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ロストマーブルズ  作者: CoconaKid
第三章 アスカに惑わされて
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「ごめん、ちょっとだけ待っててくれる?」

 詩織は席をはずした。

 待たされている間、ジョーイは深く椅子に腰を下ろし、頬に手をあて、テーブルに肘をついた。

 首を突っ込めば突っ込むほどいろいろとキノの事が飛び出してくる。

 何一つ理解不能で、キノが自分の周りを掻き回しているように思えた。

 深入りしない方がいいのだろうか、それとも気の済むまで知りたいことを追求すべきなのか。

 ジョーイは、無意識に空になったカップを持ち上げまた飲もうとするが、液体が口元を濡らさないことに気がついて、チェっと舌打ちをしてしまった。

「お待たせ。えっとどこからだっけ」

 詩織が戻ってくると、ジョーイは姿勢を正した。

「他に誰がキノのことを聞いてきたんだ?」

「あっ、そうそう。えっと、一人は……」

「えっ、複数いるのか」

「うん。だからジョーイがキノちゃんのことを聞いてきたから、いろんなところで彼女はなんかやってるなって思ったのよ」

「それで?」

「まず一人目は、私のクラスの一番の秀才君。篠原良平っていうんだけど、たまたま痴漢に遭ったときの話をクラスで友達としてたとき、キノちゃんの特徴のこ と話してたの。あの子、ハーフでかわいいのに、似合わない黒ぶちのメガネかけてるでしょ。そのことについて話してるとき、篠原君が声を掛けてきたの。なん でも以前にそういう女の子を公園で見掛けた事があったんだって。ラブラドールの犬も一緒にいたって言ってた」

 ラブラドール犬の話が飛び出て、まさにキノの事だとジョーイは思った。はっと目が見開く。

「その時、ほろ酔い加減のサラリーマンが、歩いてたらしいんだけど、ほらあれ、親父狩りっていうの? ガラの悪そうな二人の男子学生が絡んだんだって。そ れで篠原君はどうしようかと思ったとき、キノちゃんが犬を追いかけるように走ってきて『うわ、皆さん逃げて、その犬噛みます』って叫んでたらしいの。

 そしてなんとほんとに噛んだの。サラリーマンの方の足をよ! サラリーマンの方がびっくりして悲鳴を上げたんだって。そして噛んだ後、歯をむき出しにし て今度は学生の方に威嚇したの。それが効いたのか、学生たちは一目散に逃げていったんだって。犬もある程度追いかけて、その後戻ってきたんだけど、凶暴さ は全くなくなっていて、大人しくなってたの。

 サラリーマンも別に噛まれた怪我はなく、却って怪我の功名みたいで、助かったってキノちゃんにお礼を言ってたんだって。キノちゃんはそのとき犬が噛んだからひたすら謝っていたそうだけどね。

 篠原君にしてみると、それがどうしてもキノちゃんがわざとそう仕向けたように思えて不思議な子だなって思ったらしく、私の痴漢の話を耳にしてそれが自分が見た女の子と被るところがあったから私に聞いてきたという訳」

 ジョーイは知らぬ間に口を開けて驚いていた。 

「それで、他には?」

「もう一人は、その痴漢の疑いをかけてしまった人。渋川カオル……」

 詩織は言い辛そうにしていた。

「痴漢本人の登場か」

「でも、あれは証拠がなかったし、まだそうだとは決め付けられない。だから事件の後、暫くして渋川君が私にキノちゃんのことを尋ねてきたときはどういう意図があったのか全くわからなかった。聞かれても、私は話をしたくなくて無視をしたけどね。そして三人目がジョーイだった。これで満足かしら」

「あ、ああ。ありがとう」

「ねぇ、あなたはどんな不思議なことをされたの?」

「俺は、その…… なんていうのか、あいつ危なっかしくて放っておけないって言うのか」

 あまり詳しいことを話すのをジョーイは躊躇った。

 しかし放って置けないという言葉が、詩織の理解をどんぴしゃりと得る。

「うんうん、わかるわかる。その気持ち。前にも言ったけどキノちゃんみてたら妹みたいに思えて。私も放っておけないんだ。実際キノちゃんみたいな妹がいるんだけどね。ほんとにハーフなんだ。うち、両親が離婚しててね、私は父に引き取られたんだけど、母親はその後アメリカ人と再婚しちゃったの。それで妹が生まれたんだけど、子供の時に一度会っただけで、もう何年も会ってなくてさ、だからキノちゃんとつい重ねて見ちゃうの。年も同じくらいだし」

「なんか深い事情がありそうだな」

「うん、妹の名前はアスカっていうんだけど……」

「えっ? アスカっ!?」

「えっ、どうかした?」

「いや、別に、それでどうしたんだ」

「うん、小さいときに事故に巻き込まれちゃってね、その原因を作ってしまったのが私なんだ。幸い怪我は軽かったんだけど、でも良心の呵責はずっと感じたまま。だからキノちゃんを見るとアスカを思い出して本当に放っておけなくなっちゃうんだ」

 ジョーイの血液は波打つように騒がしくなり、急に心臓が激しく高鳴っていた。

 アスカの名前を何度も耳にして、キノを見て他にも同じ名前のアスカを思い出す者の出現。

 キノの不可解な行動も拍車をかけて、ジョーイは過去の記憶と現在の出来事が混ぜ合わさって何を明確にすべきなのか混乱していった。

「そっか、大変だな。でもキノと君の妹のアスカは別人だ」

 ジョーイはまるで自分にも言い聞かせているようだった。

「わかってる。でも人は気になる過去の記憶をすり替えようと今の状況に置き換えて解決したいって思うことってないかな」

 ジョーイは詩織の言葉にどきりとした。

「そうだな。あるかもな」

 なぜかぐっと手足に力が入る。

「詩織、今日はいろいろと話させちまって悪かったな。でもありがとう」

「へー、ジョーイは律儀でもあるんだ。そういう面も見ちゃうと益々心惹かれちゃう」

「あのさ、何度も言うけど、俺はそういうの……」とジョーイが言いかけたとき詩織が声色を使って後を続けた。

「……興味ないから、だって俺は男の方に興味あるから」

「おいっ、何を言うんだよ! いい加減にしろ」

 ジョーイは冷たい目つきで詩織を睨んでいた。

「ごめん! 悪気はなかったんだ。でも本気で怒ったってことはやっぱり違うってことだね。よかった」

「どういうつもりだ」

「確かめたかったんだ。ジョーイほどかっこいい人なのにあなたは全く女性に興味なさそうだし、それに彼女の一人もいないなんておかしいもん。誰か好きな人でもいるの?」

「そんなのいねーよ」

「じゃあ、過去に忘れられない人がいてそれを今も引きずっているとか」

「うるさいな。俺もう帰る」

 ジョーイは無性に苛立ちを覚えていた。

 言われたくないことを言われると過剰に反応するかのように、ドクドクと血が体の中で慌てふためいて流れている。

 席を立ち上がり、空のカップを持って力強くゴミ箱に捨てて店を出た。

「待ってよ、ジョーイ。私、度が過ぎたね、本当にごめん」

 ジョーイは立ち止まり、息を整えてから振り返った。

「もういいよ。俺の話に付き合ってくれたし、それに、俺に喧嘩を吹っかけてきた女も今までいなかったってことで、その記念に許してやるよ」

「よかった。ついでにその記念として、私を彼女候補の一人として考えてほしいな」

「懲りない奴だな。馬鹿も休み休み言え」

「私、本気だよ。実はさジョーイのことずっと前から好きだったんだ。あはっ! やっと言えたっ! さあて、言いたいこと言ったから今日はこれで帰る。それじゃまたね」

 詩織は微笑み、踵を返してさっさと人ごみの中に紛れて行った。

 何が起こったんだとばかりに、ジョーイは立ったまま意識が飛んだ気分だった。

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