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ロストマーブルズ  作者: CoconaKid
第八章 思いつめた心
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 学校の門を出ると、聡は何度も振り返りながら、キノとの別れを名残惜しそうにして帰っていった。

 キノはそれに付き合うようにずっと手を振って応えている。

 角を曲がって聡の姿が見えなくなると、トートバッグを肩に掛け直してツクモのリードをしっかり握り直した。

「どうしたの? ジョーイ、さっきからじっと私を見てるけど、何か顔についてる?」

「えっ、いや、今日は色々とありがとうと思って、その、いつお礼を言えばいいのかと思っていた」

 本当は眼鏡が気になって見ていたが、咄嗟に誤魔化してしまう。

 それでも楽しかったことには変わりないので、お礼を言いたい気持ちも、もちろんあった。

「ううん、こっちこそ付き合ってくれてありがとう。お陰でとても楽しかった」

 キノも素直に笑っていた。

 すっかり距離が縮まり、二人は親密になった──またはまだこれからそうなっていくような予感がする。

 その気分に乗せられて、ジョーイは思い切って疑問をぶつける決心がついた。


「なあ、キノ」

「なあに?」

「なんでその眼鏡掛けてるんだ?」

「えっ、これは、その、ファッション」

「はっ?」

「今、黒ぶちの眼鏡って流行ってるんだよ。それにこれを掛けてると少しはハーフっぽい顔が目立たないかなって思って」

「それだけの理由?」

「うん」


 もっとすごい理由を期待していただけに、あっさりと返された答えに、ジョーイは気が抜けてしまった。

「あのさ、聡が色んな言葉話せて、計算や数を数えるのが早いとか言ってたんだけど、それって本当か?」

「日本語、英語は話せるけど、色んな言葉って、グラシアス、ダンケシェーン、メルシー、シェイシェイ、グラッチェとかそういうありがとうっていう言葉程度なら沢山の言葉で言えるくらいかな。計算が早いって小学生の問題程度なら早くしなくっちゃなんか高校生の立つ瀬がないという感じで、ちょっと聡君の前では無理した」

「だけど落としたカードを一瞬のうちに数えたって言ってたぞ」

「ああ、あのことか。あれは、カードに通し番号が付いてあって、聡君全種類もってたから、最後のカードの数字を言っただけ。それが一瞬にして数えたって思ったみたいで、おかしかった」

「じゃあ、バッティングセンターで150kmの球をバンバン打ったっていうのは?」

「どうしたの? ジョーイ。聡君、何か私のこと言ってたの? さっきから質問ばっかり。でもそれも実はコツがあって、ちょっと訓練したら誰でも打てるようになるの。今じゃ、聡君も打てるよ」

「どうするんだよ」

「本を読むの。速読するというのか、思いっきり目を走らせて字を追っていくの。いつの間にか目にスピードが付いて、早いボールがはっきりと見えてくるんだ。後はそれを打つだけ。ジョーイもやってみて。本当にできるから」

 真相が判れば、謎なんでこんなものだった。

 疑心暗鬼の心は見るもの全てを歪んで見せる。

 またアスカという存在に踊らされた自分の思いこみ。

 ジョーイは拍子抜けして、体の力が抜けた。


 キノと居るとちょっとしたことが不思議に結びついてしまう。

 こんなにも簡単に心惑わされて、ジョーイも訳が分からなくなってきた。

 その脱力しているジョーイをキノは心配そうに見ている。

 ジョーイも困惑した瞳を向け、全てに敗北してしまった気持ちがやるせなくて、もう一度訊いてみる。

「なんだか、今日のキノはハキハキとしているというのか、おどおどしていたときと全く別人のように思えるよ…… もしかして君は……」

 ジョーイが最後まで言い終わらないうちに、キノは突然くすっと笑い出した。

「だって、私、人見知りが激しくて、ジョーイってファンクラブがあるくらい人気者でしょ。最初は緊張しちゃった。でもジョーイも怖い人だと思ってたけど、全然そうじゃなかった」

「お、俺もか。そっか。そうだな。俺もなんだか今日は久し振りにはしゃいだ気分だった」

 自分もそうだと指摘されると、身も蓋もなかった。

 ジョーイは慣れぬ自分の感情をどう処理すればいいのか分からずに、調子狂ってしまう。

 キノの前で誤魔化した笑いを添えてもじもじしてしまった。

 普段の自分じゃないのは百も承知だった。

 このまま一緒にキノと居れば、自分自身が変わっていくようにまで思えてくる。

 堅物のどす黒いカチコチに固まった心がほぐされて、柔らかく、白くなっていく感じだった。

 キノと肩を並べて歩きながら、ジョーイは時々キノの横顔を見つめていた。

 キノも視線を感じ、時々ジョーイを見つめると自然に笑顔を見せている。

 なんだかいい雰囲気だと、ジョーイは意識し始めてきた。

 これも自分らしからぬ感情だった。

「ジョーイ、それじゃ私はここで失礼するね」

 キノの言葉は無情にも、ここでやっと繋がりかけてきた二人の関係を切り離したように聞こえた。

 用事があると言っていたことを思い出し、さっきの聡ではないが、ジョーイもまた名残惜しく思ってしまう。

「キノ、弁当ありがとうな。旨かった。そしたらまた学校でな」

「うん」

 キノはツクモのリードを引っ張り、駅とは反対方向の方角へ向かおうとした。

 まだもっと何かを話したかったジョーイは、もどかしさを堪えてキノを見送る。

 キノも同じような気持ちだったのか、もう一度振り返った。

「ジョーイ、今日はとっても楽しかった。本当にありがとう」

「ああ」

 夕方の優しい光にあてられたキノの姿を見つめ、ジョーイは軽く手を挙げた。

 ツクモも振り返り、尻尾を振って挨拶をしているようだった。

 その場でずっと突っ立っているわけにも行かず、潔くジョーイも踵を返す。

 ジョーイが去っていく後姿を、少し歩いた先からキノは振り返ってじっと見ていた。

「ツクモ、今日くらい許されるよね」

 独り言のようにキノは呟く。

 ツクモはあたかも慰めるように「クーン」と鼻を鳴らしていた。

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