第10話:微笑みかけた友情も、芽生えかけた愛も
支部長室粉砕事件から、数日が過ぎた。
僕とアルテアは、相変わらず辺境都市ゼノスのギルドに通い、日銭を稼ぐための依頼をこなす日々を送っている。
「……あのおっさんが言ってた遺跡調査、いつなんだろう」
ぼーっとギルドの窓から外を眺めながら、僕は小さく独り言を漏らした。
あの一件の際、ランドルフが口にしていた「遺跡調査」。ギルドのトップが関わっていた話だし、もっとすぐに出るものだと思っていたけれど、どうやら色々と事情が変わったらしい。
そういえば、あの事件の翌日、恐る恐るギルドへ来た時のことだ。
てっきり「おい貴様ら!支部長室を更地にしやがって!」と武装した職員に囲まれる覚悟で行ったんだけど、現実は拍子抜けするほど正反対だった。
ランドルフの後任としてやってきた職員さんは、僕らを咎めるどころか、むしろ「この度はご不便をおかけしました」と深々とお辞儀までして、丁寧すぎるくらいの対応で迎え入れてくれたのだ。
「今後とも、ぜひ当ギルドをよしなにお願いします」
去り際にそう言われた時は、思わずアルテアと顔を見合わせてしまった。
……どうやら、あの「支部長室粉砕事件」は、アルテアという存在のヤバさが上層部に伝わったのか、あるいはレガリス聖王国の裏側で何かしらの圧力がかかったのか、とにかく『なかったこと』に近い扱いになっているらしい。
親切な後任の職員さんの晴れやかな顔を見るに、前任のランドルフは各方面から相当嫌われていたんだろうな……。
ウワサによると、ランドルフは正規の支部長職を更迭され、遠く離れた田舎のギルドで平職員として文字通り「下積み」からやり直しているらしい。自業自得、という言葉がこれほど似合う結末もないだろう。
「よし、今日の報告書もこれで終わりっと」
完了報告書を書き上げ、受付に提出して一息ついていると、背後から聞き覚えのある、明るい声が掛かった。
「こんにちは、コータさん!アルテアさんも!」
振り返ると、そこにいたのはエレーナさんだった。
デリクさんに絡まれた訓練場での騒動以来、久しぶりに顔を合わせる。
「あ、こんにちは、エレーナさんも、今依頼が終わったところですか?」
「はい!私たちも今、報告が終わったところなんです。……そういえば聞きましたよ、コータさんたち、Bランクに昇格されたんですってね!おめでとうございます!」
「あ、はい。ありがとうございます。いろいろ運が良かっただけですよ」
僕が照れ笑いを浮かべて答えていると、エレーナさんは急に真剣な、少し申し訳なさそうな表情になった。
「その……この前は、本当にすみませんでした。デリクが、あんな失礼なことを……」
エレーナさんは、ぺこりと綺麗に頭を下げた。
「あ、いえ、こちらこそ!アルテアがやりすぎちゃったというか、いろいろご迷惑をおかけしましたから」
僕が慌てて手を振る。
ふと隣を見ると、アルテアがじーっとエレーナさんの後ろに立っているデリクさんを見つめていた。
「ほら、デリク!あなたも謝って!」
エレーナさんに鋭く背中を小突かれ、デリクさんはバツが悪そうに明後日の方向を向きながら、ボソりと呟いた。
「……わるかったよ」
「ちょっと、そんなの謝ってるうちに入らないでしょ!もう……本当にすみません、コータさん」
エレーナさんはまたもやぺこりと頭を下げる。
デリクさんをここまで尻に敷けるなんて、エレーナさんこそが最強なんじゃないかと思ってしまう。いや、デリクさんと共同体を組み続けるのは、これくらい強くないとやっていけないのかもしれない。
そこで、エレーナさんが何かを思いついたように手を叩いた。
「そこで、なんですけど……。お詫び、と言ってはなんですが……今日、アルテアさんを一日お借りできないかなって思って!」
「アルテアを、ですか?」
「はい!もちろんコータさんもご一緒にと言いたいところなんですが、ぜひ一度、女子二人で街をぶらぶらして、デートしてみたいんです!」
「デート?」
アルテアに視線を向けると、彼女はまだデリクさんをじーっと観察している。……いや、たぶん何も考えていないんだろうけど、威圧感がすごい。
「アルテア、どうかな?僕はぜひ行ってきたらと思うんだけど」
僕がそう声をかけると、アルテアは一瞬だけ僕の方を向き、いつもの無機質な声で答えた。
「コータの指示なら。了解した、エレーナと共に行動する」
「やったぁ!ありがとうございます!」
エレーナさんは今日一番の笑顔で、アルテアの細い手を取った。
「じゃあ、決まりですね!今度のお休みの日……というか、今日このまま行っちゃいましょう!用意はいいですか、アルテアさん?」
「……肯定」
「コータさん、アルテアさんは責任を持って夜までにお返ししますね!」
「あ、はい。……アルテア、エレーナさんに迷惑かけちゃだめだよ?」
「了解、コータ」
嵐のようにアルテアを連れて去っていくエレーナさんを見送って、僕はふぅと息を吐いた。
……さて、僕も帰ってゆっくりするか。そう思って踵を返そうとした時、ずしりと重い気配が隣に立った。
「……おい」
低い声。見ると、そこには置いてけぼりにされたデリクさんが、これまたバツの悪そうな顔で立っていた。
◇
「わあ、アルテアさん、このドレスなんてどうですか!?絶対似合いますよ!」
「……」
「たまには違う色も着てみましょうよ!ほらほら、試着室へゴー!」
私は、ミステリアスなアルテアさんを、あれやこれやと着せ替えて楽しんでいた。
アルテアさんは着せ替え人形のように無抵抗で(というか、私の勢いに押されてるだけかな?)、ピンクのフリルがキュートなワンピースや、水色の清楚なドレスを次々と着こなしていく。
……思った通り、何を着ても最高にかわいい!!
「あら、エレーナじゃない。それに、そっち可愛い子は……アルテアちゃん?」
通りがかりのテラス席で声を掛けられ、振り向くと、そこにはクローディアさんが優雅にお茶を飲んでいた。
「あ、クローディアさん!奇遇ですね!」
「ふふ、アルテアちゃん、なんだか見ない間に随分と『乙女』な格好をさせられているわね」
「エレーナによる、強制的な拘束着だ」
アルテアさんのシュールな言い回しに、私もクローディアさんも堪えきれずに吹き出してしまった。
その後、私たちは大通りの一角にある小洒落たカフェに入り、三人でケーキセットを頼んで女子トークを繰り広げることにした。
……といっても、ほとんど私とクローディアさんが喋って、アルテアさんはひたすらに運ばれてきたショートケーキと格闘(?)しているだけだったのだけれど。
「ねぇ、アルテアちゃん。その……コータくんとは、どこまで進んでいるの?」
クローディアさんが悪戯っぽく微笑みながら、核心を突くような質問を投げかける。
「進展……?移動距離のことか。現在はゼノスを拠点とし、半径10キロ圏内での活動が主となっている」
「違うわよ、そうじゃなくて。……うふふ、やっぱり彼女にはまだ早かったかしら」
こちらをチラリと見て、クローディアさんはクスクスと笑いながら紅茶を啜る。
アルテアさんは不思議そうに首を傾げたけれど、すぐに目の前のチョコケーキへと視線を戻した。
驚いたのは、彼女の食事風景だ。
彼女はフォークを浮かせて(!)口へと運ぶのだ。無駄のない、機械的なまでに正確な動きで、山のように積まれた追加のスコーンやタルトが次々と彼女の体へと消えていく。
「それにしても……アルテアさん、本当によく食べるわね……」
私の呟きに、アルテアさんは三つ目のモンブランを咀嚼しながら答えた。
「糖分は魔力変換に極めて有効なリソースだ」
「無表情だけど、幸せそうな顔で食べてる気がするわ。……ねぇ、もう一つ頼んじゃう?」
「……肯定」
結局、私とクローディアさんが恋バナやギルドの愚痴で盛り上がっている間、アルテアさんは私たちの顔をじっと交互に眺めながら、ひたすらにフォークを動かし続けていた。
その瞳が、私たちの会話の内容を理解しようとするように、あるいは未知の生命体の生態を観察するように、少しだけ好奇心で揺れているのを、私は見逃さなかった。
「楽しかったわ。また遊びましょうね」
そう言ってクローディアさんと別れる頃には、もう夕暮れ時。
私は今日一番のコーディネートを彼女に着てもらい、ホクホク顔でアルテアさんとのお別れを惜しむのだった。
◇
「あのー……」
僕はなんとも言えない気まずい空気の中、隣に座っているお兄さんに話しかけた。
「なんだ」
「…………」
「…………」
僕たちは今、ギルド近くのベンチに座って、男二人で並んで座っていた。
女子組が「女子会」を楽しむなら、男たちもお詫びついでに交流を深めなさい。……そんなエレーナさんの絶対的な命令によって、僕とデリクさんは「男二人デート(仮)」を強制されていた。
「僕たちは、何をしているんでしょうか……」
「仕方ねぇじゃねえか。エレーナに『あなたもコータさんにお詫びして、男同士仲良くなりなさい』って言われてんだ」
デリクさんは遠い目をして答えた。……なるほど、彼も彼なりに苦労しているらしい。あの一件の後、相当こっぴどく叱られたんだろうな。
「そうですか……大変ですね」
僕は空を見上げた。夕方の空がオレンジ色に染まり始めている。
せっかくだ。気になっていたことを、この機会に聞いてみよう。
「あ、そうだ。デリクさん。……お二人は、どうやって共同体になったんですか?」
「あ?……急だな。…………まぁ、普通だよ。自分に『執行者』としての適性、魔力があることが発覚して、ギルドに登録しに行った。そこで、一番『共鳴率』が高かったのが、たまたまエレーナだった……それだけだ」
「それだけ、なんですか?」
「ああ。他の共同体だって似たようなもんだ。偶然の出会いから始まって、そこから実戦で相性を磨いていくのさ」
「へぇ……」
僕はシャオさんとクローディアさんのコンビを思い出していた。あの二人も、もしかしたらそんな風に、ギルドの測定機が決めた「共鳴率」という名の相性から始まったのかもしれない。
「共鳴率」が高いということは、魔法的な相性がいいということだ。それは、長年一緒にいるうちに、人間関係としての相性……絆に変わっていくものなのかな。
「お前らはどうなんだ。……あの、アルテア……だったか。あれは、異常だぞ」
デリクさんが、不意に鋭い視線を僕に向けてきた。
「僕らは……ちょっと特殊、というか。まあ、色々ありまして」
僕は言葉を濁した。まさか、「神の兵器」だなんて、口が裂けても言えない。
「だろうな。……なんか、普通の執行者とは根本的に違う。魔力の強さだけじゃない……何というか、もっと異質で、冷徹な『完成された何か』を感じるんだよ」
デリクさんの言葉には、ベテランとしての重みがあった。どうやら、彼が最初にアルテアに絡んだのも、ただの慢心ではなく、彼女の正体不明な力に対する「危機感」のようなものが裏返った結果だったのかもしれない。
「そうですね……。彼女は、少しだけ特殊な存在なんです」
僕はそれだけ答えて、また空を見上げた。
「……ふん。こんなところで男二人がダベってても、気味が悪いだけだな。……おい、飯でも行くか。詫びだ、オゴってやるぜ」
「え、いいんですか?」
「ああ。エレーナに『なにか高級なもの御馳走しろ』って言われてるからな……」
「あはは……。じゃあ、遠慮なくご馳走になります」
話してみると、デリクさんは悪い人ではなかった。
不器用で、ちょっと自信過剰で、すぐに手が先に出ちゃう欠点はあるけれど。
……まあ、エレーナさんには一生、頭が上がらないんだろうな。
僕たちは並んで、街へと歩き出した。
◇
ガチャ、と玄関のドアが開く音がした。
「おかえり、アルテア。どうだった、女子会……は……?」
振り向いた僕は、そのまま凍りついた。
そこに立っていたアルテアは、いつものギルドで貰った黒いワンピース姿ではなかった。
黒を基調に贅沢なレースを何層にも重ね、胸元には大きな黒いリボン。ヘッドドレスまで完璧にセットされた、……なんて言うんだろう、いわゆる『ゴスロリ』というやつだろうか。
彼女の美しさと相まって、破壊力抜群の格好になっていた。
「エレーナに強制的に着装させられた。可動域の制限が大きく、戦闘には不向き。……コータ?」
「あ、いや……ええと。わあ、……とっても、似合ってるよ。うん、すごく可愛い」
僕は心からの賛辞を送った。
正直、あまりの似合いっぷりに言葉が出ない。
アルテアの表情は、相変わらず無だ。だが、彼女は鏡に映った自分の姿をちらりと見ると、小さく呟いた。
「……エレーナと行動した結果、得られたデータがある。コータ以外の他個体との接触も、……不快ではなかった。人類という種への興味指数が、……わずかに上昇したように思える」
それは、彼女に「感情」が芽生え始めたのか。あるいは、機械としての「知的好奇心」が、僕以外の人間にも向き始めたのか。
どちらにせよ、アルテアが無機質な兵器から、少しずつ「女の子」へと近づいているような気がして。
僕は、このゴスロリ衣装のお金…たぶんデリクさんの財布から出ているであることを思い、少しだけ複雑な気分で眠りにつくのだった。
ご一読ありがとうございました。
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