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ロストマーブルズ  作者: CoconaKid
第十二章 ゴールしたビー玉
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 曲がる道、入り込んでいく場所、分かれ道があれば、ツクモは一度止まり、ジョーイにあどけない瞳を向けて確認を取っていた。

 あまりにも自然な意思疎通。

 ツクモの中には人間が入っているのではないかと疑うくらい、ツクモのコミュニケーションの高さに驚かされる。

 思わずツクモの背中にファスナーがないかジョーイは確かめてしまうほどだった。

 またツクモが振り向き、真ん丸い双眸を向けてジョーイを見つめる。

 ジョーイが同じように見つめ返せば、言葉を話しそうに瞳を輝かせていた。

 焦る気持ちをなだめるように、この先にすべての答えが待っていると教えるように、ツクモは何度もジョーイを振り返りながら、先を進む。

 行くべき場所がわかって、ツクモはそこを目指して確実にジョーイを案内していた。

 この先に何が待っているのか。

 それがビー玉の最終地点のゴールになるのか。

 そして、そこにアスカがいるとでもいうのだろうか。

 ジョーイの体に力が入り、足のつま先までそれはピンとつっぱっていく。

 体内ではドキドキと落ちつかないまでに、熱いものが激しく脈打っていた。

 交通も人通りも激しい駅前に来ると、今度は北側へとツクモは進んでいく。

 その時、ちょうど小学校の下校途中の時間帯と重なった。

 ランドセルを背負った小学生が、すれ違いざまにぬいぐるみを咥えているツクモを好奇心の目で見ていた。

 触りたそうにする子もいたが、ジョーイは時間を取られるのが嫌で、小学生たちの中を突き切るように進む。

 子供たちの波は収まらず、前方からひっきりなしにどんどんと歩いてきて、益々数が増えていく。

 そうしているうちに、日曜日に野球の試合を見に来た花園小学校が近づいてきた。

 その時、ツクモの足取りが速くなり、リズムを帯びて進みだした。

 その変化はジョーイの期待を膨らませていく。

 だが、何かが起こるのではと気持ちが高まったその直後、ツクモは小学校の門の前に来ると、突然歩みをやめ、その後は座り込んでしまった。

「おい、ツクモ、どうした。ここは小学校だぞ」

 学校から溢れんばかりの小学生達が湧き出るように下校してくる。

 門の傍で座り込んでいるツクモを目ざとく見つけ、次々と寄ってくるから、ジョーイは子供たちに取り囲まれてしまった。

 ツクモは黙ってぬいぐるみを咥えたまま、行儀よくお座りをしている中、子供たちは、誰もが可愛いと言って、ツクモの頭や体をそうするのが当たり前のように撫ぜていた。

 ジョーイに無遠慮に話しかける子供もいて、期待が高まっているジョーイにはそれらが異物のようにわずらわしかった。

 だが、ツクモは子供たちに触られるがままに、微動だにせずじっと前を見据えていた。

「おい、ツクモ何してるんだよ。遊んでる暇ないぞ。早く行こう」

 ずっと命令を素直に聞いていたツクモが、この時ジョーイが急かしても、耳を傾けることなく、それは梃子てこでも動きそうにもなかった。

 ジョーイはどうすべきか考えている間も、小学生達は無邪気にツクモを取り囲み、ひっきりなしに小さな手を伸ばして、甲高い笑い声を添えている。

 まるで触手のように、いろんな角度から伸びた沢山の手が、ツクモの頭や体をベタベタと触っていく。

 嫌がることなくすべてを受け入れているツクモの眼差しは、優しく穏やかだった。

 だがひっきりなしにこれだけ沢山の子供たちから触られれば、そのうち剥げるんじゃないかとジョーイが心配しだした時、ツクモが急に立ちあがった。

 前を見つめて尻尾を振り、ステップを踏んでそわそわしている。

 それにつられてジョーイも、はっとするが、そのツクモの視線を辿れば、表情が曇った。

 そこには、あの生意気な聡がこっちに向かって歩いてくる姿があった。

 思わず、嫌な気持ちが露骨に顔にでて、一気に気持ちが萎えてしまった。

「なんだよ、ツクモ、アイツに会いにきたのか」

 まさかの結果に、ジョーイは頭を抑え込み、そのまま眩暈して倒れそうになっていた。

 それとは対照的に聡は、ツクモを見つけると、ワクワクと目を輝かせて、一目散に駆け寄ってきた。

「キノが来てるのか?」

 期待一杯に、澄んだ瞳で、大きく首を左右に振って辺りを見回していた。

 何も事情を知らない聡がその時気の毒に見えてしまい、ジョーイは無言で首を横に振ると、聡はあからさまにがっかりと、肩を落としていた。

 この時、ツクモは口に銜えていたフクロウの縫いぐるみを、聡の足もとに置いた。

 それを見るや否や聡は、目を丸くし、大きく口を開けて驚いている。

 そして説明して欲しそうにジョーイに視線を向けた。

 ジョーイは細い溜息を吐きだしながら、かったるくフクロウの縫いぐるみを拾い、軽くはたいた。

「おい、そのフクロウはお前のか?」

 聡が聞いた。

「ああそうだ。なんだよ、バカにでもするのかよ」

「それじゃ、お前なのか?」

「ん? 何を言ってるんだ?」

「とにかくついて来いよ」

 聡はランドセルの位置を整えるように肩を一度上げて、歩き出した。

 その後をツクモが尻尾を振ってついていく。

「おい、どうなってるんだよ」

 先を歩く聡とツクモに、ジョーイは駆け寄っていった。

 聡と話すのも面倒くさくて、ジョーイは黙って後をついて行くが、頭の中では混乱していた。

 自分が住んでいる住宅街と違い、この辺りは、古い町並みが残った、古風な家が建ち並んでいる。

 その風景を横目に、ジョーイは聡の後をひたすら追った。

 見知らぬ場所は、どこを見ても何の記憶にも引っかからず、何の感情も湧き起らない。

 暫く歩き、どこまで行くんだと、ジョーイが痺れを切らした時、立派な門構えのある家で聡はようやく立ち止まった。

 ジョーイも同じように立ち止まるものの、そこで見た物に、ジョーイの目が見開いた。

 『九十九』という漢字が書かれている表札が、飛び出してくるように目に入ってきたからだった。

 ジョーイは、それを食い入るように見つめた。

 聡はその家の門を潜り、玄関のドアをスライドさせて大きな声で「ただいま」と叫んでいた。

 ツクモも聡にまだぴったりと寄り添っている。

 中から、あの優しいおばあちゃんが出てきて聡を出迎えた。

「お帰り、聡ちゃん。あら犬のツクモも一緒なのね。キノちゃん来てるの?」

 おばあちゃんが履物を履いて外に顔を出すと、ジョーイと目が合った。

 ジョーイは咄嗟にお辞儀をして挨拶を交わして、その場をやり過ごす。

 おばあちゃんも、戸惑うものの、礼儀正しくお辞儀を返していた。

「ちょっと待ってろ」

 聡がジョーイにそう言って、家の中に入って行く。

「あの、よかったら中へどうぞ」

 おばあちゃんが気を使って言葉をかけるも、ジョーイは、手をヒラヒラと振って、遠慮した。

「何かうちの孫がご迷惑かけたんじゃないですか?」

「いえ、そんなことはありません」

「そうですか。それならいいんですけど」

 その時、家の中で電話が鳴り響く音がした。

 おばあちゃんは申し訳ないと謝りながら奥内へ入っていった。

 ジョーイは門の前で聡を待っていたが、見れば見るほど『九十九』と書かれた表札が、目の前で浮き上がってくる。

(これは一体どういうことなんだ?)

 それに気を取られているうちに、いつの間にか聡が家の中から出てきていた。

「何そこで突っ立ってじろじろ見てるんだよ。言っとくけどそれ『キュウジュウキュウ』って読むなよ」

 聡に声を掛けられ、ジョーイはハッとした。

「それぐらい分かってるよ。お前もツクモって名前なのか?」

「そう。九十九聡。この犬のツクモと同じ」

 手紙に書いてあったカタカナのツクモと暗号の漢字で表された九十九。

 これはツクモが二人いるということを意味しているのではないだろうか。

 ここでカチッとパズルが当てはまる。

 『九十九にフクロウ』

 ジョーイは思わず、その暗号の言葉通りに、聡にフクロウを突き出した。

 それに聡は即、反応する。

「やっぱりそうか。お兄ちゃんがキノが言ってた人なんだ」

「何かキノから聞いてるのか?」

「うん。フクロウを俺に見せる人が来たら、これを渡してくれって頼まれてたんだ」

 聡は、家の中から持ってきた赤い缶をジョーイに差し出した。

 その缶はジョーイには見覚えがあった。

 駅のホームでキノがビー玉を転がす前に開けていた缶だった。

 ジョーイは、あの時のキノの様子を思い出しながら、それを受け取る。

 振れば中でゴロゴロと何かがぶつかる音がした。

「ちゃんとそれを渡したからな。それに中身は俺は見てないからな。キノと固く約束したんだ。必ず 無事にそれを必要としている人に渡すって。それがまさか、お兄ちゃんとは思わなかったけどさ。だけどキノはどうしたんだ? なんでお兄ちゃんがツクモを連 れてるの? 一体、その赤い缶には何が入ってるの?」

 聡は足元で寄り添うツクモを撫ぜながら、取り留めもなく訊いた。

 まずはキノのことを話さなければならなかった。

 それがジョーイにも辛いことであるから、自然と声が沈んでしまう。

「キノは…… アメリカに帰ったんだ」

「えっ、なんで? 嘘だろ」

 生意気な聡が、簡単に動揺し、瞳が潤っては純粋な子供らしく泣きそうな顔になっている。

 ジョーイの中の聡のイメージが違うものに書き換えられ、弱い部分にまだまだあどけない幼さを感じた。

 キノが本気で好きだったのだろう。

 そんな男としての恋心までもが見えてくる。

 思いを募らせながらも、どうすることもできない聡は急にしゅんとなり、ジョーイにすがる目を向けていた。

「また、いつかキノ戻ってくるかな」

 震える涙声の聡の気持ちはジョーイには痛いほど伝わってくる。

「そうだな。いつかまた会えるときが来るさ」

 自分もそうでありたいとジョーイも願う。

 精一杯の慰めの笑みを聡に向け、そしてジョーイはキノが残した缶の蓋に手をかけた。

 キノが開けようとした時は、いかにも固くて難しそうにしていたのに、ジョーイが試すと、缶の蓋はちょっと持ち上げただけで簡単に開いた。

 中を覗き込めば、ビー玉が一つ入っているのが見えた。

 それを取り出してジョーイは水を掛けられたくらいはっとして固まった。

 傍にいた聡は、不思議そうにジョーイを見つめながらも、陽光に反射してきらりと光ったビー玉にすぐさま魅了された。

「それ、すごい綺麗な虹色のビー玉だね。宝石みたい」

 聡にもそのビー玉は虹色に見えていた。

 震える指先でそれをつまみ、ジョーイは太陽にかざした。

 神秘的な七色の美しい渦が合わさり、宇宙の星のような細かなラメが周りにちりばめられているビー玉。

 それが今、キラキラ光ってジョーイの手元にある。

「アスカが失くしたと言っていた、虹色のビー玉……」

 ジョーイの声は震えていた。

 再びあの光景が昨日の事のように蘇る。

 アスカと自分だけしか知らない会話──


『ジョーイ、いくつかビー玉失くしちゃった』

『アハハハ、それって気が狂ったっていう意味にもなるんだよ』

『それならほんとに狂っちゃうかも』

『えっ、まだ他のビー玉が箱に一杯入ってるじゃないか』

『でも一番お気に入りのを失くしたの』

『一個くらいいいじゃないか』

『よくない。だって虹色でとっても特別なの』


 声にならない感嘆の溜息が、自然と漏れた。

 その次の瞬間、間欠泉が噴出したかのように腹から感情がほとばしった。

「そうか、そうだったのか。キノはやっぱりアスカだったのか」

 この上ない喜びに体が震えていた。

 失くしたものを見つけたときの嬉しさ。

 知りたかったことを知ったときの満足感。

 全てが心をじわりと温めていく。

 光に照らされて、一気に世界が明るく変わっていく。

 目に映るものが、全て生き生きとした色を発光させて、キラキラと輝いて見えるようだった。

 この虹色のビー玉のように──


 ジョーイの顔は晴れやかだった。

 全ての雲が取り除かれた澄んだ青空のように、それはとても清々しいものだった。

 自然と顔が綻んで、喜びを見出したこの上なく満足した笑顔になっている。

「そうか、そうなのか。やられた」

 その後は、くすぐったいくらいにおかしくて、豪快に腹を抱えて笑っていた。

 その傍で聡は、キョトンとして圧倒されていた。


 簡単に開けられる缶の蓋を、わざと開けられないフリをしてビー玉をジョーイの目の前で散らばせたのも、そして『I lost my marbles』と言ったのも全てアスカとしてジョーイに発したメッセージだった。

 あの黒ぶちの眼鏡も、フクロウの縫いぐるみを思い出して欲しいと、自らフクロウを意識してやっていたことだった。

 全てに意味があり、やっと繋がった。

 やはりジョーイが感じた感覚は正しかったことになる。

 キノは真実を口で告げられなかったために、こんな遠回りのメッセージを送っていた。

 やはりジョーイに会いに来ていた。

 ──アスカがキノ、キノがアスカ

 名前を繰り返し、そこにもヒントがあったことにもジョーイは今更ながら気がついた。

 日本語の音で考えれば”明日と昨日”。

 キノがここまで計画していたのだから、そういう意味も込められているといっても過言ではないのかもしれない。

 転がったビー玉は全てのことを繋げて見事着地地点にゴールした。

 ジョーイは何度もそのビー玉を太陽に翳して、自分の元に辿り着いた奇跡を心から感謝していた。

「余程、キノから贈られた大切なものだったんだね」

 聡は羨ましく思いながらも、無邪気にはしゃいでるジョーイを見ていると、笑わずにはいられなかった。

「聡、ありがとうな」

 ジョーイは聡に右手を差出し握手を求めると、聡は照れながらもしっかりと得意げにジョーイの手を握り返していた。

 お互い生意気だった者同士は、その瞬間心が通うように、とっておきの笑顔を見せ合った。

「それじゃ俺、帰るわ」

「お兄ちゃん、待って。あのさ、時々、ツクモつれて遊びに来いよ」

「ああ、そうだな。それじゃ、早速今週の土曜の午後、キャッチボールでも一緒にやるか?」

「うん! 約束だよ」

「ああ」

 ジョーイは聡に思いっきり笑って、答えていた。

 ツクモを呼び寄せ、そしてジョーイは家路に向かう。

 振り返れば、聡はまだジョーイを見ていた。

 大きく手を振れば、聡は両手で大げさに振って返してきた。

 ジョーイとキャッチボールできることが、余程嬉しかったのかもしれない。

 かつて父親とキャッチボールをした事を思い出し、ジョーイも全てを受け止めたい一心で、急にやりたくなったことだった。

 もう逃げはしない。卑屈にならない。諦めない。

 他にもネガティブだったいろんなことを含め、ジョーイは自分の殻をやっと突き破った。

 アスカも同じように苦しんできたに違いない。

 それでも、キノと名前を変えて、自分の役に立つことをやりたいと、覚悟を決めてそれに挑んでいた。

 だから、いろんなところで、事件に首を突っ込んでいたのだろう。

 そして、危険とわかっていながらも、ジョーイに会うためにやってきた。

 ジョーイはキノと過ごした事を思い出しながら、首を上げ、空を見つめる。

 短かったほんの僅かな時間でも、永遠に心に刻まれるほど大切な時だった。

 その意味を深く考え、自分ができること、それは何なのか、ジョーイは真剣に向き合おうとしていた。

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