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ロストマーブルズ  作者: CoconaKid
第六章 近づく者、離れる者
29/62

 ホームに続く階段を下りれば、電車が入ってきたところだった。

 ジョーイはぴったりキノの側について、電車に乗り込んだ。

 座席が空いているのにキノは座らず、出入り口のドアの前に立つ。

 ジョーイも、もちろんそうした。

 電車がゆっくりと動き出し、外の景色が徐々に流れていく

 勢いでついてきたとはいえ、これといった話題もなく何も話せずじまいだった。

 キノももじもじしながら、時々ジョーイを気にしつつ、愛想笑いをしては誤魔化し、その場を繋いでいる様子だった。

 意識をしすぎて、二人はぎこちなくなっている。

 二人の距離はかなり近いのに、どこかで線を引き、それ以上入り込めないでいた。

 このままでは一緒に帰っている意味がないと、ジョーイは無難な質問をしてみた。

「キノの趣味はなんだい?」

「えっ? 趣味?」

 聞き返されたとき、思わず失敗したとジョーイは少し眉を顰めて後悔してしまう。

 唐突な質問だっただろうかと、うろたえてしまった。

 キノは空気を読んだように慌てて答えを返す。

「えっと、本を読むことかな。あとはツクモの世話も趣味に入る?」

「えっ、ああそうか。じゃあどんな本が好きなんだ」

「ミステリーが好き。誰が犯人とかトリックの技巧とか最後を読むまでに自分で推理するのが好き」

「それは俺も同じだ。いつも犯人はコイツだなって思ったら大体当たってる」

 共通の話題が出てきたのでジョーイは調子付いてきた。

 そしてその後はどんなミステリーを読んだのかと徐々に盛り上がってくる。

 キノがまだ読んでいない話のあらすじをジョーイが教えてやると、ネタバレするからと耳を塞ぐしぐさまでしていた。

「私もいつかその本読もうと思っていたの。それ以上言わないで。楽しみが減っちゃう」

「ごめん、そういうつもりじゃなかった」

 キノが笑うと、ジョーイもそれにつられて笑顔を見せていた。キノはジョーイの笑顔を見逃さなかった。

「ジョーイってもっと怖い感じの人だと思っていた。でもジョーイもやっぱり笑うんだね」

「えっ?」

 ジョーイはそこで初めて自分が女の子を目の前にして笑っていたことに気がついた。

(俺が笑ってた? 女の子を前にして自ら笑顔を見せた……)

 突然ジョーイの胸がドキドキと高鳴り、キノを見つめてしまう。


「どうしたのジョーイ?」

「いや、なんでもない。だけど俺、こんな風に笑ったの久しぶりかもしれない」

「どれぐらい久しぶりなの?」

「10年くらいかな」

「えっ、そんなに笑ってなかったの? 嘘。ジョーイって冗談も言えるんだね」

 キノはどこか壷に嵌ってしまった笑い方になっていた。

 眼鏡がずり落ち咄嗟に押さえている。

 ジョーイはやはりここでもキノをアスカとして見てしまった。

 つい本音が出てしまう。

「キノを見ていると、昔に会えなくなった友達を思い出すよ」

「どうして、私を見てるとそう思うの? また私に似た人なの?」

 キノは訊いていいものか不安になりながら質問する。

「いや、正直顔は忘れた。だって10年も前のことだから。だけどキノみたいにその子もビー玉が好きだったんだ」

「そう。またその子といつか会えるといいね」

 キノは優しく微笑んだ。

 ジョーイは返事の代わりに、キノを見つめ口元を少し上げただけだった。

 まるでキノにアスカなんだろと問いかけている目を向けて、その返事を待っているかのようだった。

 話が弾んだことで二人は少し打ち解け、ぎこちなさも収まっていた。

 だが、まだまだジョーイは満足できないでいた。

 押さえられない感情が先に出て、気だけが焦ってしまっていた。


 乗り換え駅で、次のホームに向かって連絡通路を歩いているときだった。

 特別元気な声でジョーイの名前を呼ぶものが現れた。

 また騒がしいのが来たとジョーイは身構えた。

 その硬くなった背中を勢いよく叩かれる。

「痛いじゃないか。手加減しろよ、詩織」

「だって、久しぶりで嬉しかったんだもん。会いたかったジョーイ」

「久しぶりってこの間会ったばかりだろうが」

「今日はキノちゃんも一緒なんだ。嬉しい。ねぇねぇ、今からどっか遊びに行こうよ」

 詩織はジョーイとキノの手を取って子供のように振っている。

「おい、いい加減にしろ。マイナス一点!」

 ジョーイがその手を振り払うと、詩織はあからさまにぷくっと膨れた。

「やだ、またマイナスポイント? まだあれ続けてるの」

 詩織は不服とばかりにぶつぶつ文句を垂れていた。

 その時ぐーっと音が鳴り、キノが咄嗟に自分のお腹を押さえ込んだ。

 恥かしそうに二人を交互に見る目が、眼鏡のレンズの向こうで泳いでいた。

「キノちゃんお腹すいてるんだ。じゃあなんか食べに行こうよ」

 詩織がキノを引っ張って途中下車させようと改札口に連れて行く。

 キノは恥ずかしさで力が入らず抵抗できない。

 詩織のされるがままにつれていかれた。

「おい、詩織、待てよ」

 ジョーイもこうなるとついて行くしかなかった。


 三人はハンバーガーショップで、それぞれ注文したものを目の前にしてテーブルについていた。

 壁際の4人掛けのテーブルにキノと詩織が隣同士になり、その前にジョーイが座る。

 詩織はキノの世話をするかのように色々とお節介をやいている。

 キノの髪を撫ぜては、髪型のアドバイスをしたり、眼鏡からコンタクトに変えろやら、頬が柔らかいと何度も突付いてはかわいいとまるで玩具のような扱いだった。

 キノは何も言えずされるがままで、時折笑顔だけは見せていたが、どこか無理をしているような感じだった。

「詩織、いい加減にしたらどうだ。キノが嫌がってるぞ」

「だって、キノちゃんかわいくてもう放っておけないんだもん。なんでこんなにかわいく生まれたの。ジョーイもかっこいいけど、やっぱりハーフっていいな」

 おめでたい詩織の発言に呆れ、ジョーイは口元にハンバーガーを持ってきては、感情をぶつけるようにがぶりと食いついた。

 この風貌が如何に素晴らしいかと詩織は思っているが、少なくともジョーイはじろじろ見られることを腹立たしく思っている。

 詩織には何も言っても無駄だとばかりに、ひたすら黙々と食べることだけに専念した。

「私は詩織さんの美しさに憧れる。詩織さんは神から与えられた真の美しさだと思う」

 手に持っていた食べかけのハンバーガーをトレイに置いてキノは俯いた。

 肩が微かに動き、感情を必死に堪えているようなキノの姿が意外で、ジョーイはそこに自分と同じコンプレックスを持っているのではないかと感じてしまった。

「やだ、キノちゃん。神から与えられた真の美しさはキノちゃんだよ。キノちゃん、その眼鏡外して自分を見てごらん。キノちゃんはもっと自信持つべき」

「私は普通に生まれてきたかった……」

 キノは少し涙声のようにかすれて小さく呟いた。

「キノちゃんどうしたの?」

「おい、詩織、もういい加減にしろ。どうしてそう脳天気なんだ。あのな、俺達ハーフと呼ばれるものにはそれなりの悩みってものがあるんだよ。空気読め」

 ジョーイは飲み物のカップを持ち、ストローから一気に吸い上げた。

 最後にズズーと音がなるとそれを乱暴に置く。

 詩織はまたジョーイを怒らせてしまったと思ったが、その原因がよくわからないでいた。気まずい思いを抱きながら静かに残りのハンバーガーを食べだした。

 その後は容姿のことには触れなかったが、どこかギクシャクしてしまい、しらけたムードのまま店を出た。

「キノちゃん、もし私のせいで嫌な思いさせてしまったらごめんね」

 詩織はなんとか取り繕うと素直に謝った。

「ううん、詩織さんは何も悪くない。私の方が雰囲気壊しちゃってごめんなさい」

「キノちゃん、なんて健気なの」

 詩織は感動したかのようにキノに抱きついた。

 キノは突然のことに当惑しながらも、それでも何かと構ってくれる詩織の優しさは心地よかった。

 詩織の裏表ない素直なところをまた見せられ、ジョーイも口には出さないもののこういう部分は好感を持てると、側で黙って見ていた。


 その後は詩織と別れて、またジョーイはキノと二人で駅のホームに向かう。

 二人っきりになることにはすでに慣れていたが、また会話の糸がプツリときれてお互い静かだった。

 電車を待っているとき、キノが遠くを見つめるような目をして独り言を呟くようにジョーイに話しかけた。

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