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 古今東西、恋に落ちた人間は、意中の相手の喜ぶ顔を望む。


 メルギオス帝国の聖皇帝とて、恋に落ちれば、ただの男と化す。例にもれず、彼女のために何ができるのかをずっと考え続けている。


 これは孤児院のバザーが終わってから、数日後のおはなし──



 メルギオス帝国の王城──ロダ・ポロチェ城の庭園では、照りつける太陽の日差しを浴びながら、色彩の強い花が咲き乱れている。


 窓に映るその光景を背後に、メルギオス帝国の聖皇帝──アルビスは深刻な表情を浮かべていた。


「……どうすれば、いいのか」


 執務机に肘をつき、溜息を吐く姿は彫刻のように美しいが、その頭の中は好きな女性のことで埋め尽くされている。


 机の上には、恋い慕う相手──カレンへの贈り物がある。


 カレンへの想いは募るばかりだが、アルビスの行動は全てにおいて裏目に出ている。


 彼女のために何かをすれば必ず罵倒され、たまたま顔を合わせば毛虫のような視線を向けられる。


 ひどい扱いだがアルビスは享受してるし、どんな感情であれ、カレンが自分に向けて心を傾けてくれることを奇跡のように思っている。


 そして愛する女性を視界に入れたい欲求は、至極当然の気持ちで、抑え続けることはかなり苦痛を伴う。それでもアルビスは、会いたい衝動を打ち消すためにグッと拳を握った。


「いや、私から渡さなくてもいい。彼女の手にさえ渡ってくれれば……っ! 誰だ?」


 アルビスの瞳が鋭く光ったと同時に、コン、コン、とノックの音が響き、扉が開く。ひょっこりと顔を出したのは、トレーを手にした金髪美少女だった。


「酷いなぁ、王様。そんな尖った声、出さなくてもいいじゃん」


 唇を尖らせながら不満を口にするのは、側室の一人アオイだった。ただ側室というのは表向きの顔で、アオイはカレンの従者である。


「人払いをしているのに、ノコノコやってきたお前が悪い」

「カレン様へのプレゼントをいつ渡そうかって、お悩み中だったんだ。ごめん、王様。邪魔しちゃって」


 テヘッと悪びれずに笑顔を作るアオイに、アルビスは無言を貫く。


 しかし内心、バレバレだった事実にチッと舌打ちしている。


「それで、何か用か?」


 これ以上、いじられたら堪らないアルビスは、冷たい声で切り出すと、アオイはニンマリと笑みを浮かべながら、手に持っていたトレーを突き出した。


 見せつけるように出されたトレーには、お茶と小瓶に入ったプティングがある。


「じゃーん!これカレン様の手作りだよー」

「……盗んだのか?」 

「違うよ!カレン様が王様にって!」

「嘘をつくなら、もっとマシな嘘を言え」

「嘘じゃないし!ってか王様、自分で言ってて悲しくないの?」

「……黙れ」


 悲しいに決まっている。だがアオイの言葉を素直に受け取れないほど、アルビスはカレンに色々やらかしてきたのだ。


 己の過ちを痛いほど自覚しているアルビスがどの面下げて「わぁ~い!やったぁ~!!」などと、無邪気に喜べようか。


 そんな気持ちは一言も口にしていないが、アオイはアルビスとカレンの間にあった出来事を大体把握している。


「王様、今回は本当だから……信じて大丈夫だよ。ね?」


 子供のように癇癪を起こしていたアオイだが、今度は憐みのこもった眼差しをアルビスに送る。


 その気遣いは、アルビスにとったらとても余計なものだ。


「もういい。わかったから、消えろ」


 唸るようにそう言ったアルビスは、片手でコバエを払う仕草をする。


 しかし怖いもの知らずのアオイは、それを無視して執務机にあるカレンへの贈り物をチラッと見た。


「王様、ねぇ……これ早めにカレン様に渡した方がいいと思うけど?」

「……言われなくても、そうする」

「いつ渡すの?王様が直接渡すの?」

「……私からだと知ったら、アレが嫌がるはずだ」

「じゃあ、シダナさんかヴァーリさん経由?言っとくけどあの二人、好感度低いよ?」

「……なら、お前が渡すか?」

「そうだね。でも僕から渡していいの?本当は王様が直接渡したいんじゃないの?」


 曇りなき眼で問われ、アルビスは言葉に詰まる。


 渡したいに決まっている。しかし、渡せない。


【むやみに近づかない。決して触れない。行動に制限を持たせない】


 カレンに対してアルビスは、この三つのルールを己に課している。これを自ら破ることは、愛する者への裏切り行為となる。


「そんなこと、できるわけがない」


 アルビスの口調は、荒々しくも、苦しそうでもない。当たり前のことを淡々と紡ぐ、落ち着いたものだった。


 眼差しも同じく凪いでいて、アルビスの意思が固いことはアオイにしっかりと伝わった。


「……そっか。野暮なこと言ってごめん、王様」


 しおらしい態度を取ったアオイだが、次の瞬間、パンッと勢いよく手を打った。


「でも、本音は渡したいんだよね?なら僕に任せてよ!」

「……は?」


 間抜けな声を出すアルビスに、アオイはニヒヒッと笑う。絶対に、悪いことを考えている顔だった。


 止めなければならない。理性はアルビスにそう訴えるが、本能は「話だけでも聞いてみたら?」と囁く。アルビスの頭の神経は、葛藤しすぎて焼ききれそうだ。


 痛みを堪える顔をするアルビスに、アオイは言葉を重ねる。


「とりあえずさぁー、王様、これ食べなよ。で、食べながら僕の話を聞いてよ。ね?」


 トレーに乗ったカレンの手作りプリンがあまりに尊くて、アルビスは無言で執務机に着席する。


 そしてゆっくりと味わいながら、アオイの話に耳を傾けることになった。

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