第5話:光、消滅、御用心
僕は何やら、絡まれているらしい。
報告書を書き終えてペンを置いた瞬間、背後にどしん、と重い気配を感じた。
振り返ると、そこには身長190センチはありそうな、岩のような体格のゴツいお兄さんが立っていた。
その後ろには、対照的に身長150センチくらいの小柄な女の子が、申し訳なさそうに控えている。
「僕らになにか御用でしょうか」
とりあえず、一般人としての礼儀を持って接してみる。
だが、お兄さんは、鼻を鳴らして僕を見下ろした。
「お前だよ、そう、お前。……ひょろっとして情けねぇツラしてんな。なぁ、エレーナ?」
後ろの女の子に同意を求めるお兄さん。
エレーナと呼ばれた女の子は、顔を赤くしてバタバタと手を振った。
「もうっ、デリク!すぐに他の人に絡むのは恥ずかしいからやめてって言ってるでしょ!……あ、ごめんなさい、この人こういう性格なの」
エレーナちゃんは、僕に向かって深々と頭を下げた。いい子だ。
だが、デリクさんの方は止まらない。
「いいか、俺は執行者のデリクだ。ランクはB。この街のギルドで最も高いランクを誇る、最強の一角だぜ」
鼻高々に胸を張るデリクさん。
Bランク。以前のギルドで聞いた話によれば、Aランクが英雄級らしいので、この街では確かにトップクラスなんだろう。
「こっちのエレーナは、俺の監視者だ。共鳴率は、なんと驚異の70%。……わかるか?訓練を積んだエリート中のエリートってことだよ」
「はぁ、そうなんですね。すごい……」
僕は適当に相槌を打つ。
学生時代、こういう自慢話の多い先輩方には、ひたすら「すごい」と「勉強になります」の二単語で乗り切ってきた。
でも、僕の背中には、その「すごい」を軽く物理法則ごと捻り潰しかねない爆弾が控えている。
「消去するか、コータ」
案の定、アルテアが無機質な声で提案してきた。
指先が、微かにデリクさんの喉元を向いている。
「お願い、消去を人に使うのだけはやめて。本当にお願いだから」
僕は小声で彼女を宥める。こっちの胃が痛い。
「おい、そこの不気味な執行者。お前ら共同体のランクはなんだ?」
デリクさんがアルテアを睨みつける。
アルテアは一瞬、無視しようとしたが、僕の顔を見て口を開いた。
「……私、への質問か?」
「ああ、すみません。まだ測定中というか、昨日来たばかりで……」
僕が慌てて割り込むと、デリクさんは大爆笑した。
「ハハハ!測定すらまだの、文字通りのひよっこ共同体かよ!ギルドも平和になったもんだな、こんなガキと人形まで拾うなんてよ!」
「コータ。この男、私に明白な害意を向けている。消去を推奨する」
「生意気なお人形に教えてやろう。力がねぇ奴は、このギルドじゃ掃除番がお似合いだってな!」
デリクさんの勢いは止まらない。
エレーナちゃんが必死に裾を引っ張るが、聞く耳を持たない。
「おい、ちょっと外に出ろ。最強の『共同体』ってやつを、じっくり見せてやるよ」
◇
……というわけで、ギルドの裏手にある訓練場。
夕暮れの広場で、僕らとデリク組は対峙していた。
「ひよっこ共同体の君たちに、まずは俺たちの実力をわかってもらおうじゃないか」
デリクさんは右手を構え、鋭い視線でエレーナちゃんを振り返った。
アルテアはというと、相変わらずふわふわ浮きながら、興味深そうに二人を「観察」している。
「エレーナ、解放率は50%だ。一気にいくぞ!」
「ああ、もう……わかったから!後で職員さんに怒られるのは貴方なんだからね!……解放!」
エレーナちゃんが凛とした声で叫ぶと、彼女の身体から溢れ出した眩い魔力が、光の帯となってデリクさんへと流れ込んだ。
これが、この世界の「正しい戦い方」なのだ。監視者が門を開き、執行者の魔力が解放される。
「きたきたきたぁ!力が漲るぜぇ!!」
デリクさんの右手に、膨大な熱量が集約していく。
「いくぞ!『破壊』!!」
ドォォォォォン!!
爆発が起きた。
デリクさんが右手を訓練用の重厚な人形に叩きつけると、一帯が轟音と共に抉れ、巨大な穴が開いた。
巻き上がる爆炎と砂塵。
「……ねぇ、デリク。やりすぎだってば」
エレーナちゃんが溜息をつく。
魔法をよく知らない僕が見ても、今の威力は凄まじかった。
あんなのを生身で食らったら、文字通り消し炭だろう。
呆然としている僕を見て、デリクさんは満足げに上腕二頭筋を見せつける。
「これが、このギルド最強の執行者たる、俺の力だ。……わかったら、明日からは挨拶を欠かすなよ、新人ども」
「はぁ、わかりました……。すごいですね、本当に」
本当にすごいと思ったが、そんなことより…隣でじーっとその光景を見ているアルテアの方が気になる。
「魔力のバイパス経路に32個の不備を確認。解放による魔力昇圧効率13%、非効率な物理干渉」
アルテアが、指先でデリクさんがあけた穴を指差した。
「コータ。同じことをすればいいのか?」
「え、いや、同じことっていうか、もういいから……」
僕が止める間もなかった。
アルテアは無造作に指から光を放つ。
「――光」
彼女の指差した一点から、光線のような高エネルギーが撃ち出された直後。
ドォォォォォォォン!!
視界が真っ白になった。
デリクさんがあけた穴なんて、ただの小さな凹みにしか見えなくなるような、文字通りの『大穴』が訓練場に出現していた。
訓練用の人形どころか、背後の防壁まで数メートルにわたって壊滅している。
「「「…………」」」
僕も。デリクさんも。エレーナちゃんも。
全員が、声もなく立ち尽くしていた。
「出力、1%未満。物理的衝撃の模倣、消去ではなく光を実行した。コータ、成功か?」
「……。もう、いい、成功だよ、アルテア。もういいから行こう。……デリクさん、エレーナさん、なんかすみません……!!」
僕は慌てて、茫然自失としている二人に頭を下げながら、アルテアの腕を引っ張ってその場を後にした。
背後からは、絞り出すようなデリクさんの声が聞こえてきた。
「……おい。……あいつ、解放もなしに、あの威力を……?なんだよ、あれ」
「とりあえず……か、帰ろう、デリク。私たち、今、とんでもないものを見た気がする……」
◇
アパートへの帰り道。
夕闇の中、ふわふわと隣を泳ぐアルテアに、僕は深い溜息を吐いた。
「アルテア、次はもうちょっと手加減しようか。1%でも、とっても危ないから」
「了解、コータ」
「……それでもやりすぎな気がするけど……」
平和な生活への道は、まだまだ遠い。
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