月夜の晩
―9月中旬、といってもまだまだ残暑が 夏を引きずっている。まるで失恋したが 諦めきれず、新しい恋に手をつけることを躊躇う、女々しい 男のよう。
少しでも秋らしさが感じれたのは、夜べランダからカーテンを押し退けて部屋に入り込む風から秋の匂いがしたからだ。
夕陽が沈み、三日月が浮かぶ空。月明かりはある一室に射し込んで一人の女を照らしていた。
女は考え事をしているのか立ったまま腕を組み、俯いていて漆黒の長い髪がかかり顔は見えない。長い間そうしていたのだろう…テーブルの上のマグカップの中身は既に冷めてしまったのか湯気は見えない。
ふと、部屋の何処からか掠れた少女の声が聞こえた。
「…ご主人、どうなされたのですか?」
その声にゆっくりと 女は顔を上げる。
「今晩はお出掛けの 筈でしたよね…?」 心配そうに少女は続けた。
女はフッと笑うと口を開く。
「…えぇ。ちょっと 考え事してて遅くなってしまったわね。 今日はアナタも連れていくわ。」
「えっ!…は、初めてですね、ご主人と一緒にお出掛けなんて。」
びっくりしたように 少女は言う。
「あら、いや…?」 「いえ、とっても嬉しいです!」
「そう…、じゃあそろそろ行きましょうか。月が隠れちゃう 」
女は本を抱えて部屋を出る。
―ガチャリ。
ドアが閉まる音が
誰もいなくなった空間に静かに響いた。