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箱庭少女のロジック 〜かつて世界を滅ぼした最強のオートマタは僕の指示しか聞かないらしい〜  作者: 邑沢 迅
奪還編

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第17話:連綿と続く愚かな行為

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 深い眠りを切り裂くような、鋭い衝撃。

 窓ガラスを激しく叩く音に、僕は心臓を跳ねさせて飛び起きた。


「……っ、何だ!? 朝か?」


 窓の外、まだ白み始めたばかりの薄明の中で、一羽の鳥が狂ったようにガラスを叩き、くちばしを突き立てている。監視鳥バードだ。

 慌てて窓を開けると、鳥は僕の肩に乗り、不気味な声を発した。


『――緊急事態。2号、強奪。至急、ゼノスギルドへ急行サレタシ――』


「……喋った?」


 いや、驚くべきはそこじゃない。鳥の喉から漏れた、録音された音声を再生したような無機質な言葉の中身だ。


「アルテアが……強奪された……?」


 心臓がドクン、と嫌な音を立てる。指先から血の気が引いていくのがわかった。

 セレスティアでメンテナンス中のはずだ。サイラスさんに預け、この世界で一番安全な場所の一つであるギルド本部にいたはずなのに。


 視界がぐらりと回り、胃のあたりからせり上がるような不快感が僕を襲う。

 何が起こっている? 誰が、どうやって、彼女を?


「……とにかく、ギルドだ」


 僕は震える手で服を掴み、ろくに身支度も整わないまま、朝靄の中を狂ったように走り出した。



「はぁ、はぁっ……! じょ、状況を、教えてください……っ!」


 全速力でギルドへと駆け込み、二階の会議室の扉を肩で押し開ける。

 そこには、すでにいつもの面々が集まっていた。


「……コータ。来たか」


 デリクさんが、今までに見たこともないような神妙な、苦虫を噛み潰したような顔で僕を見た。

 彼の後ろでは、いつも元気なエレーナさんが顔を伏せ、拳を震わせている。

 シャオさんとクローディアさんもいたが、いつもの軽口を叩く余裕など微塵もない、張り詰めた沈黙が部屋を支配していた。


「皆さんお揃いですね。では、私から現時点での状況を説明します」


 ランドルフの後任としてゼノスを支えているアーヴィン支部長が、沈痛な面持ちで口を開いた。


監視鳥バードでお伝えした通り……セレスティアの研究所にてメンテナンス中だったアルテアさんが、研究員のサイラスさんと共に誘拐、強奪されました」


「……一体、だれが。誰の仕業なんですか」


「コータさん、落ち着いて」


 クローディアさんが、そっと僕の肩に手を置いてくれた。その温もりに少しだけ正気を取り戻すが、焦燥感までは拭えない。


「おそらくですが……火刻帝国イグニス。その総司令たる、イグナートの仕業ではないかと推測されています」


 イグニス。

 この大陸の東南一帯を治める、最大規模の軍事国家だ。たしか、魔法を兵器として実用化し、虎視眈々と覇権を狙っているという……。


「イグニスでも、レガリスと同様に『神の遺物』の研究が進められていました。しかし、自国での進捗が芳しくなく、痺れを切らして実力行使に出たものと思われます」


「でも、イグニスは平和を維持する共同体の一部でしょう? ギルドを介して和平を結んでいるはずでは……」


「形の上では、そうです。ですが現総司令のイグナートは、極めて危険な野心家です。ギルドも警戒はしていましたが、まさかセレスティアの本部地下を襲撃するとは、想定を遥かに超えている……」


「で、向こうは何を企んでるんだ?」


 デリクさんが問う。支部長は一度視線を落とし、言葉を選びながら言った。


「古代技術の独占。そして、その武力による他国への『侵略』でしょう。彼女……アルテアさんが軍事利用されれば、世界地図が数日で書き換わることになります」


「でも、お人形サンはコータの指示がないと攻撃できないネ!」


 シャオさんが声を上げる。そうだ。監視端末である僕の認証がなければ、彼女は力を振るうことはできないはず。


「イグニスの真の目的は……稼働状態にあるアルテアさんと、サイラスさんの研究データを解析することで、彼らが保有する『1号』を完全起動させることにあるようです」


 1号、彼女の兄弟機…。


「……なんとなくわかった。とりあえず、アルテアとサイラスっていう研究員を奪還すればいいんだな」


「そんなに単純な話じゃ……」


 エレーナさんも困惑しつつ、デリクさんに言う。


「いえ。デリクさんの言う通り、我々に残された道は、それしかありません」


 アーヴィン支部長が、強い眼差しで僕たちを見渡した。


「ここからは、ギルド本部からの正式な特例依頼です。――ギルドは、執行端末2号……アルテアの奪還作戦を、貴方たちに発令します」


 空気の密度が変わった。


「デリクさん、エレーナさん。そしてコータさん。貴方たち三人は奪還作戦の先遣隊として、追加で合流する精鋭共同体と接触するため、ゼノスの東にある『聖教都市オラトリア』へ向かってください」


「よっしゃ、任せとけ!」 「……行きます。必ず」


 デリクさんの頼もしい咆哮に、エレーナさんが力強く頷く。

 僕は、言葉が出なかった。ただ、唇を噛んで、短くこくりと頷いた。


「シャオレイさん、クローディアさん。貴女たちはゼノスに残り、情報の収集と、万が一の際のバックアップを頼みます」


「わかったわ。……コータさん、気をつけてね」 「しゃーないネ。期待してるヨ」


「馬車はすでに用意しています。すぐに発ってください。成功を祈っています」


 会議室を出る直前、背後からシャオレイさんの声が飛んできた。


「コータ、絶対に、助けるネ」


「……ありがとう。行ってきます」


 僕は一度だけ振り返り、駆け出した。



 オラトリアへと続く街道。ガタゴトと揺れる馬車の中で、僕は窓の外の流れる景色をぼーっと見つめていた。


 胸を締め付けるこの焦燥感の理由は、何なんだろう。


 アルテアは僕の監視対象であり、この世界に来て一番長くいた「相手」だ。

 友達、とか、パートナー、とか。そんな言葉では言い表せない、自分の一部が根こそぎ持っていかれたような、得体の知れない空虚感がそこにはあった。


「――って、おい、聞いてんのかコータ」


「……え、は、はい! そうかもしれないですね!」


 不意に顔を覗き込んできたデリクさんに、僕は慌てて適当な返事をしてしまった。


「ったくよぉ」


「大丈夫ですよ、コータさん。アルテアさんは、強い人です」


 エレーナさんが、僕の震える手にそっと自分の手を重ねてくれる。


「ああ。純粋なパワーだけなら、あいつに敵う奴なんてこの世界にいやしねぇよ。それに、この俺様がついてるんだ。どんなのが相手だろうが、カチ割ってやるぜ!」


 にかっ、と自信満々に歯を見せて笑うデリクさん。

 その粗野だけど温かい言葉に、凍りついていた僕の心が、ほんの少しだけ解かされた気がした。


(待ってて、アルテア。今、行くから)


 僕は拳を固く握りしめ、まだ見ぬ聖教都市、そしてその先にある軍事大国を見据えた。

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