っている才能を引き出すだけだ。それをどう成長させるかは君次第だよ。でも、うまく才能を育てることができたら、君は今と比べものにならないほど強くなる」

 悪魔は、俺を指差し含みのある口調で言った。

「なんでもいい! さっさとしろ!」

 俺は未だ焦燥に駆られていた。一刻も早くあの女に勝たなければならないのだ。悪魔の言葉遊びなんかにつき合っているひまはない。

「君は実に無粋な男だな」

 悪魔は肩をすくめる。俺は、今度は何も言わずに、ただ悪魔を見つめた。母様に似た悪魔の少女は、値踏みをするような視線をこちらに差し向ける。頭のてっぺんからつま先までを、しばらくのあいだ眺めていた悪魔は、不意に舌なめずりをする。

「君から貰う対価を決めたよ」

「対価だと?」

「そう。対価さ。僕らだって慈善事業で悪魔をやっているんじゃないんだ。それ相応の報酬を貰わないとね」

 対価……、ディンケル教授が講義でそんな話をしていた気がする。願いを叶えて貰う代わりに、何かを悪魔に払わなければならない。悪魔がなにを要求するのか不安に思いながらも、俺は悪魔の紫色の瞳を見つめる。

「対価はなんだ? 金か? 宝石か?」

「金!? 宝石!? そんなもの何の役にもたたないよ!」

 悪魔はわなわなと細い肩を震わせ、心外だとばかりに眉を顰める。

「なら対価はなんだ」

「僕が望むのは、君の『誇り』だ。君の誇りが欲しい!」

 意地の悪い声が、俺の耳をなでる。悪魔は、取り立てに夢中の金貸しのような猥雑さで、対価を強請る。

「俺の、誇り?」

「ああ、そうさ! 君の誇りだ」

 悪魔は、演劇のような大仰で激しい身振りを俺に見せつけた。そして無邪気な笑顔で俺に手を差し出す。俺は躊躇いもせず答える。

「そんなくだらないもの、いくらでもくれてやる」

 誇りなんか有ったところで、何の足しにもならないのだ。あの女に勝てなければ、誇りなんて大層なものを後生大事に持っていたって意味はない。俺は迷うことなく自らの誇りを、墓守りを名乗る母様に似た悪魔の少女に差し出した。

「本当に良いのかい? 一度悪魔に渡したものは、二度と戻らないよ」

「構わない」

 はやく俺に、誰にも負けない強さをくれ!

「じゃあ、願いを叶えてあげようじゃないか! 君に強さを! そして、対価は君の誇りだ!」

 悪魔は歌うようにそう言うと、幼い手のひらを俺に向ける。途端に俺の身体は身動きひとつとれなくなってしまう。

 悪魔を取り巻いていた光の粒子が、こちらに這い寄る。俺はまばたきすらできずに、悪魔を眺めていた。

 悪魔は、俺には理解できない言語の呪文らしきものを唱える。そして、こちらに向けた手のひらを、楽器でも演奏するかのようななめらかな手つきで動かす。悪魔の動作にあわせて、身体の奥の奥、ずっと深いところから膨大な熱が呼び起こされるのを感じた。これは強さだ! 俺の、願ってやまない強さだと、そう理解する。強大な強さと、それから狂わんばかりの歓喜が身体をせめぎ合う。悪魔の呪文や身振りが止んだあとも、その強さはずっと存在を主張する。

 悪魔がほっと息をつき、微笑む。

「君の願いは叶えた。今度は、君から報酬を受け取るよ」

 依然として身動きは封じられたまま、俺は悪魔を眺める。悪魔は悪辣な笑みを見せると、なにか糸のようなものを掴むジェスチャーをし、それを一挙に引き寄せた。

 胸のあたりが引っぱられる不快な感覚が走った。それが終わると、悪魔の手中には金色のオーブのようなものが握られていた。

「わあ! 君の誇りは金色だね! かっこいい!」

 悪魔は年頃の娘のような黄色い歓声を上げ、手に持った金色のオーブを、一口かじる。そして、少女めいた表情を見せながら、瞬く間に俺の誇りを完食してしまった。悪魔は唇をぺろりとなめ、満足そうに笑う。

「ごちそうさま。なんだか高貴な味がしたよ。じゃあ、願いは叶えたから、僕は行くね」

 悪魔の帰巣はあっという間だった。招喚したときの壮大な登場はなんだったのかと考えてしまうほど、呆気なく魔法陣の上で消え去った。風が通り抜けるように、一瞬の間に。光も、嘘のようにきれいさっぱり消え失せた。後に残ったのは竜の鱗の装丁の『悪魔の書』と、土の上に描かれた魔法陣だけだった。


 しばらく呆気にとられていたが、唐突に激しいめまいに襲われ、俺はしゃがみこむ。悪魔が消えたときから身体の拘束は解けており、予想外の勢いで身体がつんのめった。

 めまいは治まらず、徐々に強まる。さらに吐き気や頭痛にも苛まれ、俺は闘技場に倒れ込んだ。皮膚に触れる土の冷たさが、今は心地よい。

 めまい吐き気頭痛。それだけではなく、今度は身体全体に痺れが走り、痛みを芯まで浸していく。骨が軋む。筋が縮まる。

 何が起こっているんだ。

 いったい悪魔は俺に何をしたんだ。

 恐ろしいほどの体調の悪さにおののく。どうにか医務室に行けないかと、芋虫のように地面を這ってみたが、身体の表層、皮膚の内側から刃を突き立てられたかのような激痛を受け、俺は意識を手放した。

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