第2話 そして導き
「ん・・・」
鳥のさえずりに呼び起こされ、俺はやけに重たいまぶたを、半ば強引に開いた。
「あ?」
そこは、見知らぬ土地だった。
というか、現実の場所とは思えなかった。
周囲に生えているのは、捻れ狂ったように枝を伸ばす木々。吹き抜ける風は妙な音を立て、枝葉を揺らす。
足元を見れば、奇怪な花をつけた雑草が生い茂り、ネズミとも小型のサルともつかない動物が、チョロチョロと駆け回っている。
その様子に、思わず数歩後ずさった。
と、靴のかかとに、何か柔らかい物が当たった。
「うわっ!?」
思わず逆方向に飛び退き、身構えながらソレを注視する。
それは、人間だった。
というか、見慣れた顔だった。
「さつき・・・」
奇怪な花に囲まれて、静かに寝息を立てていたのは、幼なじみの浮羽さつきだった。
妙な安堵を覚えて、さつきに歩み寄り、その肩を揺らした。
「さつき。起きろって。さつき」
「ん・・・もうちょっと・・・」
「起きろ、何か、変な場所に来たみたいだぞ」
「ん・・・ふぁあ・・・あ。かずき」
「おはよう、じゃないな。というか、今何時だ?」
辺りを見回しても、薄暗い森が続き、何時なのかは分からない。が、少なくとも、夜ではなさそうだ。
「君たちの世界では、午後2時35分。が、この世界では午前11時46分だ」
「うわっ!?」
「え?何々?」
背後から聞こえた声に、またも驚いて飛び退いてしまう。
「おはよう冒険者。私の名は・・・そう、アトゥでいい」
「・・・アトゥ?」
妙な男だった。
顔を漆黒の無表情な仮面で覆い、全身は黄色い布をまとっている。普通に考えれば、間違いなく変質者だ。それよりも。
「今、俺たちを冒険者って呼んだか?」
「そうだ。君たちは私の送った招待状に導かれ、ここドリームランドにやってきた。カダスを目指し、この世界に君臨する邪神を打ち倒さんがために」
芝居めいた仕草と口調で、男、アトゥはそう言った。
「あのメールはアンタからか。で、アトゥ。ここは何処だ?」
「尤もな質問だ、冒険者。いや、一ノ瀬一輝くん」
何で俺の名を。そう質問しようと思ったが、アドレスを知られているのだから、名前を知られていても不思議はない。そう自分を納得させた。
「さっきも言ったように、ここはドリームランド。窮極の門の先にある異世界。剣と魔法が道を拓く、ファンタジーな世界だ」
「とりあえず、ふざけるな」
「信じられないのも無理はない」
殺すつもりでにらんだが、当たり前に仮面は一切表情を変えず、その声色も変わりない。
「しかし君たちは、奇妙な体験をしたはずだ。違うかな?素直そうなお嬢さん」
「え?・・・あ、はい」
さつきは素直に頷き、辺りを不思議そうに見渡した。
「今も、不思議です」
「ふむ。そうだろう。最初は大体の人間がそう言う」
アトゥは空を仰ぎ、言った。
「異世界とは、文字通り今までと異なる世界。その空気になじめないのは当然。が、やがて慣れる。そう言うものだ、浮羽さつきくん」
「はぁ・・・」
「アトゥ、今すぐ俺たちを元の場所に戻せ。どうやって連れ去ったかは知らないが、お前のおふざけに付き合うつもりは無い」
「これは・・・疑り深い少年だ」
殺気を込めた視線でアトゥをにらみつけるが、一向に効果はない。相手がこちらを見下している証拠だ。
「そんなに殺気立つな、一ノ瀬一輝くん。それでは、説明も出来ない」
「・・・説明?」
「この世界のルール説明だ。いいかい、まず君たちは、町を目指す。この林を抜け、ザルの草原を抜ければ、町に着く。道は、この石に訊くといい」
そう言って、アトゥは俺とさつきに小さな石を差し出した。
「・・・」
半ば奪うようにそれを受け取る。それは、赤く輝く宝石のように見えた。
「導きの石、と呼んでいる。この石に向けて、行きたい場所の名前を言うんだ」
「・・・ザル」
投げやりにそう呼びかけると、石が光を放ち、ある一定の方向を示した。
「素直になったな、一ノ瀬一輝くん」
「・・・」
不服だが、ここに1つ、現実を見せつけられた。この石は、間違いなく本物だ。
「凄いね・・・」
それに、さつきだ。
さつきはのんびりしているが、洞察力は人並み外れている。だからすぐに、他人の嘘を見破る。それがさっきから、一度も疑わず、アトゥの言う事を信じている。
「さ、武器を手にして、行くと良い。ちなみに、アイテムやお金はその石に入っている。首から提げるのが得策だ」
「待て、アトゥ」
「ん?」
背を向けたアトゥを、呼び止める。まだ、確認する事はある。
「武器がいる、っていうことは」
「もちろん。敵が出る」
「負けたら?」
「二度とこの世界には来られない。それだけだ」
「命の危険は?」
「さぁ?そこまで配慮はしていなかったな」
全く悪びれた様子もなく、そう言った。
そして、アトゥの姿は黒い霧となって消えた。
「・・・」
「かずき?」
しばらく、アトゥの消えた場所をにらみ続けた。
「行こう、さつき」
「え?」
「とりあえず、ザルとか言う町まで。まずは、武器を・・・」
そう言って、導きの石を眺める。
「どうするんだ?」
「・・・武器!」
さつきがそう呼びかけると、石が光を放ち始めた。
そして、さつきの目の前に、武器一覧、という光の文字が浮かんだ。
というか、これは。
「ネットゲームと同じ?」
「え?」
「これ。最初に武器を選んで、その武器に合った職業に転職するシステム。まるっきり一緒じゃないか」
「あ、本当だ」
そうと分かれば、話は早かった。
俺も同様にして装備ウインドウを表示し、迷わずに剣を選んだ。石から放たれた光が収束し、目の前に鉄製の、簡素な作りの剣が現れた。それを、手に取る。防具も同様に調べたが、どうやら、初期装備らしい物しか見当たらなかった。
「かっこわるいな。この旅装束って」
「私は杖にしたよ。セットで本が付いてきた」
「本はアクセサリか。魔法が使えるんじゃないか?」
「えっと、あ、書いてある。一通りの魔法は使えるって」
「便利だな」
俺は剣を鞘から抜き、適当に振り回してみた。重さもちょうど良い。初心者用の武器、といった感じだ。
「じゃ、行くか」
「うん」
そして、林の中を、導きの石が指し示す方向へと進む。
「しかしこの石、距離感は分からないな」
「贅沢言わないの」
「はいはい。・・・と?」
目の前に、動く影を見つけた。
「敵・・・!」
剣を構え、その影を見据える。
現れたのは、体長2メートル近いヘビだった。こちらを威嚇しながら、その太く、長い体をしならせている。その様子は、ハッキリ言ってかなり不気味だ。
「へ、ヘビ・・・」
「そういやお前、ヘビ嫌いだったな」
その場にへたり込むさつきを尻目に、俺は剣を持って、大蛇に向かう。
「ふっ!」
斜めに力任せに斬りつけ、先制を奪う。
さすがに一撃では倒せず、中途半端な傷を負った大蛇の牙が、俺に向けられた。その牙を剣で弾き返し、反撃に横薙ぎの一撃を見舞う。
大蛇は木に叩き付けられ、力なく地面に落ちた。しかし、まだ力尽きてはいない。
「とどめだ!」
頭に向かって、最後の一撃。剣の先端を、大蛇の頭に突き立てた。
大きく口を開けたまま、大蛇はその場で動かなくなった。
「案外、余裕だな」
剣を一振りし、鞘へと収める。大蛇の体が砂のように崩れ、そして、跡形もなく消え去った。
「さつき、終わったぞ」
アルマジロのように丸まったさつきの肩を、ぽん、と軽く叩く。それだけで、さつきの体は悲鳴と共に、大きく跳ね上がった。
「・・・怖・・・かったぁ」
「はいはい。・・・先が思いやられるな」
涙目になったさつきの頭を軽くなでながら、この先の事を思う。
「行くしかない、か」
導きの石が指し示す方向へと、再び足を進めた。
今はとりあえず、進む以外には無いと思った。