第19話:激闘のトンネルが、狂気を孕む
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エテリス大陸南部、山脈の奥深くに口を開ける『アクアス遺跡』。
一歩足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような冷気と、澱んだ湿り気が僕たちを包み込んだ。
「……暗いな。何も見えない」
「灯、っと」
先頭を歩くジェシカさんが、無造作に手のひらをかざした。
次の瞬間、眩い光の玉が浮き上がり、墓場のように静まり返っていた空間を隅々まで照らし出した。
「な……なんだ、ここは?」
「全然違う雰囲気…。不思議なものがいっぱい……」
光に照らされたのは、苔むした岩肌ではなく、剥き出しのコンクリートのような無機質な壁だった。
埃を被った電光掲示板のような板、錆びついて原形を留めていない改札機のようなゲート……。現代日本の駅とは似て非なる、けれど確かに「駅」としての機能を備えていたであろう名残が、そこかしこに点在している。
もちろん、明かりが灯る様子はない。ここは1000年前に時間が止まった、死んだ鉄路だ。
「おい、少年。これを渡しておこう」
周りをきょろきょろと見渡していた僕の前に、ゼンさんが革袋から何かを取り出し、放り投げた。
「おっと!……ありがとうございます。これは?」
手の中に収まったのは、鈍く銀色の光を放つ金属の塊。
その形状は、僕の知っている「拳銃」に酷く似ていた。だが、銃身には複雑な模様が刻まれ、内部で微かな魔力が脈動しているのを感じる。
「セレスティアの技術とイグニスの軍事力が生んだ、最新の『魔導銃』ってやつだ。俺も詳しい構造は知らんし、興味もねェ」
なんとなく、教わったこともないのに僕はその銃を構えてみる。ずしりと重い。
「重いですね……」
「古代技術を解析して作られた、一部の人間のみが持つ代物だ。弾数は6発。引き金を引けば、圧縮された魔力の弾丸が飛ぶ。……いざとなったら、それで自分の身くらいは守るんだな」
言いながら、ゼンさんは気だるげに先へと進んでいく。
確かに、アルテアという『執行者』を失った今の僕は、Aランクの彼らから見ればお荷物でしかないんだろう。
「6発、か……。使わずに済むといいんだけど」
僕はその冷たい金属の感触を、少しだけ怖く感じながら腰のポーチに収めた。
◇
駅の構内――おそらくコンコースだった場所を歩いていると、奥の闇からカラカラ、という嫌な乾燥した音が響いてきた。
「お客さんの到着だ」
「いやっほう、やろうぜデリク!数を競うかい?」
二人は頼もしすぎる笑みを浮かべ、音のする方向へとのしのしと歩き出す。
やがて闇の中から姿を現したのは、全身の肉を失い、カタカタと顎を鳴らす骸骨――スケルトンの群れだった。
その数、ざっと二十体以上。
「「――解放だ」」
ジェシカさんとデリクさんが、同時に声を放つ。
「ちゃちゃっとやっちゃってくれよォ。20%ぐらいでいいかい」
「30%!デリク、行って!」
その瞬間、デリクさんとジェシカさんの身体が、暴風のような魔力の輝きに包まれた。
光が執行者二人に届くやいなや、文字通り「蹂躙」が始まった。
「うぉぉぉぉぉお!オラァッ!!」
デリクさんの拳が、襲い来るスケルトンの肋骨を粉々に砕く。一撃で三体を纏めて粉砕するその威力は、やはり桁違いだ。
「ひぃぃぃぃやっほう!」
一方、ジェシカさんの戦い方はさらに常軌を逸していた。
彼女は実体のない魔力の巨大な盾を出現させ、それを物理的な質量兵器として叩きつけながら、もう片方の手で生成した魔力の槍で次々と薙ぎ払っていく。
(……なんだこれ。魔法の使い方、絶対に間違ってると思う)
だが、倒しても倒しても、骨の破片は不思議な力で再び組み合わさり、スケルトンの形に戻っていく。
「チッ、手応えがねぇな! なんだこれ、不死身かよ!」
デリクさんがイラつきなから吐き捨てる。
「……ああ、面倒だがネクロマンサーがどこかに潜んでるなァ。そいつを叩かねえ限り、こいつらは無限に湧いてくるぞ」
「なら話は早い、正面突破だ!ぶっ潰しながら進むぜ!」
「おいジェシー、人の話は最後まで聞け……。ったく」
ため息をつくゼンさんを余所に、僕たちは激戦(というか一方的な破壊)の最中、下へと続く階段を見つけた。
ここが僕の予想通りの構造なら、この先には……。
「皆さん、こっちです! 階段の下に道があるはずです!」
「コータさん、わかるんですか……?」
「はい、なんとなく、ですが……」
「ここはボーイの感覚に任せようぜ!」
ジェシカさんの豪快な声に背中を押され、僕たちは階段の下、『プラットフォーム』へと降り立った。
「やっぱり……ここは古代文明の駅なんだ」
現代の地下鉄を、数十年分も未来へ進めたようなSFチック光景が広がっていた。
エレーナさんはその不思議な造形に目を丸くしている。
「駅……。セレスティアにも、魔導機関車が走ってるって聞いたことあるけど……。昔の人は、こんな地下を走らせていたの?」
「ええ、そのようです。ここを東へ進めば、国境を越えてイグニスへ入れるはずです」
線路の上を歩き始めると、あんなにしつこかったスケルトンたちが、不自然なほど静かになった。
「……おや、鳴りを潜めたな」
「あはは!私らにビビって逃げ出したんじゃないか?」
「だと、いいんですが……」
その時だった。
――ごごごごご……。
足元から、不気味な地響きが伝わってきた。
古いトンネル全体が激しく震え、天井からパラパラと砂埃が舞う。
「何か……聞こえませんか? 後ろです、後ろから何か来ます!」
振り返った僕たちの視界に、それは現れた。
何百、何千という骨がグロテスクに組み合わさり、高さ十メートルはあろうかという巨体を形成した『巨大スケルトン』。
そしてその頭部には、赤黒いローブを纏った呪術師――ネクロマンサーが、不気味に鎮座していた。
「よっし、ようやく大物のお出ましだ!私に任せろぉぉぉ!」
「はいはい、解放ね。……少し本気で行こうか、60%」
ゼンさんの合図とともに、ジェシカさんが跳躍した。
彼女が手にする魔力の槍が、目がくらむほどの眩さで巨大化していく。
「うぉぉぉぉ! 刺突――《ピアース》!!」
轟音とともに放たれた光の槍が、巨大スケルトンの胸部で大爆発を起こした。
凄まじい衝撃波。トンネルの壁が砕け、瓦礫が雨のように降り注ぐ。
「よっし、やったか……って、あれれれ?」
砂煙が晴れた先にあったのは、爆発のダメージなど欠片も感じさせず、瞬く間に骨を修復していく巨人の姿だった。
「ジェシカさん、下がって!やっぱり、ネクロマンサーを狙わないとダメみたい!」
しかし、巨大スケルトンはその長い腕を振り回し、僕たちが近づく隙を与えない。
あまりに全力の攻撃を加えれば、今度はトンネルそのものが崩落して、僕たちもろとも生き埋めになってしまう。
「不味いな。デリクとジェシーの戦い方は、ここでは派手すぎる。……逃げるかァ?」
「……いえ。皆さん、僕の合図に合わせて一回だけ動いてくれませんか」
走りながら、僕は必死で頭をフル回転させた。
「デリクさん! 出力を抑えて、ピンポイントで殴ることはできますか?」
「ああ、部分的な破壊ならお手の物だ」
「ジェシカさん、あの巨人を数秒……いえ、一瞬だけでいい。動きを拘束できますか?」
「……!なるほど、ボーイ。合点承知だ!」
巨大スケルトンが、その巨大な右拳を振り下ろした。
――今だ!
「ジェシカさん!!」
「うぉぉぉぉ!」
トンネルの天井から地面までを覆い尽くすほどの、巨大な魔力の盾が展開された。巨人の腕が、激しい衝撃音とともにその盾に押し留められ、動きが停止する。
「デリクさん、今です!頭を、ネクロマンサーごと粉砕してください!!」
「解放……50%!!」
エレーナさんの光を浴びたデリクさんが、弾かれたように跳躍した。
盾を足場にしてさらに高く飛び上がり、巨人の頭上へ。
「いっくぜぇぇぇ!破壊!!」
魔力を一点に凝縮した、最小で最大の拳。
巨大スケルトンの頭部が、その上にいたネクロマンサーごと、跡形もなく消滅した。
『ギャァァァァァァァァァァァァ……ッ!!』
ネクロマンサーの断末魔の叫びとともに、魔力の供給を断たれた骨たちが、雪崩のようにガラガラと崩れ落ちる。
「……やった」
「ヒュー、やるじゃねぇか、コータ!」
「ちぇーっ、私がとどめを刺したかったのに、ボーイはお節介焼きだな!」
口ではそう言いながらも、ジェシカさんは満足げに笑い、僕の頭をガシガシと撫でた。
「あっ、見てください。光が……」
線路のはるか先、暗闇のトンネルの終わりに、針の穴ほどの小さな光が見えた。 そこが、この遺跡の出口。
「あそこが……イグニス」
僕は腰にある魔導銃の重みを確かめながら、出口に向かって再び歩き出した。
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