閉店間際、本を売りに来た女(2)
「今晩は。こんな時間に御免なさい…?」
女とは多少の距離があるのに、その色っぽい声はなんだか耳元で囁かれたように 耳にこびりついた。
それより、いくら外から背を向ける様に立っていたとは言え全く女の気配を感じなかった。足音さえ聞こえなかったのだ。
美しさと只者ではない空気を感じとって 杁夜は息を飲んだ。
そんな様子を見て、 女はクスクスと笑った。
「来ると思ってたよ。さあ中へどうぞ」 田辺さんは店内へ促した。
「えぇ、でも…もう閉店時間過ぎてるでしょ?ここで構わないわ。それより…」 女は目線を杁夜に向けた。
「可愛いコね…。バイト君?」
「あぁ、今日から新しく入った子だよ」 女は杁夜にニコリと笑ってこう言った。
「じゃあ、コッチの世界の事は知らないの?」
―コッチの世界って …?
「その顔じゃ知らないみたいね。…そうだわ、それじゃあこうしましょ!」
女がパキンと指を鳴らした。すると、いつの間にか彼女の手に一冊の緑色の本が 収まっていた。
「て、…手品ですか …?」
杁夜は驚いて言った。
「クスクス…。さあね? はい、コレ貴方にあげるわ」
そう言って杁夜に本を差し出した。
「え、…」
思わず田辺さんの顔を見る。
「いいよ、頂いときなさい。」
「はい…。有り難う御座います。」
そう言って両手で受け取り、頭を下げた。