立憲民主党のホープ
掲載日:2026/10/07
元民主党衆院議員の筒井信隆さんが81歳で亡くなった。
そのため、立憲民主党が、旧民主党時代の1997年から党本部を構えた東京・永田町の「三宅坂ビル」から、一部を残し退去すると公表した。
党勢低迷が続く立憲民主党にとってさらなる痛手といえる。それほどの人材であった。
筒井 信隆は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員(5期)、農林水産副大臣などを歴任した。
筒井さんは55年体制の崩壊前夜と言える90年衆院選で初当選する。
中選挙区の新潟4区で社会党公認だった。党内では「二度と出ないタマ」と証され、自民党陣営からも「こちらで欲しい人材」と評価されるほどの人材であった。
新人でありながら社会党の現実路線への転換を図る「93年宣言」の起草に携る。党内ニューウエーブの会事務局長として税制改革案を練り上げ、党派を超えた政策集団シリウスの中核メンバーにも名を連ねる。
改革派のホープと目されたが、党内の路線対立などが影響し2度の落選を味わう。このうち小選挙区制が導入された96年衆院選は無所属で挑み、全国最多得票の落選者となる憂き目を見た
民主党公認となった2000年から4期連続で新潟6区を制し、政権交代への力となった。農政と環境問題に心血を注ぎ、1年8カ月にわたり農水副大臣を務めた。




