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ロストマーブルズ  作者: CoconaKid
第一章 ころがったビー玉
3/62

 始業式を終え、高校三年生になったばかりの新しいクラスは、あまり変わり映えがしなかった。

 教室に誰がいようが、ジョーイには関係ない。

 学校にも全く興味がない。

 ただ与えられた課題をせっせとこなし、勉強だけは常にトップの座にいることで、誰にも文句は言わせないようにしている。

 この学校も特殊で、一応は選ばれたものしか入れない所であった。

 特別都会でもなく、ど田舎ほど不便でもなく、これから開発され発展していくような街に位置している。

 一般生徒に紛れ、周りには帰国子女や、外国人も多く、中等部と高等部が一緒になった巨大な私立学校。

 整った設備とモダンな外見の校舎は目を引いて、インターナショナルなその魅力に、志望する学生は後を絶たず、それなりの知名度はあった。

「ジョーイ、新学期が始まったばかりだというのに、なんだその仏頂面は。もっと希望を持って明るくいこうぜ」

 ドンといきなりジョーイは背中を叩かれた。

 午前中で終わったこの日、ジョーイはトニー・ライデンと肩を並べて、駅に向かって下校しているところだった。

 唯一、ジョーイが友達と呼べる、鬱陶しいけど、無視ができない相手。

 なぜなら、一緒に住んでいるからである。

 トニーは、日本のことが大好きで、どうしても日本の高校に通いたいとやってきた。

 ジョーイの母親の知り合いが、留学生を預かって欲しいと頼んだのがきっかけで、高校一年からトニーが居候することとなった。

 トニーは長身で細身、金髪にブルーの目をしてそれだけでモテる要素が一杯だが、さらに輪をかけて女好きときているので、気に入った女性を見るとロマンチックにいつも愛を囁いているような男だった。

 相当なプレイボーイで、毎回歯の浮くような言葉を恥ずかしげもなく言う。

 こういうのが四六時中傍にいて、手当たり次第に女を常に口説くから、それをいつも見せられるとジョーイは辟易してしまう。

 トニーのせいでジョーイも同じ種類と思われて、女が近づこうとしてくるから、いいとばっちりだった。

 そんな時は冷めた目で睥睨して追い払うが、それが女には興味ないと思われて、あっち方面の人と誤解されることもしばしばあった。

 だから益々目つきが厳しくなり、不機嫌な顔になっていった。

 ジョーイがどんなに嫌がろうと、トニーはお構いなく、常に絡んでくる。

 その明るくチャレンジャーな所は呆れてすごいと思う反面、その無邪気さが羨ましくもあった。

 何も苦労なく、好きな事に情熱を注げる人生。

 ジョーイとはひどくかけ離れた性格。

 トニーが傍に居ればその明るさで、ジョーイの暗い陰りがひどく焦げ付く。

 また気に入らない目をトニーに向け、ジョーイは黙って歩く。

 辺りはまだ開拓途中の土地や、これから建てられる建物が姿を現してきている。

 駅に近づくにつれ、建物の密度が濃くなり賑やかになって行く。

 その光景をぼんやりと目に映している間に、いつの間にか駅に着いていた。

 エスカレーターで二階にある改札口へと向かい、定期券を機械にかざしてホームへと向かう。

 昼まじかのこの時間、腹の虫が騒ぎ立ててきた。

「おい、ジョーイ、このまま帰るのもつまんないし、飯を食いに行くがてらに、ナンパでもしに街へ出かけないか」

 トニーはホームに向かう階段を下りながら話しかけた。

「バーカ、俺がそんな事する訳ないだろ。行きたかったら一人でいけよ」

「お前がいなきゃつまんないじゃないか。二人でいい女ひっかけようぜ。お前もたまには女くらい相手にしないといざというとき困るぜ」

「何に困るんだよ」

「お前、まだなんだろ」

「何がだよ」

「分かってるくせに、それともそういうことに興味ないってことは、もしかしたらやっぱりアレか?」

 またどこかで聞いたような質問をされ、ジョーイはうんざりして否定するのも面倒臭くなっていた。

「もしそうだとしたらどうなんだよ」

「俺が寝てる時に部屋に黙って入ってきて襲うなよ」

「バカ野郎! かれこれ二年も俺の家に住んでいて俺が一度でもそんなことしたことあるのか」

「ハハハハハ、冗談だよ。でも俺ジョーイならちょっと経験のために……」

 トニーは親指を噛み、しなを作るようなポーズを取った。

「気持ち悪い! 冗談でもやめてくれ」

 ありったけの皺を眉間に寄せて、ジョーイは嫌悪感を露にする。

 そして階段を下り終わって正面を見た時、ホームのベンチに腰掛けた同じ学校の女生徒が、何かを手にし、必死な顔でムキになっている様子が目に入った。

 階段を下りた場所で立ち止まったまま、ジョーイは何気にその様子を暫く見ていた。

 どうやらその女生徒は、ドロップの飴玉でも入っているような、四角い赤い缶の蓋を開けようとしているところだった。

 蓋の境目に爪を引っ掛けて無理に引っ張っていた時、すぽっと突然蓋が宙を舞い、その勢いで中に入っていたものも一緒に飛び出てしまった。

「あっ」

 女の子が声を出した時、すでに中身は飛び散ってあちらこちらに散らばっていた。

 それは丸いものだったので、四方八方にコロコロと転がっていく。

 女の子はベンチから立ち上がり、慌てて落ちたものを拾おうとするが、何個かはホームから線路へと落ちていった。

「あの子何してんだ?」

 トニーが側で声を出した時、ジョーイの足元に丸いものが転がってきた。

 それを拾い上げまじまじと見つめた。

「おい、なんだそれは?」

 トニーが覗き込んで来たので、ジョーイはそれを彼の目の前に突き出した。

 普通のよく見るビー玉だった。

 二人がやり取りしている間、女の子はこぼれたビー玉を必死に拾い集めていた。

 その様子をジョーイは暫く目で追った。

 黒く丸みを帯びたフレームのダサい眼鏡。

 セミロングの少し赤みがかった髪を後ろで一つに束ねた、とても地味な生徒。

 だが顔の造りはそうではなかった。

 眼鏡が邪魔をしていなかったら、可愛く目立つ顔立ちをしている。

 ジョーイが黒ぶちの眼鏡から、何かの動物に似ていると思っていた時には、トニーは既にその女の子に近づき、いつの間にか拾ったビー玉を数個手のひらに乗せて、彼女の目の前に差し出していた。

「What happened?(どうしたの?)」

 トニーは日本語が話せるのに、この時気取って英語で話しかけると、女の子は戸惑いながらも「I lost my marbles」と返していた。

 トニーはその言葉に受けて、高らかに大きな声で笑った。

 ジョーイはそのやり取りを少し離れた場所から見ていたが、彼女の言葉にハッとさせられた。

 日本語に訳せば二通りの意味になる。

 一つは『ビー玉を失くした』という言葉通りの意味。

 だがもう一つ慣用句として『気が狂った』という意味にもなる。

 トニーは後者の意味としてジョークのように捉えて笑っていた。

 だが、ジョーイは違った。

 静電気に触れたように体の中からビクッとした。

 過去に同じような事を経験した。


 ──I lost my marbles

 ──アハハハ、それって気が狂ったっていう意味にもなるんだよ


 デジャブーを感じた時のように、脳がもっと思い出せと刺激する。

 ──あの時、俺はアスカと話していたんだ。

 その記憶を呼び覚まそうとしたとき、トニーが手招きする。

「ジョーイ、お前もそれ、この子に返してやれよ」

 手に持っていたビー玉をしげしげとジョーイは見つめた。

 別になんの変哲もない普通のビー玉。

 中に黄色い模様がうねる様にして入っている。

 ジョーイはそれを持って女の子に近づき、女の子が手にしていた四角い赤い缶の中にビー玉を落としてやった。

「あ、ありがとう」

 女の子は自分の失態を見せたことが恥ずかしいのか、ジョーイが近づいてきたことに恥じらいを持ったのか、この上なくあたふたとしている。

 そして眼鏡の奥の瞳はジョーイを一瞬捉え、そして見つめてはいけないかのように目をすぐに逸らした。

「ねぇねぇ、君も両親が国際結婚?」

 トニーが聞くと、女の子は答えにくそうにとにかく頭を軽く一振りする。

「そっか、まあこの学校に通うくらいだ。バイリンガルは当たり前だし、ハーフも珍しくない」

「あなたは留学生? 日本語上手いのね」

「ああ、ずっと日本のことが好きで小さい頃から勉強してたよ。やっと念願叶ってこっちに来れた。俺はトニー。そしてコイツはジョーイ。あんたは名前は?」

「私はキノ」

「ふーん。キノか。派手な学生が多い中、あんたは結構地味だね。日本生まれの日本育ちハーフ?」

「あっ、その……」

 キノは答えにくそうにしていた。

「おい、トニー、初対面で失礼だぞ。コイツのことは気にしないでくれ。あんたも結構容姿の事で色々言われるんだろ。俺たち血が交じり合ってると特別な目で見られるもんな。まるで見世物の動物だぜ」

 俺はお仕置きの様にトニーの耳を引っ張った。

「痛てててて」

「別に気にしてません。それよりもビー玉拾って下さってありがとうございました」

「だけどどうしてビー玉なんか持ってるんだ?」

 ジョーイはキノが手にしてる赤い缶に視線を落とした。

「あっ、ビー玉好きなんです。さっき駅前の雑貨屋でこれが売ってたのでつい衝動買いしちゃって。中が気になって開けたらあんなことに」

「いくつか減っちまったな」

「全部失くしたわけじゃないから大丈夫です。それにジョーイも一つ見つけてくれた」

 ここでキノに名前を呼ばれてジョーイははっとした。

 さっきトニーが名前を知らせたとはいえ、その呼び方が昔から自分のことを知っているように聞こえたからだった。

「もしかして俺のこと知ってるのか?」

 ジョーイは聞かずにはいられなかった。

 ビー玉のことといい、昔の記憶が刺激されて何かが飛び出しそうだった。

「えっ? いいえ、今日初めて会いました。それに私まだこっちに引っ越して来たばかりで、この辺のことよくわからないんです」

「見たところ、ピカピカの高校一年生って感じだな。それにあんた日本育ちじゃないね。今までどこで住んでたんだい?」

 トニーが口を挟んだ。

 その時電車の到着を知らせるアナウンスと共に、注意を引く音が流れてきた。

 それにかき消されるようにトニーの質問はぶった切れた。

 電車がホームに入りドアが開くと、皆で同じ車両に乗り込むが、車内は比較的空いているにも関わらず、キノは一礼をすると一緒にいるのが気まずいかのように二人から離れて前の車両に行ってしまった。

「あーあ、どうやら俺たち嫌われたみたいだぜ。なんかショックだな」

 トニーがありえないとばかりに目の前の空いている席にドシンと腰をかけた。

 ジョーイは座らずに吊り革を握ってトニーの前に立った。

「お前が変に失礼なこと聞くからだよ。でもどうしてあの子が日本育ちじゃないってわかったんだい」

「ジョーイの名前を呼び捨てにしたからさ。日本で育ってれば呼び捨てに抵抗があって”さん”とかつけるだろ。それなのにキノは前からジョーイのことを知ってるかのように聞こえたんだ。お前もそう感じたから自分のこと知ってるのかって聞いたんだろ」

 トニーの指摘にジョーイは言葉を失った。

 トニーにも同じように聞こえていたことが、さらに不思議な感覚に包まれる。

 つり革を強く握っては、瞳孔だけを小刻みに揺らして、窓の移り変わる景色を目に映して黙り込んだ。

 トニーは静かになったジョーイを気にせず、何事もなかったように鞄からスマートフォンを取り出し、メールをチェックすると忙しく指先が動きだした。

 また女の子にメールを入れているのだろう。

 トニーが暫くメールに集中していることをいいことに、連結部分のドアを通じて前の車両をさりげなく見つめる。

 こちらに背を向け、出入り口の扉附近に立つキノが目に入った。

 肩に掛けていた鞄から紐がついた何かを取り出し、耳の辺りに触れる仕草をしている。

 音楽を聴き始めたようだ。

 どんな音楽を聴き始めたのだろうかなどと、他愛無い疑問を抱く。

 そうやって暫く観察してると、覗き見しているような気分になっていった。

「キノか……」

 小さく呟いた時、何事も無関心でいたはずの自分に驚いてしまった。

 そして電車が大幅に揺れたとき、ビー玉が一つコロコロと車内を転がっているのが目に入る。

 キノがまた落していったのか?

 そのビー玉はジョーイの元へと、まるで引き寄せられるように転がってくるから、拾わずにはいられない。

 それはジョーイを選んでやってきた生き物のようにも見えた。

 だが手にした時、それをキノのところにまでもって行くか迷ってしまった。



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