第3話 ザルの町にて
林は、案外と簡単に抜ける事が出来た。
出てくる敵と言えば、あの大蛇と、サルともネズミともつかない、奇怪な動物だけだった。ゲームで言うなら、完全に初心者向けのステージらしい。
そして、今は草原を歩いている。見渡す限り、見た事もない植物が地面を覆っている。色は緑だけでなく、青白かったり、薄紫だったり、淡く光る物さえある。空には、うっすらと雲がかかっていたが、この雲も何故か、夕焼けのような色をしている。
導きの石に時間を訊けば、まだ昼過ぎ。夕暮れにはほど遠く、明るい内に、町までたどり着けそうな予感がした。
「さつき、大丈夫か?」
「うん。あんまり疲れてないよ」
「そうか」
さっきから歩き通しだが、さほど疲れはしない。幽霊部員とはいえ、剣道部で良かったと思う。ちなみに、さつきは陸上部の幽霊部員だ。
俺がさつきをインターネットの世界に誘ってしまったばかりに、さつきはその道に染まってしまった。別に、それをどうとも思わないが。
「さっきから敵も出ないな。このフィールドにはいないのか?」
腰に下げた剣を持て余し、適当にいじる。頼れる重量感も、使わなければただの重りだ。さつきの杖ならば、文字通りに足場が悪い時、杖として使える。が、剣はそうはいかないだろう。
退屈になって、導きの石が示す方向へと目をこらしてみるが、未だに町は見えてこない。だんだんと、この石を疑ってきた。同時に、あの男の事も。
アトゥ。どうやら、ここのナビゲーターのような存在らしいが、適任とは思えない。まず、あの態度が癪に障るし、言うべき事を言わない時さえある。そのくせ、余計な事を言い、こちらを苛立たせる。
今度合ったら、斬ってやろうか。半分冗談で、そんな事を考えた。
「あ、見えた!町だよ町」
「え?」
さつきの指さす方を見れば、確かに、ぼんやりと町らしい物の影が見えた。
「もう一息だよ、かずき」
「お前に励まされるとは思わなかったな」
軽口を叩き、俺とさつきは、ザルの町へと向かった。
「案外、静かな町だな」
「だね」
着いたのは、本当に静かな、うっすらと霧のかかった町だった。
煉瓦造りの家々に、奇妙な色をした石畳の道が続く。所々の露店で売られる商品には、衣服や武器、そして魚が特に目を引いた。どうやら、この町は漁業で栄えているらしい。そういえば、町全体にも潮の匂いが充満している気がした。
「・・・ザルの町。ここだ、ね」
「静か、っつーかなぁ」
静かすぎた。まるで人の気配がない。これでは、町と言うよりも廃墟か何かに近い。
「よぉ、アンタら」
「っ!?」
「わ!?」
突然の声に、2人そろって驚いて身構えた。
「そんなに驚くかヨ?失礼だナ?」
独特のイントネーションで話す男だった。
年齢は、俺たちとさほど変わりないだろう。髪を豪快に逆立て、赤いハチマキで固定している。軽装の鎧のような物を着込み、その手には槍があった。
明らかに、普通の人間ではなかった。まぁ、俺たちも剣やら杖を持っているので、あまり人の事は言えないが。
男の目つきは鋭いが、攻撃的な意志は感じられない。さつきが落ち着き払っているのも、コイツに敵意がない証拠だ。
「まぁ、初めましテ。ニューカマーさん。俺の名前は荒谷天馬。ランサーだヨ」
「ランサー?」
「二次職業にそういうのがあるんだヨ。そうか、完全に初心者だナ?」
荒谷、と名乗った男は、ポケットから小さな何かを取り出した。
導きの石だ。
「この世界はドリームランド。インターネット上に存在する、不思議過ぎる世界サ」
荒谷は導きの石を指先でいじりながら、新たなウインドウを開いた。
「今居るのが、ここ。ザルの町だナ。プレイヤーはいろんな町を巡り、最終的にはここ、カダスを目指し、そこに居るラスボスを倒すわけだヨ」
その地図の上では、このザルの町からカダスという場所まで、南北にかなりの距離があるように見えた。
「ちなみに、セーブはセーブポイントで。一目で分かる門があるから、そこを通れば現実に帰れるゼ」
「門?」
「そう。大体のヤツは、窮極の門って呼ぶゼ。訊きたい事は、その近くにいるタウィルっていうキャラに訊くと良いゼ」
そう言うと、荒谷は俺たちを置いて、スタスタと歩き始めた。
「なぁ、荒谷・・・さん?」
「テンマで良いゼ?どうした?え〜と」
「俺は一輝。テンマ、そのセーブポイントは何処にあるんだ?」
「今から行くから、付いてくるカ?良ければ、チーム登録もしておくカ?」
「ああ、そうするよ。行こう、さつき」
「え?ああ、うん」
「へぇ」
テンマは妙な笑いを浮かべ、言った。
「彼女さん、さつきちゃんって言うんだナ?こんな場所まで連れてきてヨ。ちゃんと守れヨ」
「・・・幼なじみだよ」
そして、俺とさつきはテンマの後に付いて、薄霧の町を歩き始めた。
「これがセーブポイント、窮極の門サ。分かりやすいだロ?」
「ああ・・・」
「大きいねぇ・・・」
テンマに案内されて、町の中心までやってきた。途中、いくつかの露店や、他のプレイヤーとも出会ったが、そんな事を差し置いておく程、この光景は圧巻だった。
うっすらと虹色の光に包まれた、石造りの巨大な門が、街中に堂々と置かれている。門には文字とも絵ともつかない装飾が施され、門の中心には、両扉にまたがって、二重円に囲まれた八芒星の魔法陣が描かれていた。その模様は、あのホームページの背景の模様と同一だった。
「よう、タウィル。新人さんだゼ」
その門の傍らに立つ人物に、テンマは気軽に声をかけた。
灰色の布をまとい、片手には門と同じように虹色に輝く金属の球を持った、長身の男だった。その表情は、落ち着き払った、というか、どこか達観したような雰囲気があった。
「知っている。一ノ瀬一輝、浮羽さつき。2人とも、レベル2のニューカマーだ」
「さすが実質管理人だゼ。話は早い。この2人と、チームを組みたいんだけどナ?」
「良いだろう、登録しておく」
「え?もう?」
門に見とれていたさつきが、驚いたようにテンマとタウィルを見る。確かに、あれだけで手続き終了だとすれば、かなり早い。というか、適当にすら思える。
「そうだヨ。これでチームは5人ダ。さ、次は神殿行こうゼ?さっさと転職しなヨ」
「あ、ああ」
他のチームメンバーが気になったが、それより先に歩き出したテンマの後に付いて、俺たちは神殿へと向かった。
神殿は、町の外れの方にあった。
いかにも神殿といった荘厳な作りだが、やはり、現実世界の神殿とは、明らかに違う作りだった。捻れた石柱や、奇怪な顔の様な装飾は、明らかにキリスト教や仏教とは無縁の、全く異なる宗教のものだった。
「さ、この奥で転職できる。行って来なヨ」
「ああ」
「いってきます」
石造りのゆがんだ階段を上り、薄暗い神殿の中に入る。
緑色の炎を灯した灯籠がそこらに立ち並び、奇妙な匂いが神殿内に充満していた。よく見れば、その灯籠が何らかの規則性をもって並んでいた事に気付いただろう。
だが、何もかもが奇怪なその神殿では、そんな事に注意を向けている余裕はなかった。
「ようこそ、ザルの神殿へ」
「あ、タウィル」
突然話しかけられたが、もう慣れてしまっていたので、至って普通に対応する事が出来た。
「転職がお望みだったな。では、選ぶが良い」
タウィルはそう言うと、俺たちの目の前に、ウインドウを表示した。そこに書いてあったのは、次の文章だ。
ソルジャー・物理攻撃に優れた職業。魔法面では劣る。
フェンサー・あらゆる面で無難な職業。得手不得手は本人次第。
ソーサラー・魔法に優れた職業。物理面では劣る。
最初はこの3つか。そう思い、選択肢を見る。
おそらく、テンマはソルジャーを選んだのだろう。何となくそんな感じがする。というか、あの顔に魔法は似合わない。
さつきは間違いなくソーサラーを選ぶ。となると。
「俺はフェンサーにしてくれ」
「あ、わたし、ソーサラー」
予想通りだ。と言うよりも、最初の武器選択で杖を選んだ時点で、ソルジャーやフェンサーへの道は閉ざされている。
「分かった。では」
タウィルは目を閉じ、奇怪な呪文を唱え始めた。
その声はハッキリとは聞き取れなかったので、何処の言語かは分からない。もともと、現実世界の言語ではないのかも知れない。
ふと、驚いた。
俺は、ここが現実ではないと、信じてしまっている。
やはり、他のプレイヤー、テンマとの出会いが大きいのだろう。
他にも、様々な物を見た。
奇怪な植物、動物。昼でも黄金色に輝く雲。石造りの異様な町。虹色に光る巨大な門。
そして、この神殿でも。
「転職は終わった。これからは、フェンサー一ノ瀬一輝、ソーサラー浮羽さつきとして、この世界で生きるがいい」
「・・・別段、変わった感じはないな」
「だね。装備とか、買わないといけないかな?」
導きの石で、ステータスを確認してみる。
「あ、技が増えてる」
職業・フェンサー。スキルに、スラッシュLv1という標記が追加されていた。ステータスの数値は、確認した事がないので、変化したかは分からない。
「私は何が変わったんだろう・・・?」
「多分、MPとか増えたんじゃないか?」
魔法を使うなら、そういったステータスアップが基本だろう。
「では、征くがいい」
「ああ」
タウィルにせかされて、俺たちは神殿を出た。
「お、来たな。さつきちゃんはソーサラーとして、カズキは・・・フェンサーの方か?」
「ああ。スラッシュとかいうスキルを覚えた」
「力任せに斬る技だナ。よし、早速試しダ。狩りに行こうゼ」
「狩りか。俺たちのレベルで、大丈夫なのか?」
「安心しろヨ。ちゃんとちょうど良い場所を選ぶからヨ。さぁ、行こうゼ」
そう言って、テンマはさっさと歩き出してしまった。
俺とさつきも後を追い、不思議な光景の町を、出口に向かって歩き始めた。