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ロストマーブルズ  作者: CoconaKid
第六章 近づく者、離れる者
27/62

 土曜日の朝、ジョーイは不機嫌なままの態度でトニーと駅に向かっていた。

「おい、いい加減に機嫌直してくれよ、ジョーイ。勝手なことして悪かったよ」

 ひたすら謝り続けるトニーだったが、ジョーイの機嫌が悪い原因はトニーの勝手な行動だけではなかった。

 複雑に入り組んでジョーイ自身、訳が分からなくなっている。

 お蔭でぐっすりと眠れず、さらに頭も痛かった。

「済んだことは仕方がない。もういいから、少し黙っていてくれないか」

 明らかにトニーに八つ当たりする、怒り口調だった。


 こういう事は初めてではない。

 ジョーイの悪い癖だといつもは割り切るトニーだったが、自分ばかりが機嫌を伺うことに辟易してきた。

 自分に非がある場合、特に容赦なく噛み付いてくるジョーイの不遜な態度。

 普段であっても、機嫌が悪ければ、露骨に蔑ろにしてくるだけに、絶えず上下関係を見せられ、トニーは耐えられなくなってきた。


「あのさ、俺が悪いのは分かってるけど、ジョーイは常に自分主義だよな。少しは立場の弱い者のことも考えてくれ」

「立場が弱いってどういうことだよ。トニーは俺以上になんでも好きなことやってるじゃないか」

「ジョーイが思ってるほど、俺はそんなに自由じゃねぇーよ」

「なんだよ、今度は逆切れかよ」


 トニーは口をぎゅっと閉じて黙り込んでしまった。

 そしてその後一言も発せずに学校まで来てしまう。

 学校に着けば、トニーは知ってる顔を見る度に笑顔になって挨拶をしだした。

 まるでジョーイなどもう知らないというばかりに、あからさまに見せ付けるようだった。

 ジョーイも意地を張ってしまい、ふんと、わざとらしく苛ついている態度を取ってしまう。

 そんなときにシアーズに会うから、益々ふてくされてしまった。

「(ジョーイ、今日も居残りしたいのか)」

 それはごめんだとばかりにわざとらしく「グッドモーニング」と日本語の発音でバカ丁寧に答えていた。

 シアーズは頭を左右に振り呆れていた。


 この日は昼までに授業が終わり、いつもならジョーイはトニーとどこかで腹ごしらえするのだが、トニーは理由も告げずに一人でどこかへ行ってしまった。

 英語教師の白鷺眞子絡みの野暮な用事にも思えたが、理由を言わずにプイと去っていくのは、珍しかった。

 やはりトニーも自分に対して、気に入らない態度を示しているのが伝わってくる。

「勝手にしろ」

 ジョーイもそんな態度を取るトニーに、またモヤモヤしてしまった。

 いつもなら笑って受け流し、常に折れてジョーイを立てては機嫌を取ってくるだけに、トニーの反抗は堪えるものがあった。

 自分もそれに甘えすぎて、トニーの事をおろそかに扱っていたことに少なからずとも気がついた。

 シアーズにも態度が悪いと言われるが、トニーも我慢の限界にきているのかもしれない。

 ジョーイはそれでも悔い改めることなく、意地を張って、売られた喧嘩を買うようにふてぶてしく教室から出て行った。

「腹減った」

 ジョーイがお腹を押さえ、校門を出ようとしたときだった。

 「ジョーイ」と後ろから呼ぶものがいた。

 振り返ればそこにキノが立っている。

 「キノ!」

 思わず名前を呼ぶが、不意をつかれてジョーイはまた慌てふためいた。

 どちらも気まずく、その後の言葉が掛けにくかった。

「あ、あの」

 キノが話し出すと、ジョーイは緊張のあまり喉の奥から声が反射した。

「昨日はその、誘ってくれたのに会えなくてごめんなさい。あの、用事があって来れなかったんです」

「いや、俺もそのちょっと用事ができてかなり遅れてしまって、てっきりもう先に帰ったかと思って」

 また二人は黙ってしまった。

「あの、それじゃ私これで」

 居心地が悪かったのか、その場から逃げ出したかったのか、キノが去ろうとする。

「待てよ。どうせ帰るところ同じだろ。一緒に帰らないか……」

 キノも驚いていたが、ジョーイ自身も自分が誘ったことが信じられないとばかり、焦ってもじもじと落ち着かない。

 暫くどうしようかと悩んだ顔つきになりながらも、キノは決心したように「は、はい」と、どもって返事をした。

 スムーズに事が運びながら、ジョーイはその成り行きに驚いてしまう。

 やっと二人して話ができるというのに、そしてずっとこの時を待っていたのに、肩を一緒に並べて歩いても、ジョーイの口から言葉が思うように出ない。

 このままではいけないとばかりに、無理をして腹にぐっと力を入れて声を絞り出した。

「あのさ、前から色々聞きたい事があったんだけど、その……」

 あれだけ知りたいことが色々あっても、質問が纏まらない。

「な、なんですか」

 キノもまた何を聞かれるのかとおどおどしている。

 ジョーイはとにかくまず犬の事から話し出した。

「犬飼ってるのか?」

「は、はい」

「その犬、盲導犬なのか?」

「はい、一応。でもなんで知ってるんですか?」

「訓練中って服をつけたその犬をキノが連れてるところ見たことあるんだ。でもなんでキノが盲導犬世話してんだ?」

「色々と事情がありまして、今預かってるだけです」

「事情って?」

「それはプライベートなことなので……」

 キノは言いにくそうに下を向く。

「ああ、すまない」

「でもどうしてそんなことを訊くの?」

「いや、そのコンビニ強盗があっただろ。あの時の犬が……」

 ジョーイが言い終わる前にキノは言葉を遮り、はぐらかそうと必死になった。

「それ、他の人にもいわれましたが、私の犬とは関係ありません」

 キノにきっぱりと言い切られ、ジョーイは「えっ」と声を出した。

 実際自分は一部始終を見ていた。

 彼女の嘘は明白なのは分かっていたが、こうもはっきりと否定されると自分の見たものが信じられなくなってくる。

「だけど俺、キノがコンビニに犬と入るところ見てたんだ。その後あの事件が起こった。どうして嘘をつくんだ」

 ジョーイは不信感を募らせた。

「ジョーイもどうして私にそんなこと聞くの? それを知ってどうなるというの? ただの好奇心だけで色々と聞かれるのは迷惑だわ」

 キノも気分を害した言い方だった。二人の間に気まずい空気が流れていく。

 それならばと売り言葉に買い言葉でジョーイは思ったことを勢いでぶちまけてしまう。

「詩織を痴漢から助けたことも、あれもキノが分かっててやったことだろう。他にも何かと事件に関わって色々とやってるんだろ。なぜ隠そうとするんだ」

「何がいいたいの?」

「だから、どうしてそんなことをするんだ。それに君は他にも人に言えないことがあるんじゃないのか」

 キノはジョーイの顔を思わず見つめた。

 どこか挑戦するような厳しい目つきが眼鏡のレンズから覗いている。

 そしてゆっくりとジョーイに問い質した。

「それじゃ私が人に言えないことって何?」

「えっ、それはその、キノが有名な人物とか」

「有名な人物? なんの話? ジョーイは何か勘違いしてるんじゃないの」

「じゃあ、ミラ・カールトンって知ってるか?」

「ミラ・カールトン? 知らないわ」

「キノ自身がミラ・カールトンじゃないのか? ハリウッド女優の。そしてお忍びで日本に来ている。そこでいろんな事件に巻き込まれて、素性がばれるのを恐れて色々と誤魔化している」

「えっ?」

 一瞬、何が起こっているのかわからなかったが、キノは大いに笑い出した。

「ジョーイ、申し訳ないけどあなたの空想にはついていけない」

「空想? 違う! 君は嘘をついている。少なくともコンビニ事件のことは俺は確かにこの目で見ていた。どうして嘘をつくんだ」

 笑われたことで少しむっとムキになり、白黒はっきりさせないと収まらないくらいジョーイは責め立ててしまった。

 キノはジョーイの声を荒げた態度に少し考えるしぐさを見せた。どこか迷いを生じながらも穏やかに口を開く。

「ジョーイ、ここまで話がややこしくなっているのなら正直に言うわ」

 ジョーイはまた息を呑むようにキノを見つめた。


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