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ロストマーブルズ  作者: CoconaKid
第一章 ころがったビー玉
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 到着を知らせるメロディが鳴り響く中、ジョーイは慌てて階段を下りていく。

 電車がゆっくりとホームに入って来たところだった。

 乗り込もうとしている乗客たちで混雑するホーム。

 階段を下りきる少し手前で、幸運にも列に並ぶキノの姿が、ジョーイの目にパッと飛び込んだ。

 キノは隣にいた小柄な年配の女性と親しく笑顔で語らっている。

 地味な訪問着を身にまとった古風なその老婆は、キノとどうやら顔見知りらしい。

 ドアが開くと、一斉に降りてきた人の波が、ホームで大きく広がり辺りは人で溢れかえった。

 それに紛れ、ジョーイは気づかれないようにキノと同じ車両に離れて乗り込み、空いてる席にさっさと座りこんだ。

 座席は全て埋まり、まばらに人が立つ車両は、ジョーイにとってはキノを観察しながら身を隠すのに適度な込み具合だった。

 車両の一番端の優先座席に、先ほどの老婆が紙袋を膝に乗せて座っている。

 その前に吊り革を持ってキノが立っていた。

 おどおどと消極的に見えたキノだったが、老婆の前ではハキハキと受け答えしている。

 ビー玉を散りばめてあたふたしていたドジそうな女の子とは思えないほど、しっかりとしていた。

 この列車が急行だと知らせる車内放送が流れ、各停車駅を案内した後、最後に『発車時間まで暫くお待ち下さい』と締めくくった。

 キノは一体どの駅で降りるのだろうか。

 学校は新学期が始まったばかりでもあるが、同じ電車を利用すると言うことは、何度かキノと乗り合わせていた可能性がある。

 ただジョーイが意識したことがなく気がつかなかった。

 座席から身を乗り出し、体を前屈みにしてキノの様子を探ろうとしたとき、隣に座っていた年老いた男性がジョーイに視線を向けた。

 顔が目立つジョーイの風貌は、その男の好奇心の的となり、露骨に目が合っても厚かましくじろじろ見続けていた。

 ジョーイは不快極まりなく、当てつけに席を立ちそうになったが、体に力を入れて思いとどまった。

 グッと堪えて背もたれに背中を押し付けた。

 「じいさん、見世物じゃねぇんだよ」と、悪態をつくようにそっぽ向き、恥を知らせようとしたが、それも効果がなかった。

 ホームで発車を知らせるベルが響き渡り、アナウンスが流れるとやっとドアが閉まった。

 電車はようやくゆっくりと動き出す。

 キノの様子を伺おうと、ジョーイの体が前のめりになると、また隣のじいさんも反応しだして、じろじろと見てくる。

 それが鬱陶しくて思うように体を動かすことができなかった。

 次の停車駅まで約10分くらいあるだろうか。

 その間はキノもあの場所から動くことはないだろうと、ジョーイは暫く大人しくしていた。


 何もすることがなく、頭の中だけはフルに回転するが、ふとどうしてキノが気になるのか疑問になってくる。

 ビー玉が駅のホームで転がり、『I lost my marbles』と言ったキノ。

 その時何かが重なった。

 ビー玉で遊んだ記憶──

 目の前で突然いなくなったアスカ──

 引っかかりが違和感となり、キノと出会ったことで、アスカの記憶が色濃くなってしまった。

 もしアスカが生きていたら、キノと同じ年頃じゃないだろうか。

 ジョーイははっとした。

 自分はキノにアスカを重ねている。

 まさかキノが、アスカ……

 ふと安易に結び付けてしまったが、ジョーイはありえないと否定する。

 だが、体がカッと熱くなって、ドキドキとしていた。

 ずっとずっと気になっていたこと。

 なぜアスカは目の前で消えて、家が吹っ飛んだのか。

 それともアスカは自分の作り出したイマジネーションなのか。

 そしてその頃から目まぐるしく物事が変化しだした。

 母と父の離婚。

 いや、もう前から仲が悪かったのかも知れないが、幼い記憶を辿れば、父親と完全に会わなくなったのもあの事件がきっかけだった。

 何を聞いても母親は教えてくれない。

 教えたくないほどに父親が憎いのだろうか。

 ジョーイはそれから笑うことを忘れていった。

 全てはあの爆発事故を見てから、自分も同じようにものの見事に吹っ飛んだ。


 暫く思いを巡らしているうちに、電車の速度が徐々に落ちていった。

 次の停車駅がそこまで迫っている。

 ジョーイの降りる駅ではないが、キノはどうするのだろうとジョーイはチラリと様子を伺う。

 隣のおじいさんはうとうとと眠っていたので、安心して前屈みになれた。

 まだ降りる気配も感じられず、キノは優先座席に座ったおばあさんと普通に会話をしている。

 あの様子から、キノもまた完璧な日本語を話すバイリンガルだった。

 ジョーイも言葉に関しては多少の苦労を味わってきたので、キノはどのように育ってきたのだろうと益々興味をそそられた。

 心のどこかで、アスカであって欲しいと訳もなく願ってしまう。

 馬鹿馬鹿しい空想と分かっていながら、そう思うことでアスカが存在していたと信じたかった。

 キノが降りる駅で一緒に下車して、声を掛けてみよう。

 ジョーイにとっては大胆な行動に走ろうとしていた。

 それと同時に胸の鼓動が激しく打ちだす。

 いつも冷静なジョーイが、ドキドキと興奮して熱くなっていた。

 それを誰に指摘された訳でもないのに、自分自身で恥ずかしくなっていく。

 無意識に前髪を掻き揚げて、落ち着こうと何度も息を吸っては吐いていた。

 そうしているうちに、電車が停車してドアが開き、降りる乗客はいそいそと車両から出て行った。

 念のためにキノを見れば、まだ穏やかに老婆と話し込んでいる。

 この駅で降りる気はなさそうだった。

 一緒に降りるその時を考えれば、ジョーイの胸の高鳴りが一層激しくなっていく。

 ホームで『間もなくドアが閉まります』というアナウンスが流れた時だった。

 キノは老婆に向かって会釈をしたかと思うと、ドアの附近に向かい、閉まりかけていたドアの隙間をするりと抜けていった。

 その時を計らっていたような降り方は、動きに無駄がなく、まるで忍者のようだった。

 一瞬のことで追いかけることもできず、ドアは完全に閉まって電車は動き出した。

 もしかして自分の存在がばれていたのだろうか。

 ジョーイは唖然となり、やられたと思わずにはいられなかった。

 だがその同じ時、閉まったドアに慌てて駆け寄り、降りられずに悔しそうにしている学生がいた。

 間抜けな奴と乗客の注目を浴びていたが、ジョーイはそうは思わなかった。

 その学生はホームを歩いているキノを目で追い、いかにもキノを追いかけられなかったと残念がってるように見えたからだった。

 自分と同じようにキノを追っていた?

 ジョーイははっとした。 

 ストーカー!

 キノがあのような行動をしたのは、この男から逃げるためだったのではないだろうか。

 その線が濃いように思え、ジョーイは男を観察する。

 ふくよかな体つき、髪もパサついて、全体の雰囲気がもっさりとした冴えない風貌。

 だが制服は先ほど出会った詩織と同じものだった。

 頭だけはいいらしい。

 その男は幾分か落ち着いて、ドアの前に立ったまま流れる景色を見つめていた。

 何事もなかったようにすましているその態度が、ジョーイには腹立たしくなっていく。

 駅で詩織と話していたとき、妙に落ち着かずおどおどしていたキノ。

 もしかしたらこの男が近くに居て逃げたかったのかも知れない。

 ジョーイがあれやこれやと推理している間、段々と目つきがきつくなり、終いには強く男を睨みつけていた。

 先ほどの停車駅から数分後、電車はまた速度を落とし始めた。

 次はジョーイの降りる駅だった。

 そしてキノと話をしていた老婆も降りるのか、急にそわそわしだし、駅が近づいている様子を窓から確認していた。

 電車がホームに到着してドアが開けば、あのストーカー男が一目散に降りた。

 ジョーイも他の乗客に紛れて降り、それを盾にしながらストーカーの様子を探っていた。

 あいつどうする気だろう。

 ストーカーは降りたホームの反対側に迷わず向かい、電車の到着を知らせる電光掲示板で時間を確認しながら、戻りの電車を待つそぶりを見せた。

 キノが降りた駅に戻るのだろうか。

 戻ったところで、キノはその場にはすでにいないことだろう。

 ひとまずは安心して、ジョーイは改札口に向けて階段を上っていった。

 改札口で定期を機械にかざし、通り抜けたところで、『おばあちゃん』と呼ぶ元気な男の子の声が聞こえた。

 男の子は改札口に走り寄り、おばあちゃんを出迎える。

 そのおばあちゃんは、とろけるような優しい笑顔を男の子に向け、改札口から出てくるところだった。

 それはキノと話していた老婆だった。 

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