日々の糧が僕を作る
***BL*** ご飯を食べる事に興味がない僕と、人の2倍食べる植田さん。植田さんと食べるご飯は美味しいのに、、、。ハッピーエンドです。
一人のご飯は、ただ食べるってだけで、美味しいとか彩りが良いとか、野菜と肉をバランス良く、、、なんて事は考えず、お腹が膨れれば良かった。卵かけご飯とか、お米と鮭フレークとか、お米と野沢菜とか、、、。そんなモノで充分で、外食もしないし、持ち帰りのお弁当とかも買った事が無かった。
会社の飲み会、食事会も参加しないし、お昼ご飯は毎日お握りを作っていた。
「え?お前、それだけ?」
「?」
「お握り一個と、お茶だけなの?」
「はい、、、」
「足りるの?」
「はい、、、」
「えぇ〜、、、」
うるさいな、、、どーせ、それしか食べないから小さいんだとか、もっと食ってデカくなれとか言い出すんでしょ?
「経済的だなぁ」
ブッ!
「経済的って、、、初めて言われました」
「だって、俺、弁当二つよ?それでも、夕方には腹減っちゃうのよ?、、、俺の財布に不経済だわ、、、」
頬に手を添え、ため息を吐く。
ふふ、、、。なんでちょっと、オネェ言葉なんだろう。
「一緒に食っても良い?」
「どうぞ」
「はぁ〜腹減ったー!」
お弁当屋さんの袋から、不透明の白い容器が四つ出て来た。
お米とおかずの容器が別々になっているらしく、二つはお米で、二つはおかずだった。
「いっつも思うんだけど、四つとも米だったらショックだよねぇ、、、。開けるまでドキドキするよ。流石に、米だけじゃあ、食えないし」
「毎回そんな事考えてるんですか?」
「いや、たまには全部おかずだったら良いなって思う」
植田さん、面白いな、、、。
「中山、一人暮らしじゃなかった?。自分で作ったの?」
「はい、朝食の準備した時に一緒に」
「朝食!すごい!」
「いや、すごく無いです。卵かけご飯とか、ふりかけとかですから」
「あー、びっくりした、朝からスクランブルエッグとベーコンとか想像したわ」
「料理、あんまりしないんで、、、」
「そっかぁ〜。俺はするよ。朝はやらんけど」
「意外、、、」
「でしょ」
「どんなの作るんですか?」
「カレーとか、焼きそばとか?」
「、、、ビーフストロガノフとか、トマトの冷製パスタとか、お洒落なの期待した、、、」
「え?中山の卵かけご飯より、すごいと思うけど、、、?お前、晩飯とかどうしてるの?」
「お米と、目玉焼きとソーセージとか」
「ん?それ、朝飯じゃ無いの?」
だって、一人だから、、、。
「ね。週末、鍋やろうよ」
「鍋?!」
「そ!鍋食いたいけど、一人だとあんまりやらないんだよな」
「はぁ、、、」
「今週末、鍋パな。空けといて」
それから植田さんは、モリモリご飯を食べた。見ているだけだけど、気持ち良い食べっぷりだった。
*****
週末の金曜日、夕方。植田さんが
「何鍋が良い?」
と聞いて来た。本当にやるんだ、、、。と思いながら、返事が遅れると
「え?忘れてた?」
と言われた。
「社交辞令かと思ってました」
「えぇ〜。俺は今日の鍋が楽しみで、頭の中、鍋の事ばっかりだったのに、、、」
「すいません」
「予定入っちゃった?」
「いや」
僕に予定なんて無い。毎日、朝起きて、仕事に行って、家に帰って寝るだけだ。
「定時で上がれる?」
「上がれます」
「じゃ、正門待ち合わせな」
「わかりました」
と言いながら、植田さんの家でやるのかな?と思った。
*****
正門に行くと、植田さんはすでに来ていた。
「お疲れ」
と言って歩きだす。
「俺ん家、駅3つ先だから移動してからスーパーで良い?」
「家、近いんですね」
「中山は何処に住んでるの?」
「僕は乗り換えもあるんで、ちょっと遠いです」
「ま、俺も、駅から20分位歩くからな」
「鍋のセットとかあるんですか?」
「鍋のセット?」
「土鍋とか、卓上コンロとか」
「あー、、、卓上コンロか、、、無いな」
「、、、」
「良いよ、買おう買おう!丁度欲しかったし!」
、、、ホントかな?
電車を三駅乗って降りた。目の前にスーパーがある。
「取り敢えず、卓上コンロと土鍋あるか見よう」
店に入ってフラフラした。植田さんもあんまり来た事が無いみたいで、探すのに少し時間が掛かった。
「卓上コンロ、無いですね」
土鍋は一応あった。でも、サイズが大き過ぎる。
「この土鍋、コンロからはみ出しちゃうかな?」
「うーん、これ買って、持って歩いて、他の買い物するの大変そうだな」
そう言えば、歩いて20分って言ってた。
「もうちょっと先に、ホームセンターあるから寄ってみるか」
ホームセンターなら卓上コンロも土鍋もありそうだった。
「食材は、家の近くの方が安いから」
ホームセンターは広かった。新しく出来たみたいで、綺麗で通路も広くて明るかった。
僕では使い切れないような、大きなボトルの洗剤があって、びっくりしていたら笑われた。
台所用品のコーナーに行くと、でっかいヤカンとか寿司桶とかあって面白かった。卓上コンロと土鍋も見つけた。植田さんがコンロの説明書を読み、土鍋を選ぶ。
植田さんは買うものが決まるとレジでお金を払い、重たい土鍋を持ってくれた。
スーパーに着くと
「俺ん家隣だから、ちょっと荷物置いてくるわ。食材見てて」
と言って、土鍋を置きに行った。
僕は店内をフラフラする。食材を見ていると、確かに駅前より少し安かった。鍋の素も見つけて見ていたら、植田さんが帰って来た。
「ついでに、米、研いで来た」
流石だ。
「植田さんは、何鍋が食べたいんですか?」
「うーん、悩むなぁ。ホントはモツ鍋が1番好きだけど、いつもは通販で買うからな」
モツ鍋、、、食べた事無いな。
「水炊きも良いけど、キムチ鍋も好きだしなぁ。トマト鍋?へぇ〜。〆にチーズリゾットがオススメだって。とんこつ、ちゃんこ悩むな、、、。中山はどれが良い?」
「僕はキムチ鍋が好きかな?どれも美味しそうですね」
「キムチ鍋にする?豚肉と白菜ともやしたくさん入れて」
「良いですね」
食材を選んで、酒を多めに買う。
*****
植田さんの家は、本当にスーパーの隣だった。小さなマンションだけど、新しい感じがする。
「引越したばかりなんですか?」
部屋に入ったら、すっきりしていて荷物が少ない。
「いや、もう二、三年経ってるかな?」
僕はびっくりした。僕の部屋も物が少ないけど、もっと物が散らかっている。
植田さんは
「ほら、中山」
と酎ハイとグラスを渡すと、自分のビールの蓋を開けてグラスに注ぎ、ゴクゴクと飲んだ。それから食材を冷蔵庫にしまう。台所で立ったまま飲むなんて、新鮮だった。
植田さんは土鍋の説明書を読みながら
「え?買ってすぐ使え無いんだ」
「?」
「なんか、面倒臭い事書いてある、、、」
僕も横から説明書を読むと、「目止め」とか20分から30分と書いてあった。
「すぐに使えないの面倒だな。今日はフツーの鍋を使うか」
僕は何だか申し訳ない気がした。
「来週までには、目止めしておくから、次は土鍋でやろうな」
と言われて、嬉しくなった。
植田さんは白菜をザクザク切る。こんなに沢山?とびっくりしてると
「鍋に入れると、嵩が減るから大丈夫」
と笑った。
「むしろ、足りないかも」
もやしをザルで洗う。大きな袋を二つ買ってあったけど、一つは冷蔵庫にしまった。
「足りなくなったら追加すれば良いし」
と言いながら、炊飯器の早炊きスイッチを押した。
「あ!中山の箸が無い、、、」
とがっくりしている。僕は植田さんの横で植田さんのやる事を見ているだけだったので
「隣のスーパーで買って来ますね」
と言って、財布とスマホを持った。
スーパーで割り箸とアイスを2つ買って、植田さんのマンションに戻る。
廊下を歩いていると、植田さんの部屋の前からキムチ鍋の良い匂いがした。インターホンを押すと、植田さんが玄関を開けてくれた。
「ごめん、中山、割り箸があった」
玄関が開いていきなり言われたから、びっくりしながら
「アイスも買ったから大丈夫」
と返事をした。
キムチ鍋を待ちながら、ビールと酎ハイを飲む。
「連絡先交換しよう」
と言ってくれた。さっき、割り箸を見つけてすぐ連絡したかったけど、連絡先を交換して無かったから出来なかったらしい。
僕は連絡先の交換の仕方がわからなくて、教えてもらった。
お米が炊けて、キムチ鍋も良い感じになった。植田さんは丼にご飯を山盛りにして、鍋用の取り皿も丼だった。
僕は小さくて、少し深さのあるお皿を二つ借りて、ご飯をちょっと装って貰った。
大抵の人は、僕のこのご飯の量を見て
「足りる?」
「少な過ぎだよ」
「もっと沢山食べないと」
と言う。僕はまた何か言われるんじゃ無いかと、緊張した。
「さ、食おう食おう!」
植田さんは何も言わなかった。僕はホッとすると同時に、安心した。
二本目のビールと酎ハイを開ける。
植田さんは、キムチ鍋を丼にたくさん装る。それを美味い美味いと食べて行く。
僕は小さなお皿に少しだけ装った。
「熱っ!」
「大丈夫?」
「もう平気かと思ったのに、、、」
「猫舌?」
「猫舌?」
「熱いのが食べられない人の事、知らない?」
「初めて聞きました」
「ちなみに、俺はゴリラ舌。熱いの大好きなんだよね」
「ゴッ、、、」
「似合うとか言うなよ?」
と言ってニヤリと笑った。
植田さんは、丼に装った山盛りのご飯とおかずを一気に食べると、二杯目を装りに行く。僕は、ゆっくりゆっくり食べる。
「うわぁ」
二杯目も山盛りだった。
「一息ついたから次は、ゆっくり食べるよ」
そう言って、ビールを一息に飲んだ。本当に気持ち良い食べっぷりだった。
「これさ、チーズ掛けたら美味いと思わない?」
「うん、、、美味しそう」
「最後、雑炊にして、チーズ掛けようか?」
「食べたい」
「じゃ、〆はそれな。米、残しておかないと」
僕は植田さんの話しに頷きながら、酎ハイを飲んで、忘れた頃にご飯を一口食べて、キムチ鍋を食べる。途中で
「お米、まだありますか?」
と聞いてお代わりを装りに行く。お米が温かくて美味しそうだった。テーブルに着き、パクッと一口食べたら、何だか凄く美味しくて、キムチ鍋も装った。ほんの少しだけど。
僕は生まれて初めてお代わりをした。
と言って、それから植田さんの様に沢山食べる訳でも無く、植田さんの話しを聞きながら、のんびり食べる。
途中で、植田さんがコンロの火を止めた。
植田さんは満腹になったのか、ビールだけを飲み始めた。僕も酎ハイをお代わりした。
*****
キムチ鍋の雑炊、美味しかった。チーズが乗ってて正解だったな。お米とチーズって合うんだ。新しい発見だった。
「それなら、白飯に、マヨネーズと醤油を垂らして、チーズ乗せてレンチンしてみな」
植田さんが教えてくれた。
「え、美味しそう」
「それに、チーズの下に半熟の目玉焼き乗せても美味いかもね」
「今晩チーズ買ってみます」
帰るのが楽しみになった。
キムチ鍋をやった翌週から、僕と植田さんは何と無く一緒にお昼を食べる様になった。
僕は相変わらず、お握り一つとお茶で、植田さんはお弁当を2つ買って来る。
「げっ、、、」
あの、白い容器のお弁当を開けると、植田さんが一言言った。
「どうしたんですか?」
「おかずが四つになってる、、、」
「これは、、、誰かがお米だけって事ですかね、、、」
「面倒臭いけど、交換しに行って来るよ。先に食べてな」
と言われた。植田さんは、休み時間が減るのが嫌なのか小走りで出て行った。
*****
週末、また鍋をやろうとなった日、一緒に駅に向かうと綺麗な女の人が植田さんに挨拶をした。
植田さんも挨拶をして、彼女が見えなくなってから
「さっきの人が白飯四つの人だよ」
と教えてくれた。
「あんなに細くて、美人なのに、弁当二つ食べるらしい」
楽しそうに話した。
植田さんは毎日あのお弁当を食べているから、昼休みに会ってるのかな?お弁当が出来るまで、一緒に話しをしたりするのかな?考えたら、少し淋しくなった。
*****
仕事が終わり、駅に向かうと改札の手前に植田さんと白飯四つの彼女がいた。何やら話しをしていて、僕は何と無く遠回りをして改札を通った。
きっと、植田さんはお腹が空いてるから、彼女とご飯を食べるんだ、、、。勝手に想像して、勝手に落ち込んだ。
*****
昼休み、僕がお握りを食べていると、いつも通り植田さんがお弁当を二つ下げて帰って来た。
今日も彼女と会ったのかな?
僕はお握りをボソボソ食べた。
「中山?体調悪い?」
僕は目線を上げて考えた。特に体調は悪く無いと思う。
「別に、、、」
と返事をすると
「そうかな?」
と小さく呟く。
「昨日の晩御飯、何食べたんですか?」
気になっていた事を聞いてしまった。
「そうそう、昨日、あの彼女に会ってさ、食べ放題に行ったよ」
僕は自分で聞いたクセに傷ついた。彼女と行った事も嫌だったけど、僕の行けない食べ放題のお店に言ったと聞いて落ち込んだ。
「食べ放題って、何を食べたんですか?」
「メインはしゃぶしゃぶで、カレーも有ったし、麺類も有ったよ。サラダバーとスイーツのコーナーも充実してたな」
「いっぱい食べたんですか?」
笑う。
「そりゃあ、勿論」
僕の食欲は一気に無くなった。でも笑う。
「彼女も凄く沢山食べたよ。気持ち良い位」
僕はニコニコ笑う。
「お店の人、心配だったんじゃないですか?」
「流石に出禁にはならないし、時間制限あるからね」
可笑しく無いのに、ふふっと声を出す。
「彼女の名前とか聞いて無いんですか?」
「ん?あぁ、白川さんって言うんだって、吹き出しそうになったよ。白飯四つの白川さんって頭に浮かんでヤバかった」
楽しそうだな、、、。笑え、、、。
「他にも食べ放題のお店ってあるんですか?」
「串揚げもあるし、焼肉もあるね。ハンバーグのお店もちょっと遠いけどあるよ」
口角を上げろ、、、。
「白川さんと沢山行けますね」
チャイムが鳴った。お昼休憩の時間が終わった。僕は、半分残したお握りをゴミ箱に捨てた。ゴトッと、想像以上に大きな音がした。
*****
残業をしていると植田さんがチョコレートをくれた。僕がお礼を言うと
「今度は、いつ鍋パする?」
と聞いて来た。、、、白川さんとすれば良いのに、、、。と思いながらにっこり笑う。
「そうですね、いつにしましょうか、、、」
「来週末は?」
「今週末はダメなんですか?」
用事があるから、来週末なんだろうと思った瞬間、僕はワザと聞いた。
「今週末は予定が有って」
でしょうね、、、。それなら僕も予定を作る。
「来週末は予定があるので」
「中山に予定があるなんて、珍しいね」
バカにされているみたいだった。
お前に、週末一緒に遊ぶヤツなんていないだろ?って言われてるみたいだった、、、。完全に被害妄想だけど、、、。
「その次は?」
「そんなに先の事なんて、分かりませんよ」
笑う。
「そうだよな。また、誘うよ」
どーせ誘うなら、白川さんを誘えば良いのに、、、。
**********
僕の母さんは五月蝿い人だった。アレをやれ、コレをやれ。アレはまだか、コレは何だ。1から10まで口を出した。
父さんはいない。
母さんは僕が少食なのも気に入らなかった。
「もっと食べなさい」
「好き嫌いしないの」
「大きくなれないよ」
「お肉もお野菜もしっかり摂って」
毎日、毎食言われた。僕だって、食べられる様になりたかった。でも、ダメだった。
その内、言いたい事も言えない、いつも笑って誤魔化す子供になった。
そんな僕は、母さんが再婚した時、新しい家族に馴染めなかった。知らない人達の中で生活するのは苦痛で、就職したばかりの僕は家を出た。
やっと自由になったけど、すでに僕は食べる事に興味が無くなり、食事の時間は苦行だった。
「やっと、食べる事、、、楽しくなって来たのに、、、」
僕は、また食事に興味が無くなった。
**********
朝食はコーヒーだけになった。昼飯は朝、パンを一つ買って来る。晩御飯は、冷凍のお米にお茶漬けの素。何をやるにも億劫で、家では寝てばかりいた。
昼にパンを食べると、机で寝る様になった。兎に角、疲れやすくて眠い。植田さんが来ても、気付かないフリをする。
植田さんが、僕の横でお弁当を食べる。いつものお弁当屋さんのお弁当を2つ。食べ終わると、僕の頭をそっと撫でた。僕は、涙が出た。
*****
僕がパンをモソモソ食べていると、植田さんが手作り弁当を持って来た。とうとう、彼女、、、白川さんって言ったっけ?白川さんにお弁当を作って貰う仲になったんだ、、、。僕は、心の中で溜息を吐いた。
植田さんは、いつもと変わらず一人で喋る。お弁当を包んでいた布を開き、蓋を開ける。
綺麗なお弁当が出て来た。唐揚げが沢山入っている。卵焼きに、プチトマト。ピーマンの細切り。お米には、黒胡麻と梅干し。
植田さんは、お弁当の蓋に唐揚げを一つ載せて、僕の方にずらした。
「お裾分け」
こんな唐揚げいらないのに、、、。白川さんが折角作ったんだから、全部食べればいいのに、、、。
「美味しそうなお弁当ですね」
そんな事、全然思っていないのに、笑いながら言う。
「そう思う?やった!」
「白川さんの手作りですか?」
ニコニコ笑う。
「え?俺が早起きして作った」
「、、、」
うそでしょ?植田さんが作ったの?
「弁当買って帰って来ると、中山寝てるから。外に出なくて良い様に作る事にした」
僕は植田さんの顔を見た。
ちょっと恥ずかしそうにしている。
「唐揚げ、自信作」
指差した。
「食べて良いんですか?」
「味見して、感想聞かせて」
植田さんは、お箸ケースの中から爪楊枝を取り出して、唐揚げに刺してくれた。わざわざ入れて来たんだ、、、。
「ありがとうございます。頂きます」
僕は爪楊枝を持って、唐揚げを一口食べる。
「美味しい、、、」
フツーの唐揚げだ。醤油味の、ニンニクが効いたヤツ。でも、すごく美味しい。
「この唐揚げ、植田さんが作ったんですか?」
「美味い?」
「美味しいです」
「良かった」
本当に本当に美味しかった。涙が出そうになる。我慢しなくちゃいけないと思って、何度も何度も瞬きをした。
「また、鍋パしようよ」
植田さんが言ってくれた。ずっと意地を張っていた僕は、漸く素直になれた。
「今週末は空いてます」
*****
植田さんは毎日お弁当を作る。そして、僕に一口分のメインのおかずをくれる。
僕も朝ご飯をちゃんと食べる様にして、お弁当のお握りも、また作る様にした。
前に植田さんが言っていた
「スクランブルエッグとベーコン」
が食べたくなって、朝はそれを食べる様にした。
朝ご飯を食べる様になって、少し元気が戻って来たみたいだった。
*****
金曜日のお昼、植田さんが弁当を持ちながら
「たまには外で食べようよ」
と言って来た。天気も良い日で、風も無い、穏やかな日だった。
平日の昼間は外に出る事が無かったから、ちょっと迷っていたら
「近くに公園があるからさ」
散歩しながら公園まで行って、ベンチで食べる事にした。
会社から五分程離れた場所に小さな公園があった。人のいない、公園だった。ベンチに座り、植田さんがお弁当を広げる。お握り3個とおかずだった。今日のメインはあの唐揚げ。
「公園で食べようと思ったから、お握りと唐揚げにしたんだ」
卵焼きとプチトマト、ブロッコリーも入っていた。
いつもの様に唐揚げに爪楊枝を刺してくれた。テーブルが無いから、手渡してくれる。
爪楊枝が短過ぎて、受け渡しの時、僕は植田さんの指に触れた。恥ずかしい様な嬉しい様な不思議な感じがした。
一番最初に唐揚げを食べた。
お腹が空いていたし、歩いて来たから、一口目の唐揚げは最高だった。
卵焼きを見て
「植田さんの卵焼きは甘いヤツですか?」
と聞いてみた。
「食ってみる?」
と言いながら、お弁当箱を僕の方に差し出す。
「良いんですか?」
「どうぞ」
卵焼きはカットしてあって、一口サイズになっていた。爪楊枝を刺して
「頂きます」
口に入れると甘い卵焼きだった。
「美味しい!」
「外で食べると美味いよな」
植田さんがニコニコ笑う。
*****
「理人?」
休日、初めて植田さんと待ち合わせをして、大きな商業施設に外出した。母さんの声が後ろから聞こえて、ギクリとしながら振り返る。
「理人、ちゃんとご飯食べてるの?相変わらずガリガリじゃ無い。何でも沢山食べないとダメよ。お肉、食べてる?お魚もお野菜も好き嫌いしないでちゃんと食べないと」
母さんは、相変わらずだった。一人でペラペラ喋る。
僕は横に植田さんがいたから、恥ずかしかった。
母さんは漸く植田さんに気付く。
「あら、会社の方?仕事中じゃ無いわよね?」
僕も植田さんも苦笑いをするしか無かった。
「理人もそろそろ恋人出来たかしら?もし、いなかったら紹介して貰いなさいよ」
イヤだな。早くこの場を去りたいと思いながら、母さんに微笑む。
「そうだね、植田さんに誰か紹介して貰うよ」
「中山、時間」
「あら、ごめんなさい。兎に角、理人。早く恋人見つけて、結婚しなさいよ」
そう言って、母さんは僕達を見送った。
「母がすいません、、、」
僕が謝ると
「気にするなよ。折角の休みなんだから」
と気遣ってくれた。植田さんは、それ以上触れないでくれた。
**********
商業施設での目的は特に無かった。僕が休みの日は、家で寝てるだけだと言ったら、植田さんが誘ってくれた。
今まで、こんな所来た事無かったから、明るくて賑やかで見てるだけで、楽しかった。
洋服屋さん一つ取っても、色んなお店があった。僕は、無地の洋服が好きだけど、イラストが描いてあるのは見てるだけで面白い。雑貨、文房具、時計、飲食店、眺めるだけでワクワクした。
「腹減った。何か食べよう」
と言われて、緊張する。飲食店の量を食べ切る自信が無いから、入りたくなかった。
「何食べたい?」
と聞かれても、どうしたら良いかわからない。回転寿司なら、少なくても良いかな、、、。そう思いながら歩く。
飲食店の並ぶ3階に、エスカレーターで上がる。すでに、お店で順番待ちしている人もいた。
オムライス、中華、蕎麦、パスタ、チーズ専門店、カツ、和食、焼肉、お寿司、ステーキ、、、。メニューはどれも美味しそうだったけど、量が多すぎる、、、。
「肉、美味そうだな、、、」
ハンバーグのお店の前で、植田さんが呟いた。
「ホントだ。美味しそう」
「ここにするか」
と言って僕を見る。
「中山が食べきれない分は、俺が食うから大丈夫」
と言われて安心した。
植田さんが名前を書いて、メニュー表を持って列に並ぶ。
「デミグラスソース、久しぶりだな。和風ハンバーグ、、、。きのこソース、、、玉ねぎ、、、。中山はどれにする?」
「僕は、デミグラスソースが良いな」
「和風と、きのこだったらどっち?」
「、、、えぇ、、、悩むなぁ」
「悩むねぇ」
「きのこソースが良いかな?」
「本当に?」
「え?」
「和風もさっぱりしていて美味しいよ」
「えぇ、、、、。どうしよう、、、」
「ね、オムライスも美味そう」
そう言いながら、僕に写真を見せる。
「カレーハンバーグだって、、、」
植田さんは、僕にどんどん写真を見せた。その度に悩んでしまい、最後まで決められなかった。
名前を呼ばれて案内される。僕は植田さんの後ろを歩く。ソファの二人席に案内された。僕は、最後まで決める事が出来ず、植田さんがデミグラスソースのハンバーグときのこソースのハンバーグを頼んだ。ライスとパンが選べたから、植田さんは両方一つずつ頼む。
ハンバーグが来ると植田さんは、デミグラスソースの方を僕側に置いた。美味しそうだけど、大きいな、、、。
「ん〜、良い匂い、、、」
と言って、植田さんはハンバーグを小さめの一口大に切る。三切れ、僕の方に寄せて
「きのこソース、食ってみ」
と言った。僕はお礼を言って、フォークで刺した。息を吹き掛け冷ます。一口食べたら、熱々でびっくりした。さっき、配膳してくれた人が、鉄板がお熱いのでお気を付けて下さいって言ってたのに。
「熱!」
植田さんが笑った。ハフハフしながら熱いけど、美味しいと伝える。
僕は、デミグラスソースのハンバーグを大きめに切って、植田さんに
「どこに置きますか?」
と聞いた。植田さんはきのこソースのハンバーグを手前に寄せて
「じゃあ、ここに」
と、ニコニコして言う。植田さんは、一つ口に入れると
「美味っ!中山も食ってみな!」
僕は、今度は少し長めに冷ました。口に入れると、デミグラスソースと肉汁が混ざって美味しかった。
植田さんは白飯と、ハンバーグを交互に食べる。僕はパンを半分に千切って、更に半分に千切る。バターが添えてあったから、1/4をパンに塗る。
「米、食う?」
半分以上食べてから、思い出した様に聞かれた。
「一口だけ、欲しいです」
僕が言うと、白飯の綺麗な所を僕の方に向けた。僕は、一口分フォークで掬う。
パクッと食べると、お米が少し硬めだった。植田さんを真似して、すぐにハンバーグを口に入れる。お米とハンバーグを両方口に入れて、入れ過ぎたと思いながら咀嚼する。美味しい。
ご飯を食べてるだけなのに、何だか嬉しかった。
植田さんはそんな僕を見て、嬉しそうだった。
ハンバーグに添えてある、ポテトを半分とコーンを全部食べた。ハンバーグは、両方1/3位食べたし、パンは半分食べた。お米は二口位だったけど、いつもに比べたら沢山食べた方だと思う。
「満腹、、、」
「貰っても良い?」
植田さんが僕の残したお皿と、自分の空になったお皿を交換する。
ハンバーグはナイフで切っていたから、直接口は着いて無いけど、何だか申し訳ないと思う。植田さんは気にする事なく、パクパクと食べた。
植田さんがご飯を食べるのを見るのが好きだ。僕は、ずっと見ていた。
支払いは植田さんが纏めて払ってくれた。僕が半分払うと言ったら
「じゃあさ、後でお茶する時は中山がご馳走して」
と言われた。
「良いんですか?」
「良いよ、良いよ。その時は、俺、ケーキも食べるから」
植田さんといるとストレスが掛からなくて助かる。
商業施設内をフラフラ歩き、一番奥まで行くと、今度は反対側に並ぶ店を見ながら歩く。仕事がデスクワークで、休日寝てばかりの僕は歩くだけでも良い運動になった。
**********
定時で仕事を終えて、植田さんと駅に向かった。
「植田さん!」
白川さんだった。これから植田さんの家に行き、二人で鍋をやる予定だったのに、、、。
駅に入る前に白川さんに声を掛けられ、植田さんが挨拶をした。白川さんが
「また、一緒に食べ放題、行きましょうよ」
植田さんに会えたのが嬉しいのか、ニコニコして言う。
「最近、お昼に植田さんと会えないから淋しくて」
素直な人だな、、、。
「他所のお弁当屋さんで浮気してるんですか?」
浮気と言う言葉にドキッとした。
本命は白川で、貴方は浮気、と言われた気がした。
僕は、そっと植田さんの後ろに隠れる。植田さんは
「食べ放題、良いね」
と返事をした。僕は視線を落とす。食べ放題、、、また、行くんだ。、、、まぁ、そうだよね。白川さんは美人だし、、、植田さんは彼女がいないし、、、。僕と一緒にいるより、楽しいと思う。白川さんは植田さんを気に入ってるみたいだし、いつかきっと、この二人は付き合うんだろうな、、、。それなら、いっそ、、、
「今日、二人で行ったらどうですか?」
僕は、植田さんの後ろから顔を出して言った。
「良いんですか?」
白川さんがパッと嬉しそうな顔になった。
「いや、今日は、、、」
「折角、会えたんだから良いじゃ無いですか。週末だし、ゆっくりしてくれば?」
本当は行って欲しく無いのに、バカだな、、、。
白川さんは、植田さんの返事を期待している。
「中山、今日は、お前と鍋パの日だろ?」
植田さんは僕を見て言う。
「じゃあ、白川さんも一緒に」
「男二人の部屋に、白川さん一人はマズイだろ?」
白川さんの顔が少し曇る。
「そう言う訳で、今日はちょっと。いつか、時間が合えば食べ放題行きましょう」
週末の金曜日だからかな。電車は満員で、押し潰されそうだった。植田さんは考え事をしているのか、無言だった。
三駅目で降りる事が出来て良かった。改札を出て、植田さんの家に行く。何だか、会話も弾まない。
スーパーで、鍋の素を選ぶ。何度か、植田さんの家で鍋パをしているから、一巡した感がある。
「今日は、何が良い?中山、選んでよ」
いつもと雰囲気が違う、、、。やっぱり白川さんと食べ放題に行きたかったのかも、、、。
「、、、キムチ」
目の前の文字を読んだだけ、、、。
「キムチ鍋?良いね」
鍋の素を二つ買う。豚肉と、白菜、ニラ、エノキ、豆腐。植田さんは、静かにカゴに入れていく。
「今日は何飲む?」
「いつもの、、、」
「わかった、、、」
「チーズ、入れたいです」
「うん、良いよ」
植田さん?今日はいつもと違いますね。白川さんの事、気になってるんですか?
二人でレジに並ぶ。
「今日は、僕がご馳走します」
いつも、植田さんの方が沢山払ってくれる。でも、僕だって、ちゃんとしたいんだ。
「ありがとう」
植田さんが小さく笑う。
「じゃ、今日はお願いしようかな?」
荷物は植田さんが持ってくれる。スーパーのすぐ横のマンション、植田さんの部屋に入ると植田さんは、手を洗って鍋の準備をする。
いつもは楽しいのに、全然楽しく無い、、、。
「中山、やっぱり楽しく無い?」
僕は植田さんを見た。
「ほら、いつも誘うの俺でしょ?本当は迷惑なのかな?って」
「そんな事無いです」
「でも、さっきも白川さんとご飯食べに行けって言うし。鍋パにも誘うから、、、本当は、イヤなんじゃ無い?」
「、、、」
「イヤなら、断っても良いんだよ?」
「イヤじゃ無いです」
「植田さんこそ、白川さんと行かなくて良かったんですか?」
「白川さん?なんで?」
なんで?
「二人が良い感じだから?」
「なんだそれ、、、」
植田さんはお米を研いでセットした。
土鍋にキムチ鍋の素を入れて、火を着ける。
僕は、植田さんのお箸と僕の割り箸、取り皿を準備する。
「俺、中山との鍋パ、めっちゃ楽しみなのに」
包丁とまな板を出し、野菜を洗ってザクザク切って行く。
「植田さんもいつかは誰かと付き合うでしょ?白川さんかも知れないですよ?」
包丁の音がゆっくりになった。
「その時は、植田さんの彼女のお友達、紹介して貰おうかな、、、」
包丁の音が止まった。鍋がグツグツ言ってる。
「、、、そうだな。俺が白川さんと付き合ったら、白川さんの友達、紹介して貰うよ」
植田さんは、包丁でゆっくり、白菜を切った。
お米が炊けた。短く音楽が流れて教えてくれた。キムチ鍋も良い感じだった。リビングの卓上コンロに土鍋を移し、お米を装る。
*****
「中山は、どんな人がタイプなの?」
今日は、植田さん、ビールを飲むペースが早いな、、、と思っていた。
「可愛い子?それとも綺麗な人が好き?」
「僕は、、、。植田さんみたいな人が良いです」
「、、、俺?」
植田さんがふふって笑った。
「植田さんは、僕にアレコレ言わないから、、、」
植田さんが立ち上がり、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。リビングに戻ると蓋を開け、僕の空になったグラスと自分のグラスに注ぐ。
今日の植田さんはいつもと違う。グラスのビールを空けると、手酌で注ぐ。僕も苦いビールを飲んだ。
「僕は、母子家庭で育ちました。母さんと二人きりで、そんなに裕福じゃ無かった」
「お母さんに一度お会いしたね」
「、、、母さんはよく喋る人で、人の話を聞かない人でした。毎日毎日、僕にアレコレ言って、特に食事に関して煩くて、、、僕は、ご飯を食べる事が苦手になりました。沢山食べる事が出来なくて、自分でもイヤだったのに、友人や誰かに「それしか食べないの?」とか「少な過ぎ」って言われるのもイヤで、益々食べるのが苦手になりました」
植田さんは、土鍋の火を消して蓋をした。
僕のグラスにビールを注ぐ。僕は白い泡を見ながら
「植田さんは僕に何も言わなかった。食べる量の事も、もっと食べないとダメだとか、色々食べなさいとか、食べないと身体に良く無いとか、、、何も言わないでいてくれた。、、、そんな人、初めてでした。植田さんとの食事は、緊張しないで出来ました。だから、好きなタイプは植田さんみたいな人です」
植田さんは一気にビールを飲んだ。
「植田さんの好きなタイプは、白川さんみたいに沢山ご飯食べる人ですか?」
植田さんの手がピクリと動いた。ソファから立ち上がり、冷蔵庫から二本ビールを取り出した。
僕の横に座り、蓋を開ける。
「そりゃあ、白川さんは美人で食の相性は良いと思うけど、、、」
植田さんが言う。僕は鼻の奥がツンと痛くなり、涙が滲んで来た。植田さんは自分のグラスにビールを注いでいた。
そっと涙を拭く。
「俺は、女性に興味が無いから」
「そうなんですか、、、」
僕はビールを空けた。植田さんが冷たいビールを注いでくれる。
「ちゃんと意味、わかってる?」
僕の顔を見た。
「わかってますよ?女性に興味が無いんでしょ?」
「、、、わかって無いな、、、」
植田さんがビールをゴクゴク飲む。喉仏が上下に動くのが男らしくてカッコ良かった。
僕はフワフワしてる。いつもより飲み過ぎた。
「女性に興味が無いと言う事は、男性に興味があるって事なんだけど」
「あ、、、そっか、そう言う意味だったんですね。わからなかった」
ごめんなさいと頭を下げた。フラフラする。僕はふふふと笑った。自然に笑いが出た。僕、きっと酔っ払ってるんだ。
「僕、ちゃんと言って貰わないとわからないから」
ふふふ。
「理人って、名前で呼びたい」
ん?植田さんの顔を見る。酔っ払ってるのかな?顔が赤い。
「良いですよ?僕は何て呼べば良いですか?」
「敦」
「敦さん」
「さんはいらない、、、」
「敦」
ふふふ。
「理人」
「はい?」
「俺が白川さんと付き合ったら嬉しい?」
「そりゃぁ、嬉しいですよ。白川さんのお友達、紹介して貰えます、、、」
「そっか、、、」
植田さんが、ビールを注ぐ音が響いた。
トクトクトクトク、、、。
植田さんは、無言でビールを飲む。
「嘘です、、、」
「本当は、食べ放題にも行って欲しく無い」
僕のグラスにも注いでくれる。
僕は、グラスの表面を見ながら
「でも、僕にそんな事言う権利は無いから、、、」
グラスを手に取る。
「折角、ご飯が美味しいって思える様になったのに、、、また、一人のご飯になっちゃうな、、、」
植田さんが、僕の背中を撫でてくれた。涙が溢れてボロボロ溢れた。
「一人のご飯はイヤだよ、、、」
僕の涙は止まらなかった。植田さんが肩を抱いてくれると、僕は植田さんの胸で泣いた。酔っ払っていたから、何を言ったかあんまり覚えていない。ただ、イヤだイヤだと言った事は覚えていた。
で、、、。
えっと、、、。
「お早よう」
植田さんが、僕をギュッと抱き締めた。
「あの、植田さん?」
この状況を誰か説明して欲しい。
「敦って、、、昨日、ちゃんと呼べる様になったのに、、、」
僕は植田さんに抱き締められながら、植田さんの胸の上で寝ていたらしい。
**********
俺はずっと、理人の事が好きだった。仕事の態度も真面目だし、わからない事は放ったらかしにしないでちゃんと聞く。人付き合いが苦手なのか、飲み会とか食事会には参加しないけど、仕事を見ていると理人の誠実さが伝わって来る。
理人に、俺と白川さんが付き合ったら嬉しいと言われた時、理人の事を諦める時が来たと思った。
理人は俺とは違うだろう。多分と言うか、絶対異性が好きだ。白川さんと駅で会った時、白川さんと食べ放題に行けとか、鍋パに誘えば良いと言われた時もモヤモヤした。何でそんな事を言うのかわからなかった。
理人は、泣きながら、自分は俺と食べ放題にも行けない。白川さんと行って楽しかったみたいだ。白川さんは美人だし、僕とは全然違う。白川さんと付き合うべきだ。でも、本当はイヤだ。付き合って欲しく無い。そう言って、俺にしがみついた。
可愛くて、可愛くて仕方が無かった。散々泣き、俺が抱き締めたら、俺の腕の中で好きだと言った。
*****
「敦、、、さん」
「さんはいらないって、、、」
「だって、、、」
「昨日はちゃんと言ってくれた」
「敦」
「昨日の事、覚えて無いの?」
「細かい所が、、、思い出せなくて、、、」
「白川さんの事、ヤキモチ妬いてるみたいだった」
「、、、」
「二人で食べ放題に行かないでって」
「、、、」
「俺の事好きだって言った」
「、、、」
理人の顔が赤くなって行く。
「泣きながら、敦が好きって言ってくれた」
「友達の好きです、、、」
理人が瞼に力を込めて、ギュッと閉じる。
「俺は理人の事、それ以上に好きなのに?」
理人が身体を起こす。理人の体重の重みも、温かい体温も気持ち良かったのに、離れてしまった。
ギシッと音を立てて、俺も身体を起こす。
「理人の好きは、友達の好きなんだ、、、」
俺はワザと寂しそうな顔をする。だけど、半分は本当だ。
「でも、ごめん。俺の好きは恋人になりたい好きだから、、、。もう、二人きりで会うのは止めよう」
「え、、、?」
「外で、白川さんと白川さんの友達も誘って四人で会おうよ」
「ヤダ!」
理人が俺にしがみついた。
「ヤダよ!ヤダヤダ!ごめんなさい。ちゃんと好きです」
「誰の事が好きなの?」
「敦の事が好きだから!他の人と会わないで!」
理人が小さな子供みたいだった。
「理人、我慢しないで何でもちゃんと言葉にして。俺もちゃんと伝えるから、、、理人の事、大好きだって」
理人は一度、俺の顔を見て、俺の腕の中に収まった。
「白川さんと食べ放題に行かないで下さい」
「行かないよ」
「でも、白川さんに時間が合ったら行きましょうって、、、」
「社交辞令だよ。時間は絶対合わない。俺の時間は全部、理人と使いたい」
「良かった」
安心したのか、涙をこぼした。
**********
理人が俺とは違う事は、最初から理解していた。俺は男性にしか興味が無い。理人も、酔っていたとは言え、否定したり拒絶したりしなかった。寧ろ、好きだと言ってくれた。
しかし、理人は違う。女性に興味が無い訳が無い。
俺の不安はいつまでも消えないと思う。
いつか、、、。いつか、理人は俺の元を去るだろう。それは、何年も先の事かも知れないし、明日の事かも知れない。
理人と一緒に居られる事が嬉しいのに、心の何処かが淋しかった。
**********
お互いに気持ちを打ち明けたけど、付き合っているのかどうかわからなかった。
お昼は毎日一緒に食べるし、職場で会えば立ち話もする。お互い定時で上がれる時は、敦さんの家で過ごすし、休日も二人で会う事が増えた。
ただ、僕は友達と恋人の違いがわからない。
敦さんに聞くのも恥ずかしいし、付き合って無いと言われるのが怖い。
*****
定時で上がり、二人で駅に向かう。改札の横に白川さんがいた。僕は気付かないフリをした。敦さんを見つけた白川さんは、ヒールの高い靴で、颯爽と近付いて来た。
僕はつい、白川さんから見えない位置に立つ。
「植田さん」
「お疲れ様」
「今度、食べ放題デートして下さい」
僕は隠れた位置から、敦さんの上着の肘を摘む。
「白川さん、ごめん。俺、最近恋人が出来たから、そーゆうのはちょっと、、、」
白川さんの表情が曇った。
「やっぱり、新しいお弁当屋さんですか?」
「ん?」
「植田さん、急にお弁当屋に来なくなったので、新しいお弁当屋を開拓して、可愛い子でも見つけたのかな?って」
「いや、ずっと片思いだった子」
僕は、そっと敦さんを見た。ずっと片思いだったって、僕の事かな?
僕が摘んだ肘とは逆の手が伸びて来て、見えない位置で手を繋いでくれた。
「残念。植田さんとご飯食べるの楽しかったのにな」
「ごめん」
「また、落ち着いたら食べ放題行きましょう。私に彼氏が出来たら彼女も誘って。ね」
「ありがとう。本当にごめんね」
満員の電車を降り、敦さんの家に向かう。いつものスーパーで食材を選び、お酒を買う。
敦さんの家に着くと、敦さんはご飯の支度をして、僕はお風呂を洗い、新しいお湯を張る。最近の金曜日はいつもこの流れだった。
僕が敦さんの横に並ぶと、冷えたビールの入ったグラスを手渡してくれた。喉が渇いていたから、一気に飲み干してしまう。
「白川さん、、、やっぱり、敦さんの事好きでしたね」
「でも、俺は理人が良いから、、、」
「、、、どうして、白川さんと二人でご飯食べに行ったんですか?」
「うーん、白川さんも沢山食べるみたいだから、一緒にご飯食べたら白川さんの事好きになるかな?って、、、」
「、、、」
「怒った?」
「怒ってません」
「、、、白川さん綺麗だけど、さっぱりしてるし、俺、男性にしか興味無かったけど、白川さんだったらもしかして好きになれるかもって思ったんだ、、、。まぁ、結局ダメだったんだけどね」
「最近出来た、ずっと好きだった恋人って、、、」
敦さんは包丁を置いた。
「理人だよ」
僕は敦さんの瞳を見た。
「理人に声を掛ける前から好きだった」
「どうして?」
「んー、何か目が行くんだよね。気が付いたら理人を見てた。真面目だなとか、誠実そうだなとも思っていたけど、同じフロアに理人がいるとついつい見てたし、何だか嬉しかったな、、、」
「あの、、、僕達、「付き合ってる」で合ってるんでしょうか、、、」
「理人は、本当は女の子と付き合いたいんじゃないかな、、、お互い好きでも、付き合うとなるとやっぱり、、、ね、、、」
やっぱり、何だろう、、、。敦さんは、やっぱり僕と付き合う気は無いのかな、、、。僕の視線は自然と下がって行く。
「敦さんは、僕の事好きだけど、付き合うのは違うって事ですか?」
「そうじゃ無くて、理人の気持ちが、、、」
何だろう、イライラする。僕の気持ち?僕の気持ちは、敦さんが好きって事だけど、、、。イライラモヤモヤする。
敦さんに「付き合ってる」って言って欲しかった。でも、敦さんは言葉を濁した。
「理人、飲み過ぎ」
「そんな事無いです」
「今日、飲んでばかりだから、、、大丈夫?」
僕は、敦さんを見た。敦さんはこれからどうしたいんだろう。このまま友達で良いのかな。友達以上の好きって言ってたのに
「現状維持、、、」
「え?」
「敦さんは現状維持が良いって事ですか?」
「えっと、、、」
「沢山一緒に過ごしても、大好きだなぁって思っても友達以上にはなれないんでしょ?」
「理人」
「敦さんは、白川さんに恋人が出来たって言っていたけど、、、付き合ってるって意味じゃ無いんですよね、、、」
「、、、」
「何だか、よくわからなくなっちゃった、、、」
「理人は、別に俺みたいに男の人がいい訳じゃないでしょ?女の人と付き合いたいよね?」
「、、、、、敦さんと付き合いたい」
「そうじゃ無くて、付き合うなら男か女か」
「敦さんが良いです。敦さん以外とは付き合いたくありません」
「今はね、、、。でも、将来的に結婚とかさ」
「どうして?何で?今、敦さんと両思いなのに、敦さんだって友達以上の好きって言ってくれたのに、、、。どうして付き合えないの?」
「理人は本当に俺と付き合いたいの?」
「どう言う意味?」
「俺、男だよ?」
「そうだよ」
「イヤじゃ無いの?」
「イヤじゃ無いよ」
「いつか、女の人を好きになって俺を捨てる」
「敦さんは、今、僕を捨ててるじゃ無いですか、、、」
敦さんが僕を見る。僕は敦さんの瞳をじっと見る。
「僕を拾って下さい、、、。一緒にご飯を食べて、、、。いつも一緒に居て下さい」
敦さんが泣きそうになる。
「ニャァ、、、」
僕は敦さんに近付いて、敦さんの涙をペロリと舐めた。
「ニャァ、、、」
敦さんは僕を抱き締めて
「捨てられてるなら拾っちゃおうかな、、、」
と言った。
「敦さん、敦さんが好きです。誰のモノにもならないで、僕だけの敦さんでいて下さい。だから、僕と付き合って下さい」
敦さんは、僕をギュッと抱き締めて
「ごめんね、ありがとう」
と言った。
「不安だったんだ。理人は好きって言ってくれたけど、付き合うとなるとやっぱり違うのかな?って」
「敦さん、、、。僕、ちゃんと敦さんの事好きです」
敦さんの頬を、両手で挟んでムニムニする。
「僕の事、拾ってくれたんだから、ちゃんと最後まで面倒見て下さいね」
僕は、そのままそっと口付けをする。
ちょっと恥ずかしかったけど、僕が敦さんを好きだって伝えたかったから。
敦さんからもキスをしてくれた。ゆっくりゆっくり近付いて来て、長く長くキスをした。
沢山の作品の中から選んで頂いた上に、最後まで読ん下さってありがとうございます。二人が幸せになります様に!




