第6話:食欲とは正にこれ
辺境都市ゼノスに来てから、数週間が経った。
異世界での生活も、ギルドでの仕事も、驚くほどすんなりと体に馴染んできている。
今日は久しぶりの休日。僕はアルテアを連れて、活気あふれる街のメインストリートを歩いていた。
「……ねぇ、アルテア。前から気になってたんだけどさ」
ふと、相変わらず隣をふわふわしている彼女に問いかける。
「アルテアって、食事とかするの?」
この一週間の共同生活で、彼女が着替えたり、お風呂(メンテナンス?)に入ったりするのは見てきた。でも、何かを口にしている姿だけは、一度も見たことがない。
「私は、生命活動のために食物から栄養素を摂取する必要はない。私の動力源は、供給される魔力。しかし、物質を口腔から取り込み、内部で処理することは可能だ」
なるほど。食べられるのか。
「じゃあ、味とか分かるの?」
「味覚センサーは実装されている。情報の優先順位は低いが、化学的解析は可能だ」
なるほど。そこまで言うなら、試してみる価値はあるかもしれない。
僕はちょうど通りかかった、香ばしい匂いが漂うカフェを見つけて足を止めた。
「ちょっと寄っていこう。ちょうどお腹も空いてきたしね」
店に入り、テラス席へ。ウェイトレスのお姉さんがやってきたので、僕はメニューを指差した。
「ええと、ホットコーヒーと……。あと、このクレープを2つお願いします」
「かしこまりました!少々お待ちくださいね」
お姉さんはそそくさと奥へ消えていった。
料理を待つ間、僕はテーブルの向かい側でじっとしているアルテアに、気になっていたことを聞いてみた。
「1000年前の……の時のこと、何か覚えてる?」
「……アクセスエラー。物理的に欠損している、あるいはサーバ側に保管されている。オフライン状態での呼び出しは不可能だ」
「そっか……。やっぱり、制限がかかってるのかな」
重い歴史を背負っているはずなのに、本人にはその自覚がない。
……僕だってそうだ。現代日本という、もっと未練があっても良さそうな場所から切り離されたのに、今はこの異世界の空気の方がしっくりきている。
(案外、僕にもなにか変化が起きた、あるいは起きているのかも)
「お待たせしました、クレープです!」
届いたのは、はちみつがたっぷりかかった、焼きたてのクレープ。
僕は一枚を自分の前に、もう一枚を彼女の前に置いた。
「これ、食べてみなよ。美味しいはずだから」
アルテアは不思議そうに皿の上の物体を眺めていたが、ナイフとフォークを器用に操作し切り取ると、それをふわふわと浮かせ、口に運ぶ。
「…………。む」
アルテアの動きが止まった。
無表情なはずの瞳が、わずかに見開かれる。
「これは。糖類の結晶と、焼き上げられた小麦の結合体。脳内報酬系の数値が、異常な上昇を検知」
彼女の手……じゃなくて、浮遊するフォークが加速した。
味わっているというよりは、高効率なシュレッダーに文書を放り込んでいるような勢いだ。
「コータ。他にはないのか」
「あ、あるよ。気に入ったんだな。すみませーん!」
僕は苦笑しながらウェイトレスさんを呼び戻し、追加で「はちみつのパンケーキ」を注文した。
届いた先から、彼女は次々に平らげていく。パンケーキ、ガレット、タルト……。
◇
一時間後。
店を出た僕の前で、アルテアが見たこともないほど「ポンポン」のお腹をして浮いていた。
「菓子という概念は、悪くない。非常に、効率的なエネルギーだ」
そのポンポンのお腹で無表情に言われると、正直ちょっと面白い。
「……でもアルテア、オートマタって消化できるの?その食べたもの、どうするのさ」
「容易だ。私は、摂取した化学エネルギーを直接魔力へと変換する。……プロセス、実行」
彼女が呟いた瞬間。
パンパンに膨らんでいたお腹が、みるみるうちに、元のぺったんこなラインに戻っていく。
「えぇ……。何それ。こわっ」
「糖類のエネルギー密度は意外と悪くない。固形物は、原子レベルで分解され、塵と化した」
排泄不要。なんて便利な身体なんだ、恐るべし神造生命。
でも、この食べっぷりを見ていると、僕の今の銀貨が恐ろしいスピードで溶けていく予感がする。
あまり彼女を食事に誘うのはやめよう。財布が持たない。
◇
自室に戻った僕は、昼下がりの柔らかな日差しの中、ソファで大きく欠伸をした。
「ふあぁ……。お腹いっぱいになると、眠くなるな……」
「アデノシンの蓄積か、コータ。脳機能の一時停止、いわゆる『睡眠』への移行準備と推測する」
「……よくわからないけど、たぶん、そう。せっかくの休日だし、昼寝でもしようかなって」
「睡眠。私は必要としないが、『睡眠』という行為によるデータの整理には興味がある。人格インターフェースには、睡眠プログラムも実装されている。可能だ。指示を」
指示されて寝る。やっぱりどこまでも機械的だなぁ。
「じゃあ、ベッドで昼寝しようか」
「了解」
アルテアは吸い込まれるようにベッドの上へふわりと着地し、ぽすん、と寝転んだ。
そして。
「すぅ……。すぅ……」
「はやっ!?」
一秒もかからずに寝息を立て始めた。
眠っていると、本当に普通の、美少女にしか見えない。
(……こうしてると、本当に綺麗なんだけどな)
僕は思わず、彼女の綺麗な銀髪に手を伸ばした。
そっと、そのさらさらした髪を撫でようとした、その瞬間。
パシィッ!!
「頭部への接触を検知。不審な干渉を排除……コータ?」
アルテアは飛び起きるなり、僕の手首をがしっと掴んでいた。
その瞳に眠気など微塵もなく、冷徹な光が灯っている。
「何故、私の頭部に触れようとした」
「いや、その……なんでもないよ、なんでも」
僕は赤くなった顔を背けて、無理やり自分の枕に顔を埋めた。
……まさか、寝ている女の子を撫でようとして捕まるとか、恥ずかしすぎる。
「状態異常を検知。コータ、顔面が紅潮している。熱暴走か?」
「うるさい。寝るんだよ!寝る!」
僕は背中を向けたまま、深いため息と共に、深い眠りへと落ちていった。
……隣で「はてな」を飛ばしている気配を感じながら。
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