No.1とOnly 1と
大人とは?という質問に応えるなら、と仮想した自分の解答をテーマに据えて文章にしたものです。
春がもうすぐ訪れる季節、今日僕は高校を卒業する。式を終え、最後のHRだ。
多すぎて体育館では対応し切れなかった有象無象の卒業証書を教室で、来賓も保護者もいない中、テストを返すような流れ作業で処理する。高校となれば生徒の数が多い。中学の頃は、朝来て用事に廊下へ出れば、通りすがる奴、すれ違う子、全部知り合いで、「おはよう」と言い疲れるくらいだったのに。その習慣はほぼ全ての元・中学生から高校生活最初の数週間で断絶し、余程仲のよい人物とすれ違いでもしない限り、クラスメートであってもわざわざ「おはよう」と朝から発声と滑舌を確認したいとは思わなくなった。
大学へ行けば、もっと酷くなるのかもしれない。袖すり合うも他生の縁とは言え、結局それは前世でも袖をすりあわす程度の関係でしかなかった、ということなのかもしれない。畢竟、社会で生きるということは、コミュニティの中に十分妥当な自らのアイデンティティを確立することだ。そういうことを、高校生ともなれば『他人に気を遣うことを覚えるかわりに、他人を気遣うことを忘れていく』などと言葉遊びでくらいには捉えられるようにもなる。
担任は少し涙ぐみ、クラスもなんだかしんみりしていた。女子の一部は泣き伏せて、肩を寄せ合っている。僕も顔をすこし伏せがちにし、目を細めている。
担任は最後の授業と言って、自らの人生訓のようなものを教えるつもりのようだった。
「鈴木、お前、No.1とOnly 1。どっちがいい」
「お、オレっすか?やーやっぱ、Only 1でいいんじゃないですかね?別に一番でなくても、オレはオレ、みたいな?」
あいつ誰だったか、いつか数学で赤点をとって泣いたことのある奴だったか、いや、それはあいつの後ろの奴か。なにしろ、あいつが鈴木なのか、とおぼろげだったクラスメートの顔と名前で遊ぶ。
「佐藤、なにかいいたどうだな?」
「私はやっぱり一番の方が気持ちいと思います」
「そんなんだから、戦争はやまないのですよぉおぉお」
鈴木が茶化してヨーデルを唱ず。それに応えてクラスに温かい笑いがあがる。僕も「ははっ」と笑っておく。佐藤さんは知ってる。修学旅行で一緒だった。途中で公然たる秘密の別行動をとったから、集合の時しか一緒にはいなかったが、あの子がしきりに勧めるからサーターアンダギーを買ったんだ。
「じゃ、鈴木。No1のOnly 1とNo.2のOnly 1。どっちがいい」
先生は鈴木に言う。そして「みんなも考えてみてくれ」という。みんな思い思いに考えている様子だった。僕も再び俯き加減になって、目を瞑る。冗談めかして「給食費を盗ったのは誰だ」と呟き、微笑をかろうと思いついたが、さすがにそういう雰囲気ではないかもしれない。最後にみんなの気分をぶち壊せば、少なくとも今日の下校まで自分はみんなから不吉なものと見做されて見てみぬふりをされるかもしれない。その危険と、手に入るかもしれない笑いを秤にかけて、やっぱりやめよう、と思ったときだった。
「よし。で、鈴木、どう思う」
「えーーっとぉ・・・・・・いやーやっぱ関係ないっすわ。オレはどっちでもいいっす」
「じゃ、えっと高橋は」
「そう聞かれると・・・・・・No.1の方がいいです」
高橋も覚えている。いつか弁当をひっくり返したやつだ。あれには笑わせてもらった。しばらくの間のあだ名に「べんとー」を裏返して「とんべー」と命名したのは僕だ。今でも一部では遣われていることを僕は知っている。
「いいか。先生が言いたかったことはだ」
前置きを終わらせた先生が結論に入る。
「お前らは、自分の答えを求めて一生懸命考えたと思う。答えってことは、ゴールだ、ゴールにたどりつくってのはいわばNo.1になるってことと似てる。そしてお前たちは誰にも相談せずにゴールにたどりついた。だからそれはOnly 1だ」
欠伸しそうになって、唇がカサカサなことに気づく。
「鈴木、もしお前がさっきの答えを言う前に高橋の答えを聞いて、それにあわせてお前の答えを変えたりしたらだ。それは確かに高橋の答え、だからある意味でゴールであり、No.1だ。でも、もうそれはお前のNo.1じゃない」
唇が乾く。リップを塗りたい。右ポケットにあるんだけど。
「つまりだ。言い換えるとな。東大や京大ってのは、確かに世間様からすりゃゴールだ。No.1だよ。でもそれにつられてそれを選んでちゃ、それは誰かのNo.1かもしれないが、もうそれはお前たちのゴールじゃない。お前たちのOnly 1のNo.1じゃない」
なるほど。
「先生が言いたいことはだ、要はそういう誰かからの押し付けのNo.1に流されないで、お前らのOnly 1のNo.1を目指して欲しいってことだ。以上、号令」
「きおつけ」
「礼」
「「ありがとうございました」」
さようなら、と迷ったが、やはりここはそうだと思ったよ。「おい、帰ろうぜ」と言われて、仲のいい友人と教室を後にする。帰ったらジャンプを立ち読みして、それから荷造りしなきゃな。来年からの下宿先はもう決まっている。まさに希望に胸踊るというものだ。
「な、なぁ」と友達が急に立ち止まる。
「お、俺、山下に告ってくる!」
「はぁ」という僕に友達は必死な顔で喰らいつく。
「もし断られたら立ち直れねぇと思うんだよ。だからそん時は・・・・・・助けてくれ」
「うまくいったら?僕は放置?」
「ファミレス3品なんでも!」
仕方ないと応じて、ついていく。「やべー!やべーくらい緊張してる」という友人に、ちょっと待つように仕草で言って、右ポケットに手を入れる
「わりーちょっとリップ」
僕にも好きな人がいればなぁ
以下、仮にも表現する者として野暮ったいですが、ネタばらしです。
冒頭に全ての結論があります。
それを後の会話込みの文章でなぞらえた、という構成になっております。
担任の先生の言葉も僕自身の見解でありますが、それを淡白に温度差をもって聞く語り部の男の子の有様、それが「大人とは?」への解答となっております。
最後にもくどい様に、ある人物と語り部との温度差を描いたつもりです。不要だったかも。
・主人公の思考は常に自分のことばかり
・場や相手の空気を読み、そつなく振舞おうとする
・先生の台詞に熱がこもるほど、主人公の言葉は短い
などと言う点で、「大人とは、コミュニティの中で無難に立ち回りながらも、自分のことを優先的に推し進めていける人間である」ということを表現したつもりであります。
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