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ロストマーブルズ  作者: CoconaKid
第十二章 ゴールしたビー玉
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 不敵な笑みを浮かべ、狂った目つきを突きつけながら、ギーは包丁を面白半分に握って弄んでいる。

 時々尖った部分をジョーイに向けては、いつでも刺す準備ができていると脅していた。

 鈍く光る包丁の切れ味はジョーイも良く知っていた。

「(ギー、家に上がるときぐらい靴を脱げ。ここは日本だ)」

 ジョーイは平常心を保っていると知らしめたくてそんな口を叩いたが、それが強がりにしか見えなかった。

 ギーはそれを鼻で笑っていた。

 自分の家の包丁だというのに、それが凶器として使われている。

 あれを握って自分が料理していたというのに、持つものによって、こんなにも脅威を感じるとは思わなかった。

 トニーは手足を縛られた状態でうつぶせになりながら、時折エビのように体をそらして、ソファーの上で跳ねていた。

 訴えるような目でジョーイに逃げろと何度も示唆している。

 そんなことができるかと、ジョーイも必死な表情でトニーを見つめ返した。

 ギーはトニーの側に寄り、ソファーの端に軽く腰掛け、トニーの髪の毛を鷲掴みにして、持ち上げた。

 トニーは痛いと顔を顰め、体をバタバタと跳ねて抵抗するも、喉下に包丁を突きつけられて、ピタッと動きが止まった。

 包丁のひんやりとした感触を、トニーは顔を青ざめながら味わっていた。

「(ギー、やめろ。あんたはFBIなんじゃないのか)」

「(真実を暴くためなら犠牲者が出てもいい)」

「(無茶苦茶だ)」

「(さてと、ジョーイ、父親の居場所を教えてもらおうか)」

 包丁を握っている手に力が入った。

「(俺は全く知らない。俺の方が訊きたいくらいだ)」

「(そのままだと友達を一人亡くすぞ)」

「(やめるんだ。ギー。FBIならFBIらしく捜査しろよ)」

「(俺が手順を踏んでやっても、なぜかあと一歩のところで上手くいかない。必ずどこかで邪魔が入り情報が跡形もなく根こそぎ消されて逃げられてしまう。今回もだ。何一つ掴めないものだから、挙句の果てに無駄な捜査ばかりするなと、とうとうこの件から手を引けって長官直々に命令された。もう我慢ならない。 それなら俺の首を賭けてでも真実を暴いてやる。さあ、知ってるだけの情報を俺に言うんだ)」

 ギーの焼き付けるような睨みは本気だった。

 狂気に満ちて、見境なくなっている。

 ジョーイはごくりと喉をならし、息詰まっていた。

「(何をもたついているんだ。早く話せ)」

 包丁がトニーの首に容赦なく押し当てられる。

 ジョーイは咄嗟の機転で、この時ある事を思いついた。

 一か八かの賭けに望を託す。

 無謀でジョーイも本当に通用するか半信半疑だったが、他に方法もなくやるしかないと握り拳に力を入れて覚悟を決めた。

「(言う、言うから、包丁をトニーから離してくれ)」

「(最初から言うこと聞いてたらこんなことにならなかったんだよ)」

 包丁がトニーから離れ、ギーの気が一瞬緩んだ時、ジョーイは尽かさず息を吸い込んで声を上げた。

「ツクモ! シックレッグス!」

「(何を言ってるんだ?)」

 ギーが声を出したと同時に、ジョーイの隣を猛スピードですり抜けて、ツクモがギーに飛び掛った。

 突然のことにギーは意表をつかれ、持っていた包丁を落としてしまった。

 そして、ツクモに容赦なく噛みつかれていた。

 その隙にジョーイは包丁を拾い上げ、トニーの縛られていた両手、両足を解放した。

「大丈夫か、トニー」

 最後にびりびりと口のガムテープを外すと、トニーは思いっきり空気を吸った。

「サンキュー、ジョーイ」

 二人は一先ず難を乗り越えほっとした。

 ギーに視線を向ければ、ツクモに押さえつけられて、床で悲鳴を上げながらバタバタと格闘していた。

 噛みつかれて服は破れ、血も出ていた。

 ツクモは牙をむき出しに、悪魔が乗り移ったように恐ろしい唸り声を上げ、容赦なく攻撃していた。

「Shit! FXXk!」

 ギーが放送禁止用語を用いて叫んでいる。

「これはセンサーの『ピー』がいるな」

 トニーはいい気味だと笑っていた。

 ギーは逃れようとするも、ツクモに容赦なく足をがぶりと噛み付かれ、悲鳴を上げてしまった。

 ジーンズを穿いていたが、分厚いデニムの生地から血が滲んできている。ツクモはそれでも噛むことを止めなかった。

 ギーの動きが封じ込められている間に、二人はガムテープを用いて、ギーを縛り上げた。

「この野郎! さっきはよくもやってくれたな」

 どさくさに紛れて、トニーは数回ボコボコと殴っていた。

 ツクモもまだギーの足を噛んだままだった。

「ツクモ、グッドジョブ」

 ジョーイに止められ、ようやくツクモは落ち着き、また大人しくなっていた。

 ギーはもがいて抵抗し、悪態をついていた。

 煩いので、トニーは口にもガムテープをはってやった。

「(自業自得だ)」

 ギーの目は恨めしく睨んでいたが、自由を奪われて、体をそり返すことくらいしかできなかった。

 その側でツクモが唸りながら、牙を見せると、一瞬にして怯えていた。

 ジョーイは、すでに受話器を取り、警察に連絡をしているところだった。

 その警察も、そんなに待たずにすぐにやってきた。

 サイレンを鳴らし派手にやってきたパトカーによって、家の前には野次馬が集まり出した。

 あの近所の噂好きなおばさんも、誰よりも目立って、覗き込んでいた。

 警察は手順良くテキパキと動いて家の中を捜査し、その間、ジョーイとトニーは質問に答えていた。

 訳の分からないことで脅されて、ギーが狂ってることを強調し、ジョーイ自身なぜ巻き込まれたのか分からないと白を切る。

 ギーが全てを語ったところで日本では全く関係のない事件であり、FBIのトップもきっとこの事件の真相を闇に葬ることをジョーイは良く理解していた。

 自分の知らないところで誰かが処理をする。

 ジョーイ自身、ギーが本国に帰ってくれさえすればそれでよかった。

 彼もその時、はむかえないほどに処分されることだろう。

 誰にも相手にされないギーがなんだかお気の毒に思えたが、ジョーイを睨みながら足を引きずり警察に連れて行かれる態度を見ると、その同情もすぐに消えた。


 ツクモは部屋の隅で大人しく伏せていた。時々耳を動かし愛らしい瞳で周りを見ている。

 ある捜査員がツクモの前にしゃがんで頭を撫ぜていた。

「なんかこの犬、コンビニ強盗で出てきた犬に似てるな」

 ツクモはむくっと立ち上がり、尻尾を振ってその捜査官に甘え出した。

「かわいい、いい犬ですね」

 ジョーイにそう言って、また持ち場に戻って行った。

「ツクモ」

 ジョーイの声に反応し、ツクモは側に寄った。

 かしこまって座り、ジョーイの顔を見上げている。

 先ほど勇敢にギーに立ち向かったツクモの恐ろしい形相とは程遠い、穏やかであどけなく甘えた表情だった。

 一般に穏やかな性格として知られているラブラドールレトリバーが、あんなに怒り狂った表情をすることがジョーイには信じられなかった。

 そして忠実に命令を聞く姿勢も、その状況と言葉を理解して行動しているように思えてならなかった。

「ツクモ、お前もしかしてアレなのか?」

 ツクモもまた人間の役に立つように、遺伝子操作されているのではとジョーイは感じていた。

 でも知ったところでどうでもいいと、すぐに笑顔を見せて、優しくツクモの耳の後ろを撫ぜてやった。

 ツクモは目を細めて喜んでいる。

 キノもこんな風にしてかわいがっていたのだろうと、ジョーイはキノの姿を思い浮かべていた。

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