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箱庭少女のロジック 〜かつて世界を滅ぼした最強のオートマタは僕の指示しか聞かないらしい〜  作者: 邑沢 迅


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第12話:装甲が軋み、コアが呻く

 火刻帝国イグニス、軍本部総司令室。


 重厚な扉の向こう側は、高級な葉巻の煙が薄暗く漂い、肺の奥を刺すような紫煙の香りに満ちていた。その煙の向こう側、漆黒の執務机に深く腰掛けているのは、帝国軍総司令イグナート。その端正な顔立ちには、苛立ちという名の影が色濃く落ちていた。


「……1号起動の進捗はどうなっている」


 低く、地這うような声。机の前に立つ学者風の男は、その一言だけで背筋に氷を突き立てられたように硬直した。


「はっ、はやり、芳しくなく……。神性魔導演算回路の同期率が、どうしても目標値の半分にも届きません……」


「レガリアに出来て、イグニスに出来ぬ道理はないだろう」


 学者はビクっと肩を跳ねさせ、こめかみから脂汗を流した。


「し、しかし、古代技術には謎が多く、現存する資料だけでは限界が……」


「言い訳はいらん」


 言葉の刃が、学者の弁明を真っ二つに切り裂いた。総司令の眼光に射抜かれ、男は蛇に睨まれた蛙のように沈黙する。

 イグナートはゆっくりと立ち上がり、捕食者の足取りで学者に近づいた。吐き出された煙が男の顔を覆い、彼女の冷笑がその影から覗く。


「お手本があれば、貴様のようなおつむでも、できるのか」


「はっ、手本……と言うのは……」


「レガリアの『2号』に決まっているだろう」


 絶句する学者をなじるように、イグナートはその周りをゆっくりと歩く。軍靴の硬い音が、死のカウントダウンのように響く。


「そうだな、お前自身のお手本も必要か。……確か、サイラス、と言ったか。あの偏屈な天才なら、2号の扱いも熟知していよう」


「アッシュ、お前の方はどうだ」


 入口で微動だにせず控えていた、アッシュと呼ばれた男が静かに口を開く。


「はっ。目障りな監視者ハンドラーはゼノスに残し、予定通り2号は無事、セレスティアへ移送されたようです」


 その報告を聞いた瞬間、イグナートは目を見開き、芝居がかった動作でパン!と手を叩いた。


「それは素晴らしい! 早速、手を打とうじゃないか」


「ま、まさか…ギルド、いや、世界を敵に回すことになりますよ!」


「戦争が怖くて、引き金は引けんよ」


 イグナートはにやり、と笑みを浮かべ、窓の外に広がる帝国の火影を見つめた。


「さあ、やろうか諸君」



 ガヤガヤと騒がしい、ゼノスの夜。

 裏通りの大衆食堂『剛腕の胃袋』は、共同体たちの熱気と、安酒の匂い、そして脂っこい料理の香りで満ちていた。


「おいコータ!なんだその顔は!もっと飲め、飲まねぇと筋肉が萎びるぞ!」


 デリクさんが、丸太のような腕で僕の肩をバシバシと叩く。

 相変わらずの力加減のなさだ。


「そうヨ! 今日はワタシの奢りネ!……あ、やっぱり割り勘にするネ」

「……コータさん、そんなに寂しそうな顔をしないで? 私が慰めてあげてもいいのよ?」


 いつものメンバー。いつもの騒ぎ。

 アルテアがいなくても、ゼノスの日常は何一つ変わらずに回っている。


「……あはは、ありがとうございます。大丈夫ですよ、ちょっと考え事をしてただけで」


 僕は笑って、運ばれてきたエールを煽る。

 喉を焼く苦味。……でも、何かが違う。


(一ヶ月、か……。長いな)


 アルテアに振り回される毎日は、確かに胃が痛くなることばかりだった。

 でも、あの銀髪の少女がいない毎日は、思っていたよりもずっと……静かすぎて、落ち着かない。


「コータ、お前……」


 デリクさんが、珍しく真面目な顔で僕を見た。


「……いや、なんでもねぇ。おい、追加のメシだ!食え!」


 デリクさんなりの気遣いなんだろう。

 僕は苦笑いしながら、串焼きを口に運んだ。


 ……味は、いつもより少しだけ、素っ気なく感じた。



 魔導商都セレスティア。

 ギルド本部の地下深くに位置する、サイラスの個人研究所。


 そこは、知性の祭壇というよりは、狂った蒐集家の地下室のようだった。

 壁一面を埋め尽くすほど積み上げられた古い魔導書。解体された機械人形(オートマタ)のパーツ。そして、怪しく点滅する魔石の数々。


 その部屋の片隅にあるベッドに、銀髪の少女――アルテアは横たえられていた。


「脚部、異常なし……。魔力伝導率、規定値内。うん、素晴らしい」


 サイラスは銀縁の眼鏡を光らせ、手慣れた手つきでアルテアの細い脚に特殊な聴診器のような魔導具を当てていた。


「アルテアさん、腕のほうはいかがでしょうか。可動範囲に違和感はありませんか?」


 アルテアは指示に従い、右、左と肘をゆっくりと動かした。

 以前鳴っていたような、あの不気味な金属音はもう消えている。


「異常は無い」


「わかりました。これで素体のほうは完璧ですね」


 サイラスは満足げに頷くと、手元の羊皮紙にさらさらと何かを書き込んでいく。

 しかし、その口元に浮かぶ笑みは、単なる「研究者」のそれではない。獲物を前にした学者の、執念深い喜びのようなものが混じっていた。


「……さて。あとは、アルテアさんの意識が入っている、コアのチェックになります。ここからは、少し眠っていただくことになりますよ」


 サイラスはアルテアの瞳をじっと見つめる。


「体は動かせませんが、意識はある状態……例えるなら、『擬似的な睡眠状態』になります。外部からの刺激には反応できませんが、私の声などは聞こえますから。安心してください」


「実行を許可する」


「では、失礼します」


 サイラスの手が、アルテアのうなじにある小さなスリットに触れた。

 瞬間、カチリ、と小さな電子音が響き、アルテアの瞳から光が失われた。


 ガクン、と身体の力が抜け、完全な「人形」となった彼女を、サイラスは無機質なベッドの上で慎重に仰向けにする。


 サイラスは熟練の動きで、アルテアの胸部装甲……その巧妙に隠された継ぎ目に専用の器具を差し込んだ。

 静かに、胸のパネルが左右に開く。


 その内部で脈打っていたのは、心臓ではない。

 複雑に絡み合う魔導回路の中心で、青白く、静かに発光し続ける結晶――神性魔導演算回路、通称『コア』。


 サイラスは慣れた手つきで、壁の装置から伸びる数本の銀色のコードを、そのコアへと直接繋いでいった。


(……やはり美しい。古代技術の結晶、神そのものが設計した『魂の器』……)


 サイラスの心中に、冷たい興奮が走る。


(古代技術には謎が多い……。ここで焦っては全てが台無しだ。ここは慎重に作業しなくては)


 サイラスは周囲を埋め尽くすジャンクパーツの中から、一本の特異な形状をした黄金のプラグを取り出した。


「さぁ、アルテアさん……」


 静まり返った研究所に、低い駆動音だけが響き始めた。


ご一読ありがとうございました。

気に入っていただけましたら、感想やフォローなどいただけると、執筆の大きな励みになります。

最後まで描き切れるよう頑張りますので、応援よろしくお願いします!

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