第4話:圧倒的、ひたすら圧倒的パワーが消去し尽くす
「あ、ギルドからの呼び出しかな」
窓の外、小さな鳥がガラスを規則正しくつついていた。
この世界では、メッセージを運ぶ鳥(監視鳥と言うらしい)も魔法で動いているそうだ。
最初は驚いたけど、今ではすっかり見慣れた光景だ。人間、意外とどこでも順応できるものだ。
僕は、ギルドから提供された住居――日本のワンルームみたいな部屋で、ゆったりとした時間を過ごしていた。
昨日まで着ていた薄汚れたTシャツとジーンズはもう洗濯に回して、今は支給されたギルドの服……この世界の機能美に溢れた黒いシャツを着込んでいる。
手元の本には、1000年前の歴史が綴られていた。
「『神魔大戦で世界は一度崩壊した』……。これ、やっぱりアルテアがやったことなのかな?」
視線を上げると、相変わらずふわふわと空中に浮いている彼女がいた。
アルテアは何もすることがない時、日がな一日、こうして浮きながら何やら忙しなく空を指でなぞっている。
見ているこっちまで落ち着かない。
彼女も、見習い魔法使い用のブカブカのローブから着替えていた。
受付嬢のお姉さんから「これ、あの子に似合うと思うわよ」と貰った、シックな黒いワンピース。
銀髪と漆黒の対比が、彼女の人間離れした美しさをより際立たせている。
「行こうか、アルテア。仕事みたいだ」
「了解、コータ。……システム、戦闘モード起動」
「いや戦闘はまだだよ、っていうか戦闘かどうかもわかんないし」
相変わらずの短い返事。
僕らはアパートを出て、活気あふれるギルドへと向かった。
◇
「あっ、コータさん。依頼の件ですよね」
受付窓口へ行くと、お姉さんが手際よく一枚の羊皮紙を差し出してきた。
「内容は、『囁きの森』に出現した魔物の討伐です」
魔物…。
神魔大戦で崩壊した世界に突如現れた異形の存在。
「バンシーと呼ばれる下級霊ですね。魔力に当てられた者が幻聴を聞くことからその名がついたと言われています」
元の世界と同じ『バンシー』なら、実体のない霊体で、悲鳴を聞くと精神をやられる厄介なやつだ。
「アルテアさんの実力は前回の測定で存じ上げていますが、まだお二人は結成したてですから。まずは簡単な依頼で、ギルドの仕組みに慣れていただければと思います」
「わかりました。確かに、いきなりドラゴンとか言われても困りますし」
地図を確認すると、街から北へしばらく行った場所。
歩いても夜には帰ってこれそうな距離だ。
「よし、行こうか、アルテア!」
「了解、コータ」
ふわふわと僕の隣を付いてくるアルテア。
……そう。街に出て気づいたけど、この世界でも「常に浮いている」のはアルテアくらいだ。
いくら魔法が普及しているとはいえ、やはり彼女は、この世界の住人にとっても『異質』なんだな。
◇
街道を歩き、一時間ほどで目的の場所に到着した。
「ここが、『囁きの森』か……」
夕日に照らされているはずなのに、森の中はひんやりと冷たく、異様に暗い。
時折、風の音とは違う「さーっ……」という、誰かの囁きが聞こえてくる。
「……ターゲットを補足。前方、100メートル。識別名、バンシー」
アルテアが指差した先。
木の影から、ゆらりと半透明の「何か」が現れた。
ボロボロの布を纏い、顔のない頭部がこちらを向いた気がした。
……本物の幽霊、いや、魔物か。異世界に来た実感が、背筋の寒さと共にこみ上げてくる。
「消去する」
アルテアの指先に光が収束し、周囲の空間がビリビリと震え始める。
「待って!すぐ消去するのはやめて!ええと、出力を、そうだな……1%。……いや、1%未満、とにかく最小限で倒して!」
僕は慌てて彼女の肩を掴み、リミッターを意識する。
1%。これなら魔物だけをいい感じに倒してくれるはずだ……多分。
「了解。出力、1%未満で実行」
バンシーが僕たちに気づき、口のような穴を大きく開けて絶叫を上げようとした、その瞬間。
「消去」
アルテアの呟きと共に、世界が真っ白に塗りつぶされた。
…………。
まぶたの裏の残像が消え、おそるおそる目を開けた僕の前に広がっていたのは。
「……嘘でしょ」
バンシーがいた場所、そしてその背後の森が、半径数十メートルにわたって『円形に消失』していた。
地面は抉れ、巨大なクレーターのような跡が痛々しく残っている。
バンシーは叫ぶ暇も、塵になる暇もなく、存在そのものが消滅していた。
「1%で、これか……」
乾いた笑いしか出てこない。
「任務完了。システム、通常モードに移行。帰還するか、コータ?」
「……うん。帰ろう。もう、これ以上のびっくりは心臓に悪い」
◇
ギルドに戻ると、すでに街は夕闇に包まれていた。
「……はい。結果は監視鳥から届いています。完了、ですね……」
窓口で完了報告をしようとした僕を、受付のお姉さんが引きつった笑顔で迎えた。
……どうやら、あの「森の一部消滅事件」はリアルタイムでギルドにバレていたらしい。
「この報告書だけ書いていただければ、完了となります……。はい、これが今回の報酬です」
差し出された銀貨の袋を受け取る。意外といい金額だ。
隣でアルテアが、お姉さんの引きつった顔を、無機質な瞳でじーっと見つめている。
「あの個体、顔面の筋肉が不規則に振動している。再起動が必要か?」
「いや、やめなよ。お姉さん困ってるから!怖いんだよ、君のやったことが!」
「了解、コータ」
アルテアが視線を外すと、お姉さんが「ひっ」と短く息を呑んで、胸を撫で下ろした。
やれやれ、と溜息をつきながら、僕は備え付けの羊皮紙に報告書を書こうとした。
……その時だった。
「――おいおい。何だ、今の報告は」
背後から、低く、威圧的な声が響いた。
「おい、そこの監視者。新人の分際で、えらく調子に乗ってるじゃねえか」
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