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ロストマーブルズ  作者: CoconaKid
第三章 アスカに惑わされて
15/62

「いろいろなことが起こりすぎだ」

 ジョーイは愚痴を心に収めて置けなくなるほど、ポロっとこぼしてしまう。

 荒波に飲まれて、さらに渦に引き込まれたような気分で、ぐるぐるめまぐるしい。

 そのうち大きな鯨が現れて飲み込まれるんじゃないかと、まだ何か起こりそうな予感までしていた。

 どっと疲れて、足を引きずるように気だるく歩いてしまう程だった。

 駅のホームへ続く階段を降りれば、金髪の頭が目立つトニーの姿を見つけた。

 通勤、通学ラッシュで人がホームに溢れていても、あの髪の色のお蔭ですぐに目に付いた。

 まだ向こうはジョーイに気がついてないので、混雑している乗客を隠れ蓑に、後ろからそっと近づいて驚かせてやろうと、ジョーイは邪悪に近づく。

 ちょうどそのいたずらを仕掛ける一歩手前で、突然トニーのスマートフォーンが鳴り、腰を折られてしまった。

 トニーが通話をしている間、ジョーイは仕方がないと黙ってチャンスを伺っていた。

 電話に気を取られ、近くにジョーイがいることにまだ気がついていないトニーは、英語で誰にも気兼ねなく会話をしている。

 ジョーイは知らずとトニーの話を盗み聞きしてしまった。

「(はい。今帰る途中で、電車を待ってるところです。ジョーイは先に家に帰ってます。……はい。わかってます。大丈夫です。……別に不審な動きはありません。……はい、わかりました。そのときはすぐに報告します)」

 トニーのいつになくまじめな態度。

 そして意味ありげな会話。

 ジョーイは聞いてしまったことを後悔した。

 ジョーイはトニーに近づくのを止め、違う車両の位置へと向かった。

 トニーと話していた人物は一体誰だ。

 内容からしてジョーイの存在のことも知っている。

 そして不審な動きという謎めいた言葉が心をざわつかせる。

 トニーは一体誰と何の話をしていたのだろう。

 まさに今まで見たこともない一面だった。

 電車が自分の駅に着いたとき、ジョーイはトニーが先に改札口を出るのを確認してから、少し間を置いて自分も改札口を出る。

 そして電話の内容を盗み聞きしてしまったことを忘れようと、首を横に数回振ってから駆け出した。

「おい、トニー。お前も今の電車だったのか?」

 白々しく聞こえる自分の声に冷や冷やしながら、ジョーイは声をかけた。

「なんだ、ジョーイ、まだ家に帰ってなかったのか。今まで何してたんだ」

「いや、ちょっと知り合いに会って一緒にコーヒー飲んでた」

 嘘もつけないと思って正直に言ったが、正直に言い過ぎてもトニーの好奇心は交わせない。

 案の定、相手は女かとか、普段そんなことしない癖に何があったなどとしつこく聞かれて、詩織と初めて出会った前日の話やキノの痴漢撃退のこと、そして詩織に偶然出会って聞いたキノの話のことを全て話す羽目になった。

「ほんとか。キノって次から次へと不思議な行動してくれるもんだな。やはりあれは計算されたことなんだろうか。それにしてもジョーイがそんな行動を起こすのも珍しいじゃないか。他にもなんかきっかけになったことがあるんじゃないの?」

 まさにまだアスカの記憶のことがあったが、それは誰にも言うつもりはなかった。

 しかし、トニーは洞察力が鋭い。

 ジョーイはそれをかわすために話をコンビニ事件に戻した。

「そんなことよりも、とにかく、やっぱり昨日のコンビニ事件は偶然じゃなかったってことだよ」

「そうだな、だったら今からコンビニの店長さんに直接話を聞きにいこうぜ。何かわかるかもしれない」

 二人の足はコンビニへと向かった。


 店内は適度に客が入って、まばらに人が散らばっていた。

 レジはアルバイトの女の子が任され、店長らしき男性は奥のドリンク売り場で補充をしていた。

 ちょうど店長がしゃがんでいたとき、二人の影が店長の手元を覆った。

 顔を上げた店長は、そこに外国人がいたので少し動揺するが、すくっと立ち上がり、立場をわきまえて笑顔を向けて接客しだした。

「えーっと、何かお探しですか?」

 店長は中肉中背で温和な雰囲気を持っていたので、声が掛け易かった。

 トニーが人懐こい笑顔を見せたことで店長も安心したのか、前日の事件のことを訊いてもいやな顔せず話してくれた。

「あれはびっくりしましてね。でもなぜか犬が突然犯人を襲ったのでお陰で私も隙をついて取り押さえることができました」

「サングラスを掛けた女の子のこと覚えてませんか?」

 トニーが聞いた。

「ああ、覚えてます。詳しくはわからないんですが、多分目の不自由な方だったんじゃないでしょうか。あの犬も盲導犬と思ったんですけど、運悪く強盗がいる ときに入って来たために、強盗も来るなと叫んだんですよ。彼女は多分何が起こったんだかわからなくて怯えたんだと思います。それで犬のリードを手放してし まったんでしょうね。そして、犬の名前を必死に叫んでました。犬もそれで異変を感じて、パニックを起こしてああなっちゃったんじゃないでしょうか。結果的 にはすごく助かりましたけど」

 トニーもジョーイも店長の話をおとなしく聞いていたが、確信するようにお互い顔を見合わせて合図を打っていた。

「それで、彼女は犬をなんと呼んでましたか」

「えっと、なんか目の手術の名前みたいな。レーシック? いや、ちょっと違うな。あっ、そうだシックレー、シックレーって感じに聞こえました」

「シックレー?」

「何度もそう呼んでたら、犬が強盗の足を噛んだんです」

 二人ははっとした。

 知りたいことがわかったとばかりに、二人は丁寧に礼をいい、目の前のペットボトルのドリンクを義理堅く二つとって、レジに向かった。

 そしてお金を払って外に出て、二人はおもむろにドリンクを飲みだした。

「おい、これで決まりだな」

 トニーがそういうと、ジョーイは「ああ」と頷く。

「やっぱりキノは強盗がいると分かっていてわざとああいう行動を起こしたってことになるな。店長が聞いたシックレーっていうのは『Sic legs』のことだろう。犬をけしかけるときに、使う言い回し。すなわち、『足を噛め!』 って命令をキノは出していた」

 トニーが言いたいことを言い終わるとまたボトルに口をつけた。

「あいつ、やっぱり考えて行動していた。そうすると俺が詩織から聞いた話も全てキノが分かっていてやったことになる」

 ジョーイは制服の背広のポケットに入れていたビー玉を取り出し、それを眺めた。

「どうした、ジョーイ? まだなんかあるのか」

 トニーに声を掛けられて、慌ててまたビー玉をポケットにしまいこむ。

 そして首を横に振った。

 トニーはその様子を怪しげに見ていたが、何も言わずにドリンクを飲み続けた。

 ジョーイはどこか落ち着かず、目の前の道路を走る車に視線を向けていた。

 キノが起こした行動が全て計算されたものなら、このビー玉をばら撒いたのもわざとだってことになってしまうのか? 

 だったらそれはどういう意味があるんだ。

 それともこれだけは本当に偶然だったのか。

 ジョーイはまだ全てがはっきりしないと、少し自棄になってドリンクを喉に流し込んだ。

 それが空になると、ゴミ箱に荒々しく捨てた。

「さあ、トニー帰るぞ。とにかく夕飯の用意だ」

「今日もジョーイが作ってくれるんでしょ。ジョーイの料理最高だもん」

 ジョーイは媚を見せるトニーにふんと鼻から息を漏らし、踵を返して歩き出す。

 その後をトニーはへこへこついていく様子をみせたが、トニーの目は笑っていなかった。


 家に帰ってすぐ、ジョーイは夕食の支度にとりかかった。

 黙々と料理に精を出してるジョーイを尻目に、トニーはソファーで当たり前のように寛いで待っていた。

「キノには結局会わなかったけど、あいつに今度会ったらなんていうつもりだ?」

 だらけ切って伸びをしていたトニーが、欠伸まじりに質問する。

「さあ、どうだろう。俺たちがキノの行動を問いただしたところで、あいつはあっさりと認めないだろう。暫くは知らない振りして様子見てみようと思う」

 ジョーイは頭の中でキノ姿をイメージしていた。

 顔に似合わない黒ぶちのメガネをかけておしゃれ気もないような地味な風貌。

 そして大人しそうでおどおどとした態度。

 顔はハーフでかわいい部類なのにそれを殺しているようだ。

 トニーも奇妙だと言いたげな表情をして腕を組んで顔をしかめていた。

「でも行く先々でなんか人助けしてるもんだ。別に隠すことでもないと思うんだけど。そういう場面によく出くわすよな、常に周りのことよく見てないと気づかないもんだぜ。あいつドジそうで冴えないように見えるだけに、計算して動いてるなんてまだ信じられないや」

「ちょっと待った」

 ジョーイはパっと何かが閃き手元が止まった。

 料理をほっぽり出し、興奮した様子でトニーに近寄った。

「どうしたジョーイ?」

「トニー、今、なんて言った?」

「えっ、キノは困った人によく出会って助けたって言ったけど」

「違う、その後に、ドジで冴えないように見えるだけにああいう行動を起こすのが信じられないって言ったよな」

「ああ、言ったけど、それが何か?」

「そこだよ。彼女の狙いは」

「はっ? 何の話」

「つまり、わざとそういうドジで冴えないふりをしてるんだ。それもキノの計算された行動だ。あの黒ぶちのメガネだって、普通年頃の女子高生があんなの掛けるか? まるで、ほらあれだ、あれ。クラーク・ケント!」

「それって、スーパーマンの仮の姿の? って、おい、キノはスーパーガールか? 彼女の目的はこの町の平和を守りに来たスーパーヒーローなのか?」

「そこまでいうつもりはなかったけど、何か訳があって地味に暮らしているはずが、目の前で事件が起こってしまってそれを無視できないために、最小限に目立たないように手助けしたんだよ」

「なかなか面白い話だけど、考えすぎなんじゃないか?」

「いや、そう考えればなんか辻褄が合うじゃないか」

「じゃあ、キノはなんでわざわざ目立たない地味な生活をしないといけないんだ?」

「それは……」

 ジョーイは自分なりに考える。

 あのビー玉がもし彼女の俺へのメッセージだったとしたら──。

 ジョーイはどうしてもアスカがキノで、こっそりと自分の様子を見に戻ってきたと思えてきた。

 しかし根拠は何もない。

 ただの自分の思い込みに過ぎない。

 それをトニーに話そうとしても自分の過去のことを一から話す羽目になってしまう。

 それもできない。

 ジョーイは「うーん」と悶えるように目を閉じて悩みこんでいた。

「おい、なんか焦げ臭いぞ」

 トニーの一言で、ジョーイははっとする。

 ガスコンロを見れば黒い煙がボーボー出ていた。

「オーマイーガッ」

 ジョーイは走り慌てて火を止めた。

 ブスブスとフライパンの中は焦げ付き、中の物は真っ黒でいかにもまずそうだった。

 トニーも後ろから覗き込む。

 暫く沈黙が続いた。

「今日は外食しようか」

 ジョーイが苦笑いになると「グッドアイデア」とトニーは慰めるようにジョーイの肩を軽く叩いた。

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