3時間目 校長室を占拠せよ
理科室での顔合わせから数分後。
俺たちの会議は、ある「音」によって中断された。
ぐうぅぅぅ――。
可愛げのない重低音が、静まり返った理科室に響き渡る。
発生源は、窓際に寄りかかっていた不良少女、凛の腹だった。
「……何よ。文句ある?」
「いや、ないです」
「人間なんだから、腹くらい減るでしょ」
凛は顔を赤らめながら、ドカッと椅子を蹴った。
そういえば、今は昼休みが終わった直後だ。俺もトイレにこもっていたせいで、昼飯を食いっぱぐれている。
「腹が減っては戦もできん、か。合理的だ」
東雲センパイが白衣のポケットからねじ回しを取り出しながら言う。
「まずは食料の確保といこうか。購買部のおばちゃんも転移しているなら、今は『無人販売所』になっているはずだ」
俺たちは理科室を出て、1階の購買部へと向かった。
*
普段なら、昼休みは戦場のような人だかりができる購買部。
だが今は、静寂に包まれている。
カウンターの中には誰もおらず、焼きたてのパンの香ばしい匂いだけが残っていた。
「うっそ……これ、全部タダ?」
凛が目を輝かせてカウンターを乗り越える。
そこには、いつも瞬殺で売り切れる『特選・厚切りカツサンド』や『幻のチョココロネ』が、山のように積まれていた。
「タダっていうか、緊急避難的な物資調達だな。レジにお金置いてくか?」
「バカね。店員が異世界にいるのに、誰が集金すんのよ」
凛は遠慮なくカツサンドを3つ掴み取ると、さらにいちごミルクのパックを手に取った。
俺も、憧れの『プレミアム焼きそばパン』を手に取る。これ、3年間で一度も買えたことなかったんだよな……。
「水と保存食も確保しておいたほうがいいな」
東雲センパイは冷静に、ペットボトルの水とカロリーメイトを段ボールごと台車に積んでいた。さすが理系、準備がいい。
「さて、メシは確保した。次は『拠点』だ」
俺は焼きそばパンをかじりながら提案した。
「教室の椅子は硬いし、夜寝るには向いてない。どこか別の場所を寝床にしようと思うんだが」
「保健室は?」と凛。
「ベッドはあるけど、なんか消毒液臭くて落ち着かないんだよな」
「なら、最適解があるよ」
東雲センパイが、ニヤリと不敵に笑った。
「この学校で一番、内装に金をかけている部屋さ」
*
俺たちがたどり着いたのは、管理棟の最上階。
重厚な木製の扉には『校長室』という金色のプレートが輝いている。
生徒にとっては聖域であり、呼び出しを食らった者にとっては処刑室でもある場所だ。
「センパイ、まさかここを……」
「誰もいないんだ。有効活用してあげようじゃないか」
センパイがヘアピン一本で鍵穴をガチャガチャと弄る。数秒後、カチャリと小気味よい音がしてロックが外れた。
扉を開ける。
「うわぁ……」
俺と凛の声が重なった。
分厚い絨毯。壁一面の本棚。部屋の中央には、黒革のふかふかそうなソファセットが鎮座している。
ガラスケースには、校長が趣味で集めている骨董品の壺や、高そうな茶葉の缶が並んでいた。
「最高じゃん」
凛が真っ先に飛び込み、革張りのソファにダイブする。
ボフッ、と空気が抜け、彼女の体が沈み込んだ。
「何これ、超気持ちいい。教室の椅子とはレベルが違うわね」
「一脚50万はするイタリア製だからね」
センパイは勝手知ったる様子で給湯室へ入り、校長の私物であろう高級コーヒー豆を挽き始めた。
俺は恐る恐る、校長の執務机に近づき、ふかふかの回転椅子に座ってみる。
窓の外には、相変わらず灰色の霧が広がっているが、この部屋の中だけは別世界のように優雅だ。
「……よし、決めた」
俺は回転椅子をくるりと回し、ソファでくつろぐ二人に向かって宣言した。
「今日からここが、俺たちの基地だ」
「賛成。私、このソファで寝るから」
「異論はない。私はあっちの金庫の中身が気になるしね」
こうして、生徒数3名の『校長室占拠事件』が発生した。
俺たちはテーブルにカツサンドや焼きそばパンを広げ、校長の高いコーヒーで乾杯をした。
外の世界は終わっているかもしれないが、今の俺たちは、王様よりも自由だった。
――この時までは、まだ知らなかったのだ。
この平和な拠点が、すぐに異世界からの「怪文書」によって騒がしくなることを。




