5時間目 異世界は地獄、ここは天国
異世界の勇者様との感動的(?)なファーストコンタクトを終えた俺たちは、次なるミッションに着手していた。
すなわち、『晩飯の確保』である。
「すっご……! 何これ、宝の山じゃん!」
食堂の厨房にある巨大な業務用冷凍庫。その重い扉を開けた凛が、歓声を上げた。
冷気と共に現れたのは、食材の山だ。
「業務用のハンバーグに、フライドポテト、冷凍チャーハン……。あ、これ見て! 『理事会用・特選サーロインステーキ』だって!」
「でかした凛。それは本来、我々一般生徒の口には入らない代物だ」
東雲センパイが冷凍肉を鑑定し、満足げに頷く。
俺たちの高校は無駄に金持ち学校なので、理事長や来賓用の高級食材がストックされていたらしい。
「よし、今日は『肉祭り』だ。カセットコンロと鉄板を持って、2年B組に戻るぞ」
「は? なんでわざわざ教室に戻るのよ。ここで食べればいいじゃん」
不思議そうな凛に、俺はニヤリと笑って答えた。
「豪徳寺くんが心配だろ? 飯食いながら、応援してやろうぜ」
*
数分後。
2年B組の教室は、香ばしい脂の匂いと、ジュゥゥゥ……という食欲をそそる音に包まれていた。
教壇の前に机を寄せ集め、カセットコンロを設置。
その上に乗せた鉄板では、霜降りのサーロインステーキと、分厚いハンバーグが踊っている。
「焼き加減はレアで頼むよ」
「あ、私ウェルダン派。よく焼かないとお腹壊しそうだし」
「大丈夫だって、腐っても和牛だぞ」
俺たちは箸と取り皿を持ち、黒板を背にして肉が焼けるのを待っていた。
すると、期待通りに「彼」が反応した。
背後の黒板で、チョークが激しく動き出す。
キィィィィ! ガリガリガリッ!
『 お 前 ら 何 を し て い る 』
どうやら、匂いは届かないようだが、こちら側の音声や映像(あるいは気配)は何となく伝わっているらしい。
俺は焼きたてのステーキを一切れ口に放り込み、咀嚼してから答えた。
「んー、うまっ。何って、見ての通り晩飯だよ。そっちはどう? 元気?」
俺が問いかけると、チョークは怒りに震えながら、向こうの惨状を書き連ね始めた。
『 ふ ざ け る な ! こ っ ち は 地 獄 だ 』
『 転 移 直 後 に ゴ ブ リ ン の 群 れ に 襲 わ れ た 』
『 田 中 と 佐 藤 が 負 傷 し た 』
『 回 復 薬 が な い 。 泥 水 を す す っ て 逃 げ て い る 』
「うわぁ……」
凛がハンバーグを頬張りながら、素っ気ない声を出す。
「ガチでハードモードね。ウケる」
「凛くん、口にソースがついているよ」
「あ、マジで? サンキュ」
東雲センパイからティッシュを受け取る凛。
その和やかな光景が伝わったのか、黒板の文字がさらに荒ぶる。
『 肉 だ ろ ! 貴 様 ら 、 肉 を 食 っ て い る な ! 』
『 寄 越 せ ! こ っ ち は 干 し 肉 す ら 尽 き た ん だ ぞ ! 』
『 俺 は 勇 者 だ ぞ ! 優 遇 さ れ る べ き だ ! 』
必死すぎる豪徳寺の叫び(文字)。
俺は鉄板の上でジュージューと音を立てるステーキを箸でつまみ、黒板の目の前にかざした。
「ほら、豪徳寺。あーん」
チョークがピタリと止まる。
きっと向こうでは、勇者が口を開けて待っているのかもしれない。
俺はその肉を、ヒョイっと自分の口に入れた。
「――なんてな。いやー、理事長用の肉は脂が甘くて最高だわ」
バキッ!
黒板から、チョークが折れる音がした。
『 悪 魔 ! 』
『 外 道 ! 』
『 絶 対 に 許 さ ん ! 帰 っ た ら ギ タ ギ タ に し て や る 』
呪詛のような文字が黒板を埋め尽くしていく。
だが、俺たちの食欲は止まらない。
「センパイ、次はチャーハン炒めましょうよ」
「いいね。ラードを多めに使うと美味いんだ」
「あ、私コーラ飲みたい。自販機行ってくる」
俺たちは豪徳寺の悲鳴をBGMに、豪勢な晩餐を楽しんだ。
悪いな、豪徳寺。
お前らが泥水を飲んでいる間、俺たちはこの天国で、精一杯生き延びさせてもらう。
ざまぁみろ、なんて口には出さないが、コーラの炭酸はいつもより強烈に喉を刺激した。
――しかし、この時の俺たちは油断していた。
この学校に残された「魔力」が、肉の匂いにつられて、別のモノを呼び覚まそうとしていることに。
ガタッ。
廊下の向こう。
理科室の方角から、何かが落ちる音が聞こえた。




